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辰馬、不思議な子供を拾う(前編)

この世界に来ての最初の殺しが装備頼りだったこと。。そのせいでキヨラを抱いてしまったこと。新入りのジュリがタツマ自身を嫌っているらしいこと。

諸々あって、日々のタツマの暮らしは落ち着かず、居心地が悪いものとなっていた。

キヨラがタツマとの関係や、ジュリとの関係に無頓着なのが一番の原因である。

さらに裏の仕事も入らないものだから、日々、協会周りの掃除や信者の礼拝の手伝いなど、ほんとに駄目男のヒモになった気がするタツマである。

近所の住民や信者の連中には、気の毒そうな、見下げられてるような、そんな扱いだ。キヨラに言わせれば、その方が裏の仕事を気取られにくい利点がある、とのことだが、本人的には何一つ嬉しくない。

そんなわけで、タツマの鬱屈は溜まっていく一方であった。キヨラとの逢瀬も、あの時だけだったのも、引きずる原因である。

「タツマ、邪魔」

と物思いにふけるタツマを、ジュリが押しのけて通っていく。

基本的に、礼拝堂の真ん中で座り込んでるタツマが悪いんだが。


邪魔なタツマをどけて、ジュリは教会の外に出た。

狂化したままの右半身。瞳は眼帯で隠し、爪は引っ込めることが出来たので、長袖と手袋で腕を隠す。足は元々と変化がないので、そのまま。獣人に靴を履く習慣は無いし、気にするものもいない。

「却って悪目立ちしてないか?」

とかほざくタツマを殴り飛ばし黙らせた。

行く先はランウッドの森。姉のお墓参りとケティ草=薬草採取。キヨラが薬草の加工ができるし、必要だとのことだったので、ジュリは定期的に取りに行くようにしていた。

タツマみたいなヒモになりたくないという思いが一番ではあったが。


キヨラの考えとしては、殺し屋同士、馴れ合う必要はないけど、仲間内で敵対されるのは困るというもの。

「タツマ。もう少しジュリと仲良くしてほしいのだけれど」

「そもそもはお前に搾り取られた情けない姿を見られてしまったことが始まりだと思うんだ。だから、お前もなんとかしろ。そもそも元締めだろうが」

「元締めだって言えば、なんとかなると思ってる?」

昼間であるせいもあり、なんだか泣きたくなるキヨラ。

「昼も夜も面倒な女だな、お前は」

見透かしたように言う、タツマが追い打ちをかける。


キヨラにまで鬱陶しがられ始めたので、タツマは外に逃げ出した。

特に行くあてがあるわけでもないが、このゼストガンという町は思ったより大きいので、散策に飽きることはない。

金も僅かだが、先日の一件もあり、懐は空ではない。

そもそも教会にいれば、衣食住には困らないのだから、完全にお小遣いな感じではあるし今のところ、逃げる気もない。

親元でグダグダしてるダメ人間にような気もするが、仕事はしている⋯ただ、教会の小間使なんで、自宅警備してるようなものだ。

何か考えていくほど情けなくなってくるので、タツマは考えるのをやめた。

兎にも角にも暇つぶし目的なんで、ひょいと裏路地に入ってみたり、探検気分。

歩いていると、突然、シャツの裾を掴まれた。

(殺気がないと気づかない⋯のか、今の俺じゃ)

掴んだやつは、みすぼらしい服装をした子供だった。

「放せ」

子供は首を振る。

(勘弁してほしい。そもそも子供は苦手だ。元々オタクなんで、自分が子供みたいなものなんで、同族嫌悪かもしれない)

