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2日目3 パワーレベリング

「――というわけだ。よし、いい時間だな。本日の座学はここまで」


 テリーさん、いやテリー先生と呼ぶべきだろう。現役Cランク冒険者による授業によって、蒙を啓かれた気分だ。


 道具の使い方や食事、荷物の管理方法、野営地の選び方に、夜番のコツなども為になったが。

 冒険者としての心構えは、多くの危機を乗り越えた人間の言葉として、心に重くのしかかり、教訓を胸にを刻んでくれた。


 俺は絶対に冒険を侮らない! 死なないために全力を尽くす! 一瞬足りとも諦めないし、若いうちからしっかり貯金をする! 色恋沙汰は起こさない!


 一緒に講義を受けていた男子三人は勿論、エルフさんも、じっと先生の話に耳を傾けていた事が、素晴らしい授業だった証左だろう。


「それじゃ今度は楽しい実地訓練だ。今から三十分で南西の森に行き、低級の魔物を狩って解体、調理し食事をとった後、冒険者ギルドに戻って解散とする」


 なんと。解体を習うとは聞いていたが、自分たちで狩った獲物を使うのか。

 しかし俺は、十歳児以下のクソ雑魚系男子なことが判明してるんだけど、大丈夫なのだろうか?


 チラッとテリーさんの方を見ると、任せろと言わんばかりに頷いている。先ほどの座学を聞いた影響か、とても頼もしく思えた。


「では各自準備をして、十分後にギルド前で集合だ」


 皆が部屋を出ていく中、俺は初心者セットの背嚢から衣類や装備を取り出すと、誰もいなくなった部屋で着替えていく。

 丁度全部の装備が終わった頃、先ほど部屋を出て行ったテリーさんが戻ってきた。


「装備は問題なく出来たか?」


「はい。サイズも完璧でした」


「まあカインが見立てを間違えることは無いだろう」


 流石カインさん、どこまでも出来る男だ!


「これから森へ行くわけだが、レベル1だと最悪、アントラーラビットの角が喉にでも入れば死ぬ」


 やばすぎんだろ……。アントラーラビットは体長四十センチ、体重六キロくらいの魔物だったはずだ。


「わかってるとは思うが、森では前に出るな。後で槍を渡すから、俺が瀕死にした魔物へ止めを刺せ」


 おお! パワーレベリング! これで町のキッズに勝てるようになるかも!?


「ありがとうございます!」


「おう。最低ランクの魔物でも、突くのが一人なら今日中にレベル8か9くらいにはなるだろう。じゃあそろそろ行くぞ」


 ふはははは! 悪いな十歳児。今日俺は、お前を超える……!


「馬鹿なことを考えてないで部屋から出ろ。鍵掛けるから」


 はい。

 おれはイソイソと部屋を後にした。


 備品をとりに行ったテリーさんと別れ、ギルドの外に出た。

 ギルドの前では初心者セットに自前の剣を装備した三人組と、胸当てをつけて矢筒を背負ったエルフさんが立っていた。かっこいいぜ。


 何も話さないのは気まずいので、四人に話しかけてみよう。


「俺は古昌カケルです! みんなよろしく!」


 敬語とタメ口の混ざった謎の挨拶だが、許してほしい。初対面の人に声をかけるのは緊張するだろう?


「ん?あぁ、ジョンだ。よろしく頼む」


 三人組のリーダー?らしき若者が返事をしてくれて、他の二人も続く。


「カケルさん、年上ですよね?トマスです。よろしくお願いします」


「ニコラスっす」


 おー、異世界で初めて年齢が近い人間三人と、コミュニケーションを取ったぞ! 実績解除だ! トロフィーください。


 少し誇らしい気持ちになりつつ、返事の無かったエルフさんの方を見ると、


「――ジュゲムジュゲムゴコウノ「嘘でしょ!?」」


「そう、エルフジョーク」


 どういうこと!?


 寿限無やん。


「エルフは寿命が長いから、時間感覚が大らかな人が多い。そこで古代から伝わるすごく長い名前をあたかも「説明させて申し訳ない!」」


 思ったより面白い人かもしれない。三人組は引いてるけど。


 少なくとも神秘的な印象は消え去った。ていうか古代に寿限無伝えた日本人転生者が居たんだな……。

 そんな思考に耽っている時、今度こそエルフさんが名乗ってくれた。


「アイラ」


 おお!こっちが本当の名前か、かわいらしい。


「この弓の名前」


「弓の方!?」


「こっちはヒルダ」


 ダガーを見せながら言われましても。


「うそ、ほんとはタカシ」


「タカシ!?」


 何の嘘だよ。てかジュゲムを伝えたのタカシか?


