表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
安楽椅子ニート 番外編8  作者: お赤飯
1/1

安楽椅子ニート 番外編8

本人「まさか私が殺されてしまうとは思いませんでした。

たぶん、木崎さんが私の家庭の事を、ある事ない事、吹聴したのでしょう。

私自身、引き籠もりの生活をしているのですから、お金があろうはずがないのは一目瞭然だと思うのですが・・・。

しかしながら、婦女子の家に押し入り、撲殺するなんて、非常識が過ぎると思います。」

心「ごきげんよう。」

本人「あ、どうも。ごきげんよう?」

心「私が言うのもおかしいですが、見事に殺されましたね。」

本人「いやぁ。まったく。お恥ずかしい限りで。後ろからガッツリいかれましたよ。もう、笑うしかないですね。

・・・ところで、あなたはどちら様ですか?容姿が私とそっくりなんですが。」

心「私ですか?私はあなたの心です。あなたが、独り言を言っているだけだと、わびしいでしょうから、好きなだけ独り言を言えるように、心の声の私が、相槌を打ってあげようと思いまして、参上した次第です。」

本人「誠に痛み入ります。心の私。さて、心の私。」

心「はい。」

本人「私はこのまま殺されて泣き寝入りするのはまっぴら御免です。私を殺した犯人に復讐しなければなりません。」

心「まったく、その通りです。」

本人「そうでしょう。うらわかき女子を撲殺するなんて以ての外だと思うんですよ。」

心「外道の限りだと思います。」

本人「どうにかして、外の人間に犯人を教える事はできないものでしょうか?」

心「そうですね。今の状況を整理すると、私は後頭部を強打され、出血多量の上、意識不明。第一発見者と名乗っている犯人が、警察と消防を呼び、只今、病院の救命措置室に安置されています。」

本人「何やら色々なチューブを体につけられていますが、たぶん、私の命はもって数時間って所でしょうか。」

心「出血多量でショック状態ですから、死は免れませんね。だんだんと血圧も低下している様子ですし。これが下がりきればご臨終です。」

本人「輸血していても血圧って下がるんですね。人間の体って不思議です。」

心「不思議ですね。」

本人「私が一番、解せないのは、第一発見者なのに、犯人として疑われていないっていう点です。一般的に、それほど親しくもない女性の家に入って行ったら、血を流して倒れていたっていう説明自体、かなり無理があると思うのです。おかしいでしょう?普通。」

心「おかしいです。かなり、不審だと私なら考えますが。」

本人「世間はそう考えないんですかね?凶器だってそこに置いてある訳じゃないですか。家に凶器が捨ててあったら、犯人の特定なんてすぐ出来るんじゃないんですか?」

心「まったく、私も同感です。」

本人「例えば、病院ですから、これだけ電気の機械があります。電気を点滅させてメッセージを送るっていうのは、どうでしょうか?よく見るドラマなんかで、モールス信号に気づいて事件が解決するって常套手段だと思うのですが?」

心「・・・冷静になって下さい、私。

私、超能力者でも魔法使いでもないから、そんな夢みたいな芸当、出来る訳ないじゃないですか?

そもそも意識不明の人間が外にメッセージを送るっていう時点で、意識があるって言う事ですからね。よくよく考えてみて下さい。」

本人「・・・確かに言われてみれば、その通りですね。その前に、私、モールス信号なんて知りませんでした。外に電気でチカチカしても、それをメッセージとして送る信号を知りません。」

心「困りましたね。」

本人「意識不明でも体の一部を動かすとか、意識不明の人が謎の言葉を発した、なんて話がありますけれど、そういう事は出来ないでしょうか?」

心「体を動かす?さっきも言った通り、意識不明ですから、意識的に体を動かすのは無理です。」

本人「そうですよね。」

心「ですが、無意識に体を動かす事は可能です。」

本人「無意識?」

心「無意識です。言葉の通り、意識が無い状態です。例えば、あなたは、寝ている時、意識がなくなりますよね?あなたの意識が無い時は、心の私が体を動かす事があります。」

本人「ちょ、ちょっと待って下さい、心の私。私が寝ている時、あなたは何をしているんですか?私の意識が無い事をこれ幸いに、人に言えない様な事をしていないでしょうね?私、これでも嫁入り前の生娘、ではなかった。生娘ではありませんが、嫁入り前の娘なので、おかしな事はしていないでしょうね?」

