3日目2 初の魔法実戦
アイリス先生の授業も終わり、ギルドの酒場でお昼ご飯を食べていた。
酒場で働いていたシアさんに、
「また一緒になのね」
と揶揄われ、やってきたエレクトラさんに魔法書のお礼をした後、午前中の話をする。
「アイリスが人にモノを教えるなんて、本当に成長してるのね。母さん嬉しいわ」
「恥ずかしい」
表情はあまり変わらないが、照れているようだ。
「友達も居なかったこの子が……今日はもう仕事あがって、お父さんと乾杯しようかしら」
「それは良くない」
アイリスがツッコミに回っている。
「だって毎日仕事してるのに、書類が無くならないのよ?」
「しょーがなし」
家での会話もこんな感じなんだろうなぁ。温かい家庭が想像出来てほっこりする。
しかしこんなオモシロ美少女、友達なんて何人でも出来そうだけどね。流石にその辺の事情は聞き辛い。仲良くなれば昔の話を聞く機会も出てくるだろう。
「それで、午後はどうするの?」
「ん、南西の森に行って、魔法の訓練」
3日連続で南西の森だが、魔法を使うと思うだけでワクワクする。
「そう。あそこなら大丈夫だろうけど、気をつけるのよ? 最近はどこも魔物が活発らしいから」
そうなのか、知らなかった。何か悪い事が起きる兆候とかじゃ無いと良いけど……。
「平気、森の入り口からそれほど離れない」
「それが良いわね。じゃあ私はそろそろ仕事に戻るわ。コレ、魔法習得祝いのMPハイポーション。カケル君も気をつけてね?」
餞別を残して立ち去っていくエレクトラさん。
酒場の外で、同僚のお姉さんが青筋立てて睨んでるのさえ見えなければ、格好良い去り際だけどね……。
エレクトラさんと別れた後、俺たちは町の西門を抜け、南西の森へ向かった。
「ここをキャンプ地とする」
言ったの俺じゃ無いぞ? タカシが残した知識だと思うが、どうでしょう。
昨日と同じ野営地に荷物を下ろす。
「昨日は瀕死の魔物を倒してた。今日は魔法も使って一騎打ち」
時は来た! 武者震いがすごい。ぷるぷるしてる。
「頑張ります!」
「良い返事。最初はアントラーラビットかゴブリン、リトルボア辺りにする」
この森の最弱三銃士だ。昨日はとどめを刺していただけだったが、今日の俺は一味違う! 具体的には、7レベルも!
「じゃあ出発」
そう言って歩き出したアイリスに付いて行く。
それからしばらく森の中を進むと、アイリスが足を止めた。
「いた」
アイリスが指差したのは、一匹のウサギだ。その頭には鹿のような鋭いツノが生えていて、目を血走らせながら地面を掘っている。
「ツノに注意して、作戦を立てて戦うと良い」
作戦か。昨日見た感じだと、基本は突進してツノで攻撃していた。ウォーターウォールで勢いを止めて、ショートソードでトドメを刺そう。失敗したらもう一度だ。
「行ける。初めて良いか?」
「良い」
アントラーラビットの周りは、穴が多く足場が悪い、魔法でこちらに誘き出そう。
「ウォーターボール!」
MP3で打てる、威力の低い攻撃魔法。水球がアントラーラビットに向かって飛んで行き、狙いが逸れて近くの地面で爆ぜた。
「ギイィィィィ」
こちらに気付き威嚇の声を上げるアントラーラビット。うさちゃんはそんな声で鳴かない!!
攻撃の犯人を見つけたウサギは、真っ直ぐに突進してくる。
「まだ…まだ…」
相手を剣の届く範囲まで引きつけ、
「――今! ウォーターウォール!」
タイミングを見計らい放った水の壁に、アントラーラビットが飛び込んでくる。魔力を多めに使ったウォーターウォールは、見事突進の勢いを止める事に成功した。
水の壁で減速し、手前に着地したアントラーラビット。その体が硬直を狙って、両手に持った剣を振り下ろす。
「ギィィィィ」
自身の危機を感じたのか、声を上げ威嚇してくるアントラーラビット。しかしもう遅い!
ザシュッ!
生物の肉を切り裂く手応えと共に、生温かい血が、少し顔に付いた。
「ギュイィ……」
恨めしそうな鳴き声をあげながら、その命の炎は消えていく。
「ふぅ……」
安心感や疲労感、自分の手でやり切った達成感。生命を奪った罪悪感など、色々な感情が押し寄せて来て、手が震える。
「うん、初めてにしては上出来」
アイリスの落ち着いた声を聞いて、少しだけ震えが収まった。
「けどウォーターウォールに魔力込め過ぎ、剣を振るう時に力み過ぎ」
ダメ出しもしっかりいただく。
「戦闘が終わった後は周りの警戒もするべき。けど作戦は良かった。合格点」
おお、改善点を指摘しつつ褒めるところは褒めてくれる。将来良い上司になるね!
「魔石をとって一度野営地に戻る」
「もう戻るのか? 一体しか倒してないけど」
「初めての命を掛けた戦いは、自分で思ってるより疲れる。休憩が必要」
なるほど、たしかに力み過ぎで全身が痛い。休みに戻った方が良さそうだ。
「午後は始まったばかり、休んだらまた動けば良い」
アイリスが、俺調べの理想的な上司ランキングで一位を獲得する日も近い。
「わかった。ありがとう、アイリス」
そうお礼をいうと照れでもしたのか、顔を逸らして歩き始める。愛い奴よのう……。
そんな形で俺の記念すべき初? 魔物討伐は幕を下ろした。ちなみにこの後、めちゃくちゃ厳しく扱かれた。