第2話:ウチ、柿で戒められたんやけど!?
五行山で封印されていたギャル猿・悟空っちを弟子に迎えた三蔵法師は、
西の果て“天竺”を目指して、ふたりで旅を続けていました。
秋の風が吹く山道を歩くふたりの前に、
ぽってりと熟した柿の実が枝に揺れているのが見えました。
「あっ!あの柿めっちゃ映えそうなんだけど!
ちょっと待ってて三蔵さま、今から撮るから!」
悟空は木にひょいっと飛び乗り、柿の実を一つもぎ取ると、
片手に乗せてスマホを構え――
「秋のギャルは自然と共に~!#柿盛れ #まんまる果実 #映え修行中」
パシャッと自撮りを決めたあと、柿には一口も触れず、
そのままぽいっと道端に投げ捨てました。
その行いを見て、三蔵法師は静かに立ち止まりました。
その目は、いつもの慈悲に満ちていながら、どこか厳しさを帯びていました。
悟空はその様子を見て、ぴくっと肩をすくめました。
「えっ…?なに?ウチなんかした…?てか三蔵さま、目が怖いんだけど~…!」
三蔵法師は静かに口を開きました。
「悟空。あなたの振る舞いには寛容でありたいと思っています。
ですが、己を飾るために命あるものを粗末にすること――それは、仏の道に背く行いです。
万物には命が宿るといいます。たとえそれが小さな果実であっても、尊ぶべきものなのです」
悟空は一瞬きょとんとし、そして慌てて言いました。
「えっ!?ウチ、ただのかわいい果物だと思って!てか締める流れ!?マジで!?
三蔵さま、ちょっと待って~!ウチ痛いのやだ~~!!」
三蔵法師は静かに冊子を開き、経文を唱えました。
「唵嘛呢叭咪吽」
緊箍児がきゅっと締まり、悟空は頭を押さえて転がりました。
「いった~~!!ウチ、反省してるってば~!
柿、拾ってくるから~!てか命って重い~~!!」
三蔵法師は静かに言いました。
「命とは、重くてよいのです。
それを知ることが、旅の始まりでもあります」
悟空は涙目で柿を拾い、そっと手のひらに乗せながら言いました。
「柿ちゃんごめんね…ウチ、ちゃんと食べて供養するから…」
その姿を見て、三蔵法師はふっと目を細めました。
静かに微笑みながら、心の中でこう思いました。
(この者は、奔放で騒がしいが――心根は、まっすぐで優しい。)
山道には、落ち葉がさらさらと舞い、夕暮れの光が斜めに差し込んでいました。
ふたりは言葉少なに歩きながら、季節の静けさに包まれていきます。
悟空は、拾った柿をかじりながら、ぽつりとつぶやきました。
「仏の道って意外とスパルタ…
……でも、柿ちゃん甘くて泣ける~~…」
三蔵法師は穏やかなまなざしで悟空を見つめながら、静かに言いました。
「悟空。あなたは、反省するまっすぐな心を持っています。
それは、何より尊いことです。
どうか――たとえそれが植物であろうと、悪人であろうと、
やさしさをもって接することを忘れないよう、約束してくれませんか?」
悟空は一瞬きょとんとし、そして柿を見つめながら、ゆっくりうなずきました。
「うん…ウチ、約束する…!
命って、映えだけじゃ測れないし…てか三蔵さま、マジで厳し~!」
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空はすっかり茜色に染まり、山の端に太陽が沈みかけていました。
風は冷たくなり、木々の影が長く伸びていきます。
「てか、暗くなるの早すぎ~…!ウチ、夜道とかマジで無理なんだけど~…」
悟空はぶるっと肩をすくめました。
三蔵法師は空を見上げ、静かに言いました。
「このあたりに村があるはずです。今夜は、そこで宿を借りましょう」
やがて、ふたりの前にぽつぽつと灯りが見えてきました。
山間にひっそりと佇む、小さな村。
煙が立ちのぼり、夕餉の香りが風に乗って漂ってきます。
村の入口で、年老いた女性が声をかけてきました。
「まあまあ、旅のお坊さまと…ギャル…?お疲れでしょう。
よければ今夜はうちで休んでいきなされ」
悟空はぱっと顔を輝かせました。
「えっ!?民泊!?ウチ、民泊好き~!てかおばあちゃん優しすぎ~!」
三蔵法師は一歩前に出て、深く頭を下げました。
「ご親切に感謝いたします。今夜、どうかお世話になります。
私は玄奘と申します。西天へ経を求めて旅をしております」
悟空はぴょんと一歩前に出て、にかっと笑いました。
「悟空っちで~す!よろしくね♡
てか、マジで助かる~!ウチ、山道とかほんと無理~~!」
老婆はにこにことふたりを見比べながら、首をかしげました。
「あの子は僧侶様の奥さんかい?元気な子だね~」
三蔵法師は表情を変えず、いつもの静かな口調で答えました。
「いえ、彼女は私の弟子です」
すると悟空がすかさず笑いながら言いました。
「え~?ウチ、彼女でも全然いいよ~!