心「まあ、あまり人に見られたくはない事をしていますけど、歯ぎしりを立てたり、寝っぺをしたり、」

本人「寝っぺ?」

心「物凄い大きな音で、おならをします。とても人に聞かせられるような音ではありませんが、私としてはとても芸術的な音色だと思っています。」

本人「芸術的なおならって何ですか!・・・何だかとっても恥ずかしいです。意識がないだけに余計に恥ずかしいです。」

心「まあまあまあまあ。じゃ、ここで寝っぺ、しますか?誰か、気づいてくれるんじゃないですか?」

本人「待って、待って、待って、待って下さい!病院で、救急処置室で、若い娘が、意識がないのにおならをしたら、一生、言われますよ?あの子、死ぬ前に屁をこいたって?嫌ですよ。そんなの。」

心「いいじゃないですか、そのまま死んじゃうんだから。」

本人「そういう問題じゃないです。私にも羞恥心があります。見られて良い痴態と見られたくない痴態があります。誰が好きこのんで寝っぺを見せるんですか?」

心「じゃ、どうします?歯ぎしり、寝返り、こむら返り、色々ありますけど。」

本人「あ、寝返りいいじゃないですか?寝返りしましょう。」

心「・・・無理ですね。ベッドに固定されてます。チューブで体をグルグル巻きにされてますから、無意識の寝返り位では、寝返りを打つことができません。

仕方がないですね、こむら返りしましょう。はい、行きますよ!こ・む・ら・返・り♪」

本人「ぎゃー!足がつったぁぁあぁあああ!痛ぃぃぃぃいいいいいい!」

心「見事に足がつりましたね。足ピンです、足ピン!」

本人「足がつりましたよ、確かに、足がつりましたよ!今、救急ベッドに足がピーン!ってなってますけど、これで何か、外の人にメッセージを送れているんですか?」

心「え?」

本人「え、じゃないですよ!足だけつったって意味ないじゃないですか!犯人を教えるメッセージを発信しないと!ただ足が痛いだけじゃないですか!」

心「・・・死後硬直?」

本人「まだ死んでないです!そのうち死ぬかも知れないけど、まだ今の時点では心臓が動いていますよ!もうこれじゃ、ただ、痛かっただけで損しただけです。」

心「八方塞がりです。」

本人「八方塞がりな上にハートロックです。」

走馬灯「やぁ、どうも。お取込み中ですよね?」

本人「あ、どうも。」

心「ごきげんよう?」

走馬灯「・・・ごきげんよう。」

本人「あのう、どちら様ですか?」

走馬灯「あ、私、走馬灯と申します。あなたの走馬灯です。」

本人「走馬灯?」

心「走馬灯さんです。・・・走馬灯はご存知?」

本人「知ってますよ!失礼な。死ぬ時に見る、アレでしょ?アレ。」

走馬灯「死ぬ時というか、脳が危ないと思った時に見える、アレです。たぶん、脳が今、危ないと思って、私をあなたの所に送り込んだのだと思いますよ。」

本人「いよいよ、ほんとに、危ない状況なんですね。」

心「そうですよ、助かる見込みはないですから、死に向かって一直線です。」

本人「・・・人生を振り返らなければならないんですね。」

走馬灯「そうですね。走馬灯なので、否応なく、見せるものなので、ご了承ください。」

本人「私まだ、私を殺した犯人に復讐を果たしていません。まだ、走馬灯を見るには時期尚早だと思うのですが?」

走馬灯「もう死ぬ間際ですから、期間満了だと思いますよ?

とりあえず、一週間前くらいの思い出から振り返りますか?」

本人「私まだ納得、いってませんから!」

心「まあ、そう言わずに。」

走馬灯「一週間前、そう言えば、木崎さんが知らない人を連れてきましたね。この人。」

心「新人って言っていましたね。私の所に挨拶がてら紹介に来た思い出があります。」

本人「こいつですよ、こいつ!私を殺した犯人は!」

走馬灯「この人ですか!じゃあ、犯行は一週間前に予定されたって事ですね。」

本人「木崎さんがこの人を連れて来なければ、私は死なずに済んだんです。」

走馬灯「もう少し、時間を遡りましょう。」

本人「ちょっと待って!いいです、遡らなくて。私にとって一週間前にこの人が私の家を訪れた、というのが何より大事な証拠です。」

心「証拠って言っても、私の記憶なだけなんですけどね。何の物的価値のない証拠ですが。」

本人「こいつが木崎さんに、私のある事ない事を吹き込まれて、今日、殺害に訪れる訳ですよ。まったく腹が立つ!」

走馬灯「確かにご立腹なのは承知しておりますが、仕事上、もう少し、昔の思い出を見てもらっても?」

本人「いりません!私はこいつに復讐しなければならないんです。」

心「復讐と言っても、どうする事も出来ず、今は、足がピーンとなっているだけです。」

走馬灯「明日、猫ねこファンタジアの全巻セットが届きますけど?」

本人「あ、忘れてました。明日には死んでいるのでどうする事も出来ません。宅配便会社には悪いですけど、私、受け取れません。」

走馬灯「今期アニメの録り溜め、まだ見てませんけど?」

本人「毎期毎期不作とは言われていますが、見てみないと不作の確認も出来ませんからね。さっきから、あなた。走馬灯さん。忘れていた事を思い出させないで下さい、気が散ります。」

