34日目 9 ヴィクトル
「オホンッ。済まなかったね。ヴィクトル殿は我が商会のお得意様だったのだよ。あまりのショックで頭がおかしくなりそうだった。あははははは……」
乾いた笑い、何を見てるかもわからない目、もう結構おかしくなってますよ。
「フォルクがこの隊商狙った理由が解りましたね。クレアちゃんの落とした髪留めって、ヴィクトルに貰ったものじゃ無いですか? それなら絶対に無くせませんよね」
「……ああ、そう言えば髪留めをプレゼントされた時、『普段からつけてくれると嬉しい』なんて、言われたような……あの野郎……」
「――お父さん、あの人最低です! 極悪人ですよ!」
親子揃って中々の怒りようだ。まあ気持ちはわかるけどな。
「ああ、必ず報いは受けさせよう。それでカケル君、作戦っていうのはなんだ?」
「私もなんだってやりますよ!」
クレアちゃんがご乱心だが、流石に子供にしてもらうことは無い。
「作戦は単純なんです。罠を張るのと、味方を増やします」
「ふむ、詳細は?」
「罠に関しては、隊商の襲撃をクリフォードさん経由でヴィクトルに報告、今回は盗賊を捕らえに来るはずなので、一緒に来た兵隊ごと一網打尽にします」
もう一度《《だけ》》襲えと言ったのが本当なら、今回は当初の作戦通り動くのだろう。猜疑心が強く慎重なタイプみたいなので、二度も同じ事をしてクリフォードを怒らせるような愚を犯さないと思う。
「味方に関しては、彼の父親を頼ろうと思います」
「それは大丈夫なのか? 侯爵閣下とは面識が無い。表向きは公明正大な人物として有名だが、場合によっては揉み消される可能性があるのでは?」
「保険をかけますし、それを侯爵にも伝えるので、多分大丈夫ですよ」
「保険?」
「保険です。南部で侯爵家に靡かない領地、あるらしいじゃないですか」
ベルが貴族の内情に詳しくて助かったぜ。
「――ブラウン伯爵家か」
「そうです。ダンジョンを多く抱え、穀倉地帯や広い河川もある。港が無くとも街道が整備されていて輸送が強い。いやー良い場所ですよね、ブラウンって」
そして領主の孫と知り合いなのだ。申し訳ないが、頼らせていただこう。
「――分かった、その賭けに乗ろう。商人達への説明は任せてくれ」
「はい。それはアイリスが居る時にお願いします。流石に裏切り者が出たら笑えませんから」
申し訳ないが、商人という生き物を根っこから信用する訳にはいかない。
「ああ、了解した。それから――」
こうして細かな擦り合わせは進み、いつしか夜を迎えて、作戦は実行段階へ移っていった。
「皆無事か!? 忌々しい賊共め! このヴィクトル=デ=サントニオルが来たからには、もう無法は通らぬぞ! 大人しくお縄につけ!」
余りにも白々しい演技で現れたのは、黒幕のヴィクトルその人だ。兵の数は百五十程で、皆騎乗しているようだ。
作戦開始の連絡を入れて、先ほど進捗の報告をしたところ、まんまと釣られてやって来た。
冒険者たちが扮する盗賊に見事騙され、縛られている商人、そして盗賊を助けようと武器を構えている。
「皆の者! 相手は所詮盗賊、恐れる事はない!」
それっぽい台詞を吐いているが、裏を知っている身からすると、滑稽を通り越してドン引きである。
「さあ武器を抜け! 突撃する! 我に続け!」
一見勇ましく振る舞うヴィクトル。
走り出した騎馬兵たちは、見に纏う鎧の威容に反して、あまり強そうには見えない。彼の私兵なのだろうが、もしかしたら真面目に訓練をしてないのかもな。
そんな相手を制圧する為、俺たちはプラン通り攻撃を始める。
「総員、攻撃開始!」
「「サンダーボルト!」」
「アイシクルレイン」
「「「ファイヤーアロー!」」」
「「「ウォーターボール!」」」
「「「エアショット!」」」
「「「ライトアロー!」」」
「「「ストーンバレット!」」」
様々な属性の魔法が、騎士へ殺到した。
「ぐっ」
「何故盗賊がこれ程の!」
「うわッ、ま、待て、俺を置いて行くな!」
うん、狙い通りいっているようだ。一度目の斉射は馬ではなく騎手狙いで行った。
単純に馬が可哀想なのもあるが、手土産があるほうが交渉には有利だろうと思っての事だ。特に騎士用の馬は一頭あたり、とても高価なはず。
落馬した騎士たちが各々武器を構えて、白兵戦を開始する。
「うまくいってる」
「おう、アイリスも作戦通り行ってもらえるか?」
戦闘が接近戦に移ったので、彼女にはヴィクトルの捕縛に当たっていただこう。
想定外の事態に備えて待機して貰っていたが、この相手なら問題ないだろう。
「うん。行ってくる」
「気をつけてな? ヤバかったらすぐ撤退だぞ?」
返事も残さず、戦場の真ん中を凄まじい速度で疾走して行くアイリス。
「カケルよ、我はどうする?」
話しかけてきたのはベルだ。
「どうするって、アイリスみたいに出来るのか?」
ベルは貴族事情に詳しいのでアドバイザーとして待機して貰っていたのだが、意外と戦いたかったのか?
