転生したらセーブポイントだった件 ~死に戻りの勇者がポンコツすぎて、俺がログを見て攻略支援するしかない~
目が覚めると、俺は石だった。
比喩ではない。文字通り、石だ。
視界は三百六十度あるが、首を動かすことはできない。そもそも首がない。手足もない。
あるのは、硬質な身体と、内側から溢れ出る淡い青色の光だけだ。
薄暗い洞窟の中、俺はポツンと鎮座していた。
状況を整理しよう。前世の俺は、深夜残業の帰りにトラックに……いや、過労で階段から落ちたんだっけか。とにかく死んだ。
そして、気がついたらここだ。
「……(声が出ない)」
叫ぼうとしても音にならない。だが、念じると目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。
**【ステータス】**
**種族:中継地点の結晶**
**個体名:なし**
**場所:初心者の洞窟・地下3階ボス部屋前**
**耐久値:測定不能(破壊不可オブジェクト)**
**機能:**
**・HP/MP全回復**
**・状態異常解除**
**・記録**
なるほど、理解した。
俺はRPGでよくある、ボス戦前の「あの便利で安心な石」に転生したらしい。
……って、動けねえじゃん! 冒険もハーレムもねえじゃん!
絶望しかけたその時、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
カツーン、カツーン。
現れたのは、金髪の若者だった。安っぽい革鎧に、手入れの甘い鉄の剣。いかにも「駆け出し勇者」といった風情だ。
彼は俺を見つけると、安堵の表情を浮かべた。
「よかった、セーブポイントだ……!」
勇者は俺に駆け寄り、ペタリと手を触れる。
その瞬間、俺の身体に電流のような快感が走った。
**《プレイヤー【アレイン】のデータを記録しました》**
**《HP・MPを全回復しました》**
「ふぅ、これで一安心だ。よし、行くぞ!」
アレインと呼ばれた勇者は、元気よく奥の大きな扉――ボス部屋へと向かっていった。
頑張れよ、若者。俺はここでずっと光りながら応援しているぞ。
俺は心の中でエールを送った。
――3分後。
**《プレイヤー【アレイン】が死亡しました》**
**《ロードします》**
視界がホワイトアウトする。
世界が巻き戻る感覚。
そして次の瞬間。
「よかった、セーブポイントだ……!」
デジャヴ。
さっきと全く同じ動作、全く同じセリフで、勇者アレインが俺に触れた。
**《プレイヤー【アレイン】のデータを記録しました》**
……あ、これ「死に戻り」だ。
彼が死ぬと、最後に俺に触れた時点まで時間が巻き戻るシステムらしい。
ただし、俺の記憶だけは継続しているようだ。
「ふぅ、これで一安心だ。よし、行くぞ!」
アレインは再びボス部屋へ突撃する。その背中は自信に満ち溢れている。
だが俺は知っている。お前、さっき3分で死んだぞ。
――3分後。
**《プレイヤー【アレイン】が死亡しました》**
**《ロードします》**
「よかった、セーブポイントだ……!」
……おい。
ちょっと待て。
こいつ、記憶もリセットされてるのか?
悲劇は続いた。
勇者アレインは、どうやら「死んだ記憶」を持ち越せないタイプの主人公らしい。
あるいは、死ぬ直前の記憶が欠落する仕様なのか。
彼は毎回「初見」のテンションでボス部屋に入り、毎回同じパターンで死んで帰ってくる。
俺は暇すぎて、ウィンドウのログを確認することにした。
セーブポイントである俺には、リンクした勇者の戦闘ログ(死因)を閲覧する権限があるらしい。
**【戦闘ログ】**
**試行回数1:ボス『ミノタウロス』の開幕咆哮(スタン効果)を受け、動けないまま殴られて死亡。**
**試行回数2:同上。**
**試行回数3:同上。**
学習しろよ!!
耳栓するとか、気合で耐えるとかあるだろ!
俺はイライラした。
動けない俺にとって、目の前の勇者は唯一のエンターテインメントであり、外界との接点だ。彼がここを突破してくれないと、俺はずっとこの薄暗い洞窟で一人ぼっちなのだ。
10回目のロード。
アレインが俺に触れる。
「よかった、セーブポイントだ……!」
(違う! そこは「くそっ、また死んだ!」って悔しがるところだ!)
俺は念じた。
伝われ、俺の意思。
「耳を塞げ」と。
俺の願いに呼応するように、俺の身体(クリスタル部分)が激しく明滅した。
チカ、チカチカ、チカッ!
「おや? セーブポイントの光り方が……接触不良かな?」
アレインは俺をバンバンと叩いた。やめろ、精密機械だぞ俺は。
しかし、俺の明滅は止まらない。
彼は首を傾げ、俺の根本に落ちていた「何か」に気づいた。
前の冒険者が落としていったボロボロの耳栓だ。
「なんだこれ、ゴミか?」
彼はそれを拾い上げ、ポイっと捨てようとして――、俺がさらに激しく赤く発光した。
「うわっ、びっくりした! ……なんだ、この耳栓を捨てると怒るのか? もしかして、これを持っていけってことか?」
アレインはようやく何かを察し、耳栓を装着した。
よし、いい子だ!
彼はボス部屋へ向かった。
5分後。
**《プレイヤー【アレイン】が死亡しました》**
……またかよ!
俺は急いでログを確認する。
**【戦闘ログ】**
**試行回数11:咆哮は防いだが、突進攻撃を右に避けて壁に激突。挟まれて死亡。**
右はダメだ! ミノタウロスは斧を右手に持ってるから、右に避けると範囲攻撃に巻き込まれるんだよ! 左だ、左に避けろ!
