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3日目3 死闘

「も、もう無理っす」


 俺はゴブリンを倒すと同時に腰を下ろし、情けない声をあげた。


「うーん、まだ二十匹くらい」


「多いよ! 初心者マジックポーションを飲み過ぎてお腹ちゃぽちゃぽだよ!」


 初めて一人でアントラーラビットを倒してからというもの、アイリスにビシバシと鍛えられている。鍛えられ過ぎている!


「仕方ない。日も傾いて来たしそろそろ帰る」


 薄暮の時間が迫り、鬼軍曹からお許しが出た。良かった、流石に人前で青色の液体を吐きたくは無い。


「しかしアイリスは凄いな。全然疲れを感じさせないじゃん。憧れちゃうなー」


「わかる。けど冒険者としては普通」


 だからわかる何!? 自分を憧れの存在として自認してるの!?


「そ、そうなんだ。冒険者ってやっぱりすごいな。うん」


「うん、冒険者は凄い。母さんは元Aランク冒険者。魔法使いの新人冒険者なら、百万人相手でも勝てる」


「俺だよね!? 魔法使いの新人冒険者、俺のことだよね!? 挑まないよ! 絶対に!」


「がっかり」


 なぜ、今のセリフを聞いてがっかりしてるのか。戦わせたかったの!? 恐ろしい子。


 そんなふざけた会話をして歩いていると、野営地が見えて来た。狩りに必要のない荷物を置いた野営地は、魔物避けの煙が焚かれ、独特の匂いが今いる場所まで漂っている。


 俺がこの冒険の終わりを感じ、人心地ついた気持ちで歩いている時。


 ――奴が現れた。


 ミシミシ……ドン…!


 突如遠くから、木をへし折り倒すような、大きい物音が響いた。ただ事では無い森の変化にアイリスが弓を構える。


「何か、来る」


 ドシン、ドシンとその重量を主張する振動が、俺たちのいる場所へ迫って来る。アイリスは木が薙ぎ倒される方向を睨みつけて、退避の指示を出した。


「野営地に走って。わたしは迎え撃つ」


 この場に俺が居ても迷惑をかけるだけだ。唇を噛み締めながら、言葉を絞り出す。


「大丈夫なんだよな?」


 その言葉が出たのは心配からか、不安からか。


「うん、絶対勝つ」

 

 俺に出来るのは、アイリスを信じる事だけだった。


 野営地にある倒木の陰に隠れて、音が迫る方向を見ていると、森の奥から現れたのは、六メートルはあろう単眼の巨人。


「サイクロプス……!」


 それは奇しくもアイリスの名と同じ、ギリシャ神話に出てくる、人を喰らう化け物。


 生物が本能的に恐怖するであろう巨体を持った、怪物であった。

 あれはBランクに分類される危険な魔物だ。


 アイリスはサイクロプスの目に向けて矢を放ちながら、同時に魔法を唱える。


「ウィンドカッター」


 風の刃を三つ同時に放つ。初級魔法の中では威力が高いと言われている魔法。しかしサイクロプスはなんの痛痒も感じて無いかのように、前に出る。


「アイススピア」


 それは水属性の中級魔法。だがそんな魔法も、煩わしそうに腕で薙ぎ払うだけ。


「フレイムランス」


 人の身なら一瞬で燃え尽きるであろうそれを、あろう事か口で喰らってみせる。


「ストーンパイク」


 地面から突き出た岩の槍すら、その体表を突破することができず、歩みを一瞬止めただけだ。


 まずい……。


 遂にサイクロプスは、その両手の届く範囲にアイリスを捉え、腕を振るう。


 バンッ!


 遠くからでもわかる衝撃波の音。ともすれば音速を超えているかもしれない一撃が、アイリスに放たれる。――しかし。


「はやさには自信がある」


 アイリスは余裕を持って、攻撃の範囲外に逃れていた。


「トルネード」


 サイクロプスを風属性中級魔法が包み込む。時間を稼ぐために放たれたトルネードは、渦の中心にサイクロプスを押し留め、その役割を果たしている。


 アイリスは風属性上級魔法の発動のため、瞳を閉じ、魔力のコントロールに集中する。習得しても魔力制御に苦労するその魔法は、彼女が持ちうる最大火力。


「決める」


 準備が整ったアイリスは、ついにその上級魔法を解き放つ。


「――テンペスト」


 直後、世界が荒れ狂った。


 トルネードの中心へ向け、雷と風の刃を纏った暴風が襲いかかる。まともに喰らえば雷に焼かれ、風の刃に切り刻まれるだろう。その魔法は草木を破壊し、土を混ぜ返し、雷と雨を降らせた。


