睡眠って大事ですね
村を出てから五日。
とにかく眠る時間も惜しんで走り続けた。
山の中、森の中、草原の中を走り続けた。
道中魔物が出ることはざらにあり、レベルの高くない魔物ならそのまま走って逃げ、高い魔物ならそのたびに網状の魔力と矢を合わせたものを射出。
足止めをして、逃げるように走り続けた。
そんなことしていれば当然、魔力も底をつく。
そのせいで、五日に三回。一時間だけ睡眠をとることもあった。
魔力が切れ、蓄積された疲労はその程度の睡眠でどうにかなるものでもなく、目が霞んだり、足元がおぼつかないことも増えた。
それでもその時間以外はとにかく走り続けた。
そしてようやくドラゴネートの一つ手前、人間の首都であるロードにたどり着いた。
ロードからはドラゴネートの中心にそびえたつ、空を貫くタワー。バインドエンドの姿が見て取れ、少しばかりだが気力がみなぎるような気がした。
本来であれば、このロードも他の村や街同様、無視してドラゴネートへ向かいたかったが、ロードはそうもいかない。
というのもロードには二つの城壁がある。
一つはロードが身を守るための城壁。
そしてもう一つは、ドラゴネートと人の国を隔てる城壁だ。
ロードの城内に入った今では、後者は気にならないが、入る前見た、あの城壁にはすさまじいものがあった。
視界の端から端までが、その城壁。
高さこそ、そこまでだが、あれは万里の長城を超えた長さになっているのではないか、そう思えるほどだった。
と、まぁその城壁のせいで、ドラゴネートへ直接向かうことは出来ず、正規の手段で向かうことが余儀なくさた。
そのため現在ロードの城壁内にいた。
「うぅ、なんでこんな人多いのかな」
ロードの大通りは、自身の村とは比べ物にならないほどの人がいた。
一見するだけで、村の総人口を超えるような人の量。
さっさと進みたいが、まばらに歩く人のせいで進むのにも中々時間がかかる。
その上、周りの人たちからの視線も妙に辛い。
その理由も分かっている、小綺麗な革の服だったり、繊維の細かい服を着ていたりする人たちの中、小麦色の麻の服だ。
目立つのは無理もないが、
「しんどいな……」
どうにか、このしんどさを気にしないで済まないかと、思い考えに耽ることにした。
目新しい世界。その建築様式や、服装。そこには文化が見て取れるはずだ。
暇つぶしにはちょうどいい。
まずは建物の建築様式。
商店が連なるこの大通り。
以外にも木材での建築物が目立った。城壁などを考えれば、レンガ造りの建物が多いと思ったがそれは少数。
木材の建築物は新築のような建物ばかり、対してレンガ造りの建物は風化しているように思える。
その姿から、昔はレンガ造りの建物が流行り、今は木造建築が流行っているのかもしれないと考える。
「お店は、時計屋、飲食、菓子屋、服屋、その他雑貨類か」
少し興味を惹かれて、見てみるが飲食や菓子屋、服屋は、目新しいものばかり。
逆に時計屋や雑貨類は前世でも見たようなものばかりだった。
「また来たときは、ちょっと遊んで回りたいな……」
そう思いつつも、次に注目したのは自分が歩く大通り。
幅は十五メートル程。
真ん中を馬車が通り、その端を大量の人が歩く。
馬車は右側通行で進んでいるが、人は右左関係なく雑多に歩く。
「通路の見直し必要だろ。これ」
この状況でもしも馬が暴走したなら、大惨事なのは言うまでもない。
人がぶつかり合って、逃げれず、馬が蹂躙する。想像に難くない光景だが、未だそうされていないのは問題が無いからだろうか。
「…………なら行ける?」
ほんの少し魔が差した。
今まで、問題が無かったのなら、人の道よりも空いている、馬車の道を行ったほうが早いのでは、と。
たまに若干のはみ出し者が歩いているし、なんの問題はなさそうに思えた。
「疲れてるし、少しぐらいいいよな」
緩慢とした流れにしびれを切らし、大通りの真ん中、馬車の道へと出る。
走る馬車は少なくないが、この程度の速度に合わせるのなんて、なんてことはない。
空いた道に割り込み、前の馬車をついていくように走る。
周りが騒然としているように思えるが、これぐらいは許容範囲内だろう。
「でも、遅いな……」
そう思い、反対車線に出て、前の馬車を追い越す。