走馬灯「私、そういう役目なもので。私、本人さんには申し訳ないですけど。」

本人「可能であれば、走馬灯さんにも復讐に参加して頂けたらと思うんですが?」

走馬灯「協力するのはやぶさかではないのですが、走馬灯である私も私には違いがないので。私に出来る事であれば。何分、走馬灯ですけれども。」

心「何か良い方法はないものでしょうか?」

走馬灯「私の後頭部を何か、鈍器の様なもので殴られましたが、私の家に凶器になるようなもの、置いてありましたっけ?」

本人「凶器にしようと思えば、なるような物は、山ほどありますから、特定できませんね。後ろから不意に殴られましたから。本当に許せません。」

走馬灯「咄嗟の犯行なら、凶器に指紋がついているんじゃありませんか?」

心「その可能性は否定できませんね。」

本人「確かに。私を殴った後、家探ししていたのは知っています。でも、何も出て来ず、救急車と警察に電話したんですよ。」

心「そうですね。人が血を流して倒れているって言うのに、お構いなしですからね。本当に気が知れません。」

走馬灯「もしあの時、私が意識を取り戻していたらどうするつもりだったんでしょうねぇ?犯人は。」

本人「これって計画的な殺人なのでしょうか?」

心「犯行後の妙な落ち着きを見ると、計画的に私を襲ったと推測できますよね。」

走馬灯「計画性があるのかぁ、嫌な奴に目をつけられましたねぇ、私も。・・・殺されちゃいましたけど。」

本人「計画性があるのなら、凶器から指紋を拭き取っている可能性もありますね。私が知る限りでは、そのそぶりは無かったと思いますが。」

心「犯人と争っていれば、私の体から何某の形跡の一つもでるんですけどね。」

本人「ああ。爪の間から犯人の肉片とか?ですよね。一つも争っていませんからね。」

走馬灯「後ろから不意にやられましたからね。」

本人「亡霊になって木崎さんの枕元に立つ、とかどうでしょうか?」

心「さっきも話ましたけど、そんな幽霊のテンプレみたいな事、出来ると思います?」

本人「無理ですか?」

心「私、普通の人間ですから。」

走馬灯「アニメで見るニュータイプだったら、死んだ人間が饒舌になりますけど。むしろ死んでからが人気でますし。」

本人「動画の生配信してて、配信を切り忘れてた!っていう展開も、最近の推理小説にはアリですが、私、そういうのやってないタイプの引き籠もりですから、わたし何かやっちゃいました~が出来ません。」

心「テレビ電話アプリで話中、とかも友達いないからやっていませんし。」

走馬灯「引き籠もりで、ボッチでニートの悪い所が全部、出てますね。」

心「犯人からしてみれば、たまたま来たら死んでいた。孤独死って言い張れますもんね。ただ、殺されてますけど。」

本人「家の中の異変に木崎さんが気づいてくれれば、まだ、犯人を捕まえるチャンスがあると思います。」

心「あの人、私や家に興味ありませんから難しいと思います。もともとのゴミ屋敷が仇になりましたね。」

走馬灯「私なら、家探しされて、物がどこに移動されたか分かりますが、ゴミ屋敷の認識しかない人には、ゴミはゴミですからね。家探しされたなんてゆめゆめ思わないでしょう。」

