幕間 19日目 説得
「ごめんくださーい!」
俺は奮発して買った14万ラウするワインと、これまた良いお値段の高級ケーキを抱えて、アイリス宅へ訪れた。
玄関でノッカーを鳴らしてしばらく待つと、内側から扉が開く。
「いらっしゃい」
現れたのはいつも通りの半眼で、レディースカジュアルって感じの服を着たオシャレさんなアイリスだ。
「こんばんは。来たぜアイリス」
「うん、こんばんは。上がって」
「お邪魔しまーす」
「本当にな」
――なんて失礼な先制攻撃。言ったのは勿論アポロさんだ。
「お父さん……」
ほれみろ、そんなことを言うから冷たい目で見られる事になるんだぞ。
「じょ、冗談じゃないか。ホラ、これに履き替えて上がると良い」
取り繕うアポロさんが、スリッパを出してくれる。
「お母さんがもう少しで帰ってくる。ご飯の仕上げをしながら待つ」
「ん? アイリスが作ってるのか?」
「そう。冒険には料理の腕が必要だって、昔読んだ本に書いてあったから、お母さんに習った」
ほー! すごく楽しみになって来ましたね。
「凄いじゃないか。俺はからっきし料理をしてこなかったけど、手伝える事はあるか?」
「んー、それならお芋茹でてるから、皮を剥いて潰して」
「あいよ」
ハッシュドポテトか? 好きなんだよなー、お芋。
「アイリス、お父さんはどうする?」
「何もしないで平気」
すごい、アポロさんがこの世の終わりみたいな顔をしてる。こっちを見るんじゃ無い。譲らないぞ、俺の仕事。
「じゃあキッチンに行く」
「ういー」
「……」
可哀想な気もするが、料理の事は台所奉行に従うのが世の慣わし、悲しいだろうが仕方ないんだ。
「これ、熱いから気をつけて」
「了解」
俺は渡された芋の皮剥きと、潰す作業をこなす。
アイリスはどうやら、煮込みハンバーグとオニオンスープを作っており、パンを温める準備もしている。後はサラダにポテトを盛れば完成だろう。
「すごいな、アイリス」
「うん? 美味しいモノを食べる方が幸せ」
確かにそうなんだけど、人間面倒臭さが勝る生き物なのですよ。俺は十六になるまで母さんに甘え続けていた。
アイリス、推せるぜ!
「後はこの焼いたズッキーニと玉ねぎ、ベーコン、マヨネーズ入れて、少し混ぜたら完成」
ポテトサラダだ! 大好物です。てか、
「マヨネーズあるんだ」
サルモネラ菌はまたも人類に敗北したらしい。
「うん。昔マオン伯爵って人が作った。今でもマオン商会で売ってる。絶対にお腹を壊さないのは、ここのだけ」
「その人、多分異世界人だぞ」
「うん? そうなの?」
「おう、確か俺のいた世界の地名が語源だからな」
そういや前に唐揚げも食べたが、そのままカラアゲって呼ばれてたな。
うーむ。異世界知識チートを楽しんだ人が、過去にいたみたいだ。
「ちなみにそっちの挽肉に具材入れて、丸めて焼いたやつ。作ったやつの名前わかるか?」
「ハンバーグ? それもマオン伯爵、かなりの数のレシピを残してる」
「そうなんだ。ハンバーグも地名が由来なんだよ。どっちもマオン伯爵さんかー」
その人のお陰でアイリスの手作りハンバーグを食べられるのだ、感謝しかない。
「お父さんに言ったら、喜ぶかも」
あー、古代魔法に興味があるってことは、歴史にも興味あったりするのか?
「後でご飯を食べながら、話してみようか」
「うん、そうする」
話の種を手に入れたところで、玄関から帰宅を告げる声が聞こえて来た。
「帰ったわよー」
「ん、お母さん帰ってきた。料理を運ぶ」
「おっけー、運ぶのは任せてくれ。それと、ワインとケーキが魔法袋の中にあるけど、いつ出す?」
「説得の時にコソコソ渡す」
「賄賂ではあるけどガチ感でちゃうから、そういうのじゃないから」
お主も悪よのうじゃないのよ。
「先に預かって冷蔵庫に入れておく」
こっちの世界の冷蔵庫は氷式が一般的だ。初級魔法にアイスって魔法があって、作った氷を販売している。
アイスがダンジョン産の魔法書でしか習得出来ないから成り立つ商売だな。
俺はお土産をアイリスに渡した後、料理をテーブルに並べていく。するとダイニングルームの扉が開き、エレクトラさんが入って来た。
「いらっしゃい、カケル君。悪いわねー手伝って貰って」
「いえいえ、ご馳走になる身ですから、これくらいは」
ふと、他所様の家で食事をとる事実に緊張して来る。高校一年の時、御手洗君の家で食べた時以来だ。
「ふふ、何か理由があって来てるんでしょうけど、そんな固くならなくても良いわよ。貴方とパーティー組んでからのアイリス、楽しそうだもの」
「あ、あはははは」
滅茶苦茶照れるんだが? くそ、顔が熱いぜ。そんなやりとりの最中、キッチンから料理持ったアイリスがやってきた。
「カケル、何かあった? あ、お母さん、おかえり」
「ただいま、なんでもないわよ。私も手伝うからご飯いただきましょう? もうお腹ペコペコだわ」
「うん、そうする」
皆で準備を始めたところへアポロさんも加わり、配膳が終わると全員で食卓につく。
「美味しそうね!」
「うむ、美味そうだ」
「カリスマシェフだな!」
全員でアイリスを誉めそやす。するとアイリスは少し照れながら、食事の挨拶をした。
「ん、いただきます」
「「「いただきます」」」
アイリスの言葉を、三人が唱和する。早速食べようとスプーンに手を伸ばした時、アイリスが口を開いた。
「――カケルは前にご飯を食べた時、ご馳走様って言ってた。我が家では普通、だけど他所じゃあまり言わない。異世界人だとバレたく無いなら気をつける」
うん、何も考えずに無意識で言ってたわ。習慣って怖いな!