「なんの用だ?物乞いならほかを当たれ。俺も金はない」

その子供は首を振るばかり。

「いや、用事があるなら説明しろ」

「あ、あ」

その子供は自分の喉元を見せてきた。

そこには無惨な傷跡があった。

「お前、喋れないのか」

ここで子供は初めて頷いた。

「文字は書けるか?」

子供は首を振った。

さて、意思疎通の手段がない。

「俺になにか助けてほしいのか?」

子供は頷きまくって、タツマを引っ張り始めた。

「ちょ、ちょっと待て、俺は助けるとは言ってな⋯⋯」

結構な力でグイグイと俺を引っ張る子供。

実際、苦手なだけで嫌いな訳では無いし、暇つぶしがてらと、タツマは大人しくついていくことにした。


グニャグニャと路地を引きずり回されて、連れて行かれた先は、濃密な血の匂いが漂うあばら家だった。

自分の引きの強さに嫌気が差しつつ、室内へと入るタツマ。

そこにあったのは、首を吊らされ、腹を裂かれた年老いた男の死体だった。

「お前の爺さんか?」

子供は首を振った。

「血の繋がりはないが、保護者、みたいな存在か?」

子供はうなづいた。

「犯人は見たのか?」

子供は首を振った。

「状況はわかった。で、俺にどうしてほしいんだ?」

子供は身振りで、死体を下に降ろしてほしいと伝えてきた。

「手荒で悪いが」

タツマは死体のそばに落ちていた、おそらく犯人が被害者の腹を裂くのに使ったであろう、血まみれの包丁を拾い上げ、投げた。

包丁はロープを切断。死体はグチャという音を立てて、内臓がこぼれた床に落ちた。

こんな事を平気で出来るタツマ自身が異常なのは自覚しているが、怯えるでもなく、こんな惨状にいられる、この子供も異常だ。

(流刑地の子供はみんなこうなのか?)

「で、どうする?どうせ騎士団やら、あるか知らない自警団みたいなのも、ここまでは来ないんだよな?」

そんな頼れる存在がいるなら、路地をフラフラしていた、うだつの上がらなそうな男を頼ったりはしないだろう。

「お墓、作りたいか?」

うなづく子供。

家の床を掘り起こして埋めるのも何だし、かといって腹を裂かれて血の滴る死体をどこかに移動させるのも⋯

タツマは家の中を探し、この死体となった老人が使っていたであろうベッドが、木箱を並べたものであることに気づき、その箱を引っ張り出した。

これ以上、死体を損壊するのも子供の教育上悪い気がして、俺はなんとか死体を折りたたみ箱に詰めた。骨は砕けたかもしれないが勘弁してもらおう。

裂かれた腹にはベッドのシーツやら布を詰め、血止めをして、木箱の蓋を締めた。

「なぁ、この辺に荷車とかないか?この箱を載せて運べるくらいの」

子供は黙って家から走り去り、やがてえっちらおっちらと大八車のようなものを持ってきた。

正式に借りたとは思えないので、俺は急いで木箱を載せ、荷車を牽き始めた。

子供は黙って着いてきた。

なんとなくの感覚で広い通りに出て、太陽の位置で方角を確認し、タツマは西へ進む。

「なぁ、埋める場所も俺に任せちゃっていいのか?」

子供はぶんぶんと頷いた。

よく考えれば、殺人犯の犯罪を隠蔽しようとしているようなものだが、司法がまともでないなら、どうでもいいことだ。タツマはこちらの世界、ひいては西ガンド大陸の状況に慣れつつあった。