本人「あらゆる可能性が否定されていきますね。」

心「普段の行いの成果ですよ。」

本人「犯人、私の返り血を浴びていないでしょうか?返り血を浴びている人なんてそうそういないですよ?」

心「第一発見者なら、死体と分からず血を触ってしまう事もありますから、十分、言い訳はできますね。」

走馬灯「血しぶきが飛ぶような返り血なら、犯人と疑われても然るべきだと思いますが、分かる血しぶきなら犯人も着替えるでしょうし、ね。」

本人「犯人は逮捕されない。私はまったく殺され損ですよ!怒りしかありません!」

心「同意、同意!」

走馬灯「またく同意です。」

本人「まったくの死に損です。私って死んだ場合、幽霊になって犯人を呪い殺せますか?」

心「たぶん無理でしょう。・・・幽霊、見た事あります?」

走馬灯「私の記憶では、これまでの人生で会った事ないですね。幽霊になれる人にも何かしらの特技とか基準があるんでしょう。私は該当しない、と。」

本人「か!」

心「詰みました。投了です。負けです。」

本人「・・・ああ。恨めしい。犯人が分かっているのに、それを伝えられないなんて。」




「それで瀬能さんのご遺体はどうなるんでしょうか?」

「え?」

「ですから、今後の予定です。彼女、ご実家と疎遠だと伺っていますので、葬儀だったり火葬だったり、その後の対応と言いますか?」

「あ?ええ。・・・瀬能杏子さん、まだ亡くなっていませんよ?今、病院で処置されていると思いますが?」

「え?ええ?えええ!・・・本当ですか!本当ですか!ああ、良かった。良かった、まだ亡くなってなかったんですね。

私、瀬能さんが亡くなったって連絡を受けたものですから。」

「ああ。そうなんですか。まあ、良かったですね。」

「良かったですよ!あんな人でも、大事なお客の一人ですから。」

「あんな人?・・・と、言いますと?」

「色々と問題の多い人ですけど、私としては決して悪い人じゃないと思ってるんで、ほんと、安心しました。」

「そうですか。それは何より。まあ、でも、まだ安心できない状況ではあるらしいです。こんな事を言って申し訳ないですが、いつ亡くなってもおかしくはない状況のようですよ?機械で延命しているだけみたいです。」

「あ、そうなんですか。」

「・・・残念そうですね。」

「そりゃそうですよ。なんだかんだ付き合いが長いですから。・・・付き合いって言っても個人的っていう事じゃなくて、お客さんとしてですけどね。だから、私共としてもこんな最後は望んでいませんので。」

「そうですよね。・・・木崎さんとおっしゃられましたよね。あなた、何故ここに呼ばれたか、思い当たる節はありますか?」

「ええ。まあ。

たまに呼ばれる事ありますから。」

「あ、そうなんですか?」

「あ、ちょっと待って下さい。ええと。名刺、もらってたんだけど、置いてきちゃったかなぁ?あのぉ、生活安全課の本宮さん?ご存知ありますか?

以前、一緒に仕事させてもらったんですけど。」

「・・・本宮?警察署も部署が違うと全員が全員、知り合いって訳ではないので。おい。生活安全課の本宮さんに連絡!

それで、その本宮さんとどういった内容で?」

「確か、あの時は孤独死?だったっけな。あ、ほら、うちのお客さん、単身の人が多いので。亡くなっている事もまあまああるんですよ。近所の人から通報されて、警察からうちに連絡が入る。」

「ああ。そうなんですね。」

「亡くなってすぐ発見されればいいんですけど、時間が経って発見されると、その後の処置が大変で。我々も税金で動いているものですから、何分、お金もそれ程かけられなくて。」

「・・・お互い、そこは大変ですね。」

「警察の方も遺体をご覧になった事はあると思いますけど、時間が経った遺体は、正直、見るに堪えないって言いますか。そういうの処置してくれる業者も無いんですよ。やってくれる会社もありますけど、断られる方が多いです。綺麗じゃないから。」

「なんとなく分かります。」

「あれ、警察もやってくれないでしょ?」

「・・・ええ。まあ。部署が違うっていうか、我々警察は遺体の処置が仕事じゃないですからね。」

「でしょう?最後に回ってくるのが、うちらみたいな所で。まあ、私共の部署のお客さんであれば、そりゃあ、喜んでお付き合いしますよ?それまでの関係がありますから。ただね、警察は何でもかんでもうちに連絡いれてくるでしょ?あれ、困るんですよね?」

