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11日目3 アイリス

「はい、紅茶」

「さんきゅー」


 研究室からリビングに場所を移し、テーブルでアイリスと二人、向き合っている。


 木製のインテリアに可愛いクッション、エスニックな工芸品などが雑多に置かれたこの部屋には、不思議と温かみを感じる。


「じゃあ、話す」

「うん」


 アイリスは一度深呼吸をしてから、語り始める。


「始まりは、多分生まれた時から」


「わたしには、お母さんとお父さんの心の声が聞こえていた。それが当たり前だと思っていたし、自分の考えている事も周囲に伝わっていると思っていた」


 二人に愛されてたんだろう。自分が心で何かを望んだとき、よく見ている両親が、その願いを叶えてくれていたのかもしれない。


「三歳くらいになって、少しだけ外に出る様になった。まだ周囲の大人たちも、子供には可愛い可愛いと思ってるだけ。察しのいい子くらいには思われていただろうけど、問題は無かった」


 小さい頃の交友関係は親に依存する。いい人達としか触れ合わなければ、問題は起き難いだろうな。


「しばらくして、同い年くらいの友達が出来た。近所の子達。そしてその子達に、私の心の声が届いてないことに気づいた」


 あぁ、自分が周りと違うことに気づくのは、嬉しい事なのだろうか、悲しい事なのだろうか。


「私にはその子たちの心の声がわかった。その時は私に対して悪感情を持っていなかったから、思考が読める事を伝えてしまった」


 自分と他人の違いに気づいたとしても、本人の心の持ち様で、前向きに捉る事だって出来るだろう。

 しかし他者に異物だと判断されるのは、ましてそれが子供だとすると……。


「その時伝わって来た思考は、意味がわからない、怖い、気持ち悪い、この子から離れたいだった」


 子供というのは、自身が持った感情に素直だ。ストレスに対する耐性が無く、状況を論理的に理解しようとしないので、他人の心に寄り添う事が難しい。


「初めて良くない感情をぶつけられて、パニックになって逃げ出した。家に篭って泣いてたら、両親が話を聞きに来てくれた」


 それは、心配しただろうなぁ。


「わたしが人の思考を読んでいる事に気付いたお父さんとお母さんは、何とかしようと、たくさん調べてくれた」


 うん、二人はアイリスが大好きだからな。そうするさ。


「お母さんの冒険者仲間を当たってみても、お父さんのツテを頼ってみても、結局この病気か呪い、体質についての情報は無かった」


 日本に居た経験からいうと、病気では無いと思うし、魔法的な力だと思う。ただそれは地球人だからわかることだ。こっちの人々がそれを理解するのは、簡単なことでは無い。


「それからわたしは家に引きこもって、本ばかり読んで過ごす様になった。両親の心配が伝わるから、出来るだけ明るくしてた。けど外に出るのはやっぱり怖かった」


 胸が締め付けられる。子供が恐怖で引きこもるなんて。


「お母さんが買って来てくれる冒険譚や、お父さんが持って帰ってくる歴史の本を読んでいる内に、わたしも冒険者になりたくなった」


 子供の頃から冒険者になりたかったのは、エレクトラさんへの憧れは勿論、閉じこもった生活が理由かもしれないね。


「冒険者の勇気に憧れて、久々に外出した。七歳くらいのとき」


 もう嫌な予感がする。


「外に出て少し歩くと、近所の人の思考が流れ込んできた。私が人の心を読めるのを、知ってた」


 あぁ、小さい子供は何かあると親に話す。そこから噂が広がったんだろう。


「中には良い人もいた。同情的で、がんばれと心の中で応援してくれる人も、けど多くの人は――」


 あまり関わらない様にしようとするよな。誰だって清廉潔白じゃない。頭の中だけなら、あいつをぶっ飛ばしたいくらいの事、考えるだろう。

 実際に悪事を為さなければ、考えてない事と一緒なのが、多くの人にとって当たり前の世界だ。


「その時はまた怖くなって、家で本を読む生活に逆戻り。けど冒険者を諦めきれなかったから、魔法の練習や体力作りはしてた」


 自分なりに現状に対して抗っていたんだろうね。冒険者になれて本当に良かった。


「大きな変化があったのは、十一歳の頃」


 そういえば、さっき魔法陣を使って思考が流れ込んで来るのを止めてたよな。


「さっきの魔法陣。タカシの本に載ってた。脳の電気信号を読み取る魔法を、遮断する方法」


 タカシお前……やるじゃないか!! 凄い見直したぞ!!


