27日目2 プラートゥムティラノス
アルスヴァルトに程近い、夜の平原。辺りを森に囲まれたその場所で、俺とアイリスは佇んでいた。
既に作戦は立て、罠を張った。今はただ、プラートゥムティラノスの出現を待っている状態だ。
「思えば強敵との戦闘前にしっかりと準備が出来たの、初めてじゃないか?」
「――いつも突然の戦闘だった。カケルは運が悪い」
「連帯責任です」
俺だけの悪運ではございません! 断じて。
「カケルの運は、神さまに雷を落とされた時からずっと悪い」
「それはそう。けど同じくらい良い事もあるから、相殺です」
何度冷静に考えても意味不明だからな。天罰の練習中にたまたまだぞ。けれど人との出会いには恵まれてるから。不運と幸運が打ち消しあって五分五分だ。
会話中、ふとアイリスが顔を上げる。
「ん、来た。予定通りあっちから」
「おっけー。じゃあちょっと前に出るわ」
俺は一面に仕掛けられた馬房柵の後ろに立つ。その位置より先は泥濘になっていて、足を踏み込めば機動力が失われるだろう。
配置について前を向くと、体長七メートル強はある肉色恐竜、プラートゥムティラノスが現れた。肌は鉄のように黒く、見るからに硬そうだ。土属性の魔物なだけはあるね。
「しかし、あれで小さいって、どういう事なの?」
七メートルは普通にでかいだろ。
その通常より小さいらしい恐竜は、目の前を走る人間に釣られて、一直線にこちらへ向かって来ている。
追い付かれないヒヤヒヤしつつ眺めていると、誘導していた斥候が突如姿を消した。ハイディングのスキルを持っているらしいので、それを使ったのだろう。
突然目標を見失ったプラートゥムティラノスは周囲を見渡し、馬房柵の後ろに佇む俺の姿を捉えた。
「グワッ!」
声を上げ、俺を目掛けて突進してくる。泥濘に足をとらるかと思いきや、土魔法を巧みに操って自身の足場を強固にし、馬房柵もろとも飛び越えようと、大きな跳躍をした。
「グワアアウ!!」
空中で勝ち誇るように吠えるプラートゥムティラノス。
しかし、奴の着地しようとした地面が抜け、現れた穴の中に落ちていく。陥穽ってやつだ。
「かかったぞ! 撃て撃て!!」
森の中からCランク冒険者たちが飛び出し、穴の底に向けて魔法を放つ。
「ウィンドカッター!」「サンダーボルト!」「ウィンドブレス!」
プラートゥムティラノスの弱点は風属性。その風属性攻撃が、落とし穴に嵌った獲物へ殺到した。
「ライトニングバースト」
アイリスの上級魔法も炸裂し、穴から強力な衝撃波が空へ抜けて行く。
よし、すぐにMPポーションを飲んでるな。えらい!
一分程続いた冒険者たちの攻撃が終わると、草原に静寂が訪れた。
「なんだよ。マスターが町の危機なんて言うから心配したけど、余裕じゃねーか」
「あぁ、俺たちだけでも問題無かったんじゃねーか?」
嘯くのは比較的若い冒険者たちだ。大丈夫かこいつら。慢心は早死にの元だぞ。
穴の中を覗き込みに行く若者たち。ベテラン冒険者が慌てて止めようとするも、時はすでに遅かった。
「グワアアアウ!」
穴の底から空へ向けて稲妻が走った。
若者たちは吹き飛ばされ、倒れて身悶えをしている。幸い命に別状はないようだ。
「救援してください! ファイヤーウォール!」
通常の数倍魔力を込めて、落とし穴の真上に炎の壁を出現させた。
ベテラン冒険者が救助に向かったのを尻目に、落とし穴を睨みつけて指示を出す。
「この特殊個体は土属性の他に、風属性も持っている可能性が高いです! 飛び出してくる前に――」
ドン!と、大きな音を立てて飛び跳ねたプラートゥムティラノスが、地上へ舞い戻った。
作戦変更だ。
「支援部隊、魔法をお願いします!」
今回の作戦は、もしもの時に備えて二重三重に練ってある。
大きな声で指示を出すと、大楯を持つ冒険者に幾重にも支援魔法が飛んでいった。
大楯を持つのはCランク冒険者のガルフレッドさん。アルスヴァルトでは大楯のガルフと呼ばれる、狼獣人の戦士だ。
「アイリス!とりあえず各属性で一番威力の高い魔法、片っ端から試してくれ!」
「わかった」
「ブラインド!」
俺は視覚を潰す魔法をかけるも、すぐに光の玉が現れて奴の視界を照らした。
「ライトも使えるのかよ!」
想定外だ。3属性持ちの特殊個体? 化けもんだろ!