籠一杯に集めた薬草を教会に持って帰ろうと姉の墓の前から立ち上がったとき、荷車に木箱を載せて、こちらにやってくるタツマを見つけてしまい、ジュリは顔を歪めた。

何やら濃密な血の匂いはするし、薄汚れた子供まで連れているので、尚更だ。

「ちょっと!奴隷商にでもなるの?」

「おま、ばか、言ってん、じゃ、ねえ」

疲れているのか、息も絶え絶えなのが余計うっとおしく感じる。

「だって、誰か殺して、その子供奪ったんじゃ?」

「んな趣味はねぇよ」

「そうね、あんたはキヨラみたいな、いやらしーい女が好みなんだよね」

「人様の下半身事情に絡むなよ、ほんと。経験ないのか?」

「う、うるさい!」

顔を真赤にして怒るジュリに、

「図星かよ⋯とにかく、こいつの保護者の墓を作ってくれと頼まれちまったんだ。そこいらに埋めていいか?」

「図星って⋯あぁ、もう!あんた、死体運んでたの?」

「行きがかりでな。で、いいのか?」

不安そうな顔で自分を見てくる子供の様子にいたたまれなくなり

「ふぅ⋯なに、あなたの親?」

子供は首を振る。

「あぁ、こいつ、喉を潰されてて喋れねえんだ。こいつを保護していたらしい爺さんの死体だ」

「そ、そう」

ジュリは子供に近づき、そっと頭を撫でた。

「大変だったね」

子供は眼帯姿のジュリに怯えることもなく、抱きつき、嗚咽も漏らし始めた。

「強がってるようで、ガキはガキか」

「あんた、言い方ってもんを」

「うるせぇ。その墓の横に埋めていいか?」

「は?良いわけないで⋯」

ジュリの目に飛び込むのは涙目で自分を見上げる子供の顔。

「とも思ったけど、お姉ちゃんが寂しくないように、お隣に埋めてあげてもいいかもしれない」

「おまえなぁ」

「うるさい!ちょっと待ってて、掘るもの持ってくる」

と、ジュリは自分の家に向かい、中から鍬のような道具を持ってきた。

「ほら、これで掘って、埋めて」

「おま⋯」

「さ、あなたはあたいと一緒に何かお墓の目印を作ろ」

子供はうなづき、ジュリに連れられ、家の中へと行ってしまった。

「教会の小間使から墓堀人にランクアップとは光栄だな」

と独りごちるタツマ。

あとは黙々と墓穴を掘った。人間一人を獣に荒らされない程度の深さに埋めるってのは、結構大仕事である。

サモンの服を着てくればよかったと後悔しつつも、タツマは穴を掘り終え、子供がこちらを見ていないことを確認し、木箱から死体を引きずり出し、穴の中へと蹴り落とした。

さらに木箱も証拠隠滅とばかりに鍬で叩き壊し、穴の中へ放り込み、土を被せた。

荷車は血もつかなかったし、ジュリの家の裏に放って置く。

あらかた埋葬兼証拠隠滅を終えると、家の中からジュリと子供が出てきた。

「ガチャガチャうるさかったけど何してたの?」

「証拠隠滅」

「まぁ、いいけど。ほら、お墓に乗せる石よ」

何気にジュリの渡してきた石の重いこと。一抱えある岩だ、もう。

表面に「先生の墓」と彫られている。

「先生?」

「大変だったんだよ。この子が、あの人を何て呼んでたか当てるの」

「先生、ね。よいしょっと」

盛り土の上に岩を置く。

これだけのことなんだから、てめえでやれと言う目でジュリを睨みながら、タツマは座り込んだ。

「あとの弔いは好きにしろ。俺は疲れた」

「キヨラ呼んできてよ。弔いのお祈り位は出来るでしょ」

「呼んできてよじゃねえ!金取りそうだし、あいつ」

「あぁ、何だっけ⋯寄進とかいうのが教会は必要なんだっけ。借金させられてる身だし、いいよ、あたいがやる」

「出来んのか?」

「うん、獣人式で良ければ⋯ねぇ、あたいがお祈りしてもいいかな?」

ジュリが子供の頭を撫でながら、優しく問いかける。

ジュリを見上げ、うなづく子供。

「あんな怪しい神様に頼るよりはマシかもな」

タツマの軽口を受け流しつつ、ジュリは今出来たばかりの墓の前に跪いた。

両手で何か印のようなものを切りながら、猫が喉を鳴らすような声を出す。

最後に墓石となった岩を優しく撫で、ジュリは子供に向き直った。

「これで大丈夫よ。先生は安らかに眠れる」

(腹裂かれて殺されたやつが、祈り一つで安らかになれるなら、俺らのような稼業はいらないはずだがな)