「――出来るといったら?」
「やっても良いけど」
隠された真の力でもあるんだろうか。するとベルは腕を組み、澄ました表情でこう告げた。
「――出来ない」
「しょうもない事でカッコつけるなよ」
キメて言うような台詞では無い。
「ふっ。そんな事より、動きがありそうだぞ」
言われて戦場を見渡すと、アイリスがヴィクトルの護衛を蹴散らし、本人をぶん殴っているのが目に入った。
「侯爵子息の護衛が、あんなに弱い事ある?」
「無いな。大方父親がつけたお目付役の護衛を、煩わしいからと遠ざけているのだろう。クックック、愚かな事だ」
そんなものか。
呆れて戦場を眺めていると、アイリスがヴィクトルを掲げてこちらに振り始めた。というか振り回している。中々に恐ろしい絵面だ。
目標は達成されたので、作戦を次の段階へ進めよう。
「チャドさん、お願いします」
「了解した」
チャドさんは前に出ると、大きく息を吸い、戦場に声を轟かせる。
「兵ども聞け! ヴィクトル=デ=サントニオルは我々の手に落ちた! 武器を捨てて投稿すれば命はとらないと約束しよう!」
これで投降してくれるだろう。彼らに戦って死ぬ勇気は無い。後は別働隊が首尾よく役目を果たせれば、この戦場での目標は達成だ。
チャドさんの言葉を受けて、続々と武器を捨て地面に座り込む兵達。
「捕縛しろ!」
冒険者たちはテキパキと捕虜にとっていく。
150人は流石に多い。食費もかかるので早く解放したいのだが、侯爵との交渉材料になるので、そうもいかない。
そんな事を考えていると、顔を隠したクリフォードさんが近くへやってきた。
「言われた通り、侯爵の手の者は捕縛した。ヴィクトルの動きを掴んで監視したいたようだ。これで交渉は問題ないか?」
「ええ、我々を敵に回すのが面倒だと分かってくれれば、交渉のテーブルにはついてくれると思いますよ」
結局のところ侯爵に迫られるのは、無能な味方と厄介な敵を天平にかけて、どちらを取るのかと言う問題だ。
愛する息子だとしても醜聞は家名に響く。少なくとも公明正大な人間という人物評を得ている侯爵が、あんな放蕩息子を取ることは無いだろう。……ないと思いたい。
「そうか。それで、これからも予定通りか?」
「はい、向こうから接触があるまで待機します。一応我々がブラウン伯爵に助けを求めてると噂を流しますから、そんなに時間はかから無いかと」
長くても三日程度だと踏んでいる。
「では私は――」
「ルーデン男爵の救助なら、何人か冒険者を雇って行って良いですよ。オリバーさんの許可が出たらですけど」
あの人は今熱烈なヴィクトルアンチだ。多分大丈夫だろう。
「――わたしが行く?」
アイリスが簀巻きのヴィクトルを引きずって現れた。その登場の仕方好きなん?
「まあアイリスがいけば助けたも同然だけどな」
「――良いのか?」
俺たちは良い。
「オリバーさん次第です。うちの冒険者の中で、ぶっちぎりのナンバーワン戦力ですから」
「ふふん。人の救助なんて、朝飯前」
調子に乗っておられる。
「――わかった、頼む」
静かに頭を下げるクリフォードさん。
「我も行ってやろうか?」
「お前は要らん」
声をかけたが、にべもなく断られるベル。
「けどベルのディアブロちゃん、偵察にかなり便利ですよ」
言われたベルの鼻が膨らんでいる。鼻毛見えてますよ。
「……む、では一緒に来てもらう」
「ふはは、良いだろう。我とディアブロの力、その目に焼き付けると良い」
そんな会話をした後、オリバーさんの許可を得て三人は旅立った。男爵領はここから半日ほどなので、直ぐに帰ってくるだろうけど。
彼らが出発した翌日の早朝、野営地にサントニオル侯爵本人が現れた。




