ドラゴネートの人って会話してくれないんですよ!
経験が物を言う世界。
それは同時に長命種が有利で、短命種が不利だということ。
そして唯一の短命種に分類される人間は、どうしようもない、劣等種だということ。
それが常識の世界。
本来なら老人に人間以外に転生させてもらうことも出来た。
なんならそのほうが、『ギンコウ』なんていうちまちまとした、スキルよりも確実だった。
でも、何を思ったのか自分は人であることを選んだ。
合理性よりも心を選んだ。
素直に、自分でも、愚かだと思う。
それでも、まだ人として生きていたかったのだ。
何も成せず、何もできなかった過去を超えるためか、上書きするためか、定かではないが、ただ、あのまま終わるのは嫌だった。
もっと、胸を張って生きたい?
それとも
もっと、胸を張って死にたい?
分からない。
でも――
屈強な狼の魔物が、自分の煽りに顔を真っ赤にして、その筋張った拳で殴りかかってくる。
威圧感のある拳。
一発当たっただけで、死ぬのがひしひしと感じれる。
だが自分は満身創痍。
情けなくも投げ飛ばされただけで、骨は折れ、筋肉はズタボロの、立っているのがやっとの死に体。
ただそれでも、力に物言わせるこいつに。口答えすることが出来た。
最低限。それだけで――
――胸を張って死ねる。
避けるなんて発想もなく、コマ送りのようなスローモーションの世界で、ただ拳を、男の怒り狂った顔を眺める。
「下げろ。こいつは私の客だ」
そう、誰かが言った。というよりも、一瞬にして現れた目の前の人が言った。
綺麗なロングヘアの金の髪に、特徴的な耳を持つエルフの人が。
「うるせぇ、これは魔族の問題だ! いくらエルフの王でも俺を止める権利はねぇッ!」
「二言はない」
声を荒げる、狼の魔族は先ほどとは逆の拳で、そのエルフさんに襲い掛かる。
エルフさんはそれに対し、腰の剣を引き抜く。
一撃
二撃
と、まるでエルフさんの時間だけが動いているかのように、狼の魔族もピクリとも動かないうちに、剣を腰に戻す。
すると再び時が動き出したかのように、狼の魔族の腕が二本空中へ飛ぶ。
「去れ。さもなくば次は命だ」
エルフさんから放出される、底知れない重圧。
満身創痍の体では大した反応を見せないが、狼の魔物には大層効いたようで、真っ赤だった顔が、真っ青に変わる。
一瞬にして、腕を生やすと狼の魔物は颯爽と去っていった。
「――――え?」
何が起こったか分からずにいると、息をするのも出来なかった体が、瞬く間のうちに楽になる。
そして間抜けにも変な声が出てしまった。
痛みが完全に引き、体を魔力で補う必要もなくなるほど体は軸を取り戻した。
その上枯渇していた魔力も満たされて、疲れ切っていた思考が、八時間寝た後の様にすっきりしていた。
何事かと思っていると、自分の頭の上から見覚えのある、自由奔放な小さな妖精さんがのぞいてきた。
「どう? 楽になった?」
「うん……」
訳が分からず、応えると妖精さんはにっこりとして自分の頭から飛んで、目の前のエルフさんの横に滞空する。
そしてエルフさんはこちらへ振りむいて射殺すような眼光を向けてくる。
周りと一線を画すその魔力量と重圧に、元気になった体は先ほどとは違い、簡単に怯えがくがくと震える。
空気も重くなり、まるで心臓を握られているかのように呼吸をするのも辛い。
「貴様にいくつか質問を行う。もしも嘘を吐いたなら命は無いと知れ」
「は、はい」
エルフさんのその圧力をひしひしと感じながら首を縦に振る。
「よろしい。ではお前のそのレベル。どうやって手に入れた」
このエルフさんも、妖精さん同様自分のスキル目当てで話しかけてきたらしい。
あの狼の魔物も、もしかしたら妖精さんがけしかけたのかもしれない。
警戒感が高まる中、エルフさんが一睨みしてくる。
言いたくはなかったが、助けられた手前、言うことを聞くしかなく、渋々口にする。
「スキルの力で手に入れました」
「どういうスキルだ」
「他者や自分の経験値を預けて、所定の時間になれば経験値が増える。そう言うスキルです」
スキルのことを問われ、副次的な効果は無視してスキルのみを説明した。
が、それが先ほどの嘘に引っかかったのか、エルフさんも妖精さんも眉をひそめる。
「ほう。経験値を増やすスキル。初耳だな」
「僕も聞いたことが無いよ」
殺される。
そう思ったが、エルフさんが剣に手をかける様子はない。
「ウソではないことは分かっている、安心しろ。次に聞くことが最後だ」
エルフさんはまるで僕の心を覗いているかのようにそう言った。
何かしらで嘘を判別している可能性を感じ、緊張感が増す。
嘘を吐くつもりはないが、万が一にも言い間違いなどあった時は分からない。
その際に誤判定を貰った時は言うまでもない。
努めて冷静さを保ち、エルフさんの最後の問いに耳を傾ける。
「お前は私と同じ、レベル三九九にたどり着けるか?」
思わぬ問いだった。
自身のレベルアップに活用するのではなく、俺に同じレベルになれと。
呆気に取られていると、エルフさんがにらみを利かせてきて、自分は咄嗟に返す。
「それは理論的な話ですか、それとも心意気の話ですか」
「無論理論的にだ」
「なら必要な情報をください」
「いいだろう」
何が目的なのか、分からなくなったが、とにかくそれが可能かどうかを考える。
まず、この世界の経験値システムについて自分が知っていることは少ない。一度必要経験値の推移を見たが、推移の仕方は分からなかった。
ただ老人に教えてもらったことが二つある。
一つはこの世界における魔獣を除いた、最大レベルは現状四百四レベルであること。