言ったら獣人パワーでぶん殴られそうな事をタツマは思いつつ、二人の様子を眺めていた。


薄暗い洞窟の中。壁面のくぼみに鉄格子をはめ込み作られた牢屋の中、長い髪を振り乱した女が喚いていた。

「あんなんじゃ足りないのよ!わかってんの!生贄は⋯まだまだ必要なのよ!」

その女の叫びに応えるものは、そこにはいなかった。


ジュリに背負われて眠る子供の姿を見ながら

「なぁ、俺達の稼業、わかってるよな?んなガキ連れて行ってどうすんだよ?頼まれた事はやってやったんだ。元の家に捨ててこようぜ」

「やっぱり、あんたは人殺しの外道よね。優しさがないもの」

「はぁ⋯聖人君子なつもりの猫ちゃんよ、おまえも、もう同業なんだよ」

「あたいは、まだ⋯」

「化物しか殺してないって?まだ、なだけだ。次の仕事じゃ、そんな甘いこと言えなくなるはずだ」

「化物って⋯⋯ふん!嫌なやつ!」

そう言うなり、ジュリは子供を背負ったまま猛スピードで走り去った。

「ジェットコースターかよ。あのガキも可哀想に」

ジュリを見送りながら、タツマはゆっくり歩き始めた。


姿を消して帰ってこないタツマの代わりに、キヨラは教会前の掃き掃除をしていた。

「仕事時間と自由時間と門限、きっちり決めないと駄目なのかしら」

キヨラはまだ昼間のせいか、タツマへの愚痴も大人しい。

と、そこにジュリが駆け込んできた。

「キヨラ!この子、保護しないと!」

と、ジュリは背中でぐったりしている子供を見せてきた。

「⋯ちゃんと説明して」

「保護者の先生とかいう爺さんが殺されて、天涯孤独の身の子供なんだ」

そんな子供、この西ガンド大陸には数え切れないほどいるだろう。キヨラは溜息を付いて、手を伸ばしジュリの右耳を掴んで下に引き、無理矢理座らせた。

「ジュリ。馬鹿なの?」

「バードゥ様は、困っている弱いものを見捨てんのかよ!」

などと、大声でわめき始めるジュリ。

「うちの教会潰す気!もう!中に入って!」

風評被害もいいところなので、キヨラはジュリと子供を礼拝堂へと押し込んだ。


「で、誰が、その子供の面倒見るの?食い扶持稼ぐの?」

「え⋯あたいと、タツマとキヨラで⋯」

「普通、こういうときは自分一人で!とか言うんじゃないの?」

「でも、拾ったのタツマだし、ここの責任者はキヨラだし」

「タツマも絡んでんの?で、彼は?」

「嫌なやつだから置いてきた。もうじき戻ると思う」

「今更ながら、サモンが許せなくなったわ」

と、改めて子供の様子をうかがうキヨラ。

「喉は⋯潰されたのか⋯まぁ、とにかく、一回中に入れちゃったんだし、仕方がない。ジュリ、その子を風呂に入れて、何か着れそうな服を与えて」

「わかった」

ジュリは子供を背負ったまま、奥へと走り去った。

「あれで具合悪くなってるようね⋯で、そこで隠れてる理由を教えて、タツマ」

「へぇ、昼でも鋭いんだな」

と言うと、タツマは長椅子の影から這い出てきた。

「後ろめたいから、そんなとこに隠れてたのよね?違う?」

「そんなとこだ。事情は説明してやる。裏に繋がる可能性もあるしな」

「へえ」

キヨラの顔に薄っすらと傷跡が浮かび上がった。


「で、あの子供を頼み人にする気?」

「喋れない、文字も書けない、文無しを、目撃証言も何も無い殺人事件の犯人への仇討ちを依頼できるのか?」

「無理、ね。さすがに犯人探しから始めたら、目立ちすぎる」

「んじゃ、ここで保護して俺みたいに小間使いさせるか?同情で信者からの寄進が増えるかもしれないぜ」

「そういう手も無くはないけど、永続的じゃないから」

「お前もジュリに嫌われるタイプだな」

タツマは声を上げて笑った。

「現実的なだけよ」

「夢見がちな猫とは相容れないぞ」

「誰が夢見がちだって!」

いつの間にかタツマの背後にジュリがいた。

(本気出されたら、やっぱり、殺されそうだな俺)