「・・・あ、そうですか。そちらの管轄だとばかり?」

「遺体処置専門の部署なんかないですよ?」

「・・・ああ。言われてみれば。確かに。・・・かと言って、我々警察の仕事でもないですし。」

「いやぁ。ほんと、お互い、困りますよね。法律の抜け穴っていうか、なんて言うのか、ちゃんと明確にして欲しいですよね。グレーじゃなくて。」

「・・・確かに。」

「まあ、うちのお客さんは身寄りがない人が多いですから。結局、最後は私共で最後まで面倒を見る形になるんです。」

「ああ。それで瀬能杏子さんの事を気にかけられて。」

「あの人は特殊ですね。・・・まあ、出来れば、このまま助かって欲しいですけど。」

「我々もそれを願っています。それで何ですけど、木崎さん、昨日の夜は何をしていましたか?」

「昨日の夜?・・・今日の午後じゃなくて?」

「ええ。」

「瀬能さん、今日、亡くなったん・・・・えっと、死んでないんですよね?」

「亡くなってないです。」

「瀬能さん、今日、強盗に遭ったんじゃないんですか?」

「まあ、ええ。」

「私、部下から瀬能さんが、今日、強盗に遭って死んだって報告を受けたものですから。」

「はあ。そうなんですか。」

「ええ。・・・昨日の夜なんですか?強盗に入られたの?」

「まあ。まあ。一応、念の為。そういうの、時間に誤差がありますから、長めに時間の幅を取って。それで、関係者にお話を伺っているんです。念の為。」

「はあ。そうですか。・・・昨日の夜。昨日の夜は、家にいました、ね。」

「それを証明してくれる人はいますか?」

「ああ。そんな人、いませんよ?独身貴族ですから。」

「そうですか。例えば、あなたの行動を証明できる物でも何でも構いません。コンビニに寄ったとか、吉野家行ったとか、なんでもいいんです。」

「・・・昨日の夜は・・・。オオタニさん見ながら、ウェザーニュース見て、寝ちゃいました。」

「あのぉ、スポーツジム行ったり、映画見たり、飲みに行ったり、そういうのは?」

「おまわりさん、あのねぇ、スポーツジム行くような男は、女にモテたいから行くんですよ?下心がある奴等ばっかりですよ?」

「・・・う、ううん。」

「私みたいな一般庶民は、オオタニ見ながら、イオンの安い発泡酒のんで、天気なんか興味もないけど、ウェザーニュースのかわいい子見て癒されるんです。それで、明日も頑張れる訳ですよ。わかります?」

「・・・私もそっちの部類の人間ですから分かりますけど、それを証明できる人、いますか?」

「・・・オオタニさんとオサヤが。」

「世界中の人が木崎さんと一緒ですよ。仕方が無いですね。・・・アリバイは無し。」

「朝は普通に出社して、お昼、ご飯食べた後くらいに、八嶋から電話が入りまして、瀬能さんが死んでるって。」

「そうですか。」

「急いで、瀬能さん家に行ったら、消防やら警察の人がいて、あれ、テープが張られていてもう家の中に入れなくて。仕方がないから、仕事場に戻って、そうしたら警察から電話があって。」

「現在に至る、と。」

「そうです。」

「まあ、そうですね。単刀直入に申し上げまして、八嶋さんと言いましたか、あなたの部下の方。八嶋さんが瀬能杏子さんの傷害で、」

「はあ。」

「木崎さん、あなたが怪しいとおっしゃられてまして。ま、それで、今回、お呼びした訳なんです。・・・他意はないですよ、事実の確認だけ。あなたの場合、確認が取れませんでしたけど。」

「え?私、疑われているんですか?」

「あ、はい。」

「まあ、でも、他に証明できるものがないですし。・・・困ったなぁ。」

「あなた、瀬能杏子さんとかなり親密だったそうですね?・・・男女の仲だった?って事はありませんか。」

「私と瀬能さんが?無いです!やめて下さい、ほんと、そういうの無いですから!」

「別に隠す事はないですよ?誰と誰が交際していようと、体だけの関係だったとしても、法律違反でも何でもありませんから。倫理的な話は別ですけど。」

「ですから、そういうのじゃありませんって!瀬能さんとは、客との関係だけですって!・・・客としても、どうかと思う人ですから。」

「・・・どうか、とはどういう事ですか?先程も問題の多い人だとか。」

「問題ばっかりの人ですよ。ほんとに。・・・いわゆる、引き籠もりでして。」

「引き籠もり?」

「無職で、引き籠もり。・・・私共の業界で言えば、社会的孤立っていう奴です。」

「ああ。それで。」

「この人が問題ありなのは、ただ単に無職の引き籠もりだったら良いんですけど、社会から孤立していない所なんですよ!」

「孤立・・・していない?いったいどういう事です?」

「私も知りたい所ですよ!それ。働かないで、引き籠もっているんですけど、遊んだり、ゲームしたり、旅行行ったり、うまいもん食ったり、あのぉ、自由なんです。」

「自由・・・?」

「自由なんです。・・・生き方が?あの、言葉で説明すると、無職で引き籠もり、孤立、なんですけど、違うんです。自由なんです。何もかもが自由な人なんです。冬、寒いから暖かい国で過ごすとか言い出して、本当にそういう事する人、いるじゃないですか?瀬能さんは、更に、もっと寒い所に行くとか言って、エスキモー?って言うんですか、よく知らないんですけど、冬は冬らしい暮らしがしたいとか言い出す人なんです。おかしいでしょ?色々。お土産に、アザラシだかオットセイの肉、持ってきましたよ?どうしたらいいですか?」

