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36日目 2 晩餐会の罠

「来ましたか、こちらへどうぞ」


 会場で声をかけてくれたのは、燕尾服に着替えたアクセルさんだ。

 案内されたのは上座にほど近い席。俺たちより侯爵に近い席は四つしかない。


「閣下と侯爵夫人であるエイミー様、第二子のブレンダン様は最後に参られます」


 もう二つはオリバーさんとアクセルさんの席かな? こんな上等な席、俺達じゃなくて良いだろうに。


 内心頭を抱えていると、後方から声をかけられた。


「これはこれは、【イーリアス】のお二人ではありませんか」


 顔を向けるとそこに居たのは、


「シュリーマンさんに、アルバンさん?」


 初の護衛依頼で知り合った二人の商人だった。


 シュリーマンさんは白髪を染め上げていて、燕尾服も見るからに高そうだ。以前会った時と印象が違う。


「お久しぶりですね。まさか侯爵閣下主催の晩餐会で再会する事になるとは」


「久しぶり」


「お久しぶりです。理由を話せば長くなるのですが――」


 俺は話せる範囲で、一通りの事情を説明する。


「なるほど、災難でしたね」


 話を聞いた二人は苦笑いだ。人生色々なんですよ。


「なんでアルバンさんもここに?」


 シュリーマンさんは御用商会の会長らしいからわかるけど。


「ああ、家名を名乗っていませんでしたね。私はアイザック=シュリーマンが長子、アルバン=シュリーマンと申します。以後お見知り置きを」


 きちっとした礼をするアルバンさん。


 何でも人を見る目を養うのに家名が邪魔だという事で、名乗らず修行をするのがシュリーマン商会式らしい。


「さて、積もる話もあると思いますが席につきましょう。そろそろ閣下がいらっしゃいます」


「分かりました。そういえばオリバーさんは?」


 見渡しても見当たらない。ルーデル男爵が立場上居ないのは理解できるが、オリバーさんは主役の一人だろう。


「最後に閣下と二人で参られます」


 わお、出世の大チャンスだ。胃は痛いだろうけど。

 それから暫く席に着いて歓談をしていたところ、扉が開き声が上がる。


「侯爵閣下のご到着です」


 全員が立ち上がり、拍手をして迎える構えだ。


 まず入って来たのは侯爵夫人と第二子ブランダンさん。優雅な振る舞いで自身の席の前に立ち、拍手に加わる。

 続いて会場入りするのは堂々とした侯爵と、緊張気味のオリバーさん。初めて見る人物の姿に奇異の目を向けられていて、話題の中心間違いなしだろう。


 席にたどり着いた段階で侯爵が軽く手を上げると、拍手がぴたりと止んだ。


「皆よく集まってくれた。今日は領内の盗賊団が壊滅しためでたい日だ。存分に食事を楽しんでくれ。ああそれと、家督はブレンダンに継がせる事にした。では皆着席し、乾杯と行こう」


 身内の中でも忠誠が厚い人間が集まってるのか、ざわめきすら起こらない。


 言葉を聞いて、周りの様子を見つつ席に着く。


 侯爵はグラスを手に持つと、乾杯の音頭をとった。


「では、良き風を」

「「「良き風を」」」


 ん、なんて?