「あら、きれいになったじゃない」

というキヨラの言葉に、タツマがジュリの背後に目をやると、なんだか美少女がいた。

「え?さっきのガキ、女だったのか?」

「そこからなの、あんたは」

タツマの視線に怯えるかのように、少女はジュリの後ろに隠れた。

「あんた、キヨラだけじゃなく、こういう子供も趣味だったの?」

「ぶっ殺すぞ、くそ猫」

肩辺りまで伸びている髪の毛をきれいに梳かれ、頭の後ろでポニーテールっぽくまとめた少女。タツマのいた世界で言えば小学校高学年?くらいか。

「ちょっと、お嬢ちゃん、こっちに来て」

とキヨラの呼びかけにも怯える様子を見せるが、ジュリにそっと背中を押され、少女はキヨラに近づいた。

「あなた、漂流者ね」

キヨラのセリフにタツマは固まった。

「瞳の奥の光が違うの。で、あなたの保護者って、バードゥ教の神父?」

うなづく少女。

「バードゥ教の神父が殺された?⋯そんな情報、来てないけど⋯どこの町の教会の?⋯って喋れないか。ちょっと待ってて」

キヨラは忙しげに自室へ駆け込んだ。

タツマは少女に

「元の世界のこと、覚えているか?」

と尋ねるが、少女は首を傾げるばかり。

「記憶がない?」

うなづく少女。

少女は祭壇を見つけると、駆け寄り、黒と白の煙のようなものが混じり合わずに渦巻いているものに手を合わせた。

「え?あの子、バードゥ教の信者なの?」

「さっき、キヨラが言ってただろ、あいつは漂流者だって。漂流者の保護はバードゥ教の仕事だ」

「なんでタツマは手を合わせないの?」

「あんな薄気味悪いものを拝めるかよ」

「ふーん、そこは、あたいと同じだ」

「嬉しくないけどな」

と言った途端、俺はふっ飛ばされた。

ジュリの蹴りが腹に来た。咄嗟に防御できただけでも御の字だ。

「てめぇ、殺す気か、バカ猫!」

「ん?殺す気なら本気でやるよ?」

漫才のツッコミのつもりなのだろうかとタツマは思いつつ、ジュリから距離を取った。

「礼拝堂で暴れるなって言ってあるでしょ?」

と、何やら羊皮紙の巻物を持ったキヨラが叱る。

「お嬢ちゃん、バードゥ様へのお祈りは感心だけど、ちょっとこっちに来て、これを見て?」

キヨラが巻物を広げると、それは地図だった。

「ねぇ、お嬢ちゃんは、自分がどの町から来たか、わかる?」

少女は地図を見て首を捻っている。

「ここが、今いるゼストガン」

と、キヨラは地図の一点を指さした。

「それで、前の町から歩いてきたの?」

うなづく少女。

「何日くらい歩いたか覚えてる?」

少女は両手を広げてキヨラに見せた。

「なるほど、10日くらいを子連れで移動⋯そうすると、ここ。バルガンかな?」

キヨラが指差す一点を見て、勢いよくうなづきまくる少女。

「わかった。ちょっとバルガンのバードゥ教会のこと、調べてみるわ」

そういうと、キヨラは地図を丸め、部屋へと戻っていった。

少女はちょこちょことジュリに歩み寄り、服の裾を掴んだ。

「ん?あたいと遊ぶ?」

にっこり笑う少女を連れ、ジュリは表へと出ていった。


洞窟内の牢の中の女に前に、一人の中年の男が現れた。

身なりは良いが、でっぷりと太った体躯に、薄くなった頭頂部。息は荒い。

「おい、ラン。次の仕事が決まったぞ。身支度を整えに行くぞ」

ランと呼ばれた女は振り乱され、顔にかかった髪の毛の隙間から、男を黙って睨んだ。

男が小声で何かを呟くと、ランは膝から崩れ落ちた。

「反抗的な態度を取るな、面倒をかけるな、儂の言うことは素直に聞け。散々言ったよな?学習能力ってものがないのか、きさまは」

ランはのっそりと立ち上がった。

男が再び小声で呟くと、牢の扉が開いた。


「タツマ、ちょっといい?」

いつの間にか部屋から出てきていたキヨラが、礼拝堂の長椅子で寝転がっているタツマに声をかけた。

「何かわかったのか?」

「起き上がって話を聞いて」

「へいへい」

タツマが気怠そうに上半身を起こした。

「で?」

「バルガンの教会は半年前に閉鎖されてたわ」

「で、そこの神父が、あのガキを連れてゼストガンにやってきていた。なぜか、ここの教会も頼らず。終いにゃ殺された、と」

