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異世界へ旅経つ前に

 キキーッ。ドカーン。

 前略

「ということで、おぬしは不幸にも死んでしまったという訳だよ」

 何の説明もなく語り始めた老人は、痴呆の気があるのかそんな意味不明なことをのたまう。

「誰が痴呆じゃ! 大体今の時代なら認知症と言わんか!」

 これは失礼。

「まぁ、元々はわしの不手際でこうなってしまったのだから。強くは言えんのじゃが……」

 やっぱりにんち――

「だまらっしゃい!」

 老人は相当気にしているのか、碌にこちらに喋らせてくれない。何だかそんな症状に思い当たる節はあるが、話が進まなさそうなのでスルーすることにした。

「そうしてくれ」

 それで自分は何のためにここ、ピンクや黄緑、お菓子の金平糖のような色をしたふわふわとした何もない空間に、呼ばれたのか。

 目の前の胸辺りまである、大層な髭の持ち主の老人に尋ねてみる。

「そうじゃな。おぬしが死んだことをわざわざ伝えるためにここへ連れてきたわけではない」

 となると、もしや転生というやつですか!

 老人の言葉に興奮して、聞くと、首を縦に振った。

 その反応だけで、死んだという事実が帳消しになるような気分だった。

「そうじゃ。じゃがあまり特典というやつには期待はしないでほしいかの」

 ハードモードの人生が一気にイージーモードになるかと思えば、目を逸らし気まずそうにしている老人が水を差してくる。

 勝手に殺されたのだから、それぐらい貰ってはいいではないか。

 そう思うと、老人は困ったように禿げた頭をなでながら語る。

「わしらが転生者に特典を渡すのは、飽くまで転生者に特典を育ててもらうためなのじゃ」

 特典が育って何かメリットが?

「詳しいことは省くが、特典が育ち、それを元の姿に戻したとき、わしらが生きるために必要なエネルギーとなる。つまりはわしらが生きるためにやっていることじゃ」

 銀行の貸しと返済プラス利子のようなものだろうかと考える。

 すると老人は概ねあっていると言わんばかりに頷く。

 つまり、人類が滅びない限りは神様たちは生き残り続け、特典で人類の補助が出来るため、人類も滅びはしない。

 人類も神様も実質永久不滅ということになる。

 超常じみてるな、とは思うものの神様がいる時点でそんな話をしてもしょうがない。

「まぁ、そうなんじゃが。そう上手くもいかんくてな……まぁそれはおぬしには関係ないから省くとしよう」

 何か意味ありげな雰囲気を醸し出しているが、神様の中での問題なので、一ミリの興味もなく老人の話に沿う。

「何だかんだで特典をいっぱい付与しておったら死神たちがうるさいから、特典には多くの制限がかけられておる。その中でおぬしに関係しているのが特典上限というもの。今、これがほんのちょっとしか残されておらんのだ」

 よく分からないが、その特典上限というのがあってツヨツヨな特典をつけられない理由のようだ。

 超常じみた話の中で、急に現実を見せられ、少しやるせない気分になる。

「まぁ、そんな都合よくないという訳じゃ」

 諭すような老人の呟きに、老人もそんな風に生きているのだろうなと思った。

 死んだ身で、息など必要もないだろうにため息が出るようだった。

 思考の沼に落ちる。

 また同じように生きるのだろうか。

 未来が無く、夢が無く、憧れもなく、ただ惰性の様に毎日を生きる日々に。

 生まれ直したら、少しは自分の道を変えれるかもしれない。

 ただ自分という人間はずっと生き続けるわけで。それではどうあがいても結局は今の道に繋がる。

 誰かに変えてもらうしかない。何なら特典でそこら辺を改善してもらおうか……なんて思うがきっと魂は変えられないし、それはもう自分でもない。

 そうして、いつも考えていた結論に達する。

 ここで死ぬというのも悪くはないのかもしれない。

 それに――

 自分が死ねばその特典は誰かに付与され、その誰かは幸せに生きていく。

「それでよいのか?」

 ずっと優しそうに語っていた老人が、突如として厳格な雰囲気で訪ねてくる。

 ……何がですか?

「未来が無く、夢が無く、憧れもない。わしには到底そうとは思えんがの。先ほどまでの期待はどこへ行ったのやら」

 それは、楽な人生を歩めるかと思ってただけで――

「おぬしは楽に生きれるから期待しておったのか?」

 察しのいい人間なら、もしかしたらここで理解できたのかもしれない。でも自分には老人の言葉が何一つ理解出来なかった。

 楽に生きて何が悪い。辛い道なんて疲れるだけだし、一人で生きても何も楽しくない。

 心の通じ合った誰かと一緒にいて、楽に生きる。これ以上の幸せなんてあるわけがない!

