23日目〜26日目 再会と別れ
「経験値になりやがれ!」
アイリスがゴブリンキング討ち取ってから二日が経った。
俺たちは安定して野営地を防衛出来ている。
「はっはっは。俺も冒険者に転職するかねぇ!」
「そりゃあ良い! 今回でレベルも大分上がったろう。町で確認するのが楽しみだ」
初めは嫌々参加していた商人達も、ゴブリンキング討伐の報告が入って以降は落ち着きを取り戻し、全力を尽くしている。
「アイリス、そろそろ交代だぞ」
「うん、お腹減った」
「俺もだ。デカい魔法を撃ったら休もう」
「そうする」
俺がサンドストームを、アイリスがサイクロンを放つと、ゴブリンウォーリアーはごっそりと数を減らした。
テントや馬車が固まっている中央に場所を移し、食事を摂りながら駄弁を弄する。
「そろそろゴブリンの顔も見飽きたな?」
「うん、最近は目を閉じて戦う様にしてる」
「周りの商人たちが信じるから、変な嘘をつくな」
ゴブリンキング討伐で一躍注目を集めているアイリスの話に、商人達が聞き耳を立てているのだ。
「ははは、そうですね。私も信じかけましたよ」
そう言い、話しかけて来たのは小太り商人のアルバンさん。
「アルバンさんも休憩?」
この二日で、彼とも大分仲良くなった。すれ違いに声を掛け合うくらいの仲だ。前線で楽しそうにゴブリンを突いている姿にはちょっと引いたが。
「えぇ、本当はもう少し戦いたいんですけどね」
心底残念そうに言う。恐ろしい男。
「頑張ればそのお腹も引っ込む」
「アイリスさん!?」
なんて失礼な事を! ぽよぽよしてて可愛いだろ!
「ははは、妻にも痩せろと言われていますから、頑張らないといけませんね」
なんとアルバンさん、十九歳にして妻帯者である。羨ましくなんて無いんだから!
「うん、運動で痩せるのは健康的」
ゴブリンとの戦闘は、運動で済ませて良いのだろうか?
「そうですね、お昼を食べたら張り切って戦いますよ!」
やる気があるのは結構だが、リュックから取り出した食事の量が多すぎる。絶対痩せない。
以降も雑談に興じていると、野営地の東側から大きな声が上がった。
「ブラウンから救援が来たぞー!!」
「「「おおおおおお!」」」
おお! やっとか! 今回もなんとか生き延びたぜ。
「来てしまいましたか……」
残念そうにするアルバンさん。マジかこの人。すっかり戦闘狂じゃん。
「ここじゃなくてもダイエットは出来る」
命懸けの戦いをダイエット扱いするな。
「そうですね。サントニオルにもダイエット用のダンジョンがありますからね」
ダイエット用じゃねーよ。てか商売はどうするんだ?
「おい【イーリアス】! お客さんだぞ!」
野営地にルーカスさんの声が響き渡る。
「お客さん?」
「まさか……」
俺とアイリスが顔を見合わせて、あの人ではないかと察する。その次の瞬間には、アイリスに人影が抱きついていた。
「アイリス! 無事なの!?」
正体は勿論エレクトラさんだ。感動の別れから僅か四日。再会が早すぎる。
「うん、無事。くっつくと暑い」
とは言いつつも無理やり剥がそうとはしないあたり、満更でもないのか?
