3日目4 初めての
「へいき?」
アイリスの声で我にかえる。
目の前には上半身がばらばらに吹き飛んだサイクロプスの亡骸。生き残った実感が、身体の震えとともに押し寄せてくる。
初めて命の危機を感じた。一度死んでるやつの台詞じゃないだろうけど。
「あ、あぁ……なんとかな」
「良かった。ヒールをかける」
そういえば体はボロボロだし足も折れている。アドレナリンで誤魔化されていた痛みが、それを認識すると再び、激痛となって襲ってきた。
「た、助かる。足折れてるんだけど、正しい位置に戻した方が良いよな?」
超痛そうで嫌なんだけど……。
「うん、ちゃんと戻す。はい」
そう言うと俺の足を持ってテキパキと直していく。
「い゛いいいったああああ」
あまりの痛みに叫ぶ。
「生きてる証拠、ヒール!」
アイリスが光の中級魔法を唱えると、体の痛みが少しずつ引いていく。
「む、一回で治らなかった。ヒール!」
見た目以上に怪我が大きかったようだ。後ろに飛んで衝撃を逃したとはいえ、サイクロプスの薙ぎ払いを喰らったのだ。内臓にダメージあったのかもなぁ。
「よし、治った?」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
先ほどの痛みが嘘みたいに引いている。
「良い。それより魔石を探して、急いで帰る」
先ほどまで夕日が見えていたが、激闘の間に黄昏が訪れ、世界を暗く塗り替えている。
「上半身ばらばらだけど、魔石って無事なのか?」
吹き飛んでそうなもんだけど。
「魔物は強くなればなるほど、魔石の強度があがる。サイクロプスなら無事なはず」
なるほど、ならいっちょ宝探しと洒落込むか!
「あっちに強めの魔力反応がある、あの辺」
サイですか。
一分もかからずに宝探しは終わり、サイクロプスの魔石を手にとる。
「大きいな!」
黒みがかった魔石は、野球ボールくらいのサイズがあった。
「Bランクの魔物、きっと高く売れる。新しい剣も買える」
新しい剣……?
「あぁ! 俺のショートソードは!?」
「あっち、ぼろぼろ」
アイリスが指差す先を見ると、ひしゃげた剣が目に入った。
なんという事でしょう! 大事に使うと誓ってニ日目、時間にすれば二十四時間ちょっとで、使い物にならなくなっているではありませんか!
「ああ、無常」
けどあれのお陰で生き残れたんだ、感謝しないとな。持って帰って供養しよう。そうしよう。
「魔石は山分け。この町の近くにあるダンジョンは、Cランクまでしか無い。Bランクは最奥のボスだけ。きっと良いお値段」
おお、少しワクワクしてきた!けど、
「山分けで良いのか? 正直サイクロプスへのダメージ、ほぼ全てアイリスだけど」
嬉しさ半分、申し訳なさ半分だ。
「良い。時間を稼いでくれなければ、わたしも死んでたかもしれない。誇るべき」
なんて良い子や。飴ちゃんあげたい。
「じゃあ、帰る」
こうして俺たちは、命の危機を乗り切った。
帰路の途中、麦畑越しに見える街の灯りに、ホッと息をつく。体の力が抜けて、大変な一日中だったなと考えている時。
「そういえば、言ってなかった」
アイリスが振り返った。
「ん?」
何か伝え忘れた事があるのだろうかと、次の声を待つ。アイリスはコチラを見つめると、ほんの少しだけ照れくさそうに口を開いた。
「――カケルのお陰で助かった。ありがとう」
そう言って、プイッと前を向き、スタスタと歩き始めた。
突然のことで呆然としてしまい、アイリスに初めて名前を呼ばれたことに気付いたのは、宿に戻って眠る前のことだった。