「・・・どうしたら、いいもんですかね?」

「こっちが教えて欲しいくらいですよ。瀬能さんのエピソードは切りが無いです。私共ではコントール出来ない人なんです。そんな人と交際できますか?私なら出来ないですよ!ましてや男女の関係なんて以ての外ですよ、あんな人と。どんなプレイさせられるか分かったもんじゃない。御免です。」

「はぁ。なるほど。八嶋さんのお話だと、瀬能さんはかなり金銭面に余裕があったとか?」

「らしいですね。詳しくは知らないですけど。・・・プライベートまでは関係ないんで、そんなに興味ないです。」

「興味ないって、それ、あなた達の仕事でしょ?」

「そりゃあ、瀬能さんが高齢で身寄りがなく、食うか食わずの人だったら心配しますよ?そんな浮世離れした人間なんだから、自分でどうにかしますよ?五体満足だし。」

「まあ、確かに。」

「ただ、殺されるような人だとは思いませんけど。・・・まだ、死んでないんでしたっけ。」

「傷害ですね。亡くなれば傷害致死になりますけど。」

「私共の仕事は、瀬能さんの生存確認が主な業務です。名目上、引き籠もりの無職の女性ですから。自宅で死なれていたら困りますからね。だから、定期的に顔を見に行っているだけなんですよ。他のお客さんと同じで。」

「なるほどね。」

「今日が瀬能さんの訪問日かどうかは分かりませんけど、訪問した八嶋が、血を流して倒れていた瀬能さんを発見した、って話なんだと思います。」

「あなた、瀬能杏子さんのお金目的で、殺そうとしたんじゃありませんか?」

「冗談じゃありませんよ!あんな殺したって死ななそうな人、殺しませんよ?きっと、呪われますよ?怪しい、おかしなインカの呪いか何かで祟られますよ?」

「・・・祟られる?・・・科学的な話じゃないですね。」

「あの人、普通じゃないんですから!死んだって、死んだ後、一生苦しむ呪いをかけられますよ。瀬能さんはそういう人なんです。だから、なるべく、関わりたくはないんです!」

「・・・はぁ。そうですか。常軌を逸していますね。」

「下手したら、お金だって、センサーが付いている可能性だってありますよ?」

「どういう事ですか?」

「いや、だから、お金一つ一つに発信機がついていて、盗んだ事がバレる可能性だってあるって話です。あの人ならやりかねない。実際、瀬能さん、暇だから持っている紙幣のナンバーを書き写してあるって言ってましたよ。どこで使っても、照会したら、分かるって。・・・何言ってるか分かりますか?」

「ええ。・・・理解は出来ますが、一般人がする事ではない気がします。」

「グリコ森永事件で発想を得たらしいです。」

「それは身代金を要求された事件だからであって、自分の持っているお金をマークする必要・・・」

「・・・どうかしましたか?」

「それって、まだ、瀬能杏子さんの家にあるんですか?」

「お金ですか?」

「違いますよ、そのお金のナンバーを記した物ですよ、ノートだか何だかは知りませんけど!」

「いや、知りませんよ!本人じゃないんだから。・・・あの家にあるかも知れませんが、本当に、やっているかどうかは知りませんし。口先だけの可能性だって、、、、あの人はやるな。ああ。あの人はやる。きっと、瀬能さんの家にいけば紙幣のナンバーを書き写したメモが出てきますよ、きっと!」

「おい!お前、瀬能杏子さんの家に至急向かえ!家のどこかに、紙幣のナンバーを写したメモがある。探せ!いいな!

木崎さん、貴重なご意見、ありがとうございます。犯人が、金銭目的で暴行したとしたら、きっと、どこかで使うでしょうから、そこから犯人を追えると思います。最近は、自分で持っている事はないでしょうし、すぐ、ATMなどに入れるでしょうね。」