「そう、なら良かったわ! カケル君も久しぶりね」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
俺に関してはエレクトラさんと毎日会っていた訳でも無いので、久しぶり感は一切無い。
「お母さん、また無理やりついてきた?」
森林ダンジョンの時と同じく、エレクトラさんならやりかねない。
「今回は違うわ! 元Aランク冒険者のアドバイザーとしてきてるもの!」
へぇー、頼りにされてるんだなー。
「嘘つくな。雇え、連れてけと散々駄々こねたろうが」
エレクトラさんの背後から、若干ゲンナリ気味なテリーさんも登場した。こうなるともう、実家が来た感あるな。
「お母さん……」
「し、仕方ないじゃない。一人で行こうとしたら、シアに止められたんだもの」
多分それ、エレクトラさんが方向音痴だからですよ。
「はぁ……。しかしお前らはほんと、トラブルに縁があるな」
「良い冒険者の条件」
「物語ではそうだろうけどよ。現実じゃ命が幾つあっても足りなくなるぞ? っと、雑談してる場合じゃ無かった。早速で悪いが本題に移させてくれ」
テリーさんの受けた依頼は、キャラバンの救援とゴブリンの殲滅みたいだ。キングの討伐を説明すると、詳しい位置などを聞いて、忙しそうに去っていく。
「お母さんはこれからどうするの?」
「面倒だけど、ここに残ってゴブリンの殲滅ね」
お仕事だからね。仕方ないね。
「むしろ俺たちはどうなるんだろうな?」
俺が疑問を投げかけると、意外なところから返事があった。
「この野営地でもう一泊して、明日の朝出発することになりますね」
とはアルバンさんだ。詳しいね。
「そうなんですか?」
「ええ。早朝に出発しないと、夜までに次の町へ辿り着けませんから」
「なるほど」
納得です。
「じゃあ二人とも暇なんじゃない? 一緒にゴブリン狩りに行く?」
一狩り行こうぜ感覚で誘われましても。
「許可が取れたら行く。ルーカスの所に行ってくる」
行くんだ。ゴブリンは見飽きたんじゃないのか。
「あ、少し待ちなさい。お父さんがこれを渡してくれって」
そう言ってアイリスに手渡したのは、魔道念写機のフィルムだ。
「――まだ一枚も撮ってない」
「そうなの!? どうして!?」
エレクトラさんが狼狽えている。それ程の事か?
「忘れてた」
はい。自分も忘れてました。
「そんな、四日分の写真を楽しみにしてたのよ!」
「護衛と戦闘しかしてない。撮るものもなかった」
本当にね。ゴブリンウォーリアーの写真集とかになっちゃうから。要るかな?
「旅の何気ない日常とかで良いのよ。どんどん撮って沢山送りなさい。お父さんに追いかけられたく無ければね」
「……カケル、頑張って撮る」
「ああ。追いつかれたら最後、ずっと着いてきそうだしな」
あの人の愛情と奇行癖を舐めてはいけない。幸いカメラは片手で持てるサイズだ。仕事中以外は持ち歩こう。
「写真の事はくれぐれも任せたわよ? 私は討伐隊のテントに行くわ。また後でね」
エレクトラさんと別れ、アイリスと再び顔を見合わせる。
「予想より早い再会だけど、そういうこともあるか」
「――うん、あるかも」
その日の午後から夜にかけては、ゴブリン討伐がてら、エレクトラさんに鍛えられた。アイリスをヘトヘトまで疲れさせるとは、流石だ。
その後はエレクトラさんも交えて賑やかな夕食を過ごし、疲労で意識を手放すように眠った。
翌朝五時頃。
続々と馬車が出発する中、俺たちはエレクトラさんとテリーさんに別れを告げていた。
「一月以内にはブラウンに戻ると思うんで。その時までに写真をいっぱい撮っておきます」
「うん、だからお父さんは止めて。またね」
「ええ。アイリス、体調に気をつけるのよ? もうすぐ夏だけど、夜は冷える日もあるからあまり――」
「大丈夫、お母さんも体を大事に」
長くなりそうなのを察したアイリスがストップをかける。
「二人とも、お前らはこれからもトラブルに巻き込まれそうだから言うが、慎重にな」
「えぇ、勿論です」
命を大事に、だ。
「どんとこい」
がんがん行きそうだ。
「これ、簡単なのを作っておいたから、お昼にでも食べて」
お弁当を受け取るアイリス。
「ありがとう」
礼を言って微笑む。その後もぽつぽつと会話をしていると、
「【イーリアス】! 出発だ!」
冒険者から声がかかった。俺は返事をして、目の前の二人に別れの言葉を告げる。
「では、行ってきます」
「行って来る」
「いってらっしゃい」
「無理すんなよ」
その場を離れ、隊列に加わって振り返ると、エレクトラさんが手を振っていた。俺たちが見えなくなるまで長い間、ずっとずっと。
「また寂しくなるなー」
「うん、けど平気」
アイリスが前を向く、遥か遠くを望むその瞳には、何が写っているのだろうか。
俺は魔道念写機を取り出すと、アイリスに向けてシャッターを切った。
「うん? 撮った?」
「あぁ、今度二人に見せてあげないとな」
「昨日いっぱい撮った」
「良いんだよ。写真なんて、撮りたくなったら撮るもんさ」
「ふーん」
俺たちは進む。次の町、アルスヴァルトを目指して。




