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35日目 責任

「私は陛下よりサントニオルの地を預かる、エウクレイデス=デ=サントニオルである。そなたが隊商キャラバンの責任者、オリバーに相違ないか?」


 侯爵の顔には深い皺が刻まれている。ヴィクトルの父親にしては、結構お年を召された方だな。


「相違ありません。私はオリバー=ケインズと申します。この度は侯爵閣下に拝謁出来たこと、誠に嬉しく思います」


 うーむ。俺、なんでこの場に居てオリバーさんの後ろに立っているんだろう。侯爵が用意した天幕の中には彼の部下が溢れていて、完全アウェーだ。俺じゃあ守れんぞ?


「そうか。早速で悪いが、事情の説明をしていただけるか? ()()()()()()()()、全てを」


「勿論でございます、侯爵閣下。それを行うのに、私の後ろに立つ者の発言を許していただけますか?」


 俺を呼んだ理由それかよ! 聞いてませんけど! オリバーさんには全部説明したじゃん!


「ふむ、お主か。先ほど返して貰った斥候から報告を受けたが、全体の指揮をとっていたようだな。その若さで立派なものだ」


 目が全然笑ってないんですけど!


「はい。指揮官を一時的に失った結果、成り行きで」

「ほう、成り行きで150の騎兵に何もさせぬか」


 おい、これどっかのスパイか何かと疑われてる? お宅の息子さんが抱えてた私兵が弱すぎただけだよ!


「――オリバー殿から事の顛末を全て聞けば、納得できるかと」


 ふっ、お偉方の前で俺が話すことなど、不可能だ。頼むぞオリバーさん。


「そうか、ではオリバーよ、話してもらえるか?」

「承りました。事の始まりは――」


 それから長い時間、俺はオリバーさんの説明に注釈を入れつつ過ごした。


「――あの馬鹿息子がッ!」


 ダン! と両手をテーブルに叩きつける侯爵閣下。


「しかし、ヴィクトル殿にも事情を聞いてみなければ――」


「本気で言っておるのか!? 真実の石があるのだぞ!? 嘘を吐くくらいならこの一日で逃げ出しておるわ!」


 閣下がご乱心だ。反論をした人間は涼しい顔をしていることから、与えられた役割なのだろう。


「……ヴィクトルを連れて参れ」

「は、はっ!」


 言われた警備担当者が慌てた様子で駆けていく。


「――お主らには迷惑をかけたな。とった判断も正しい。ブラウンを頼ったのは癪だが、身を守るためだ。仕方なかろう」


 なるほど、噂通り寛大でフェアな人間のようだ。


「此度の謝礼はサントニオルでしよう。来てくれるな?」


 鋭い眼光で問いかける言葉には、恐ろしく圧がある。


「勿論でございます。侯爵閣下」


 頭を下げるオリバーさん。俺は素知らぬ顔で立っていたが、周囲の圧に負けて、


「楽しみにしております」


 精一杯の強がりを言った。ふっ、オリバーさんが冷や汗をかいてるぜ。


 場の時間が一時的に止まっていたところへ、ヴィクトルが兵に両脇を抱えられて登場した。


「父上! 助けに来てくれたのですね! その男たちは盗賊の仲間です。捕らえて罰を与えましょう!」


 これは酷い。二流三流なんて騒ぎじゃないほどの子悪党だ。


「――では真実の石に手を置け、そして私の質問に答えろ」


「な、何を言っているのですか? 父上、どちらが真実を語っているかなど一目瞭然――」


「手を置けと言ったぞ! ヴィクトル!」


 侯爵の剣幕に言葉を失う馬鹿息子(ヴィクトル)