「それもおぬしの願望じゃろう。ほれもう少しじゃ」

 少しも何もない。それが自分の全て、短い人生で自分が導き出した最大の幸福。

「これでも諦めんとは強情な奴じゃの。仕方ない。もう少し手助けしてやるとしよう」

 老人が勝手に何かを諭そうとしてくるのに嫌気が刺し、自分はそっぽを向こうとする。だが体は言うことを効かず、いまだに老人を正面に捕らえたまま動かない。

 老人はゴホンと咳払いをして、何処からともなく紙束を出す。

 そこに何が書かれていようがもう聞く気もない。

 耳を塞ぐことは出来ないので、意識を遠のかせて、老人の話が終わるのをただ待つ。

「今から言うのは、おぬしを向かわせるつもりでいる異世界の詳細じゃ」

 …………

「その世界は物理の理から大きく外れ。ステータスというもので構築された世界。ステータスを高めれば、拳は山を砕き、剣は海を割り、弓は光速を超え、盾は隕石をも受け止める」

 ――――

「だがその者共でも勝てぬ場所がある。一体で世界を滅ぼしうる災禍のごとき魔物の巣窟。バインドエンド。そしてそれを封じ込める龍神が支配する都市。ドラゴネート」

「バカなのか?」

「あらゆる生物が、最強へ挑まんとその地へ赴く。エルフ、ドワーフ、魔人、妖精、そして人間。だが未だ果てにたどり着いたものはおらず、今もなお挑戦は続いている」

「さてお主の答えを聞こう」

「いやいや。無理に決まってるだろ。俺に死ねと!」

 率直な感想は無理。それが何よりもだった。

 想像を斜め上どころか、三百六十度回って、ほぼ直角で上に行きそうな、まさに想像を絶する話。

 そんな世界でたかが体を動かす習慣のなかった人間の二十年と、ちょっとした特典のみで何が出来ようか。

 そんなものは決まっている。何もできないだ。

「これ以上の問答は無意味。おぬしの答えを聞かせよ」

 戸惑いを隠せない俺に、老人は有無を言わせない鋭い視線を向ける。

 答えは決まっている。

 無理。

 そう無理に決まっているのだ。

 だが老人は俺がそう思っているのにも関わらず、受けえ答えをしようとはしない。まるで俺に別の答えを求めているように。

 その答えはきっと。最強を目指すというもの。

 ありえないありえない、そんなことはありえ――

 そう思いながら、いつもの癖の様に握った右手を胸に押し付ける。

 するとあるはずもない右手と胸を通じて鼓動のようなものを感じる。

 おかしいと思った。

 鼓動を感じるのも、ただそれ以上に鼓動が”早く”なっていることにおかしいと思った。

 どうやら気づかぬ間に興奮していたらしい。

 それが未知に対する興奮か、アニメのような超常の戦いを行えるという保証を貰ったが故の興奮か判別は効かない。

 ただ一度実感してしまえば、最後の最後にこんなおいしそうな話を捨てるのは勿体ないと思ってしまう。

 きっと死に方は選べないだろうが、生き方を観ることは出来る。

 様々な種族が織りなすアニメのような物語を。

 そして願わくば、そこに自分がいたらどれほど幸せだろうと。

 そう思えば、答えは癪にも老人の答えに一致してしまう。

(転生したい。できることなら最強に)

「答えは得た。であれば問おう。おぬしは何が欲しい」

(それを決めるにはもっと話を聞かせてもらわないと。神様)

「良い眼になったではないか。であれば、もう少し話し合うとしよう」

 それから俺は老人からその世界のことについて色々と聞いた。

 経験値のこと。種族ごとの差。スキル等のステータス以外の技の有無。そのほか色々。

 そうして老人が支出、出来る特典の上限を見て、どれが最強へとたどり着けるのか。

 かなり熟考した。

 そうしてたどり着いたのが

(なら、俺の特典は”経験値の銀行屋”で決まりだ!)

 年に二回、金利〇・〇一パーセント。

 見た目通りの地味なスキル。選んでおいて自信はないが、きっと行けるはずだ。

「では、そろそろ行くぞ?」

 他の選択肢を後悔する間もなく、老人は聞いてくる。

 特典が決まり、自分のはやる気持ちに気を効かせてくれたのだろう。

(あぁ、神様。ありがとう)

 最後に感謝を伝えると同時に世界は金平糖の色のような世界は暗転した。

 そして俺は父親に母親、そして姉が一人いる家族の元気な男の子として、新たな世界へと降り立った。

 

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