ドラゴネートは魔境でした
厄介な門番を超えた先は開けた草原だった。
そんな開けた草原の中に佇む、ドデカいバインドエンドの塔にドラゴネートの城壁。
商人たちがそこへ向かうため、またはロードへ帰るため、二つの行列をなしている。
その中を自分は二本の足で走る。
行列をなし、渋滞を起こす馬車も関係なく、人が進む道など関係なく。ただ最短距離でドラゴネートの門へと一直線に向かう。
幸いなことにロードから一番近しい、ドラゴネートの門に向かう馬車は一つとしてない。
どうやら、商人たちの用があるのは別の区画の用だ。
さっきのロードの門とは違い、すんなり中へ入れそうな予感に、清々しさのようなものを感じ
「よし」
と一人ながらにこぼした。
走ること数分。
自分はロードから一番近い、ドラゴネートの門に到着した。。
そのドラゴネートの門は、何故か閉まっておらず、開きっ放しの状態。
門番の一人もおらず、まるで門の体をなしていなかった。
しかし長旅の疲れもあり、自分はそのことについて深く考えることはせずに、その門からドラゴネートの中へと入った。
「すげぇ……」
入ってすぐに自分は感嘆の声を漏らした。
なにせそこには、前世でどれだけ見てきて、憧れたのか分からない、幻想上の生物がいたのだ。
髪がサラサラで綺麗で耳の長い美男美女ばかりのエルフ。
特有の獣耳に尻尾を持つ野性味あふれる魔族。
そして小さな体で羽根があったりなかったりしながら、空中を縦横無尽に動き回る妖精。
切羽詰まった状況なのにも関わらず、その容姿には感じいるものがあった。
ただ容姿とは別に、もう一つ驚くことがあった。
それは、魔力が見えるということだった。
目に魔力を集中させていないのにも関わらず、はっきりと色濃く自身の目に映る。
門から入ってすぐの右側の、樹齢数百年は超えていそうな、太く、立派な木々が並び、樹海のような複雑な家のようなものにも。
門から入ってすぐの左側の、まるで統一感のない開けた土地や、五重塔のような木で出来た建物、果てはロードのようなレンガ造りの建物にまで。
もちろん。エルフや、魔族。妖精にも。
そのすべてに父や母を遥かに超える魔力量がはっきりと目に映った。
「これがドラゴネート……」
この中で将来生きていく期待と、圧倒的な差を見せつけられ最強になれるのかという不安。
両方を感じたが、ワクワクは最大限だった。
が、今はそれを堪能している場合ではないと思い出し、首を振り邪念を払う。
そして僕は樹海のような場所と、統一感のない場所の、交わっていない場所。恐らくは二つの場所の境界のようなものの上を歩きだす。
「……誰か良い人はいないかな」
辺りに視線を送り、助けてくれそうな優しい面持ちの人を探す。
ただ、どの人もこちらを見る視線には厳しいものがあった。
奇異の視線はまだましで、汚らわしそうな視線や、あからさまに見下すような視線ばかり。
「中々に厳しそう……」
「なにが?」
「えっ」
仲良くしたい心とは裏腹の、厳しい現実に打ちひしがれていると、背後から誰かに話しかけられる。
咄嗟に振り向けばそこには、小さな体の金髪の妖精が飛んでいた。
「何か困りごと?」
「えっと、村が魔物に襲われそうで、だから――」
「へーそうなんだ。大変だね」
これは助けてくれるのではと幸先のよさに事情を説明する。
しかし妖精さんは、まるで関心が無さそうに、社交辞令の様に言葉を遮ってそう言い放ってきた。
そんな態度に自分を気にかけてくれたのではないのか? と、怪訝に思っていると
「ねね。君って結構若いよね? 何歳なの?」
今度は打って変わって言葉を弾ませて尋ねてくる。
「八歳ですけど」
何を思い話しかけてきたのか、疑問に感じながら自分は普通に返す。
するとその返答は、妖精さんの満足する回答だったのか、興味深そうな声を上げる。
「おー、その歳でそれだけの魔力。何か隠しだねがあるのかな?」
その言葉に自分は、咄嗟にこれが目的か、と思った。
どうやって見破ったか分からないが、年齢不相応の力が自分にあるのは間違いない。
もしかしたらそれを利用すれば、更に強くなれると思っているのかもしれない。
悪用されるのはまずいが、今の自分の交渉材料としては有用だ。
これを武器に、村を助けてもらおうと考えを巡らせる。
「ありますけど。教えません」
「えー、いいじゃん!」
妖精さんは子供の様に唇を尖らせて、機嫌を悪くする。
しかし自分は首を振って、それを再度拒否する。
「駄目です。危ないですから」
「ちぇー」
更に駄々をこねてくれば、こちらが有利な状態で交渉に移れる。
そう思っていると、妖精さんは何を思ったのか踵を返して去っていく。
「待ってください。もしも僕の村を救ってくれたら教えてもいいです!」
去るのを止めようと、急いで情報を差し出すことを条件付きではあるが確約する。