 その手を掴んで無理やり石板に乗せると、侯爵閣下が言葉を放つ。


「お前は私を尊敬しているか?」

「あ、当たり前じゃないです……か……」


 石板は赤く光った。嘘である事を告げている。


「今回のこと以外にも、大きい悪事を働いたか?」

「…………」

「ヴィクトル!!」

「――いいえ」


 石板は再び赤く光る。余罪ありかよ……。


「今回隠れて物資を集めたのは、私を弑虐するためか?」


「なっ、ち、違うのです父上! これは――」


 三度赤く光る石板。こいつ父親を殺して、侯爵の座を簒奪するつもりだったのか。


「ヴィクトル、お前は私が歳をとり、子供を諦めかけていた時に出来た子だった。私はお前を神様の贈り物だと思っていた」


「父上……」


「だから私は、お前を甘やかしてしまったのだろう。良い父で無く済まなかったな」


 侯爵閣下が、謝罪の言葉を告げた。


「だがそれも今日までだ。犯した罪には、罰が与えられなければならぬ」


「――何を言っているのですか!? 父上!」


 そして紡がれたのは、決別の言葉であった。


()()()を早急にサントニオルへ戻し、牢へ入れる。その前に被害者の安否確認や余罪の追求をするぞ。尋問官を呼べ!」


「待ってください父上! どうかお慈悲を!」


「お前は今までそう乞うた人間に、慈悲を与えて来たのか?」


「も、勿論です!」

「石板に手を置いて答えろ」


 ギョッとして、固まるヴィクトル。


「――本当に残念に思う。愛した息子よ」


 その言葉は過去形だ。侯爵の中では全て終わったのだろう。


「さて、オリバーよ。私はここで尋問の結果を聞いてからサントニオルへ戻るが、お主はどうする?」


「私たちも同じタイミングで同行をします。商会への連絡だけは、事前にさせていただきますが」


 良いのでは無いだろうが。侯爵と共に凱旋すれば盗賊捕縛の功績を譲る形で恩も売れるだろうし。


「良かろう。手紙を書けば使いのものを走らせよう」


 検閲入るやつや。


「ありがとうございます。では我々はこれで」


「ああ、ご苦労、有意義な時間であった。そこの冒険者も、謝礼は()()()にしておけよ」


 余計なことを言って、目をつけられましたかね。よく無いですねー。


「ははは、ありがとうございます。では失礼致します」


「また後ほど」


 これで俺達は歴史の闇へ葬り去られずに済みそうだ。天幕に居た白髪と金髪の騎士二人、アイリス以上の化け物だった。怖い怖い。


「ふぅ。カケル君、ご苦労だったね。お陰で平穏無事な道程より、得るモノの多い旅になったよ」


 オリバーさん逞しいな。


「まあ侯爵とのコネクションですからね。サントニオルで上位の商会に食い込めるかもしれませんよ」


「そうだね。打倒シュリーマン商会だ」


 なんか知ってる人の名前と同じなような……。


「シュリーマンさんって、あの小太りの?」


「なんだ、知ってるのかい? やはり顔が広いな。彼の商会はサントニオル侯爵家の御用商会なんだよ。羨ましいね」


 うーむ、凄い人だったのか。そんな人と会う約束してるけど、門前払いされたりしないよな?


「そうですねー」


 俺はあんな腹黒そうなおじさん(侯爵)相手にするより、アイリスとのんびり冒険してたい。


 そう思いつつオリバーさんと別れ自分のテントへ戻ると、アイリスが鍋に具材を放り込んでいた。


「アイリス! 帰ってたのか? おかえり」

「うん、カケルもおかえり。交渉終わった?」


「万事解決しそうだぞ。そっちも救助は済んだのか?」


 男爵さん、大丈夫だったのだろうか。


「うん。さっき別れて、今は侯爵の所へ向かってる」

「ああ、申し開きは必要だろうしな。多分叱責はさせるだろうけど、派閥には戻して貰えるだろうよ」


 派閥追放の件も、ヴィクトルが絡んでる可能性が高い。


「ふーん。そんな事より、そろそろご飯出来る。今日はビッグボアのお肉が手に入った」


「帰りに狩ってきたのか? 前回は干し肉でもあんなに美味しかったんだ、急いで準備しよう。スプーンで良いか?」


 アイリスが帰ってきて、日常が戻ってきた。アイリスと出会って僅か一ヶ月。人間関係は時間じゃ無いのかもしれないな。


「うん。カケル、串焼きも作るから串出して」

「あいよ」


 何はともあれ一件落着。


 騒動が終わり、後日侯爵からのお礼に大層驚愕することになるのは、また別のお話だ。

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