 アイリスの方を見ると、普通にブドウジュースの入ったグラスを掲げている。乗り遅れてなるものかと、俺も直ぐに真似をした。


「ふむ。ブラウン出身だと、サントニオル式の挨拶は知らぬか」


 侯爵が言うが、申し訳ない。異世界出身です。


 そこで説明してくれたのはブレンダンさんだった。


「出航や旅立ち、祝いの席なんかでも使われる、この沿岸地域特有の挨拶でね」


 なるほど。次からは乗り遅れないぞ。


「その昔、先祖がこの地から海戦へ出向いた時、『良き風を』と挨拶した部隊が大戦果をあげたんだ。それ以来、この地では一般的に使われているんだよ」


「そうなんですね。かっこいいと思います」


 お洒落な挨拶だ。


「君は今回の功労者だと聞いている。なんでも聞いてくれ」


「ありがとうございます」


 恐れ多いので、ご飯に集中します。


「お主らは海鮮料理を所望らしいな。今日は一流の職人を待機させている。楽しみにしておくと良い」


「スーパー楽しみ」


 アイリスさん、フランク過ぎる。


「はっはっはっ、流石は銀閃風華殿の娘、剛気なものだ」


「え?」


 豪快に笑う侯爵に、驚くオリバーさん。シュリーマン親子はわけ知り顔で頷いていることから、知っていたのだろう。


「侯爵はお母さんの知り合い?」


 質問をするアイリス。


「ああ、騎士団長待遇で雇われないかと誘ったが、命令されて人を殺す気は無いと、にべもなく断られた」


 何そのかっこいいエピソード。エレクトラさん、自叙伝とか書いてくれないかな。


「お母さんは自分が殴りたい相手しか殴らないタイプ」


 凄い、途端に話のスケールが小さくなった。


「ふっはっはっは。いや、そうか。伝説も母親になれば、身近に感じるものだな」


 うーむ、確かに。


 一通り笑った侯爵が、間を置いて表情を引き締めた。


「さて、このテーブルを身内と関係者で固めたのは他でも無い、アクセル」


「はっ」


 アクセルさんがテーブルに設置された魔道具を発動する。防諜用の魔道具だろうな。


「まずオリバーはご苦労だった。一緒に連れて来て顔見せしたのは礼の一環だ。上手く活かせよ」


「はっ、ご配慮感謝します」


 これから面倒な人脈作りか、商人にはなりたく無いや。


「【イーリアス】への本格的な礼は明日だ。今日はゆっくり寛いでくれ」


「有難うございます」

「ございます」


 アイリスさんが運ばれてくる食事に気を取られている。俺がしっかりせねば。


「――ブレンダン。お前は大丈夫だろうが、明日からは少し厳しく政を教える。励めよ」


「了解しました、父上」


 ブレンダンさんの目には強い決意が見える。良い為政者になって欲しいね。


「エイミー、ブレンダン、アクセル、そしてシュリーマンよ。このサントニオルから膿を出し切る。ヴィクトルの周囲や薬物の販売ルートを辿って根絶やしにするぞ。身内にも罪人が居るかも知れぬが、躊躇わずに対処しろ」


 浄化作戦の話し合いらしい。けどこんなタイミングでやる必要が何処に……?


「という訳で【イーリアス】よ、明日の朝、礼を受け取ったらギルドへ出向いて手紙をギルドマスターに渡してくれ。アクセル」


「はい。こちらになります」


 侯爵家の家紋で封蝋してある手紙を渡され、なんとも言えない気持ちになる。


「――了解しました」


 俺が返事をするとアクセルさんが魔道具の機能を停止させる。すると侯爵が、


「その手紙をギルドへ持っていけば、昇格は間違いないぞ。はっはっはっ!」


 なんて白々しい台詞を吐いた。そんなの誰も信じる訳ない。これ、ヴィクトルの身内に襲わせようとしてます?


「たぬきじじい」


 アイリス、もっと言って良いぞ。


「そんな所も素敵なのよ?」


 ずっと黙っていた侯爵夫人、突然の惚気。何をニコニコしておるか。


 こんな面倒くさい事をしなくても、アイリスに思考を読んで貰えば殆ど解決なんだよな。ギルド規約があるから肩入れは絶対にしないけど。


 ギルドに所属している者は政治的な争いに不介入が原則。この手紙を届けるだけでもグレーゾーンだ。


 自身の生存権や人命の救助義務なんかとの兼ね合いがあって、一切無縁では居られないんだけどね。


「さて、では食事の続きを楽しもう」


 ――なんとも言えない気持ちのまま食事は続いたが、海鮮丼が出て来た事で俺とアイリスの機嫌は治った。チョロくないぞ。

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