第7話 モーニングティー
「今日は一段と冷えるわね」
温かな紅茶を片手に朝の風景を、ピフラは眺望していた。テーブル横の窓ガラスは結露し、室内外の温度差を物語っている。
モーニングティーはいつも通り。いちごジャムとマーマレードをスプーンに山盛り1杯ずつ入れて飲む。砂糖が飽和してドロドロのそれは、最早飲み物とは言いがたい代物で。紅茶風味のジャムを口にしているようなものだった。
けれど、超がつくほど甘党のピフラはこれを「糖分健康法」などと名付け、かれこれ4年は続けている。
「昨夜は随分降ったみたいね」
庭先のナナカマドを観てピフラは呟く。
雪でたゆんだ枝からぼた雪が落ち、赤い身が露われた。
ナナカマドは表情豊かな樹木である。春は緑が深く、夏は純白の花を咲かせ、秋は赤い実を育みながら紅葉し、冬には実を宿しながら雪銀を纏うのだ。
エリューズ家のナナカマドも御多分に洩れず、雪と赤い実で着飾っている。鑑賞を楽しむピフラはお茶を喫し、ある事に気がついた。
「あら、茶葉の種類を変えた?」
「あっ、はい。ジャムに合う物を取り寄せまして……お口に合いませんか?」
「ううん違うの! 美味しいなと思って。ジャムの風味にぴったりよ」
「ふふっ、よかったです。ピフラさまの好みはあたしが1番熟知していますから」
メイドのマルタは得意満面で言った。彼女は半年前にエリューズ公爵家へ奉公に来た、新人メイドである。
年若いがどんな仕事もそつなくこなす、有能なメイドだ。その仕事ぶりを評価され、研修後すぐにピフラの世話係に抜擢された。年齢が近い事も相まって、ピフラとマルタはまたたくまに親交を深めたのだった。
紅茶の美味しさでお茶うけのマカロンがすすむ。すると、ダイニングの扉が開け放たれた。入室した人間は──ガルムである。
元々美少年なガルムは、公爵家へ来て更に垢抜けた。
整えられた前髪はふわりと立ち上がり、センターで自然と分かれる。物憂げな表情も相まって、少年らしからぬ蠱惑的な印象だ。その磨きがかった美しさに、屋敷の皆が陰で囁いた。「旦那さまが容姿で選んだのも頷ける」と。お陰で赤目のガルムを忌避する者もいないようで。順調な滑り出しだと、ピフラは内心歓喜していた。
すると、ピフラの熱視線に気がついたガルムが視線をくれる。
「ガルム! おは……」
挨拶をしかけたピフラだが次の瞬間狼狽し、弾けるように席を立った。自身の膝掛けを掴み、ガルムに駆け寄っていく。
血相を変えて向かってくる義姉に、ガルムはギョッと目を丸くした。
「ガルム! 今日は氷点下なのよ!? 屋敷内が暖房を入れているからって、こんな薄手をしていちゃだめ!」
「いや、俺寒いの慣れてますし大丈──ぶっ!?」
「よしっ。ほら、ここに座って? 一緒にお茶をしましょう」
「なっ……! 俺はそんな貴族みたいなことしません!」
「何を言っているの? あなたはもう立派な公爵令息です」
ピフラは薄着のガルムに厚い膝掛けを巻き付け、有無を言わさず窓際に座らせた。
マルタに熱々のお茶を淹れてもらう間、改めてガルムを検分する。今、彼が着用しているシャツはジャケットありきの服だ。いわば下着に近しいシャツである。いくら寒さに慣れているとはいえ、真冬に敢えてこれを着る理由がない。
それに何より、身を震わせ唇を青くするガルムが、言葉通り平気だとはとても思えなかった。あまりに下手な嘘で思わず失笑してしまう。
(まあいいわ。もしこの場で言いにくいのであれば、また場所を選んで聞くまでよ)
ふと正面を見やれば、ガルムは窓外を熱視していた。最近気づいたことだが、どうやら彼は気になる物を見つめる癖があるらしい。
「あれはナナカマドという木よ。わたしが生まれた時にお父さまとお母さまが植えてくださったんですって」
「............両親、ですか」
「あっ……」
──間違えた、ピフラは瞬時に悟る。
元孤児のガルムに、安易に家庭の話をするのは配慮に欠けている。ただでさえ辛い人生を送ってきたのだ、下手な会話で傷口に塩を塗ってはならない。
塩は、手塩にかけるためだけで十分だ。
「そうだ! ガルムの木も植えましょう」
「はい? なんで俺のまで……」
「家族だから一緒でなくちゃね」
ピフラはぬるくなったお茶を、お行儀悪くグイッと飲み干す。そしてガルムを連れ、図書室の方へ足早に去っていった。