31 日目〜32日目 ケインズ商会のオリバーとクレア
異世界三十一日目。
異世界ローリルへ来てから一ヶ月を過ごし、日々暑さが増しているなと感じている。日本で言う所の、7月くらいの気候だ。
最近は麦の収穫が進んでいるようで、大量の穀物を積んだ荷馬車が町を行き来している。
「今日は報酬を受け取った後、護衛依頼を受けて、自由行動」
この町での目的は達成した。次は南の港町、サントニオルへ向かう予定だ。
「おっけー、じゃあ行動開始!」
宿を出て、ギルドで報酬20万ラウを受け取り、明日出発の護衛依頼を受けた。
その後は二人別れて街へ繰り出す。
俺は1日かけて市場や魔法書屋を巡り、露天で抜刀術基礎という魔法書を発見して購入。ホクホク顔で宿に戻った。
しかし刀剣関係のスキル、まじで売ってない。不人気というより規制されてると言われた方が納得がいくレベル。
刀剣術基礎を探してくれた【フロースセア】の二人には感謝だ。
自分の部屋に荷物を置いた俺は、アイリスを食事に誘う為、部屋のドアを叩く。
「アイリス、居るかー?」
「居る、鍵開いてる」
閉めときなさいよ。まぁこの世界、本当に危険な人には鍵なんて無意味だろうけど。
「入るぞー」
ガチャリと扉を開けると、アイリスの他に小さな女の子が一人、ちょこんと椅子に座っていた。
うん? 誰? 何故ここに? 高速回転した俺の脳内で、正解が導き出される。
「誘拐は良く無いぞ。一緒に謝りに行こう?」
「違う」
ふるふると首を横に振るアイリス。
「次に護衛するキャラバンに、オリバー・ケインズという商人が居る。その娘。八歳」
「を、誘拐したのか?」
犯罪ダメ、絶対。
「ゆ、誘拐されてません!」
ちんまりした女の子が椅子から立ち上がり、アイリスを庇うために声を上げた。
「知ってた」
「――え!?」
ガーンって顔だ。
すごい。良いリアクションをする。この反応を求めるアイリスの気持ちが少し分かったかもしれない。
「で、その商人の子が、何故アイリスの部屋にいるんだ?」
「――その事は、話せば長くなる」
えぇ、この一日で何があったんだよ。
「長くなりません! お父さんが下の食堂で飲んでいて暇になったところを、アイリスさんに構って貰っていただけです!」
そうなんだ。しかしアイリスよ、子供のツッコミを聞いて満足そうに頷くな。
そんなアイリスが口を開く。
「クレアには、才能がある」
悔しいが、わかる。
「え!? そんな! 才能だなんて!」
クネクネと素直に照れている。こんな反応俺には出来ない。
「トリオで売り出すことも辞さない」
「鳥夫ってなんですか?」
「天然ボケまであるのか、最強だな」
侮りがたし、八歳少女。
「まぁ事情は分かったし良いや。ご飯誘いに来たんだけど、もう食べたか?」
「まだ、一緒に行く」
「私は先ほどいただきましたけど、一緒にいきます!」
ビシッと手を挙げるクレアちゃん。何この可愛い生き物は。
「うん、デザートご馳走する」
アイリスは顔こそ無表情だけど、雰囲気が楽しそうだ。実はクレアにデレデレなのではないだろか? 可愛い物好きだしな。
食堂に場所を移して、空いている席に着く。
クレアちゃんは男三人で飲んでいる父親の元へ行き、何やら話をしているようだ。
「カケルにイジメられたと報告してるに違いない」
「あんなに純粋な少女捕まえて、なんてこと言うんだ」
事実だったらトラウマもんだよ。
「クレアはやれば出来る子」
「その言葉はもっとポジティブな使い方をするべきだ」
俺とアイリスが白熱の睨み合いをしていると、オリバーさんがクレアちゃんと共にやって来た。
「娘がお世話になってすまないね」
言いつつ、俺を値踏みする様に見てくる。
「気にしなくて良い。クレアはいい子」
確かに。真面目そうだし。
「そっちの青年は初めましてだな。明日から護衛なんだろう? 私はオリバー・ケインズ。ケインズ商会の会頭であり、明日出発する隊商のリーダーだ。よろしく頼むよ」
「自分はパーティー【イーリアス】の古昌カケルです。明日からよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
これはクレアちゃんの元気な挨拶。和みますね。
「脅すようで申し訳ないが、十日ほど前、南の街道で行方不明になった隊商があると噂を聞いてね。予定より多めに護衛を雇ってはいるけど、細心の注意を払ってくれ」
「――はい。全力で臨みます」
ルーカスさんたちの隊商は大きいから心配無いだろうけど、こっちはヤバそうだな……嫌だなぁ。
内心嘆く俺の横で、アイリスがボソッと呟く。
「カケルの不幸体質」
そんな事はない。反論しても言い負かされる気がするから、何も言わないけど。
「あっちで飲んでる二人が今回の隊商で冒険者の指揮を取る人間だ。デカい方が元冒険者で古参のダリウス。隣の優男が新入りのフォルクだ」
指を指された二人が目配せをしてきたので、目礼で返す。
お、クレアちゃん、フォルクさんの方をチラチラ見てるね。好きなのかな? おませさんめ!
