第6話 好きになる理由
時が止まった。先程かいたのとは違う種類の汗がピフラの背中を伝う。
(「俺のことが好き」って、えええ!? なんでそうなるの!!)
ガルムを見やれば赤面で、忙しなくぬいぐるみを揉んでいる。
何が一体、どうしてそうなったのか。ピフラは数分前の自分をコマ送りで再生した。そして、あるシーンで止まる。
『あなたに愛される人は幸せ者だわ、羨ましい。わたしね、赤色が好きなの。本当に大好きよ』
こ・れ・か。赤色=赤目=ガルムと変換されたのだろう。つまりガルムは、ピフラの赤色プレゼンを自分への熱烈アプローチと捉えらえたのである。
ピフラはそこで、ふと思い至る。
(ふむ。でも、それはそれでアリよね?)
好意を示してきた相手はなかなか邪険に出来ないのが、人間の性である。これを利用してガルムにぐっと近づくのだ。
義弟大好きキャラを装いガルムを懐柔するのである。
聞こえは悪いが、こちとら命がかかっているのだ。死なない程度に、けれど捨て身で、義弟を手塩にかけなければならない。
ピフラはガルムを見やった。彼の面色は赤い目に追いつきそうなほど紅潮している。動揺と羞恥、そして瞳の奥に、仄かな喜びが見えた。
心に闇を抱えてきた子供がやっと見つけた、小さな希望なのかもしれない。そう思うと、自然と心が温まる。
「そうよ? ガルムのことが好きになったの」
「でも、会ったばかりなのに」
「ふふっ、そう難しく考えないで。人を好きになるのに理由なんて要らないのよ」
「理由は……要らない?」
ぬいぐるみを見ながら、ガルムはぽつりと独言する。
戸惑って当然だ。今まで愛された経験がないのだから。ぬいぐるみを揉むガルムの骨ばった手に、ピフラは自身の手をそっと重ねた。華奢で小柄に見えるガルムだが、その手はピフラよりも大きい。
(この手でわたしは殺される予定……!!)
彼の手の甲をきゅっと握り、努めて微笑む。
「わたしも好きになってもらえるように頑張るね」
ピフラの花のかんばせに、ガルムがますます染め上がる。そして握られた手を反転し、彼女と五指を絡めた。
「別に……そんなことしなくていいです」
「え?」
「俺を好きになってもらおうとか、する必要がないって言ったんです」
「え?」
(そっ……それって、まさか好きになられても困るってこと? 『俺を好きになるなよ』宣言!?)
先程まで興奮で肩をいからせていたピフラは、すっかり萎んでしまって。けれど、彼女の憂いをよそにガルムの口の端は上向いた。そして赤い瞳が夜の灯りよりも熱く、強く輝く。
「これからよろしくお願いします。姉上」
そう言って、ガルムは眩しい物を見るように赤い瞳を細めるのだった。