そしてもう一つは、その最大レベルにたどり着くまでに千年以上の歳月がかかっていることだけ。
で、推移を再度見たときにチラッと四百三から四百四レベルに必要な経験値を見た。
軽く三桁億いっていた。
二桁憶が、三百とすこし辺りが最後だったのを思い出せば、中々に渋いのは分かる。
二桁憶で余裕を持って四桁憶に到達する行為を、百回行えば超えることは可能ということになる。
つまり、平均三百レベル以上で自分の『ギンコウ』の利率〇・〇一%を考え、一万人以上ぐらいは欲しい。
それでも年二回配当なので、達するのは五十年後。でも一応五千人ぐらいでも百年後に達することにはなる。
つまり重要なのは三〇〇レベルの人がどれほどいるか。
「ではドラゴネートにレベルが三百以上の人はどれぐらいいますか」
「一万は軽く超えているだろうな」
「でしたら可能です」
心の中でガッツポーズをとる。
全員が全員預けてくれるという、無理が前提ではあるがそれでも今は十分だ。
「それで想定している期間は? 何年かかる?」
「最短五〇年。最長百年近くで考えました」
自信満々にそう答えると、何か気に障る部分があったのか、エルフさんは険相を悪くする。
「もっと早くだ。二十年以内に収めろ」
そして無理難題を押し付けてきた。
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「聞こえなかったか? 二十年以内に収めてみろと言っているのだ」
だが、聞いた言葉に間違いはなく。可能性を考えるが、先ほどの結論から無理だということは分かっていた。
言葉に躊躇っていると、エルフさんは深いため息を吐く。
「そうか。やはり今回もダメか……」
凛々しくも気高い姿とは裏腹に、深い哀愁を漂わせる。
まるで長年の期待を裏切られたような。そんな失望を感じた。
エルフさんの視線は途方に暮れ、隣の妖精さんも残念そうに俯く。
そんな二人の姿に、なんだか申し訳なくなる。
ただそれはそれとしてドラゴネートに来て数少ない自分に価値を見出した相手。
村を救ってもらうためにも逃したくないと思った。
最後の最後で知恵を振り絞ってみると、一つだけ思い当たる節が浮かぶ。
それは絶対というには怪しげだが、考慮すれば二十年どころかもっと短縮できる可能性を秘めた話。
この話を通せたら、いけるかもしれない。
「……可能性なら、あるかもしれません」
自分がそう言うと、ピクリとエルフさんと妖精さんが反応する。
うっすらとこちらを見るが、その目に期待している雰囲気はない。
あるのは苛立ちすら感じさせる深い失望だった。
「可能性? ならその根拠を言ってみろ。もしもそれが可能だと、私が思えたなら許してやろう。だが無理だと判断したなら――塵も残さぬ」
エルフさんが剣に手をかける。
瞬間、魔力が実体を持ったかのように、自身へと襲い掛かってくる。
凄まじい魔力の奔流に、問答無用で壁へと押さえつけられてしまう。
しかし、胸や頭は魔力に押さえつけられておらず、言葉だけは発せるようにされていた。
だから、自分は精一杯の力を込めて、それを言葉にする。
「教えてもらったんです。僕のスキルは成長すると。成長したなら、もっと早くすることも可能だと思います」
あの老人が教えてくれた言葉を伝える。
老人曰く、与えられたスキルは育ち、結果として神の生命力になるということ。
神の生命力となれば、その成長ぶりにもすさまじいものがあるはず。いまだに成長していないのが不安ではあるが。考慮して然るべき材料だ。
「何だと? そんなことが――」
ふっ、と魔力の奔流が霧散し、体が楽になる。
一瞬信じてくれたのかと思ったが、エルフさんは納得がいっていないようで、ぶつぶつと言葉を零す。
更に追い打ちをかけたいところだが、これ以上自分が出せる材料はない。
今自分にできるのは、信じてくれることをただ祈ることだけ。
すると祈りが通じたのか、傍観に徹していた妖精さんが口を開く。
「でも、あり得そうじゃない? 人族の間で、スキルの研究がされているのは分かってるし、その中で同じスキルがあって、昔に成長した記録があったならこの子が言うのも分かるよ。何しろこの子嘘はついてないし」
妖精さんによる援護射撃が入った。
あやふやな自分の根拠に、しっかりとした肉付けがされ、理論は完璧。
これでどうだ! と、自分はエルフさんの目を見据える。
エルフさんは考え込むように目を瞑ると、深呼吸を一つ。
そして目を開くと、哀愁や失望の感情は消えていた。
「どう?」
そう、妖精さんが尋ねると
「いいだろう。完璧に満足とはいかないが、及第点だ」
若干の不服さを見せながらも納得してくれたようだ。
今日何度目の安堵か分からないが、全身から力が抜けるようだった。
「貴様、名を何という」
「バンク・フィールドです」
「そうか」
エルフさんは少し横にずれながら、振り返る。と妖精さんがこちらへとやってきて、僕の腰を叩いてくる。
「ほら背筋と胸張って」
よく分からず、妖精さんに言われるがまま、背筋に力を入れ、胸を張る。
「聞け! 者ども!」
すると突如として、エルフさんが魔力を乗せた声で言う。
魔力を乗せた声はうるさくはなく、まるで脳に直接声が入ってくるような感じだった。
何を伝えるつもりなんだろうと、不思議に思っていると、
「今よりこのバンク・フィールドを我が弟子とする! これよりバンク・フィールドに害を為すもの、すなわちエルフ族の敵と知れ!」
「んっ!?」
エルフさんの口からは、何一つ同意した覚えのない言葉が紡がれていた。