それから、地獄の特訓(一方的な)が始まった。
俺は自分のスキルツリーを確認し、限られたポイントを使って新機能を開放した。
**【スキル習得:念話(超短文)】**
**※セーブ時に5文字以内のメッセージを脳内に送る。**
これだ。
30回目のロード。アレインが俺に触れる。
「よかった、セーブ……」
**『ヒダリニヨケロ』**
「えっ!?」
アレインが飛び上がった。
あたりを見回すが、誰もいない。
「女神様……? 今、左に避けろと?」
彼は困惑しながらも、ボス部屋へ向かった。
今度は10分持ちこたえた。だが死んだ。
**【戦闘ログ】**
**試行回数30:突進は回避。しかし、HPが減って凶暴化したボスの「大回転斬り」をガードしようとして、盾ごと粉砕され死亡。**
ガード不可攻撃だボケェ!!
あのモーションに入ったら後ろに下がれ!
31回目のロード。
**『ハナレテウテ』**
「また女神様の声が! 離れて撃て……魔法か弓を使えってことか?」
アレインは剣士だが、基礎的なファイアボールは使える。
彼は試行錯誤を繰り返した。
俺はロードのたびに的確なアドバイス(5文字制限)を送り続けた。
**『アシヲネラエ』**(足の怪我を狙って動きを止めろ)
**『ポーションノメ』**(HP管理が雑だ)
**『シッポキレ』**(尻尾攻撃がうざい)
50回を超える頃には、アレインの動きは見違えるほど良くなっていた。
彼は「死んだ記憶」こそないが、俺の言葉(天啓)を信じ、身体に染み付いた反射神経だけで戦っている。
いわば、俺がコントローラーを握り、彼というキャラクターを操作しているような感覚だった。
そして、運命の58回目。
「女神様、俺、なんだか今回は勝てる気がするんだ」
アレインは俺に触れ、優しく言った。
俺の表面は、彼の手汗と血で少し汚れている。だが、不思議と不快ではない。
俺は最後のMPを振り絞り、習得したばかりのバフスキルを発動させた。
**【スキル発動:守護の光(小)】**
**※次の戦闘中、一度だけ致死ダメージを耐える。**
**『オマエナラカテル』**
5文字制限ギリギリの激励。
アレインは目を見開き、ニカっと笑った。
「ああ、行ってくる!」
ボス部屋の扉が閉まる。
俺はログを見るしかない。
テキストだけの戦況表示。だが、俺の脳内には映像が鮮明に浮かんでいた。
**【戦闘ログ】**
**アレイン、開幕の咆哮を耳栓で無効化。**
**ミノタウロスの突進。アレイン、左へ前転回避。**
**アレインの斬撃。ミノタウロスの右足にヒット。**
**ボスが激昂。「大回転斬り」の予備動作。**
**アレイン、即座にバックステップ。魔法『ファイア』で牽制。**
いいぞ、完璧だ。
今までの57回の死は無駄じゃなかった。
だが、ボスのHPが残り1割を切った時、ログに赤い文字が走った。
**ボスが「捨て身の突進」を発動。**
**アレイン、足が瓦礫に挟まり回避不可。**
終わったか。
また、ここ(セーブポイント)に戻ってくるのか。
……いや、違う。
**【スキル効果発動:守護の光】**
**アレイン、HP1で踏みとどまる。**
耐えた!
俺のバフが、あいつの命を繋いだ!
**アレインのカウンター。「兜割り」。**
**クリティカルヒット。**
**ミノタウロス、沈黙。**
**【戦闘終了:WIN】**
洞窟内に、地響きのような何かが倒れる音が響いた。
しばらくして、扉が開く。
ボロボロになったアレインが、足を引きずりながら戻ってきた。
彼は俺の前まで来ると、その場にへたり込んだ。
「……勝った。勝ったぞ、女神様」
彼は俺の冷たい表面に頬を寄せた。
「不思議だ。初めて戦ったはずなのに、相手の動きが全部わかった。まるで、誰かがずっと隣で教えてくれていたみたいに」
そうだよ。俺が58回もお前を見送ったからな。
アレインはポケットから綺麗な布を取り出し、俺の表面を丁寧に拭いてくれた。
「ありがとう。この先も、俺を見ていてくれよな」
彼は立ち上がり、奥の通路――次の階層へと続く階段へ向かった。
俺はここから動けない。彼についていくことはできない。
それが「セーブポイント」の宿命だ。
少し寂しいが、まあ、悪くない暇つぶしだった。
そう思った時、視界のウィンドウが更新された。
**【クエストクリア:担当勇者のボス撃破】**
**【ボーナス:機能拡張】**
**【新機能『転移』を解放しました】**
**※勇者のアイテムボックス内に自身の分体を生成し、持ち運び可能になります。**
……は?
アイテム化?
「おや? セーブポイントが……小さくなった?」
振り返ったアレインの足元に、手のひらサイズの小さな結晶が転がっていた。
俺だ。
本体はそのままだが、俺の意識はこの小さな結晶(分体)に移っているらしい。
「これ、持っていけるのか? すごい! これならいつでもセーブできるし、いつでも女神様の声が聞ける!」
アレインは嬉々として俺を拾い上げ、腰のポーチに放り込んだ。
おい、扱いは雑だな! そこには回復薬の空き瓶とか干し肉とか入ってるだろ!
揺れる視界の中、俺は覚悟を決めた。
どうやら俺の「勇者育成ライフ」は、ここからが本番らしい。
次の階層、そして魔王城まで。
このポンコツ勇者を死なせないよう、せいぜい攻略(介護)してやるとしますか。
**『ツギハ、ミギダ』**
「了解! 頼りにしてるぜ、相棒!」
こうして、しゃべるセーブポイントと死に戻り勇者の、長い長い冒険が始まったのだった。