「あぁ、そうなんだ。気をつけるよ。でもアイリスの家では普通なのか?」
「うん、一部のエルフは日常的に言う。多分先祖が異世界人の関係者」
へー! じゃあアイリス一家もそうなんだ。そんな話題を皮切りに、マオン伯爵の話や異世界の文化、文明についてなど、アポロさんも交えて話し、かなり盛り上がった。
そうそう、ついでにこの間来た時の疑問を聞いてみたんだが、タカシについてかかれた本は、王都の国立考古学研究所に接収されたらしい。
大金を残して無理矢理持ってかれたらしく、俺がスパイを疑われた理由でもあるようだ。
遮断魔法陣については、やはり魔道具と同じ扱いらしく、砕いた魔石を特殊な塗料に練り込んで描かれてるんだってさ。
いい感じに場が温まった所へ、お土産に持って来たワインとケーキも出されて、いよいよ本題に入る。
「お父さん、お母さん。話がある」
「――どうしたんだ? 改まって」
返事をするのはアポロさん。エレクトラさんは何となく察していて、次の言葉を待っている。
「昨日わたし達は森林ダンジョンを踏破した。そろそろ町を出て、外のダンジョンに行かなきゃいけない」
アイリスが告げると、アポロさんが動揺して声を荒げる。
「なに!? しかしこの間冒険者になったばかりだし、まだ十五歳だぞ!?」
「年齢や経歴は関係無い。近いうちに、わたし達は旅に出る。初めの数ヶ月は南部とブラウンの往復がメイン。けどそこからは――」
「だ、だめだ! 二人旅など危険すぎる!」
アポロさんがアイリスの言葉を遮る。軽いパニック状態かもしれない。
「冒険者に危険はつきもの。それを覚悟して、冒険者になった」
「しかし、やはりまだ早すぎる。もう少しこの町で経験を積んでからでも――」
「あなた」
声を発したのは、今まで静かに聴いていたエレクトラさんだ。
「私が初めて旅に出たのも、十五歳の時だったわ」
「それは……」
「子供はいつか巣立ちを迎えて、自身の選択に責任を持つようになって、大人になる。アイリスは一応成人と認められる年齢よ?」
「だが!」
エレクトラさんの言葉にアポロさんは立ち上がり、抗おうとする。
「このワイン、成熟度と若さがちょうど良いバランスで、美味しいと思わない?」
話しながらエレクトラさんがワイン一口含む。
「あ、あぁ。確かに美味かったが。今はそんなことは――」
「十五年もののウィスティリアワインよ。貴方が思ってるより、十五年って良い味に変わるのよ?」
「ん、お父さんにも、認めてほしい。わたしはもう、守られてばかりの子供じゃない」
その言葉に、呆気に取られた様子でアポロさんは腰を下ろした。
それからじっくりと味わうようにワインを一口飲むと、溜息をついて言葉を口に出す。
「――わかった。ただし、毎日手紙を出しなさい」
「うん、月に一回は必ず出す」
「な! み、三日に一回は必要だ」
「三週間に一回」
値切り交渉みたいな事を始めた二人。苦笑いでそれを見ていると、エレクトラさんが話をしに来た。
「十五年もののウィスティリアワインを選んでくるなんて、粋な事するじゃない」
「あ、あはは。ちょっと狙い過ぎてましたかね?」
「悪くなかったと思うわ。それよりもこれから、アイリスの事をよろしくね? ちゃんと手紙も出させるのよ? カケル君から見たアイリスも報告してね?」
まずい、親バカモードだ!!
「変な奴が近づいてきたらぶっ飛ばして良いから。あと、研究用に買った魔道念写機を渡すから、旅の写真もよろしく頼むわ。夜間警戒のための魔道具も――」
この後、エレクトラさんに延々とアイリスについて語られたのは、言うまでも無い事だろう。




