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37日目 エピローグ

 早朝、俺たちは応接室でアクセルさんと向かい合って、彼の話を聞いていた。


 昨夜はメチャクチャ広いお風呂で汗を流し、これまたキングサイズのベッドで眠りについた。朝食は部屋に運ばれてきて、まるで王様気分だったぜ。


 そして今アクセルさんが読み上げる目録、謝礼の中身を聞いているところだ。


「――以上になります。何かご不満や質問はありますか?」


「全くありません。貰いすぎて吐きそうなくらいです」


 その中身は、

 現金2000万ラウ

 水中で呼吸が出来る魔道具

 水魔法の威力が35%上がるイヤリング

 防寒防暑、隠密性向上が付与され、物理魔法耐性も上がるマントを二つ

 鎌鼬という刀剣スキル

 風属性の上級魔法、サンダーブレード


 という内訳だった。


「これ、すごい金額なんじゃ……」

「1億ラウ相当はしそう」


 い、一億ですか?


「それだけ感謝してるって事さ。あのままヴィクトル殿が放置されていれば、侯爵家が失うものはそんな額の比じゃ無かったからね。っと、こちらの受領承諾書と守秘義務の契約書にサインを頼む」


「了解です」

「わかった」


 俺たちは書類にサインをして、受け取ったものを魔法袋(マジックバッグ)に仕舞っていく。


「よし、これで失礼するよ。帰りは執事に案内して貰ってくれ、馬車でギルドまで送ってくれるはずだ。それと――」


「襲撃があるかも、ですよね? 大丈夫ですよ。気をつけておきますから」


 分かりやすい罠ではあるが、悪人なら捨て駒くらい沢山持っているだろうしな。


「ははは、済まないね。出来るだけ早く駆けつけるから無事でいてくれよ。ではな」


 手を振り立ち去っていくアクセルさん。


 俺とアイリスは暫く報酬の使い道について話し合った後、執事さんの案内で侯爵邸を後にした。


 ギルドへ向かう馬車の中で、アイリスと二人神経を尖らせる。


「なんていうか、早く落ち着きたい」


「うん、けど悪人に襲われるのは冒険者らしくて、楽しみ」


 それは物語の中だけであって欲しい。


「しかし、俺たちを襲いに来る奴らって、セキュリティが復活したらどうする気なんだろうな」


 何気ない感想を口にすると、アイリスがハッとした。


「……今、街のセキュリティは機能してないの?」


「買収か無力化されてるんだろう? じゃないとヴィクトルはこの街で暮らせないからな」


 恐ろしいよね。


「街のセキュリティを担当してるのは誰なんだ?」


「分からない。けど侯爵の身内で、騎士団にゆかりのある人物のはず」


 まあ信用できる人間にするだろうし、逮捕は訓練された人間じゃないと危ないよな。


「そういえば初めて侯爵と会った時、アクセルさんの他にもう一人、アイリスより強そうな金髪の騎士が居たんだよな。けど昨日の晩餐会では見てないわ」


「――カケル、さっき貰ったマント、羽織っておく」


 冗談で言っている雰囲気じゃない。俺はバッグからマントを取り出すと、アイリスに一枚渡して自分も羽織る。


 その直後、馬車が真っ二つに割れた。


「――なっ!?」


 前方と後方に裂ける馬車。

 俺たちは飛び降りて地面を転がる。


「君たち、怪我は無いか?」


 声をかけて来たのは、長い金髪を後ろで纏めた騎士だ。顔は整っているのに何故か印象に残らない。多分この街で、アクセルさんと対をなす男。


「おや、声も出ない程驚いたのかい?」


 殺気を隠す気もなく、それなのに何故か朗らかに声をかけてくる。


「困ったなぁ。君たちには手紙を貰いに来ただけなんだけど」


 絶対に嘘だ。渡した瞬間頭と体が離れると、確信を持てるほどの殺気。


 アイリスは臨戦態勢で、金髪の騎士を睨みつけている。


 俺はアクセルさん達が来るまで時間を稼ごうと、声をかける事にした。


「すみません、お名――」


 ドンッ! と強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。


「ぐっ!?」


 何も見なかった。俺は民家の壁を突き破り、中にあったテーブルを破壊したところで止まったようだ。


 全身が燃えるように熱く、ズキズキと痛む。


「ゴフッ」


 内臓が傷ついたのだろうか、口から鮮血を吐き出した。マントを羽織らなければ命が危なかったかもしれない。


「カケル!」


「済まないね。ただ手紙を出してくれれば、これ以上は何もしないよ?」


 誰が信じるか。


 その時、視界の外れでアイリスが遮断魔法陣に触るのが見えた。俺は金髪騎士の気を引くために立ち上がって声を出す。


 今度は奴の動きを、見逃さない。


「ゴホッ、……貴方、もしかして元々、ヴィクトルの護衛を担当していた人ですか?」


「――へぇ、何でそう思うんだい?」


 かかった。


「ヴィクトルの護衛についていた騎士が、余りにも弱かったので。貴方程の実力なら、侯爵が護衛を任せてもおかしくないと思いまして」


「それだけかい?」


 アイリスは遮断魔法陣の発動に成功したようだ。


「いえ、おかしいと思ったんですよ。いくら隊商を襲って物資を集めても、アクセルさんと貴方がいれば、ヴィクトルに侯爵の座を簒奪する事など不可能ですから。けど片方が味方だと()()()()()()話は変わってくる」


