第5話 俺のことが好きなんですよね!
「知ってる? 遠い遠い国では、赤色は愛と情熱を司る色だと言われているのよ」
ガルムは頭をもたげ怪訝な顔をする。
ゲームの中で、赤い目を肯定されたガルムがヒロインに傾倒する場面は、美談として描かれていた。
けれど現実的に考えて、他人の言葉に固執してしまうのはどう考えても不健全だ。ヒロインに依存するのも想像に難くない。
そして依存体質者は、得てしてヤンデレにクラスチェンジしがちだ。
ここで「依存」という名のヤンデレの芽を詰んでおかねば、後々ヤンデレ化の燃料になりかねない。それなら依存体質にさせないよう、ガルムの自己肯定感を上げるべきだ。
ピフラは言い訳をする子供のように饒舌に、立て板に水が如く語り始めた。
「ほっ、ほら『心血を注ぐ』という言葉があるでしょう?」
「……それが何ですか」
「これは全身全霊、自分の全てを賭して物事にあたることを言うのだけどね? 文字通り注げる血と心がなければ、体も、魂だって動かない。いいこと? ガルム。頂きへ昇れる者は皆、心が健全で熱血であるものなの。これは自然の摂理よ。つまり赤色は、世界の原動力と情熱の象徴なのよ。あなたの赤色はね、そんな可能性を秘めている素晴らしい色なの」
「……はあ」
今のガルムにできることは、わずかでも自信を持ってもらうこと。
けれど、自己肯定感の低い人間に「自分を好きになろう」「あなたはあなたのままで素晴らしい」などと言っても無駄だ。それが出来るなら、とっくに人生を謳歌しているのだから。
ガルムにはまず他己評価されることが重要だ。
「もしかしたら自分は、自分が思っているより素晴らしいかもしれない」と、少しずつ肯定感を積み重ねていくのである。
ガルムには、ガルムを正当に評価してくれる人が必要だ。
「一説によると、赤色は神経に刺激を与えて、血圧を上げたり興奮させる作用があるんですって。だから赤は人々に熱情を与えて愛を育むよ。ううん、愛そのものだと、わたしは思うの」
「……愛?」
「そうよ! そんな色を持つあなたはきっと誰よりも愛情深いんでしょうね。あなたに愛される人はとても幸せ者だわ、羨ましい。わたしね、赤色が好きなの。本当に大好きよ」
赤色肯定のプレゼンは止まることを知らない。
ピフラの舌がこんなに回ったのは、壺を割って言い訳した時以来。実に6年ぶりである。
ガルムを手塩にかけんとピフラの瞳は真っ赤に充血しており、およそ淑女とは思えない顔相である。気がつけば、互いの膝が触れ合うほど至近距離まで詰め寄っていた。
心理的にも物理的にもピフラに追い込まれたガルムは、遂に降参した。
「わかっ……分かりましたから!」
「そう? じゃあ何が分かったのか言ってみて!」
表情がパッと明るくなったピフラは、鼻を鳴らして言う。
(こっ、渾身のプレゼンが効いた!? ほらね、赤色って最高だよね? 自己肯定感上がったよね? ていうか上がれ!!)
興奮冷めやらぬピフラ。すると、ガルムは赤々と茹だった顔で一杯一杯に答えた。
「……なんですよね」
「え、何? もう1回」
「だから……お、俺のことが好きなんですよね!!」
──うん?
ピフラの時がピタッと止まった。