案外、反対車線に出ても、馬は驚いても冷静さを失うことはなく、スピードを落としたり気にせず馬車を引いていた。
案外この世界の馬は利口なのかもしれない。
「これなら早く済む」
最高の案を思い浮かび、ストレスなく走れることに若干テンションが上がりつつ、長い長い道をまた走り出した。
そしてようやく、終着。
ロードとドラゴネートを隔てる門の前に到着する。
門前は馬車の行列ができており、まるで進まない。
その原因が門番により、何かしらの審査をされているからのようだった。
おかげさまで、途中から馬車の道を使うよりも、逆に歩道の方が少なくて速かったほどだ。
自分もこの馬車の列を待たないといけないのか、そう思っていると、門前に何もせずただただ立っている全身甲冑の人を見つける。
ちょうどいいと思い、その人に声をかける。
「あのすみません」
「むっ、なんだ平民」
少し尋ねただけで、いらぬ言葉を発したことの男。
早速印象の悪さに目が行くが、我慢し用件を言う。
「僕だけ先にドラゴネートに入らせてもらうことって出来ないですかね?」
「ふん」
門番の男は不機嫌そうに、甲冑の中から見える眼でこちらを睨みつける。
背の高さは対等だが、向こうはプライドが高そうに、顎を上げ、見えない顔であからさまにこちらを下に見てくる。
「お前にはこの行列が目に見えないのか!」
既に嫌いになったこの男に、目に入ってないわけがないだろう。と、言い返してやりたい。
が、問題を起こしては後になって後悔すると、言い聞かせ、穏便に済ませようと、言葉は慎む。
「それに、貴様のその恰好。臭くてかなわん。それ以上私に近づくな。これは命令である!」
門番にそう言われ、自分の格好を見ると、思っていた以上にかなりひどい有様だった。
自分ですら、良くここまで汚したと思えるほどの汚れ、草に転がって擦れた、緑色の跡や、走って飛び散った泥。ひっつき虫や、葉っぱのオンパレード。
どおりであれだけ人に稀有な視線で見られたわけだ、と納得してしまう程だった。
ただ、それでもこの男に対してムカつかない、と言うのはまた別問題だ。
男の顔面を抑え込み、下からでしかものを言えない体にしてやりたい気分だったが、努めて冷静に話を聞く。
「駄目ですか?」
「はっ、金のないものが、ドラゴネートに行って一山を当てるつもりなんだろうが、愚かなことこの上ない。貴様たちに金が何故、ない、のか忘れたか? なら、私が教えてやる。お前たちには力が無いから、そうやって、ぼろ雑巾のような服を着る羽目になっているのだ! 分かったなら、即座に立ち去り、ママの乳でも飲んでるんだな!」
一言、二言で済むような話を、ただマウントを取るために無駄に喋るこの男。
なんでこんな奴を相手にしているのか、虚無感に駆られる。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
だがそれも仕様がない。
何せ、疲れたのだから。
「何だその――」
目に魔力を集中し、男の魔力量を見る。全身甲冑の魔力量こそ自身を上回るが、本人の魔力量は少なそうに見える。
確かに、村にいる人たちに比べ魔力量は多い。ただ、自分には届かないし、姉にも及んでいない。
決着をさっさとつけて、ドラゴネートへ向かいたい。
そうは思うが、いきなり魔弓を突きつければ、お縄につくのは疲れていても分かる。
痺れを切らして、剣でも向けてくれないかな~、と疲れ目で語ると、その思いが伝わったのか――
「いいだろう。そんなにも身分の差を思い知りたいなら、思い知らせてくれる!」
男は、剣を引き抜き、顎を引き、顔の前、正中線で剣を持つ。
やった、と思わず笑みが零れる。
男は甲冑の奥の目をぎらつかせるがもう知ったことではない。
よく見る、騎士のポーズに、自分も腰の魔弓に手を伸ばし、矢を一本、魔弓にセットする。
「我が名は、チン・ジョー! 栄えあるロードを守護するものだ!」
突如として、名乗りを入れる、門番の男。
迫真の顔で言うが、乗る気力も起きなければ、隣の門を通過する、商人たちに見られ、何故こんな奴を相手にしているのかと、虚無感が加速する。
「おい! 貴様もなのらんか!」
「…………」
「おい! 聞いているのか!」
「未知未知・アンノウン」
