2日目1 異世界を知ろう
「今日もゴブリンダンジョンに行こうぜ」
俺が朝食を摂りに宿の食堂へ向かうと、中高生くらいの四人組が今日の予定を話し合っていた。
「また四層で狩りか?」
「良いんじゃないかしら?」
「私も賛成かな」
彼らの会話に聞き耳を立てながら、俺は一人で朝ご飯を味わう。温かいスープが体に沁みるぜ。
男女二人ずつの四人組は、快活な赤髪のリーダーアベル。
冷静な判断をしそうな黒髪短髪の青年シラノ。
愛しさや切なさ、心強さを兼ね備えていそうな茶髪の少女カレン。
そしてもう、絶対ヒーラーな黒髪おさげのセイラからなる四人パーティーだ。
当然戦っているところを見た訳ではないので、ただの妄想である。
「早くまともに稼げるようになって、施設にも金を入れないとな」
立派だ! 話を聞く限り、同じ孤児院出身と思われる四人組。
「そうね。今年は麦の値段が安いから、施設は問題ないでしょうけど」
そうなんだ。確かに町近郊の穀倉地帯は、豊作みたいだったな。
「まずはこの宿を出ても生活が回るように、もう少し上の狩場へ行く為にも、レベル上げをしよう」
地に足ついた目標を掲げて努力をする若者たち、眩しいぜ。
「よし、今日も無理なく生き残ろう。さあ行くぞ!」
アベル君は慎重なリーダーでもあるようだ。話し合いを終えた四人が、宿から出たのを確認すると、俺はパンをスープで流し込み、ギルドへ向かう事にした。
「まず講習会の話をジーニアスさんに尋ねてみるか」
そう決めて冒険者ギルドへ入ると、昨日の昼間とは打って変わって、多くの人でごった返していた。皆が依頼を受ける朝の時間は混むようだ。
「職員さんも忙しそうだし、先に資料室に行こうかな」
俺は空気を読める男。決して人混みに揉まれたく無かったわけではない。
ギルドの資料室は建物の二階最奥に配置されていて、一階ロビーの喧騒が嘘の様に静かだ。
まずはこの世界の基本的な知識から、周辺に生息する魔物の情報、レベルやステータス周りの基礎知識なんかを調べていく。
つよつよ魔法使いを目指してまずは勉強だ!
そして分かったのは、この世界は神さまの実在が証明されていることだ。
ダンジョンは神が与えた試練であり、恩寵らしい。
この星はローリルと呼ばれ、ベルセス大陸の南部に位置するこの国はクラウド王国。現国王の名前はクラウド四世だ。
「興味ないね」
ふ、口に出したくなる台詞だ。
この世界には判明しているだけで五つの大陸が有り、大小様々な国があるようだが、俺がいるクラウド王国が国境を接している国は三つ。
北のジャガナート帝国、東にクロムウェル商業連邦、北西にウィスティリア公国だ。
さらに北に行くと魔王領なるものもあるみたい。
居るのか魔王! とはいえ魔王領に住む魔人も人類種であり、帝国や公国と小競り合いをしつつも、冒険者や商人等の民間ではそれなりに交流があるそうだ。
ウィスティリア公国はエルフが、クロムウェル商業連邦はドワーフが、ジャガナート帝国は獣人が中心になって治めている。いつかは観光に行きたいね!
言語はベルセス大陸語が主に使われ、それぞれの国や地域で少しずつ訛りがある。スペイン語とポルトガル語くらいの違いみたいだが。
お次はステータスについて。初期値の総和が全員25で固定されており、レベルアップで貰えるステータスポイントに個人差は無いらしい。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人など種族によって上がるレベルアップボーナスも、合計のポイントは一緒だ。
ちなみに人間種は全ステータスに1ポイント。
エルフはintとdexに2ポイントのボーナスが付くが、代わりにstrとvitにボーナスが付かない。
ドワーフはstrとdexが2ポイントでintとagiボーナスが無かったりと、神さまがゲーム感覚で個性をつけたのか、はたまた偶然の産物なのか。
転生して来た俺からすると、イメージ通りでちょっと楽しかったりする。
後はダンジョンを踏破したりなどの偉業を達成すると、特別なボーナスポイントが貰えるらしいぞ。
アベル君たち四人組が行っている、F級のゴブリンダンジョン。最奥部まで行きボスを倒すと、Strに2ポイントのボーナスがつく。
レベルアップと比べると控えめな成長だが、散り積もってやつだ。絶対行く!