「バルガンはここよりも治安が悪くてね。信者も集まらなかったみたいね。表向きの理由は」

「裏の仕事は?」

「需要があっても供給できない?そんな状況だったと思うわ」

「あのガキしかいなかった、のかもな」

「そうね。あんな子供の漂流者は初めて見たけど」

「で、救えるやつも救えねえから、逃げ出した、と。で、ホントの理由は?」

「裏の仕事をしくじった。逆に身バレして逃亡」

「あの爺さん⋯」

「そこまではわかったけど、あとは不明、ね」

「そもそも、どうやって調べた?サモンの野郎か?」

「バードゥ様のお告げ、よ」

「気味悪ぃな、まったく」

「聞かなかったことにしてあげる」

「俺は信者じゃないんだぞ」

「そうね、小間使いさん」

「はいはい」

「そうそう、あの子の名前、無いと不便だから、あなたが適当につけて。漂流者同士なんだし」

「なんだし、の意味がわからん。そっちで勝手につけろ」

「駄目。タツマ、あなたの仕事よ」

キヨラが急に夜モードのような迫力で言ってきたので、タツマは引くしかなかった。

「どんな名前でも怒るなよ」

「あの子自身が気に入らなきゃ、駄目」

渋い顔をしつつも(適当にアニメキャラの名前でも付けるか)と思うタツマであった。


「あたいも、小さい頃はお姉ちゃんにこうして遊んでもらったなぁ。それっ!」

ジュリは少女を抱き上げて、思いっきり上に放り投げた。

獣人の力なので、少々洒落にならない高度まで放り投げられているのだが、少女は怖がるでもなく、満面の笑みを浮かべて楽しんでいるように見える。

礼拝堂から外に出たタツマは、その様子を見て一瞬固まったが、少女が楽しそうなので、溜息を一つつくと、二人の元へと歩み寄った。

「ちょっといいか、お二人さん」

「なに?」

ジュリは少女を足元に降ろした。

「そのガキの名前をつけろとキヨラから言われてな」

ジュリは身体を屈め、少女に目線を合わせた。

「あなた、名前が無かったの?」

ジュリのおかしな質問に、頷く少女。

「お前、漂流者なんだよな?バードゥの神父、何か名前をくれなかったのか?」

頷く少女。

「これだから邪教は⋯その喉のことも記憶に無いか?」

頷く少女。

一体、何があったら、喉を潰され記憶を失うような目に遭うのか。タツマの表情が一瞬陰る。

「ゆめ⋯はな⋯」

「え?なに?」

タツマが無意識に呟いた過去の記憶にある人の名前。

「え?あ、あぁ、こいつの名前な。ユメにしよう」

「なんなの?意味わかんないけど」

「⋯意味なんかねぇよ。思いついた、思い浮かんだ名前ってだけだ」

「そんな、適当につけて、あんたは」

「というわけで、お前は今からユメだ」

タツマが少女の頭を撫でた。

一瞬、びくっと身をすくめたが、それ以上抵抗するでもなく、少女=ユメは頷いた。


洞窟から出て、中年の男の後をついて歩くラン。その足取りはふらつくことなく、しっかりしていた。

「次は、誰?」

ランの暗いつぶやきを男は無視した。

「まずは今夜の準備だ。きれいにしておけよ。隅々までな」

ランの方を見るでもなく、男は下卑た笑いを浮かべながら、命じるように言った。


男とランがたどり着いたのは、山の中腹にある豪奢な屋敷だった。

屋敷のある場所からは、ゼストガンの町が一望できる。

ランは勝手知ったる感じで屋敷の中に入り、奥へと向かった。

使用人など誰もいない。生活感は無いが、何か人が大勢いた空気は残っている。そんな屋敷内である。

ランが扉を開けて入った先には、大きな浴室があった。温泉が引かれているのだろうか、湯船にはお湯が滔々と溢れ続けている。

ランは薄汚れた貫頭衣を脱ぎ捨て、そのまま湯船に浸かった。洞窟内に監禁されていた間に身体に染み付いた汚れは、簡単には落ちない。

湯が汚れることも構わず、ランは無言で自分の身体をこすり続けた。


男が広間のソファに座り、グラスに酒を注いで飲んでいると、入口の扉を開け、一人の老人が中へと入ってきた。