「これが……上級魔法」


 おれはゴクリと息を呑む。魔法によって起こされた、圧倒的な蹂躙。


「ははっ…」


 あまりに理不尽なその暴力に、乾いた笑いが出る。


「流石に……倒せたんだよな?」


 日本に居た頃なら思っていただろう、それはフラグだと。しかしこの時俺には、サイクロプスが生きているとは思えなかった。


 だからこの後、目の前で起こった事を、現実として認識するのに時間がかかったんだ。


 疲れた様子のアイリスに駆け寄り、声をかける。


「大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……」


 息も絶え絶えな様子のアイリスが、魔法の放たれた先を睨みつけている。

 クレーターの様に凹み、今尚、風で巻き上げられる土煙で何も見えないその場所に、まだ何かが居るのでは無いかと疑うように。


 そして次の瞬間、その疑念は現実になる。


「まずっ」


 呟いたアイリスが突然後ろに吹き飛んだ。


「は?」


 俺は何が起きたのか分からずに、立ち竦む。


「くっ……」


 十メートル以上吹き飛び、苦悶の声を上げて、それでもヨロヨロと立ち上がるアイリス。しかしヒールを唱えもしない。


「魔力が……」


 とうやら魔力切れに陥って、傷の治療も出来ないようだ。


 ドス、ドスと、サイクロプスがクレーターから上がって来た。

 右腕を失い、左手の指も一本しか無く、全身から夥しい量の血を流しているが、戦意は失っていない。


「ガアアアア」


「そんな状態でもヤル気かよ……」


 これはまずい。そもそも生物としての力が違うんだ。ボロボロのアイリスが、このままの状態で倒すのは、難しいだろう。


 奴を倒すために、アイリスには時間が必要だ……だから。


「アイリス!」


 俺は震える体を奮い立たせ、声を張り上げる。アイリスは体をビクッとさせて、こちらを見た。


「俺が時間を稼ぐ! 野営地の荷物にある、MPハイポーションを使え!」


 どれだけの時間が稼げるのかは疑問だ。もしかしたら一秒すら怪しいかもしれない。けどやり切らなければ、死ぬ。


「行け!」


 その言葉で、迷っていたアイリスはヨロケながらも野営地へ向かう。

 サイクロプスは俺では無く、アイリスを敵と見做してるのだろう。彼女を追うため動き出した。


「イグニッション!!」


 発火の魔法。そこに魔力を多めに込め、サイクロプスの大きな瞳の前で爆発させる。


「ガアアアアアアア」


 それはダメージ故か、怒りが理由か。とにかく気を引く事には成功した。


 次にすべきは時間稼ぎだ。何がなんでも生き伸びてやる。俺はテリーさんの講義で学んだ。一瞬たりとも諦めず、全力を尽くすと。


 だからやる事は捨て身の行動じゃ無い、生き残る最善。


「暫く相手してやる。かかってこい」


 人型なら言葉を解するかもと、挑発してみる。怒りで判断力が落ちれば、俺の生き残るチャンスは増えるはずだ。


「ガアアア!!」


 通じたのかは判らないが、サイクロプス大きく吠えた。

 その直後、


「くっ!!」


 咄嗟に身を投げ出し、突進を躱す。


 ダメージを負う前に比べれば、スピードは落ちているのだろう。しかし俺が今日戦った、どんな魔物よりも優れた速度で突撃してくるのだ。当たったら挽肉になる。


「ファイヤーウォール!」


 イグニッションを嫌っている様に見えたので、眼球が乾きそうな火が苦手なのかと思ったのだが。


「ガン無視かよ!」


 ファイヤーウォールに真っ直ぐ突っ切ってくる。前傾姿勢のまま疾走してくるサイクロプス。無くなっていた右腕の方に身を縮めて避け、傷跡に剣を振るう。


「ガアアアアア!」


 当たったのは偶然。まだ右腕が無い事に慣れていないサイクロプスが、ミスをしただけ。それでもダメージを与えたのは大金星じゃないか?


「ガアア…」


 もしかしたらこの一撃が、俺を敵として認めさせてしまったのかもしれない。


 距離をとってこちらを観察するサイクロプス。じりじりと間合いを詰めながら、出方を伺っている。

 これ以上近づかれると、俺は攻撃を躱わせなくなってしまう。間合いを取るため足を後ろに引こうとした、その刹那。


「ガア!」


 弾丸の様な速度で、みたびの突進を仕掛けてきた。


「やばっ」


 サイクロプスの左腕が振るわれる。躱すのが不可能だと気付き、ショートソードを盾にして、衝撃を逃すため後方に飛ぶ。


「ぐぅ…」


 タックルを受け、飛んだ意識が痛みで戻った。


 倒れた体が異常を叫んでいる。


「まずいまずいまずい」


 左足が変な方向に曲がって動かない、着地の衝撃を分散するのに失敗したか?


「クソッ」


 こんな事を考えても仕方ない。何かやれる事は無いか? 一発逆転の目は無いか?


 一秒でも長く生きるために、サイクロプスとは逆の方向に這いずりながら考え続ける。

 そのすぐ後方へ、ドス、ドスと、死を告げる死神の足音が、迫って来きている。


 ここで、こんなところで、終わりたく無い。まだ十六歳で異世界三日目、満足に美味いものも食べていないし、可愛い彼女も出来てない!!


「ええい、食らえ! ファイヤーボール!!」


 ありったけの魔力を込めて放った火球ファイヤーボールは、サイクロプスの肌を少し焼き、死までの時間を数秒引き延ばすだけ。

 

 しかし、


 それで十分だった。


「ライトニングバースト!」


 鳴り響く声と雷鳴

 

     閃光と共に

 

      サイクロプスが

 

           ――爆ぜた。

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