21日目1 プロローグ
異世界生活21日目。
明け方の三時半、魔道具の時計から鳴り響くアラーム音で目を覚ました。
異世界に来て早起きは得意になったが、それでも寝坊しそうだったので、アイリスに借りた物だ。
顔を洗って荷物を背負う。昨日のうちに宿屋のおじさんには挨拶を済ませてある。俺は静かに扉を開けて、宿を出た。
「お世話になりました」
小声でお礼を言って、宿に向けて頭を下げた後、アイリスの家へ出発した。
辿り着いた家の玄関で、ノッカーは叩かずにドアノブを引くと、金属が軋む音を立てて扉が開いた。事前に約束した通り、開錠してくれていたようだ。
「お邪魔します」
近所迷惑にはならない程度の声量で挨拶すると、アイリスが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ご飯できてる」
「お、さんきゅ」
ありがたい。十六歳のお腹はいつだってペコペコなのだ。
ダイニングへ向かうと、エレクトラさんとアポロさんが席について談笑していた。
「おはよう、カケル君」
「――お前の席はそこだ」
「おはようございます。エレクトラさん、アポロさん」
挨拶を済ませテーブルを見ると、温かいパンにコーンスープ、目玉焼きとベーコン。そしてカラフルなサラダが並べられていた。
俺は自分の席に腰を下ろして、同じく座ったアイリスに目を向ける。
「早速食べる」
「そうね、いただきます」
「「「いただきます」」」
スプーン手に取り、コーンスープを口に運ぶ。
「凄い美味しい」
トウモロコシの味が濃厚で甘味が強い。品種改良が進んでるのか? 他の料理も全て美味しく、卵は半熟トロトロ。ベーコンはカリカリとしつつ肉厚でジューシー。パンも焼きたてみたいにふわふわだ。
「それは良かったわ。そうそう、幾つかお弁当を作ったから、魔法袋貸してくれる?」
エレクトラさんに言われ魔法袋を渡すと、受け取るや否やキッチンに向かって行った。
「びっくりする量だった。一週間は持つかも」
「凄いなそれ、めっちゃ有難いけど」
実際美味しい食事というのは人生のパフォーマンスを上げると思うんだ。いくらあっても良いですね。
「――私からの選別はこれだ。精々アイリスの壁となれ」
そういってアポロさんが渡してくれたのは、物理耐性スキルの魔法書だった。
「え、これ尋常じゃなく高いやつじゃないですか?」
聞いた限り一千万以上するんですけど。
「当然アイリスにはもう渡している。しかしそもそも攻撃を受けないのが好ましいからな。お前が防げばそれで解決だ」
すごい事言ってるけど、いざとなればそれぐらいの覚悟はあるので、有り難くいただこう。
「ありがとうございます。任せてください。壁でもなんでもなりますよ」
本を受け取り、アイリスの持つ魔法袋に入れておいて貰う。旅の最中、タイミングを見て読もう。
「ふん、まあ良い。宿はそれなりに良いところを二部屋とれ、手紙の配送を受けてくれるところが理想だ。それと――」
始まってしまった。長くなることを覚悟したが、今日は早めに助け舟が来た。
「そろそろ家を出ないと、間に合わなくなるわよ。はいこれ、二人で毎日ひとつ食べても十日は持つわ」
十食分? 弁当20個も作ったの!? 徹夜したんじゃないか?
「あ、ありがとうございます。大事に食べさせてもらいます」
「ありがとう。そろそろ出る」
時計を見ると、もう四時四十分だった。
旅立ちのときが近づいている。
「…………」
全員が無言になって、外に出た。踏み締める石畳の一つ一つさえ愛おしそうに、ゆっくりと一歩ずつ歩く。
そして門扉を抜けると、アイリスが振り返った。
「見送りは、ここまで」
「――あぁ」
「そう、ね」
エレクトラさんとアポロさんは、声を絞り出すように返事をした。
そんな二人に、アイリスは自分の胸の内を、言葉にして伝えようとする。
「わたしは、この家で生まれて幸せだった。お父さんとお母さんの子供で良かった」
「私達の台詞よ。生まれてきてくれてありがとう」
「あぁ、お前は自慢の娘だ」
3人の家族はそれぞれの言葉を、何度も頷いて受け止めている。
「わたしは必ず帰ってくる。何回でも帰ってくる」
言葉を聞く二人は、既に大粒の涙を流していた。
「嫌になるくらい帰って来て、追い出そうとしても居座る」
「ああ、いくらでも帰ってこい」
「部屋はそのままにしておくわよ」
「うん、それじゃあ――」
そして、別れを告げる時が来た。
「――行ってきます」
「いってらっしゃい」
「行ってこい」
俺たちは再び振り返り、前を見て歩き出す。
いってきますは、漢字で書けば“行って来ます”だ。その言葉には、必ず帰って来るという意味がある。
俺は、少し震えているアイリスの肩をみて、それでもなお心配させまいと、前を向いて歩く姿を見て、誓った。
相応しい人間になろう。誰よりも強くて優しい相棒の隣を、胸を張って歩けるように。
そして、何があっても共に帰ろう。とびきりの笑顔をしたアイリスと一緒に。あの人たちの元へ、必ず。