「クロウズ様、今宵のゲストは、お申し付けいただきました通り、酒場にいた男を4人、用意いたしました。おそらく、元は盗賊と思われます」

男=クロウズは老人の方を見もせず、

「この間のジジイよりは歯応えがありそうだな」

「はい、それは保証できます」

「ガゼム。後片付けが大変だと思うが、よろしく頼む」

老人=ガゼムは恭しく頭を垂れた。

「お任せください」


ランは身体を清め終え、風呂から上がると、そのまま何も身に着けずにクロウズの元へ赴いた。

「今日の相手は?」

「4人。元盗賊らしいぞ」

「そう」

ランはそれだけ言うと、広間の奥にある階段を降りていった。


ランが階段を降りたどり着いたのは、なにもない殺風景な部屋であった。

ただ、部屋の中央に4人の男たちが手足を縛られて転がされていた。

ランは怯えるでもなく、無警戒な様子で男たちに近づいた。

「て、てめえは何なんだ!縄を解け、この変態女!」

「そう、わかった」

ランが右手をひと振りすると、男たちを縛っていた縄が一斉に切れた。

男たちは自由になったとはいえ、今の出来事が普通でないことを理解し、身構えた。

「冷静ね。一斉に犯しに来るかと思ったけど」

「この西ガンドで、そんなんじゃ命がいくつあっても足りねえよ」

「わたしを行動不能にすれば、ここから出られる。さぁ、始めましょう」

そして男たちがその言葉に身構えるよりも早く、ランは男の一人に肩車されるような形で飛び乗り、足を首に巻き付け一気に捻った。

鈍い音がし、男が絶命して倒れる。

「ホント、命がいくつあっても足りないわよね、ここ」

と、特に感慨深くもなく呟くラン。

残った3人の男がランに一斉に襲いかかった。


礼拝堂に戻ったタツマは

「おい、名前はユメに決めたぞ」

「ユメ?」

「あぁ、夢って意味だ」

「ふぅん、本人が気に入ったのなら、問題ないわ」

「別に首を振らなかったから、問題ないはずだ」

「そう。ならいいけど」

「それより、あいつ⋯ユメと意思疎通できるようになる魔法とか道具みたいなのはないのか?」

「そうね、あの子が思念を飛ばせるようにする魔法陣でも、脳に刻めば」

「こっちの魔法は、それしか無いのかよ」

「不足しているものを肉体に補うのは、そんな簡単じゃないのよ」

「そういうことにしてやるよ。俺だって蟲頼りだったんだしな⋯サモンの野郎なら出来ないのか?自称、錬金術士だろ?」

「出来るかもしれないけど、払うお金あるの?」

「⋯無いな」

「まぁ、聞くだけ聞いてみたら?面白半分になんとかしてくれるかもしれないわよ」

タツマは大きく溜息を付き、

「行くだけ行ってみるか」

「タツマ、あなたって善人よね」

「善人は人殺しなんざ、 しねぇよ」

「必要な殺ししかしないのは善人よ」

「は!ありがたくて涙が出るね。ユメを連れて行ってくる」

「はいはい」

礼拝堂から出ていくタツマをキヨラは憐れむような顔で見送った。


階段を上がって姿を表したランは、上気した顔で言った。

「終わったわ」

「ご苦労ご苦労。さぁ、来い。お前の大好きなことをしてやるから」

ランは苦々しげな顔でクロウズを睨みつつ、抗い難さがあるかのようにクロウズの足元に膝まづいた。

「ガゼム、掃除を頼む」

「かしこまりました」

ガゼムは恭しく頭を下げ、階段を降りていった。

クロウズはランを一気に抱き寄せた。

「お前の様な壊れた女の望みを叶えられるのは、このクロウズ様だけだ。わかっているよな?」

「まだ⋯足りない」

「わかっている。またすぐに都合をつけてやる。今はお前の火照りを鎮めてやるさ」

クロウズがランの胸を潰すような勢いで揉みしだく。ランは嫌がることなく、徐々に表情が淫蕩に蕩けていった。


礼拝堂の外に出ると、タツマの視界に、ユメをジャイアントスイングの要領で振り回すジュリの姿があった。

「⋯なぜ、あれで楽しそうなんだ、あのガキは」

タツマはユメに恐怖した。


町の中をユメと手を繋いで歩くタツマ。

ジュリは「サモン嫌い」と言って、着いてこなかった。

親子⋯せめて兄妹には見えてほしいと考えるタツマの気分をよそに、ユメは楽しそうだ。