「瀬能さんの異常性が役に立ちましたね。早く事件が解決してくれればいいんだけど。まあ、とにかくあの人は異常者なんです。」

「先程、木崎さんに昨晩のアリバイを伺いましたけど、」

「・・・はぁ。」

「あんまり大きな声では言えないんですが、犯行時刻は、昨日の夜、深夜二時、三時頃だと我々は考えています。」

「ド深夜。早朝には早いですね。」

「居間って言っていいのか分かりませんが、テレビのある部屋で、暴行されています。」

「テレビですか?・・・ああ。あの人、基本、昼夜逆転生活だからな。大方、ゲームでもやってたんでしょうね。」

「ええ。我々が通報を受けて到着した時点では、テレビは消えていましたから、犯人が何らかの偽装工作をした後だと思いますね。ただ。」

「ただ?」

「木崎さん、瀬能杏子さん宅に何度も行かれていらっしゃるからご存知だと思いますが、何分、荷物の量が多いでしょう。」

「ああ。ゴミ屋敷ですもんね。」

「我々はそこは何とも申し上げにくい話なんですが、ま、ゴミ屋敷ではありますけども。ですから、犯人が金品を家探ししたとしても、我々、判断ができない状態ではあるんです。家人か犯人か、判断が出来ないんです。」

「・・・面倒臭い話ですね。あの人。死んでも他人に迷惑かけるんだから。」

「いえ。まだ、亡くなってないんですけどね。」

「深夜に事件に巻き込まれたって事は、犯人と遭遇している可能性があるって事ですよね。まさか犯人も瀬能さんが起きてるなんて思わないですもんね。」

「そこが不幸中の幸いなのか、不幸なのか、難しい話ですけど。瀬能杏子さんと犯人が鉢合わせした事によって、犯人が逆上して、暴行に及んだ可能性は否定できませんね。」

「瀬能さんが助かれば犯人は特定できる訳ですよね。・・・瀬能さんは犯人を見ている訳だから。」

「そうですね。そこは医療の皆さんに期待するしかないですね。本来だったら亡くなっていてもおかしくはない状況だったようです。」

「瀬能さん、しぶといから。」

「先程、お話させて頂いた通り、犯行時間が深夜です。発見されたのがお昼近くですから、約十時間程度、放置されていた事になります。後頭部を殴打された形跡がありまして、」

「頭、狙われたんですか?」

「ええ。後ろから、ガツンと。」

「よく生きてますね?普通なら死んでいるんじゃないですか?」

「我々医療従事者ではないから分かりませんが、当たり所が良かったんでしょう。致命傷は免れたからまだ息があるんだと思います。ただ、それもいつまで持つか。何度も申し上げますが、いつ亡くなってもおかしくない危険な状態であることは変わりがありません。」

「瀬能さん、変に運がいいからなぁ。」

「部下の八嶋さんの話だと、あなたは、普段から裕福な暮らしをしている瀬能杏子さんを狙っていた節があると言っていました。やけに親密に接しており、、聞いていない情報もベラベラと話し、お宅に入り浸っていた、と。」

「まあ、そう言われると痛いですね。聞いていない話をしちゃうのは、確かに悪い癖だとは思います。ま、でもですよ?私も良い歳ですから、それなりに社会人経験もありますから、言って良い話とダメな話の良し悪しは分かっているつもりですけどね?TKO?わきまえてますよ?」

「・・・TPOですね。テクニカルノックアウトしちゃ駄目ですよ。」

「そう、それ。」

「入り浸るほど、頻繁に瀬能杏子さん宅に出入りしていたんですか?これは事実ですか?」

「仕事以外で行った事、無いですけど。人が思っている程、親密ではないですし。正直、」

「正直?」

「それほど興味もないんですよね。実際のところ。瀬能さんには申し訳ないですが。」

「まあ、それは八嶋さんの目からみたら、そう映ったっていう話でしょうからね。」

「八嶋に瀬能さんを紹介したのはまだ一週間前くらいの話ですからね。客と親しそうに見えるのは仕方がない事かも知れません。」

「・・・紹介した?・・・一週間前?」

「ええ。そりゃそうでしょう。私、一人で何人も担当している訳ありませんから。業務はチームで行うもんでしょう?警察は違うんですか?」

「いえ、そういう事ではなくて」

「新しく人が入れば、客に紹介するのは当然でしょう。顧客の情報をどんどん覚えてもらわないと困りますからね。・・・中にはマイペースで仕事が遅い奴もいますから、そういう奴の尻をぬぐうのも先輩の仕事です。悪い奴じゃないんですけどね。困ったもんですよ。」

「・・・八嶋さん、まだ入ったばっかりの人なんですか?」

「ええ。まあ。今、順々に顧客に会わせて、顔を覚えてもらっている所です。本人も大変でしょう?いきなり新しい部署に配属されて、顧客を覚えている所で、殺人事件でしょう?・・・あ、まだ死んでないですけど。本人、相当、テンパってると思いますよ?だって、警察に呼ばれるなんて、ねぇ?仕事柄、警察と連携は取らないといけないから、いずれは挨拶に連れてこようかとは思っていましたけれど。」