「アースウォール! ハードニング!」
とりあえず壁を作り、陰に隠れて様子を伺う。
ガルフさんがタンク役として耐えている間に、各属性の魔法がプラートゥムティラノスを襲うが、表面を傷つける事はあっても、致命傷には程遠い。
Cランク冒険者が主戦力なだけあって、中級魔法もばんばん飛んでるんだけどな……。
「効いてんのかこれ!」
「硬過ぎますね!」
「まずいんじゃない?」
冒険者たちに少しずつ焦りが生まれる中、恐竜の観察を続けていると、ふいに違和感を覚えた。
「うん? なんか避ける魔法間違ってないか?」
本来は威力の高い魔法を避けるべきだろう。しかし水の中級魔法と火の初級魔法が同時に飛んだ時に、火の初級魔法を避け、水の中級魔法に当たる事がある。
もしかしたら……。
「全体! 火の魔法だけで攻めみてくれ!!」
「何かあった?」
!?
突然現れたアイリスに驚きつつも、平静を装って気づいたことを伝える。
「アイツ、火魔法だけ積極的に避けてるっぽいんだよ。もしかしたら体表が鉄みたいな事もあって、熱を持ちやすく、体内に伝わりやすいのかもしれない」
水魔法に態と当たるのは、体を冷やすためだろう。
「そうなの? フレイムランス!」
言いながらも火魔法を放つアイリスさん。
それから暫く火属性の攻撃を続けていると、プラートゥムティラノスの体表が暗赤色に光り始める。
奴の肌が正しく鉄だとしたら、温度は600℃を超えたことになる。
まともな生物ならまず生きていないだろう。
「動きが鈍って来たぞ! 攻撃が効いている!」
「「「うおおお!」」」
前衛を務めるガルフさんが声を上げ、皆の士気もあがった。
当然だが敵も黙ってはいない。雷でこちらの後衛を狙い、土属性の魔法で身を守る。
中でも尻尾の薙ぎ払い攻撃は強力で、支援魔法マシマシのガルフさんですら、正面から受ける事はできない。先ほど吹き飛ばされて、肝を冷やしたぞ。
しかしこちらの主力はCランクの冒険者だ。皆戦い慣れしていて、自身の安全を確保しつつ、相手の防御行動をすり抜けてダメージを積み重ねて行く。
「俺もやるか! ファイヤーボール!」
前衛に当たらないよう細心の注意を払って攻撃魔法を放つ。
「やっぱ初級魔法じゃ微妙かなー」
当たりはするが、効果が実感できないぜ。
「うーん、直接体内に撃ったらよさそう」
アイリスはそう言うと、ワールウィンドを唱えて風を身に纏い、プラートゥムティラノスの顔前に躍り出た。
「グワウッ!」
新しい獲物を前にして、苛立ちをぶつける様に尻尾を振り回すプラートゥムティラノス。
身を屈めて躱したアイリスは、蝶のように舞い、敵の噛みつき攻撃を誘発する。
「フレイムランス」
ズドンッ! と口内に火炎の槍が炸裂し、巨体が揺らぐ。
「グワアアウ……」
ダメージが蓄積していた事もあり、その一撃が致命傷となったようだ。
崩れるように倒れる恐竜、今度は誰もが油断することなく、固唾を飲んで倒れた巨体を見つめている。
「どうだ? やったか?」
誰かが発した言葉を受けて、ガルフさんが盾を構えて近づいて行く。
中級の冒険者って、どうやって敵の死亡確認をするんだろう? 疑問に思って見ていると、短槍でツンツンし始めた。
うそでしょ。俺と一緒じゃん。ダサすぎる。
「生命探知に反応はないわ。私たちの勝利よ!」
別の場所から報告が上がった。早めに言って上げてよ。
「「「うおおおおおお!」」」
冒険者たちは気にした風もなく、鬨の声を上げた。ガルフさん以外は、だけど。
ほら、ちょっと切なそうじゃん。パーティーメンバーは早く声をかけて!
一安心して意味のない思考に耽っている時、アイリスが戻って来た。
「今日も大勝利。お疲れ様」
「お疲れー。帰って宿で祝杯しようぜ!」
「そうしたい。けど解体と報告」
そうだった。報告するまでがギルドの依頼。しっかりやらねば。
俺は大きく息を吸い、声を張り上げる。
「今から解体を始めます! 解体スキルをお持ちの方が居ましたら、ご協力お願いします! またギルドへの報告――」
こうして戦いは終わり、事後処理が始まった。結局宿に帰れたのは二十三時を回ったところで、ふらふらになりながらベッドへ飛び込み、眠る事となった。
達成感だけはすごかったぜ。