「これから会いに行くやつは、ものすごく変なやつだ。会って嫌な感じをユメが感じるなら、すぐ帰るからな」

何か嬉しそうに頷くユメ。

自分が保護者目線になっていることに困惑しつつ、記憶頼りに路地裏の道を右へ左へ。

すると、見覚えのある一軒の看板も何もない普通の石造りの家にたどり着いた。

そのまま扉を開けて、中に。

先日同様、殺風景そのものの部屋。4人掛け程度のテーブルに椅子、そのテーブルの上には枯れた花が刺したままの薄汚れた花瓶もそのままだ。

タツマは花瓶から枯れた花を取り出し、椅子の上に1本ずつ並べていく。

「こうだったよな」

そしてタツマが3回手を叩くと、奥の壁だった場所に、人の背丈くらいの黒い暗い穴が開いた。

「合ってたか。ユメ、行くぞ⋯ん?」

先日は下り階段だったのが、今日は登り階段になっている。

「嫌がらせだな。おい、ユメ。おんぶしてやるよ」

タツマがしゃがんでユメに背中を向けると、ユメがそこそこの勢いで飛びついてきた。

「おまえ、もうちょっと⋯あ⋯」

タツマは、背中に身体を押し付けるユメの小さな胸の膨らみの感触に戸惑う。

「あはは、うん、女の子だったんだよな、うん」

ユメはタツマの反応の意味がわからず、首を傾げている。タツマは頭を振って、階段を登り始めた。


5分ほど階段を登り続けると、明かりの漏れる扉の前に来た。

「こんな、高層建築、どこにも、無かっただろうが⋯くぞ」

息も荒く、タツマは扉を開いた。

「ほんと、わたくしの服がないと、役立たずですね」

眼の前に真っ赤なスーツ姿のサモンがいた。

ユメはサモンの登場と姿に驚いたのか、目を見開いて固まっている。

「おや?随分とお若い漂流者ですね。タツマ様も中々の趣味をお持ちで」

「ふざけてると殺すぞ。どうせ要件は把握できてるんだろ?なんとかしろ」

「せっかくの楽しいやり取りをあまり端折らないでいただきたいのですが」

「うるさい。で?」

「はぁ、じゃあ、こちらへ」

タツマは固まっているユメを背中から降ろし、手を引いてなんとか歩かせた。

と、見覚えのある部屋へと案内された。

「お嬢さん、裸になって、そこのシリンダーの中に入っていただけますか?」

指さす方にある大きなガラスの筒とサモンを見やり、ユメは不安げにタツマを見上げた。

「結局はそれか」

「はい。ジュリさんもやりましたし、特に邪な気持ちはございませんので、ご安心を」

「あられて堪るか」

タツマはしゃがみ込み、ユメに視線を合わせた。

「おまえの喉や記憶が治せるかどうか、調べる装置だ。恥ずかしかったら、俺は向こうに行ってるから、我慢して協力してくれ、な?」

ユメは、しばしタツマを見つめ、おもむろに服を脱ぎだした。

「お、おい、ユメ」

ユメは全裸になると、タツマに両腕を突き出した。

「思い切りがいいな、ユメは」

タツマはユメを抱き上げ、シリンダーの中へとユメを降ろした。

「ユメ、変な汁が出て来るけど、息はできるから心配すんな」

頷くユメ。

「汁じゃなく解析液です。表現がいやらしいですね、タツマ様」

「オタクなもんでな」

「オタクへの冒涜めいてますが」

「いいからやれ。いつまでもユメを裸にしておけるか」

「保護者ですねぇ」

サモンがニヤリと笑うと同時に、ユメの頭上から解析液が一気に注ぎ込まれた。

驚いて固まっているのか、度胸がすごいのか、ユメはタツマを見つめたまま動かずにいた。

「そのまま呼吸してください。体内に取り込む必要がありますので⋯って言う前に出来てますね」

タツマもユメを見つめる。

「はい、そのまま…完了です」

液体がシリンダーから消えると、タツマはユメを抱き上げた。浸かっていても濡れない謎の液体ゆえ、タツマはユメに服を差し出した。

「ほら、早く着ちまえ」

ユメはテキパキと服を着ると、タツマを見上げて微笑んだ。

「⋯人誑しだな、おまえは」

「ロリ」

「なんか言ったか、サモン」

「いいえ。すぐ確認できるので、先程の部屋で少々お待ちを」

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