てか三蔵さま、意外とモテ線いけるんじゃない~?」
三蔵法師は少しだけ口元を緩め、困ったように小さく笑いました。
「……それは、遠慮しておきます」
老婆はくすくすと笑いながら、ふたりを家の中へと案内していきました。
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囲炉裏の火が静かに揺れている。
煤けた梁の影が、天井にゆらゆらと踊る。
古民家の夜は、静かで、どこか懐かしい。
三蔵法師は膝を正し、経を唱えていた。
その声は風のように穏やかで、囲炉裏の火と調和している。
畳の上では悟空が寝転びながら、ネイルを乾かしていた。
指先をじっと見つめながら、ぼんやりと天井を仰ぐ。
そこへ、台所から老婆が顔を出す。
「あんたたち、そろそろ腹も減ったやろ。食べたいもん、あるかい?」
悟空は勢いよく起き上がり、手を挙げる。
「はいは~い!ウチ、お肉食べたい!500年ぶりに歩いて疲れたし、タンパク質とらなきゃ!」
三蔵は微笑みながら、静かに頭を下げる。
「ご厚意、ありがたく存じます。
私は戒律により、肉食を慎んでおります。
菜食でのご用意をお願いできれば、幸いです。」
老婆は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。
「あらまぁ、そうかい。ええよええよ、ちょっとまっとってね。山のもんで、うまいのこしらえてあげるわ」
そう言って、腰を軽く伸ばしながら台所へと向かう。
囲炉裏の火が、彼女の背中をあたたかく照らしていた。
しばらくして、悟空は少しだけ声を潜めて三蔵に尋ねた。
「三蔵様~……ウチだけ、お肉食べちゃってもいいの?」
三蔵は経を唱える口をそっと閉じ、悟空に向かって微笑んだ。
その笑みは、囲炉裏の火よりもあたたかかった。
「私は、自らの意思で戒を守っております。
それもまた、私にとっての修行のひとつです。
あなたが無理に合わせる必要はありませんよ。」
悟空は一瞬きょとんとしたあと、ぱっと笑顔になった。
「やった~!三蔵さま、話わかる~!ウチ、マジで感謝しかないんだけど!」
三蔵は少しだけ困ったように目を細めて、静かに言った。
「……ただ、もう少し大人しくするよう、気をつけるように」
「は〜い♡」
囲炉裏の火がぱちりと弾ける。
その音に包まれながら、ふたりは静かに笑い合った。
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やがて、老婆が木の盆を抱えて戻ってくる。
湯気の立つ煮物、炊きたての麦飯、香の物に、焼いた豆腐と山菜の和え物。
その横には、悟空用にしっかり焼かれた猪肉の串が添えられていた。
「さあさあ、冷めんうちに食べとくれ」
三蔵は手を合わせ、静かに頭を下げる。
「ありがたく、頂戴いたします」
その声は囲炉裏の火と同じくらい穏やかで、あたたかかった。
悟空は目を輝かせて立ち上がる。
「おいしそ~っ!ウチ、インスタにあげちゃお♡」
「#煩悩飯 #山の恵み #三蔵さま慈悲力高め」
そう言って、スマホを取り出し、料理と一緒に自撮りを始める。
ピースを決めて、角度を変えて、何枚もパシャパシャ。
老婆はその様子を見て、くすくすと笑った。
「本当に元気のいい子だねぇ。見てるだけでこっちまで楽しくなるよ」
三蔵は少し困ったように苦笑し、手を合わせて頭を下げた。
「弟子が騒がしく、申し訳ありません……」
老婆は手を振って笑いながら言った。
「いやいや、気にしなさんな。
孫ができたみたいで、こっちの方が嬉しいくらいさね」
三蔵は少し首を傾け、穏やかに尋ねた。
「お子さんは、どちらに?」
老婆は盆の端を整えながら、囲炉裏の火を見つめる。
「町の方に嫁いで行ってねぇ。長安の手前の宿場町さ。
山道も険しいし、年に一度会えるかどうかってとこだよ」
三蔵は囲炉裏の火に照らされた老婆の横顔を見つめながら、静かに言った。
「その一度のために、山道を越えて来られるとは……
娘御も、きっとあなたのように、心のあたたかい方なのでしょう」
老婆は少しだけ目を細めて、火に薪をくべた。
食事が終わると、悟空はぱっと立ち上がった。
「おばあちゃん、ウチも手伝う!食器洗うし、お風呂も沸かしちゃう♡」
老婆は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。
「まぁまぁ、ありがとねぇ。若い子に手伝ってもらえるなんて、久しぶりだよ」
悟空は袖をまくって、洗い場へ向かう。
桶に水を汲み、食器を並べ、手際よく洗い始める。
「ウチ、煩悩は多いけど家事スキルは高めなんよね!」
老婆が風呂場の薪を見に行こうとすると、悟空がすかさず声をかける。
「ウチ、薪くべるの得意~!火の扱いは任せて!」
その言葉に、三蔵がそっと立ち上がった。
「では、私は薪を割るとしましょうか」
老婆が驚いたように振り返る。
「まぁまぁ、お坊さまにそんなこと……」
三蔵は微笑みながら、静かに答えた。
「旅の道中で慣れておりますし、これほどのお世話をいただいているのです。
薪割りくらい、私にできることをさせていただければと」
悟空は振り返って、にっこり笑った。
「さっすが三蔵さま!ウチら、最強の家事タッグじゃん♡」
囲炉裏のまわりには、三人の笑い声がぽつりぽつりと広がっていった。
その音に包まれて、家の中には静かで温かい雰囲気が漂っていた。




