第3話:ウチ、“ありがとう”って言われるの好きなんよ♡
夜も更け、囲炉裏の火は小さくなり、家の中は静まり返っていた。
老婆は布団に入り、三蔵と悟空もそれぞれの寝床で目を閉じていた。
外は静かで、虫の声すら遠く、山の夜は深く息を潜めていた。
だが、その静寂を破るように――遠くから、かすかな叫び声が響いた。
「……ん? なんか聞こえない?」
悟空がぱちりと目を開け、耳を澄ませる。
続けて、何かが割れる音、怒鳴り声、走る足音――
ただごとではない気配に、三蔵も静かに身を起こした。
「外を見てみましょう」
ふたりはそっと縁側へ出て、夜の村を見渡す。
月明かりの下、村の広場の方で火が上がっていた。
物が壊れる音、怒鳴り声、逃げ惑う人々の影――
10人ほどの山賊が村に入り込み、家々を荒らしていた。
三蔵はその光景を見て、すぐに悟空へ声をかけた。
「悟空!彼らを捕らえることはできますか?」
悟空はニヤッと笑い、如意棒を手に取る。
「モチ!ウチがちゃちゃっとやっつけちゃうし!」
その言葉と同時に、悟空は地を蹴って走り出す。
月明かりの中、如意棒がきらりと光り、村の広場へと飛び込んでいった。
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広場では、山賊たちが物を奪い、家を壊し、村人を脅していた。
その中心に、悟空が飛び込む。
「ちょっとあんたら!ウチ、この村にお世話になってっから、
あんたらボコっちゃうし!覚悟してね!」
その声に、山賊たちが一斉に振り向く。
中央にいた頭らしい大男が、悟空の姿を見て鼻で笑った。
「なんだ~?このガキ、妙な恰好してふざけたこと言いやがって」
悟空はパジャマ姿のまま、如意棒を片手に堂々と立っていた。
月明かりに照らされたその姿は、場違いなほどゆるくて、逆に目立っていた。
続けて、下卑た笑みを浮かべながら言った。
「ちょうどいいや。お前こっちこい、売ればいい金になりそうだぜ」
悟空の表情がぴたりと止まる。
如意棒が肩からすっと下ろされる。
「ウチ、あんたみたいなタイプってマジ無理!
今謝って大人しくすれば、許したげるよ?……ワンチャンね」
頭目は声を上げて笑った。
「それはこっちのセリフだぜ!……おい、こいつ捕まえろ!」
手下のひとりが前に出て、悟空の腕を掴もうとした瞬間――
「触んなっての♡」
悟空の足がひらりと跳ね上がり、手下の腹に一撃。
鈍い音とともに男は吹き飛び、地面に倒れてそのまま失神。
悟空は一歩踏み出し、にやりと笑った。
「はいはい、全員まとめて成敗ね♡」
その言葉に、山賊たちは怒りに任せて一斉に襲いかかってきた。
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その瞬間、如意棒がしなり、炎に映し出された悟空の影が広場を舞う。
跳ねるように、踊るように――まるで舞踏のように美しくもあり、
その一撃一撃は的確に山賊たちを無力化していった。
山賊たちは次々に吹き飛ばされ、武器を落とし、地面に転がっていく。
鉈を振りかざす者も、背後から襲いかかる者も、悟空の一撃で沈んだ。
残るは頭目の大男ひとり。
地面に膝をつき、震えながらつぶやいた。
「お前……なにもんだ……!」
悟空は如意棒を肩に担ぎ直し、パジャマの裾を軽く払って言った。
「ウチの名前は孫悟空!ウチに喧嘩売るのは500年早いってのw」
そのまま、山賊たちをまとめて縄で縛り上げる。
柱にくくりつけ、全員をきっちり並べて座らせると――
悟空はふぅっと息をつき、パジャマのポケットからスマホを取り出す。
山賊たちを背景に、ばっちり自撮りポーズ。
「はい、山賊退治完了~♡ #夜勤 #村守ったった #三蔵さま見てる~?」
ぱしゃっと一枚撮って、インスタにアップ。
画面には「いいね!」が次々とついていく(※幻覚)。
そのとき、広場の端から三蔵が駆けつけてくる。
「悟空!怪我はありませんか!?」
悟空はニカッと笑って、如意棒を肩に担ぎ直した。
「ウチなら全然大丈夫!こいつら痛めつけといたよ~
三蔵さまの言う通り、殺してはないからw」
三蔵は少しだけ目を細めて、困ったように笑った。
「……それは、何よりです」
広場には、倒れた山賊たちと、月明かりに照らされた師弟の姿。
その背後から、安堵と歓喜の声が村中に広がっていった。
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朝の空気は澄んでいて、山の端から差し込む光が村を柔らかく照らしていた。
三蔵は荷を整え、悟空は如意棒を肩に担ぎ、ふたりは村の入口へと向かっていた。