「では私は戻るよ。ツマミが全て無くなる前にね」
はははと笑いながら去っていくオリバーさん。
残された俺たち3人は料理の注文をしつつ、会話に興じる。
「クレアちゃん、フォルクさんの事が気になる?」
かわいいリアクションを期待して話を振った。
「そそそ、そんな事ありません!」
絶対あるじゃん。動揺がすごい。
「フォルクさんってどんな人なの?」
答えやすい質問で攻めてみよう。
「え、ええとですね。フォルクさんは、私が迷子になっているときに助けてくれた人なんです!」
頬を上気させ、身を乗り出して熱弁を振るう。
「迷子?」
「はい。数日前、お父さん達と一緒に市場を見て回っていたんですけど、人とぶつかった拍子に髪留めが落ちてしまって。拾おうとした時、人混みに流されてしまいました」
あら危ない。小さい子とはちゃんと手を繋いでいないとね!
「流された先で途方に暮れていたところへ声をかけてくれたのが、フォルクさんだったんです!」
俺が八歳で一人迷子になったら、不安でギャン泣きしてるかもしれない。クレアちゃんには、きっとヒーローのように見えた事だろう。
「それ以来好きなの?」
「ちちちちち違います!」
アイリスの核心をつく質問に大慌てだ。
「こほん、迷子の私を助けてくれた後、お父さんがお礼に食事へ誘ったのですが、そこで意気投合されて。魔法の腕も優れている事が分かり、そこからはトントン拍子に雇われて貰いました」
クレアちゃんがクネクネしている。ダンシングフラワーみたい。
「そんなにすごい魔法使いなの?」
「はい! 上級魔法も使えるそうですよ!」
ほう。高ランクダンジョンが無いこの近辺では、最高級の人材かもな。
「それは凄いな。じゃあ、ダリウスさんの方はどんな人?」
「ダリウスさんですか? 私が小さい頃からお父さんの商会に雇われている人で、寡黙ですけど、優しい人ですよ!」
今でも十分小さいだろうと思いつつ、酒盛りをしているダリウスさんの方を見る。
着ている服が筋肉でパツンパツンだが、身だしなみも整っているし、何より目が優しい。今はオリバーさんの話に、頷いて相槌を打っている。
フォルクさんはシュッとした優男風の容姿なので、デコボココンビ感があるな。物語で映えそうな二人だ。
そんな事を考えていると、
「おまちどうさま、今日のメニューは――」
給仕の人が料理を運んできてくれた。
それからは美味しご飯を食べつつ、クレアちゃんから色々な話を聞き出して、楽しい食事の時間を過ごした。
その後、クレアちゃんが船を漕ぎ始めたところでオリバーさんがやってきて、その日は解散。
俺は夜が深まる前にもう一度買い出しに出て、魔法書といくつかの道具を手に入れた。
「こんなもの、役に立たないと良いんだけど」
俺は購入したアイテムの入っている魔法袋へ目を向ける。
「備えあれば憂いなしってね」
一人呟いた言葉は、夜の喧騒にかき消されていった。
異世界に来て三十二日目の早朝、南門に集まった隊商は、出発の時を迎えようとしていた。
「アイリスさん、カケルさん、お早うございます!」
「お二人とも、おはようございます」
元気に挨拶してくれたのはクレアちゃん。護衛にフォルクさんを引き連れて、遊びに来たようだ。
「おはよう」
「おはよう!」
俺たちも挨拶を返す。
「今日はお二人とも前列の配置です! お話しながら移動できますよ!」
「そう。クレアの喉が枯れ果てるまで、話してもらう」
「そこまでは話しませんよ!?」
クレアがアワアワしている。
アイリスとクレアが戯れていると、フォルクさんが穏やかな声で窘めた。
「クレアさん。ケインズ商会会頭の娘たるもの、もう少し落ち着きを持った方が良いですよ?」
「すす、すみません」
ショボーンと、文字が見えるかのような落ち込み具合だ。いたたまれない。
話を変えるのに話題を提供しようとしたところへ、出発の号令がかかった。
「移動開始だ! 全員持ち場に戻ってくれ!」
皆が慌ただしく動き始める。
「クレア、失敗は誰にでもある。顔を上げて、出発」
「――はい!」
うむ、やはり子供は元気が一番だ。少し離れた場所では、フォルクさんがクレアちゃんの見えない位置で、軽く頭を下げた。うーむ、周りをよく見ているな。
「よし、今日も一日頑張るか!」
「うん、頑張る」
こうして俺たちは、サントニオルへ向け出発した。