しかしステータスポイント関連、平等で良かった!
才能の差で優劣があったら、俺なんて絶対に村人枠だからな。これなら頑張り甲斐があるぜ。
続いてはこの町の周辺に関して。
F級ゴブリンダンジョン、E級森林ダンジョン、C級山岳ダンジョンが、比較的近い。そもそも、この三つのダンジョン近くに町を作ったようだ。
ダンジョン以外にも近郊の森には、ゴブリン種やアントラーラビット、リトルボア、フォレストウルフ、マッドディアーなどなど沢山の魔物が居る。
よく無事に脱出できたな俺。
なんでも地脈に沿って魔素が通っており、そこから溢れ出した魔素が溜まった淀みから、魔石を持つ魔物が生まれるみたいだ。うーんファンタジー。
普通、エネルギーが粒子になって質量を得るには、莫大なエネルギー量が必要なはずだが……。まあ、自称文系な俺が考えても詮無いことだろう。
その後も俺は一心不乱に知識を吸収し続けた。
一通りの調べ物が終わり、壁にかかっている時計を見ると十一時を回っていた。部屋に入ったのが八時頃だったので、三時間ほど経ったみたいだ。
流石に混雑も解消されているだろうとロビーに降りると、予想通り人は疎になっており、受付にいたジーニアスさんに話しかける事が出来た。
「こんにちは、ジーニアスさん」
「……?」
ジーニアスさんが不思議そうな顔でこちらを眺めている。
「あぁ、そういえば本名を名乗っていませんでしたね。私はカインと申します」
あれ!? そういえばあまりの天才っぷりに、勝手にジーニアスさんと心の中で呼んでいただけで、本当の名前を聞いてなかった。
本当はカインさんっていうのか! 名前を間違えるなんて、なんたる失態。謝ろう。
「すみません。お名前を間違えるなんて失礼な事を」
「いえいえ、名乗らなかった私にも問題がありますから。それで、どういったご用件でしょうか?」
仕事の出来る男は気遣いも素晴らしい。気を取り直して講習について尋ねる。
「ええと、初心者用講習を受けてみたいのですか」
「承知いたしました。タイミング良く、今日の午後二時から講習会がありますが、参加なさいますか? 六時間ほどの予定で、ギルド公式なので参加費は無料ですよ」
おお、運が良い!
「参加したいです! よろしくお願いします!」
これで午後には大魔法使いへの一歩を踏み出せる。こんなに嬉しい事はない。
「他に何かございますか?」
カインさんがそう聞いてくれたので、俺は更に質問をさせてもらう事にした。
「自分は今1レベルなんですけど、どうやって上げるのが効率いいですかね?」
するとカインさんは軽く目を見開き、
「え?」
と声を漏らした。
また俺何かやっちゃいました? いやマジでやっちゃったんだろうか。俺が困惑している事に気付いたカインさんは、自分が驚いた理由を説明してくれた。
「大変申し訳ございません。この辺りでは十歳までにレベル7程度まで上げる習慣があるので、驚いてしまいました」
俺のステータスが町のキッズ以下だと確定した瞬間である。
詳しく話を聞いてみると、子供は魔素に弱く病にかかりやすいため、死亡率が非常に高い時代があったそうだ。
それを改善するために、児童のパワーレベリングが国策で導入されているらしい。
手法は簡単で、閉じ込められた魔物を槍でついたり、落とし穴にハマった魔物に石を投げたりするみたいだ。
凄く逞しい、バイオレンスな世界だった! 俺も参加できるだろうか? 子供達の中に十六歳でも。
「そうしましたら、今回講習を担当される冒険者の方に事情を説明しておきます。1レベルの状態で魔物に襲われると、とても簡単に死んでしまいますので」
あの神さま、何故俺を森の中に……?
「――よろしくお願いします」
カインさんにはお世話になりっぱなしだ。冒険者として稼げるようになったらお礼をしなければ。
こうした流れで午後の講習会に参加することが決まり、自分の命の儚さを認識しつつ、土地勘を養うため街の散策に赴いた。