 俺が怒涛のボケに戸惑っていると、


「おう、待たせたな。槍を取りに行ったら時間かかっちまった。なんだアイリス、友達出来たのか?」


 そんな事を言いながら、テリーさんがギルドから出てきた。知り合だったのか。


「うん、良いリアクションをしてる」


 独特な評価点を持っているな。


「アイリスさんですね、よろしくお願いします……」


 確か花の名前であり、元は虹の女神さまの名前だ。厨二病全盛期に色々な神話を調べたから自信がある。

 この世界に伝わってるのかは知らんが。


「うん、よろしく」


 こうしてやっと、挨拶が終わった。


 テリーさんは特に気にした風もなく、実地訓練の準備や確認を続ける。


「ほら、カケルはこの槍もっとけ。そっちの三人は自前の剣で良いんだな? アイリスは弓とダガーにスティレットか、母親のか?」


「そう、誕生日に貰った」


「まあ冒険者を引退して十六年もたったし、娘が欲しがるなら譲った方が良いか」


 どうやらアイリスの母親も冒険者だったらしい。娘が出来て引退したのかな?


「装備は大丈夫そうだな。そろそろ日が暮れ始める。夕方は日の位置を気にしないと思わぬミスも出るから、確認しながら行くぞ!」


「「「はい!」」」


 それから一行は南西の森に向かった。


 その森の中で……。


「チェストおおおお!」


 俺は震える足を動かす為に大声を出して、目の前の生き物に槍を突き立てた。そう、瀕死でピクピクしているゴブリンに向けて。


「そんな気合い要るか?」


 テリーさんはこう言うが、日本在住十六年、70cmもある生物を殺した事など無い。テレビなどで見る分には大丈夫でも、生のニオイや悲鳴、手応えがモヤシんボーイの心を苛むのだ。


「要るんです。少なくとも今は」


「そうか、まあ良い。魔石を取って次に行くぞ」


 うう、仕方ない。収入のためには必要な作業なのだ。何度かやって慣れてきた気がしないでも無いし、頑張ろう。


 俺は初心者セットの解体用ナイフをゴブリンの心臓に突き立て、中から小さな魔石を取り出す。


 魔物の心臓部から取れる黒い球体の魔石は、魔道具に使われるエネルギー源となる。


 ゴブリンの魔石はかなり安い。それでも練習にはなるし、数さえあれば宿代1000ラウぐらいは稼げるそうだ。


 その後も狩りは続き、


「次、リトルボアを連れてきたぞ!」


 テリーさんが瀕死のリトルボアを引っ張ってくる。今度は無言で槍を突き出し、断末魔の悲鳴を聞く。


「やっぱりグロい……」


 SUN値が削れている気がする。


「なんか言ったか?」


「なんでも無いっす……」


 自分の為だと無心で槍をつき、魔石を取り出す。


 しばらく同じ作業を続けていたところ、アイリスと男子三人組が森の奥から走ってくるのが見えた。


 アイリスをリーダーにして物資の調達訓練に出ていたのだが、無表情なアイリスと必死の形相をした三人組がこちらに迫ってくる。

 巨大な熊に追われているようだ。


「テリーさん!」


「おう!」


 一目で状況を把握したテリーさんは、肩に担いだバトルアックスを構えて走り出した。


「左右に散れ!」


 四人が一斉に左右へ転がると、テリーさん肩に担いだ斧を振り上げ、小さく呟く。


「――大切断」


 瞬間、巨体が縦に割れた。


 アイリス達を追っていたのはレッドベアーと呼ばれる魔物で、四メートルは有りそうな大物だった。それを、一撃。


「マジかよ……」


 人が重火器を使わずに起こせるとは思えない、衝撃的な光景。唖然として立ちすくんでいると、テリーさんが口を開く。


「まったく、レッドベアーなら見つからないで帰って来れたんじゃないのか、アイリス?」


「私だけならそう、ジョンがミスした」


「ミス?」


「うん、大きいクシャミ」


 その言葉に、少し気が抜ける。森って何か色々舞ってそうだし、咄嗟に止められなかったんだろうなぁ。


「大地を揺るがすほどの」


 そこまで!?


「いや、そこまで大きくは無かった思うが、すまなかった」


 ジョンがしおらしく反省している。


「まぁ初めての採取ならミスは付きものだ。そのためにアイリスを付けたのだし。つーか何で倒さないで、ここまで引っ張ってきたんだ?」


 アイリスあの熊倒せるんだ。めっちゃ凄いな!


「良いリアクションを期待していた」

 

 !?

 

 こちらを見つめる瞳に、空いた口が塞がらない。他の三人は命の危機を感じていただろうに……不憫だ。


「まぁまぁだった」


 ちょっと不満そうだ。ぎりぎり不合格らしい。


「顔は九十点」


 リアクションの事だからね?平時に言われたいわ。


「対応は九十五点」


 テリーさんにすぐ報告したのが良かったのだろう、自分じゃどうしようもないしね。


「ツッコミが零点」


「ボケだったの!? ボケでレッドベアー連れて来ちゃったの!?」


 凄い、命かけてやがる。


「うん、合格」


 漫才の相方オーディションじゃないんだから……無いんですよね?


「もう良いか?レッドベアーの魔石も抜いたし、野営地で飯食って帰るぞ」


 テリーさんはアイリスの奇行に慣れているようで、淡々と仕事をこなしている。

 三人組は呆気にとられていたが、なんとか持ち直したようで、何も考えずに野営地に向かう事にしたみたいだ。


「はい、戻りましょう」

「わかった」


 教官に返事をして野営地に向かう。隣を歩くアイリスが少し楽しそうにしていのが、印象的だった。

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