32日目〜34日目 1 二度目の護衛依頼
アルスヴァルトを出立してから二日が経過した。
サントニオルへの旅程は驚くほど順調だ。道中で現れる魔物も少なく、暇を持て余したアイリスがクレアの写真撮影会を始めたくらいだ。
このフィルム、アイリスの両親に送るのだろうか? まぁ俺が気にする事でも無いか。
「今日の夕方には、サントニオル」
朝食を終え、片付けをしてる最中にアイリスが告げた。
「――そうだな」
ずっと身構えていたが、たまには簡単に終わる依頼があったって良いよな? そう思うと、無駄に肩肘張っていた気がしてきたぞ。
力を抜いて深呼吸をする。清涼な空気が体をみたし、視界が開けたような感じがした。
「よし、そろそろ出発の――」
出発の準備をしようと口を開きかけた時、ドンッ! と大きな音が響いた後、けたたましい炸裂音が響き渡った!
――は?
予想だにしない出来事で、一瞬思考が止まる。
俺たちのテントは北側にある。炸裂音は商人たちのテントや馬車を挟んだ南の方角からだ。周囲は次第にざわつき、怒号が聞こえ始める。
「襲撃か?」
「うん。けど……」
「どうした?」
聞くとアイリスは少し躊躇った後、こう答えた。
「――魔物じゃない。多分、人間」
異世界に来て三十四日目。この日、最悪な敵との戦いが始まろうとしていた。
「どうする?」
動揺で固まっていた俺の耳に、アイリスの声が届く。
「――とにかく状況を知りたい」
俺たちの仕事は商人たちの護衛だ。思考をそちらにフォーカスしないといけない。幸いな事に空はもう白んでいて、皆起きているはず。
「北側の指揮をしているフォルクさんのところへ行こう。それと――」
これから取って欲しい行動を、アイリスに伝える。
「――了解」
二人の作戦会議を終えると、俺は魔法袋をポケットに入れ、武器を手に走り出した。
ミーティング用に張られた、一際大きな天幕へ辿りつくと、多くの冒険者たちが既に集まっていた。
「今現在、状況を確認中です。皆さんはいつでも戦闘を行えるように、準備をしておいてください」
中へ入ると、フォルクさんが冒険者達を落ち着かせている。優男風の容姿もプラスに働いていて、今は皆静かに待機中だ。
それから程なくして、バタバタ走る音が聞こえたかと思うと、一人の冒険者が慌てた様子で駆け込んできた。
「やはり盗賊の襲撃を受けている! 数は最低でも三十名! 北側を除く冒険者で対応しているが、謎の攻撃を受けて次々と意識を失っているようだ! かなり不味いぞ!」
テント内がざわつきに包まれる。そこへフォルクさんが声を上げた。
「お静かに! 状況はわかりました。我々も対応に当たりましょう。全員で一丸となり、意識を失った者が出た場合は速やかに回収、離脱をしてください」
作戦を聞いて、皆一様に頷いている。
「相手の攻撃方法が分からない以上は十分な距離をとり、魔法の斉射で一息のうちに倒しましょう」
未知の攻撃をする敵に長々と付き合うより、短期間で勝負を決めた方が良いという事だろうか。
「攻撃の正体が毒粉などの類なら、私の風魔法ウィンドレジストで防げます。皆さんは安心して賊の対処に集中してください。では行きましょう!」
「「「おう!」」」
皆気合いをいれて、テントから出ていく。
「なあ、アイリス。やっぱり――」
「うん、けどやるしか無い」
やるしか無いか。それもそうだなと覚悟を決めて気合いを入れ直す。するとまだ天幕に居たフォルクさんが声をかけてきた。
「貴方たちはオリバーさんから大変優秀だと伺っています。期待していますよ? 共に頑張りましょうね」
ニコニコと話すフォルクさん。その言葉を聞き、アイリスと顔を見合わせて頷く。
「分かりました。頑張ります」
「うん、悪人は許さない」
言って俺たちもテントを出る。そこからは冒険者たちと足並みを揃えて、南へとひた走った。
通りかかった中央付近では、混乱した一部の商人が右往左往としていたが、オリバーさんの一喝で落ち着きを取り戻したようだ。
「流石会頭。やるもんだね」
「クレアの父親なだけはある」
足を止めずに南へ抜けた俺たちを待っていたのは、ニ十人近くの冒険者が倒れ伏す、ショッキングな光景だった。中にはダリウスさんも含まれている。
持ち堪えている者も数名いたが、既にフラフラの状態でいつ倒れてもおかしくはない。
盗賊たちは何故か南西の森の中に佇んでいて、攻撃をしかけてくる気配は無かった。
「西から風、何かの残骸がある。それと敵が遠過ぎて、思考が読めない」
アイリスが小声で報告をくれる。
冒険者たちに外傷は無く、出血もない。殆どがうつ伏せで、呼吸は穏やか。睡眠系の魔法や催眠薬の類か? 大穴で神経毒あたりだろう。
状況を分析してアイリスに伝えた所で、フォルクさんが声を張り上げた。
「皆さん! 油断せず攻撃をしましょう! ウィンドブレス!」
その声に合わせて冒険者達が魔法を放つ。中級魔法も多く含まれた攻撃が、雨のように盗賊へ降り注ぐ!
しかし、盗賊達は森を盾にしつつ、巧みに回避してみせた。
「皆さん、守りは私に任せて攻撃を続けてください! 相手に反撃の隙を与えてはなりません!」
続くフォルクさんの声を受けて、攻撃の手を緩めない冒険者たち。
その中で俺とアイリスは魔力を温存しつつ、周囲へ注意を払って待機していた。
それから数分にわたる攻撃によって味方の魔力が枯渇し始めた頃。ドンッ! という音の後に、西の風上へ大きな樽が降って来た。
「あれだ! アイリス!」
この樽が、最初に聞いた炸裂音の正体だ。だからこれは想定内。
「ファイヤーストーム」
アイリスの魔法によって、炸裂した樽から飛散した粉末が、焼き尽くされていく。
戦場に一瞬の動揺が走った。そこへフォルクさんの声が響く。
「流石ですね! あの粉末が奴らの攻撃なら、ウィンドレジストで防げそうです。アイリスさんは攻撃をお願いします」
「――わかった」
視線を森へ向け、攻撃の構えを取るアイリス。
「ふん、面倒な事を。サンダーボル――」
「バインド!」
そのアイリス目掛けて雷撃を撃とうとしたフォルクに対し、俺は闇属性の拘束魔法を放っていた。