黙っていると、ねちねちと話が続きそうだったため、働かない頭で適当に考えた仮の名前を口にする。
すると男はその名前で納得したようで、騎士のポーズを解き、構える。
「では行くぞ!」
長い長い問答を終え、ようやく男は斬りかかってくる。が、酷いものだ。
一目でわかる、剣の扱い方に体の扱い方。
洗練されていないその動きは、魔力量で測れるレベル以上に遅い。
魔弓を構えていたのが、バカバカしくなり、セットしていた矢を取り、男の攻撃に対応する。
矢は当たり前のように一欠けもすることなく、男の剣を受け止める。
「ふん、逃げられないと思って、咄嗟に矢で防御とは中々起点が効くじゃないか」
武器に魔力を纏わせてこそいるが、練度が低くまるで意味をなしていない。むしろ剣の切れ味を殺しているとまで言える。
それにも関わらず、甲冑の奥の顔は負けるなんて一ミリも想像していないような、自信に満ち溢れた顔をしている。
何処からその自信が溢れているのか聞いてみたいが、いらない言葉が帰ってくることは明白なので聞きはしない。
しかしこの男、面倒だ。
プライドが高いだけならばともかく、相手の力量も分からない馬鹿。
帰りもこの道を通ることになることを考えれば、網状の魔力で絡めとり門を通過しても、帰りに必ず突っかかってくるのは日の目を見るよりも明らか。
ならばと、魔力の矢に少し魔力を送り、綺麗に整った矢を、簡素な棒きれにする。
「あんたの心をへし折ったほうが早そうだ」
甘い持ち方をしていた腕をへし折ろうと、その棒切れで叩く。
「があぁっ!」
が、やはり甲冑は良い装備はしているようで、折ろうとした腕と防具はそのまま、棒切れだけが跳ね返ってくる。
ただ少なからず痛みはあったようで、男の手から剣が離れる。
そして痛みに悶えるように、攻撃を食らった腕を反対の腕で抑えている。
およそ敵を前にした騎士が、取るべきではないその姿に、「えぇ」と困惑した声を漏らしてしまう。
そんな姿にまるで弱い者いじめをしているような気分になり、そっと隣の門で、商人たちの相手をする門番に助けを求める。
少し目が合ったが、その門番は何食わぬ顔で商人たちの相手を再開する。
その他の門番たちも同様に目を逸らす。
それが、自分の実力を前にして不干渉を決めたのか、それともこの男がただただ嫌われているのか分からないが。あの門番たちに助ける気はさらさらないようだ。
これでは本当に弱い者いじめをしているようではないか。
「いい加減通してください。俺には家族がいるんです」
「ぐっ、品位なき者には、分かるまい。この気高き思いが」
嫌な気分になりながらも、少しは折れたかと思えば、この男全く折れない
男は落とした剣を拾い、また自分に斬りかかってくる。
「マジで面倒くさい……」
どうしようか。
この男が折れるまで痛めつけるのは出来るが、まるで子供をいじめているようで良心の呵責に苛まれる。
だが一刻も早く門を抜け、ドラゴネートへ行きたい。
どちらかを天秤に取るとするなら、当然後者だ。
「やっぱり、あんたの心をへし折る!」
直感的にそう考え、男の四肢と頭に向け棒切れを振るう。
男は反応する事すらままならず、四肢から側頭部にかけての一連の攻撃が全て通る。
「へぶしっ……」
男は反応はそれだけで膝から崩れ落ちる。
死んでないだろうかと不安に思うが、頭を打つにあたって手加減もしたので、きっと死んではいない。はずだ。
それにここまで完膚なきまでにやられたら、流石に心も折れているだろう。
そう信じ、自分は門を超え、ドラゴネートへと再度走り出した。
「ミチミチ・アンノウンをブラックリスト入りと」
「にしても馬鹿な奴だよな。あいつ」
「あのコネ野郎を倒したら、ドラゴネートには入れるけど、二度とこっちに帰ってこれなくなるってのに」
「まずドラゴネートで稼いで帰ってくるってこと自体無理な話だけどな」
門番の男たちは大いに笑う。
「まぁ、でもあいつもいい仕事してくれたよな」
「あぁ、あの糞野郎を滅多打ちにしてくれたんだ。そればっかりは感謝しないとな」
「本当。あのお飾り門番を痛めつけてくれるの奴なんて中々いないからな。前回がどれぐらい前だっけか」
「覚えてねっ」
「だな」
またしても門番の男たちは笑う。