しかし妖精さんはこちらに脇目も振らずにそのまま完全に去っていってしまった。
「何が悪かった……」
その後ろ姿に残された僕は、ポツリとそうつぶやくしかなかった。
妖精は気分屋と言うのは通例だ。
漫画やおとぎ話でも、困っていたら助けたり、逆にいたずらをして困らせてくるなんてことは当たり前。
しかし現実として目の当たりにすると、同じ心を持っている物とは考えられないような無法さだった。
想像以上の諦めの良さ。
まるで交渉に乗ろうという気すら感じさせない心の移り変わり。
その姿には改めて超常の生命体だと、戦慄する他なかった。
「小出しにするのやめたほうがいいのかな……はぁ」
深いため息をこぼし、出来るだけ気持ちを切り替える。
引きづっては仕様が無いと、パンパンと頬を叩き、再度助けてくれる人を探すため、重たい足を動かす。
だが、数分歩いては見たものの、成果は芳しくない。
何処へ行っても見下してきたり、汚らわしそうに見てきたりと、変わらずの状態。
進歩の一つも見えてこない。
「はぁ……っと!?」
そんな考え事をしていたら、間抜けにも自身の足が自身の足に躓いてしまう。
咄嗟に手を出し、地面に頭からぶつけることは無かったが、地面に這いつくばったような状態になる。
そんな自分が面白かったのか、エルフも魔族も妖精も噴き出したかのように笑う。
「……惨めだな」
地面から起き上がり、居心地の悪いその場からさっさと離れようとすると、一人の魔族が自分の前に現れる。
その魔族はくすんだ毛並みで狼の耳を持つ、筋肉もりもりの屈強な男。
にやにやと薄ら笑いを浮かべ、見下しているのは言葉以上にその姿が雄弁に語っていた。
「お前、師匠になってくれる奴でも探してんのか?」
「……違います」
「だよな! お前みたいな雑魚、弟子に取る馬鹿なんている訳ねぇもんな!」
口を大きく開けて笑う魔族の男。
相手するのも面倒に感じ、横を通って去ろうとする。
が、魔族の男は自分が動き始めたのとほぼ同時に、その大きな手で自分の肩をがっしりと掴んでくる。
「おいおい、どこに行くつもりだよ? この俺様が、せっかく迷子を相手してやってんのによッ!」
掴まれた肩に凄まじい力が入ったかと思えば、万力で振り回され、近くのレンガ造りの建物の壁に放り投げられる。
態勢を整えなければ、そう思った時にはバコンッと壁に叩きつけられていた。
壁は異様に硬く、ぶつかった衝撃がそのまま自分の体に返ってきて、まるで体内が破裂するかのような痛みに襲われる。
「がぁっ!」
壁に押し出されるように前へ倒れ、体は言うことを効かず、また地面に落ちる。
今度は頭からだが。
ドサリと体が落ちる。
そして崩壊した体にまたしても痛みが走り、苦痛の息が漏れる。
そして、体は漏れた息を回収しようと試みるが、筋肉が断裂したのか、それとも肋骨が折れたのか、上手くいかない。
でも、体は息を吸おうとする。
だが上手くいかず、体がパニックを起こす。
徐々に酸素が不足し、意識が朦朧とし始める。
脳が危険を察知したのか、さっきまで感じていた痛みが、徐々にぼやけていく。
酸素不足で苦しんでいる体も、ぼやけていく。
直感的にやばいと感じ、自身の体に眠るすべての魔力を体の修復にあたらせる。
「おいおい。こんな程度で死んだらつまんないだろー。もっと頑張れよー」
しかし無茶な長旅のせいで、魔力は枯渇気味。
体の全てを治せるほどの魔力はすでになかった。
二度目の死が目の前に、あらわれたような気がした。
これが二度目の人生の死?
死に方は選べないだろうと、あの老人との会話では言ったが、これが自分の死か?
こんな死に方でいいのか?
なすがままこんな三流の魔族にやられて終わりでいいのか?
そんなの嫌だ。
もっと冒険したい。
もっと強くなりたい。
もっと生きたい。
心から思いが溢れる。が。
できない。
そう直感している自分がいた。
だからこそせめて、今出来ることを、やりたいことを、したいと思った。
体の修復をさせていた魔力を切り替える。今度は体を起き上がらせるための強化として。
バキバキに折れていて軸が無い体。なら魔力で軸を作ってやる。
足りない骨もすべてを魔力で補う。
断裂した筋肉は魔力で繋ぎ合わせ、マリオネットの様に自身の体を操る。
それでも立つのには一苦労どころではない。
垂れて動かない腕、まともに力が入らない脚。
継ぎ接ぎの体を、魔力で引っ張り起こさせる。
そして魔力で作った軸で、目の前の三流の魔族を見据える。
「へっ、まだ立てんのか。ちょっと手加減しすぎたみてぇだな」
吐き捨てるように言う狼の魔族。
そんな奴に自分の体にほとんど残らない空気を絞り出し、同じように言葉を吐き捨てる。
「ざ……っこ……」
すると、狼の魔族は毛を逆さに、顔を真っ赤にして有無をいうこともなく、その拳で自分の顔面狙って殴りかかってくる。
その姿に自分はにっこり。
満身創痍。
これで、終わり――