「ははは、そうだね。あれは非常に頭が悪い男だったけど、流石に僕とアクセルを同時に敵に回せるとは考えないだろうね」


「その頭の悪い男があんな作戦思いつくとは思えませんから、裏で操っていたのは貴方なのでしょう?」


 この金髪の男がヴィクトルを操り、さらにルーデン男爵を通してクリフォードさんをコントロールしていた。


「ふふ、良いね」


「そしてこのタイミングで現れたのは、この地に用が無くなったから。目的は不明だけど、立ち去る前に我々の様子を見に来た。手紙が目的なんて嘘を吐いて」


 そんなものが目的なら、さっさと殺して持ち去っているはずだ。それだけの実力差がある。


「くっくっくっ、やはり君たちは、しがらみが少ないだけあって先入観に囚われないね。それでこそ――異世界人だ」

「は?」


 出来るだけ自然にリアクションしたつもりだが、上手くいっただろうか?


「ああ、誤魔化す必要はないよ。こっちで確定させた情報だからね。うんうん、やっぱり異世界人は面白いよ。けどまだ()()()()出来るだけ早く強くなってくれよ?」


 何を言っているんだ、この男は。


「しかしまた相棒はエルフなのか? 好きだな? 異世界人は、エルフという生き物が」


 他の異世界人と面識があるのか、そんな事を言ってくる。


「今日は顔を見に来ただけなんだ。覚えたよ、古昌カケルくん。それと……」


「――アイリス」


「そうそう、アイリス君。また逢おう。ああそれと、早々に強くならないと、死んでしまうかも知れないよ? ではまたね!」


 そう言って金髪の騎士は忽然と姿を消した。初めから何も居なかったかのように、埃の一つも残さぬまま。


「アイリス、どうだった?」


 奴の思考を読んでいたアイリスが唯一の情報源だ。


「――読めなかった。アレから思考は一切流れ出て無い」


「マジかよ。あのバケモン、本当に何者なんだ?」


 わかったことは少ない。しかし奴はこの地で何かをやっていたはずなのだ。侯爵に頼んで調査してもらおう。


「【イーリアス】! 無事か!?」


 アクセルさんが青い顔で駆け寄ってくる。


「済まない。距離を置いて後をつけていたのだが、結界に阻まれて破壊するのに苦労したんだ。それより何があった?」


 俺はアイリスにヒールをして貰いつつ、起きたことの説明をする。


「ペドロリーノ、やはり裏切っていたのか……」


 渋い表情のアクセルさん。二枚看板の片割れだったのだから、ダメージは大きいだろう。


「あの人、ペドロリーノって言うんですか? 多分それ、偽名ですよ」


「む、何故そう思う?」


 答えは簡単だ。イタリアの喜劇に出てくるピエロの語源になった、道化役の名前だから。


「なんとなくです。それより、彼の行動範囲を隈なく調査してくれません? 絶対陰でコソコソ悪事を働くタイプです」


 あのトリックスターのような振る舞いは、間違いない。


「ああ、閣下に報告して調査を始めよう」

「よろしくお願いします」

「よろしく」


 珍しくアイリスも頭を下げている。


「じゃあ俺とアイリスはギルドに行くんで。あ、御者さん無事でした?」


「幸い軽度の打撲で済んだようだよ。それより、一度館に戻らないか?」


 無事なら良かった。


「いえ、戻ってもやれる事はありませんから。アイリス、行こう」


「うん、急いで行く」

「はぁ。最近の若者は、協調性が――」


 アクセルさんの老人みたいな発言を聞き流して、俺たち二人はギルドへ向けて歩き出す。


 その道中。


「カケル、ごめん」

「え、何が?」


 何故かアイリスに謝罪された。


「何も出来なかった。プレッシャーで体が動かなくなって、思考を読もうとしてもダメだった。わたしの方がカケルより強いのに、役立たず」


 そんな事気にしてたのか。


「いや、戦力差は明らかだったから、攻撃を仕掛けずにいて正解だったよ。それに()()()()()()()って情報は手に入っただろ? それだけで十分仕事はしてる」


 慰めではなく事実だ。もしまた敵対する事があれば、貴重な情報になる。


「うん、けどもっと強くなる。あいつをぶっ飛ばせるくらい」


「その意気だ。俺も置いてかれないように強くなるよ」


 二人で決意を新たにする。


「じゃあギルドに行って手紙を渡したら、ダンジョンの情報を得よう」


「うん、走る」


 アイリスが突然を走り出した。常識外れの速度に置いていかれそうなにりながらも、俺は懸命に駆ける。


「絶対追いつくぞ!」

「わたしに追いつこうなんて百年早い」


 今はまだ追いつけないだろう。けどいつかは追いついて、肩を並べて、この世界を走りたい。


 異世界に来て三十七日目。俺は今、心からそう思っていた。

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