「はは・・・そうなんですか。・・・ちなみに、木崎さん。八嶋さんになんと言って瀬能杏子さんを紹介されたんですか?覚えていらっしゃいます?」

「ええと。そうですね。・・・確か。・・・うーん。」

「覚えていない?」

「これ、正式に残っちゃいます?記録?」

「あ、え?ええ。調書ですから。」

「困ったなぁ。私共みたいな人間があまり顧客の事、悪く言っちゃ、ねぇ?あとあと問題になったり、しますよねぇ?」

「あ、あああ。あああ。分かりました。記録には残しません。私と木崎さんの、あくまで、二人だけの秘密で。それでいかがでしょう?」

「じゃ、あの、ご内密に。ま、ニート?ニートって言葉、ほんとは使っちゃ駄目なんですけど、ニートって。」

「はぁ。ニートですか。そうですか。」

「ニートの一人暮らしでしょ?毎日、遊んで暮らしていけるだけの太いパイプがあるんだって教えました。そりゃあおかしいでしょ?新人も疑問を持ちますよ。実家でニートしているならまだ分かりますけど、縁もゆかりもない土地で、毎日、ゲームやらアニメ見て、引き籠もって遊んでいるんですよ?おかしな事でもやってるんじゃないかって思われちゃうじゃないですか?それこそ警察沙汰になっても困るから、最初に話したんです。瀬能さんの名誉の為にも。遊んで暮らせるだけの蓄えがあるんじゃないかって。」

「・・・はぁ。そうなんですねぇ。」

「彼女、ちゃんと税金も納めてますからね?それに見合った額は。瀬能さん、やましい所なんてないんですよ?だから、その、暴行されるなんて、私は信じられないんですよ。」

「・・・そうですよねぇ?はい、はい。・・・話しちゃいましたか?お金があるって。」

「ええ?まあ、ね?あの人、ニートですけど、働いていませんけど、ちゃんとしている所はちゃんとしていますから。」

「あのぉ、ちなみに、八嶋さんと今日、お会いになりましたか?」

「八嶋ですか?ああ?ええ?・・・そうですね。朝、会ったかな。」

「服装とかは、昨日と同じ格好だった?とかぁ?」

「男の格好なんていちいち覚えていませんて?」

「まあ、そうでしょうねぇ。ちなみに、木崎さん。ちなみになんですけど、八嶋さんが昨日、どこで何をしていか、そういうのご存知じゃありません?」

「いや、知りませんよ!職場離れれば他人ですから。プライベートでまで会いたいとは思いませんし。それにまだ知り合って一週間ですよ?」

「おしゃる通りです。」

「あ」

「どうしました?」

「そう言えばですけど、今朝、あいつ、やけにキツ目の臭いしていたんです。思い出しました。」

「キツ目。」

「香水だか芳香剤だか知りませんけど。お前、それ、お客の所行くのに、そんな臭いして大丈夫か?って言った記憶があります。まあ、でも、だいたいうちのお客なんて多かれ少なかれゴミ屋敷が多いですから、帰ってくる時には臭いが服についちゃうんですけどね。最初はそれが嫌でね。・・・今は慣れちゃったって言ったらおかしいですけど。私、臭います?」

「ああ。いえいえ。木崎さんからは変な臭いはしませんよ?」

「・・・ですよねぇ。あのぉ、人が気にする程、臭いは移らないんですよ。でも、最初は気になって気になって。中には酷い臭いのお宅もありますけど、そういう人は少ないですから。」

「へぇ。八嶋さんは朝から臭いを気にしていた、と。・・・そうなんですね。まるで、出社前に誰かと会って来たみたいですね。」

「まあ、そう言われれば。そうかも知れませんけど。」

「木崎さん、ご足労おかけしました。また後程、生活安全課の方からご挨拶に伺わせて頂くと思いますけど、その時はよろしくお願いします。」

「あ、もう、いいんですか?あまり、ご参考になる話も出来ませんで。」

「いえいえ。大分収穫がありましたよ。我々は事件が起きてからが仕事なもので、ご心労だとは思いますけれども、瀬能杏子さんが早くご快復される事をお祈りしております。あ、そうそう。これ、瀬能杏子さんが入院されている病院の住所です。救急救命室におられると思いますので面会は無理でしょうけど。」

「・・・まあ、行くだけ行ってみます。あの人、そう簡単にくたばらないと思うので。」

「そうですね。では、ありがとうございました。

おい、緊急手配だ。・・・まだ任意だ、気づかれるなよ。」


※本作品は全編会話劇となっております。ご了承下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