「思考の盗聴について、真剣に考える機会があったらしい。その時に思いついたと書いてあった」


 おお……陰謀論っぽいけど、結果オーライだ!


「お父さんがタカシの本を買って来た時は、半信半疑だった。けど解読が進んで魔法陣を再現すると、実際に効果が出た」


 ナイスだアポロさん! あんなゴミみたいなタイトルの本、良く買ったな! すごいぞ!


「それからはお母さんに連れられて、色々な場所を回った」


 レベルを上げたのはその頃か、蠍を食わされたのも。


「そうして今、わたしはこの特異な体質とうまく付き合いながら生きてる。成長して、人が悪い面も抱えて生きてる事を学べた」


 人は歳を重ねながら沢山の経験をして、多くのモノを受け入れられるように器が成長していく。俺もまだまだ発展途上、アイリスに学ばねば。


「最近は遮断の魔法陣を使わないで出かけることも増えてた。そんなときに講習会でカケルにあった」


 エルフだって興奮してたっけ。ばれてたのか! あれ、というか……。


「カケルがタカシと同じ異世界人で、神さまに転生させて貰ったのも、勝手に知ってた。ごめんなさい」


「――いや、それはもう良いんだけど……この際だから聞くが、どれくらい俺の心の声って聞いてたの?」


 うん。責める気はないが、ちょっと気になるよね。


「カケルに会ってからは、外出時に殆ど魔法陣は使ってない。だいたい全部聞いてた」


「そうなの!?」


「カケルは心の中で、面白いボケやリアクション、ツッコミをする。あまりにも聞きたかった」


 あまりにも!? こんなシリアスな場面でなに言ってんの!?


「今も絶対何か考えてた。本当は聞きたい。けどカケルは嫌だと思うから、今日からはちゃんと遮断の魔法陣、使う」


「うん。まぁ、使ったほうがいいと思うよ? 思春期特有の気持ち悪さとか、出てくることもあるしね」


「うん、たまににする」

「たまには読もうとしないで!?」


 まぁ、もうどうにでもなれ感あるけど。


「あともう一つ気になるんだけど、異世界人って結構居るのか?」


 こっちの方がもう大事だ。アイリスとの話は、既にギャグパートに突入してしまった。


「私が知る限りは、タカシとカケル、それにお米や醤油を広げたとされるスズキという人物が居る。三百年くらい前の人で、詳細は不明」


 俺が食で困らないのは鈴木さんのお陰か、感謝だ。


「へー、いや参考になったよ。さんきゅーな」


 俺を含めて、少なくとも三人。様々な国の料理があるんだ。料理人が居たか、他にも沢山の転生者が居たのだろう。米が食える事はヨネヤさんに感謝だ。


「それで、その、怒ってない?」


 アイリスが不安そうに尋ねてくる。今のアイリスは遮断の魔法陣を使用中だ。他人の心が分からないというのは、不安になる。

 だから言葉で自分の気持ちを伝え、相手の言葉《心の声》を求める。


「怒ってないよ。次からは遮断をしてない時に言ってくれれば良い」


 そう言うと、アイリスが驚いて目を見開く。


「良いの?」


 そりゃあ、困ることもあるだろうけど。


「たまにならな? ずっとは駄目だぞ」

 

 するとアイリスは、


「――うん、ありがとう。カケル」

 

 そう言って嬉しそうに微笑んだ。

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