その背後から、足音が近づいてくる。
振り返ると、村人たちが集まっていた。
老婆を先頭に、昨夜避難していた家族や子どもたちが並んでいる。
老婆が一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「三蔵様、悟空様……昨夜は本当にありがとうございました。命を救っていただきました」
続けて、村人たちも次々に頭を下げる。
「あのままだったら、村は滅んでいたかもしれません」
「あなた様方には、感謝してもしきれません」
悟空は「様」呼びに一瞬きょとんとしたあと、
照れくさそうに笑いながら言った。
「様なんて言わなくて悟空でいいし!ウチ、ギャルだから、かたっ苦しいの苦手なの~!!」
その場にいた村人たちが、思わずくすっと笑った。
子どもたちも真似して笑うと、老婆が目を細めて言った。
「悟空、ほんとに明るい子だねぇ……助けてもらったのに、笑わせてもらったよ。
あんた達なら、いつでも歓迎するよ。またいつでもおいで」
三蔵は静かに微笑み、手を合わせて一礼した。
「皆さまがご無事で何よりです。どうか、これからも平穏に暮らしてください」
老婆が手に包みを持って差し出す。
中には干し芋と、手縫いの布袋が入っていた。
「つまらぬものですが、道中のお供に……」
三蔵が受け取り、丁寧に礼を言う。
悟空は布袋を肩にかけながら、ふと何かを思い出したように声を上げた。
「あ、三蔵様!ちょっとだけ待っててくれる?」
そう言うなり、悟空はパタパタと駆け出していく。
向かった先は、昨夜縛り上げておいた山賊たちのところだった。
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悟空は柱に括られた山賊たちの前にしゃがみ込んだ。
縄で縛られたままの頭目が、悟空を睨みつける。
「何しにきやがった、このガキ!」
悟空はその睨みにまったく動じず、にこっと笑った。
「あんたらさ~、人から恨み買って生きるよりも、
人から感謝されて生きてる方がずっと楽しいってウチ思うんよ」
頭目は眉をひそめたまま黙っている。
悟空は少しだけ前のめりになって、柔らかく続けた。
「だからさ、罪を償ったら――真っ当に生きてみない?
ウチ、『ありがとう』って言われるの、めっちゃ嬉しかったし♡」
頭目は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「けっ……こんなガキに説教されるとはな」
その隣で、手下のひとりが悟空をちらっと見て、心の中でつぶやいた。
(強くてやさしいとか……天使やん……惚れてしまうわ……)
悟空は立ち上がり、手を振って言った。
「ま、ウチの言葉なんて聞くかどうかは自由だけど!
でもさ、次会うときは“ありがとう”って言える側でいてくれたら、ウチ、ちょっと嬉しいかも♡」
そう言って、くるっと踵を返し、三蔵のもとへ戻っていった。
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悟空はパタパタと駆け戻り、三蔵の前で足を止める。
「三蔵様~!お待たせ~!」
三蔵は悟空の背後に残る空気を感じ取っていた。
山賊とのやりとりを察し、何も言わず、やさしく微笑んで悟空を見つめる。
ふたりは並んで歩き出す。
村人たちは手を振りながら見送る。
その背中に、老婆の声が届く。
「どうか、お気をつけて。
……また、いつかお会いできますように」
悟空は振り返り、手を高く振った。
「うん!またね~!」
朝霧の中、ふたりの姿はやがて山の向こうへと消えていった。
静けさを取り戻した村に、あたたかな余韻だけが残った。
そして、村の屋根が霧に隠れ、見えなくなったころ――
悟空は如意棒を肩に担ぎながら、ふと三蔵に尋ねる。
「ねえ三蔵様、次ってどこ向かうん?また村あるん?」
三蔵は前を見据えたまま、静かに答える。
「高老荘という村です。
道中にある、少し大きな集落ですね」
悟空が「へえ~」と軽く相槌を打ったその直後、
三蔵がふと足を緩め、隣を歩く悟空に声をかける。
「悟空。この先どんなことがあろうとも、
慈悲の心――やさしさを忘れてはいけません。
あなたの心は、私が思う以上に澄んでいて、
誰かを救う力を持っています」
悟空はびくっとして、三蔵を見上げる。
「ちょ、ちょっと待って三蔵様!?
ウチのこと褒めすぎじゃない?
心が澄んでるとか……マジ照れるんだけど~!」
照れくさそうに頬をかきながら、悟空は少しだけ早足になる。
三蔵はその背を見つめ、静かに微笑んだ。
霧の向こうに続く山道を、ふたりは並んで歩いていった。




