蒼き瞳の捉うもの -堅物騎士団長の王都一日エスコート-
――あぁ、もう一度その笑顔が見たかった。
『蒼き瞳の捉うもの』/未来屋 環
「族長、遠方からよくぞ遥々いらして頂きました。これにて我らが同盟の契約更新は無事完了となります」
長いこと馬車に揺られてきたせいか、何だか全身が怠い。
族長――ばあちゃんは疲れを見せずに立派にお役目を勤め上げている。年齢の割に立派なものだ。
あたしたちの民族は普段森の中で生活をしている。
生まれながらにして精霊の祝福を授けられ魔法を使いこなすあたしたちを王国の人間たちは重宝していて、あたしが生まれるずっと前から同盟を結んでいるそうだ。
同盟の契約期間が切れる頃、こうやってあたし達は王宮で更新手続きを行っている。単なる儀式であろうが、族長が行くのであれば護衛役であるあたしも来ざるを得ない。
欠伸を噛み殺しながらその様子を眺めていると、ふと視界の端に或る男の姿が入ってきた。
――あの男、強い。
瞬間、あたしはそう確信する。
緩やかに波打つ銀色の髪を短く切り揃えた男は、鋭い目付きで周囲を見渡していた。
その身体は重そうな鎧に包まれているが、逞しく鍛えられていることを思わせる体格だ。
他の兵士たちとは異なる蒼いマントが目に鮮やかで、位が高いことを思わせる。まだ若く見えるのにすごいな――そう思っていたところで、目が合った。
ふと、鋭い眼差しが緩んだように見えた。
あれ? と思った次の瞬間には視線が逸らされている。
――何だろう、まぁいいや。
でも、一瞬見せたその表情は、最初の印象よりも何だか穏やかそうに見えた。
***
「ではアンナ、今日はゆっくりと楽しんでおいで」
にこにこと笑うばあちゃんの顔に昨日の威厳は全くない。
あたしは部屋に置かれた慣れない服に着られていた。
こんなヒラヒラした格好、動きにくいったらありゃしない。村でこの格好をしているのは、子どもを育てている母親たちくらいだ。
「だから、あたしは別にいいのに」
「何言ってるんだ。あんたは子どもの頃から修行修行で女性らしい嗜みを全然知らん。今回のことは女王様の計らいでもあるんだから、ありがたく受けるように」
「だって料理とかするより戦う方が性に合ってるし……」
「ごちゃごちゃ言わない! ほら、今日は素敵なエスコート役もいるんだから、おとなしく行ってきなさい」
はーい……と不貞腐れて返事をしたところで、ドアがノックされた。
――あぁ、来たな。
ドアを開けると、鎧ではなく礼服を身に纏った男が神妙な表情で立っている。その瞳は昨日のマントの色と同じく蒼く澄んでいた。
「王国騎士団長のリーベルトです。本日はよろしくお願いいたします」
初めて聴いた声はやはり想像よりも穏やかで、あたしの心の中にすっと入ってきた。
事の起こりは契約締結後の晩餐会だった。
綺麗な女王様がばあちゃんとあたしの相手をしてくれた。ばあちゃんはまだしも、あたしは王宮はおろか王都に来たのも初めてで、どんな話をしたらいいかわからない。
そんなことをしどろもどろ答えていると、女王様はその美しいお顔を驚きの色に染めた。
「まぁ、アンナは初めての王都なのね! お年頃の女性ですから、きっと楽しんで頂けると思うわ」
「そ、そうですか? あた……私の住んでいる村とは遠いすぎて、何が何やら」
「折角ですから少しの間王都に滞在なさって。案内役を付けますから」
――そして、今朝派遣されてきたのが、この騎士団長リーベルトだ。
着慣れない服に履き慣れない靴。正直動きにくくてたまらないけれど、長身の騎士団長は顔色を変えずに同じ速度で歩いてくれる。
「あ、あの、騎士団長様?」
「リーベルトで構いません。アンナ様、どうされましたか」
「……じゃああたしのことも、アンナって呼んでよ。堅苦しいと緊張しちゃうんだ」
そう言うと、リーベルトがその鋭い目を少しだけ見開いた。
――あれ、ちょっと馴れ馴れしかったかな。
それにしても整った顔をしている。やっぱり高貴な生まれのひとは顔の作りからして違うんだろうか。
リーベルトに比べたら、村にいる男たちは……まぁ随分と親しみやすい顔をしている。あいつらからすれば、あたしも似たようなもんだろうけど。
そんなあたしの思考なんてお構いなしに、リーベルトは冷静な表情を取り戻して口を開いた。
「かしこまりました、アンナ」
「いや、敬語じゃなくていいよ。ていうか、リーベルトの方が年上だよね、きっと」
「……わかった」
ゆっくりゆっくり、歩きながらふたりで会話をする。
リーベルトは見た目通り、あまり口数が多い方じゃなかった。でも、あたしが色々と訊くと、言葉を選びながら丁寧に答えてくれた。
年齢はあたしよりも10歳上、貴族の家に生まれながら子どもの頃からずっと武道の訓練に励んだ結果、どんどんと名を挙げて30歳そこそこで王国騎士団長まで昇りつめたそうだ。
やはりあたしの見立ては間違っていなかった。
「へぇ、リーベルトってすごいんだね」
「いや、俺はそんな大したものじゃない」
「えっ、そうなの? でも騎士団の中には年上の人たちもいるんでしょ?」
「若くとも武勲を上げれば相応の地位を与えようという王様の方針があり、たまたま先の戦いで戦果を挙げた俺が選ばれただけだ。他に優秀な者は幾らでもいるし、団員たちが俺のことを立ててくれるから何とかなっているに過ぎない」
「ふーん……だとしても、周りの人たちだってリーベルトが団長失格だったら文句言うと思うけどね」
あたしの村は正にそうだった。
前のリーダーは強かったけれどとにかく嫌なやつだった。だから絶対に負けたくなくて、修行して修行して見返してやったら捨て台詞を吐いて村を出て行った。
今は幼馴染みのダミアンがあたしたちのリーダーだ。ダミアンよりあたしの方が強いけど、皆をまとめられるのはダミアンしかいない。だから皆、ダミアンの言うことはちゃんと聞く。
そんな話をすると、リーベルトがふむ、と頷いた。
「……そういうものかな」
「そういうもんだよ。だからリーベルトはもっと自信持っていいんじゃない」
少しだけ恥ずかしそうにリーベルトが俯く。
褒められるのに慣れていないのかも知れない。顔付きは怖いのに、そんなリーベルトが何だか少しだけかわいく見えた。
中心街に辿り着くと、リーベルトは幾つかの店を紹介してくれた。
色とりどりの花を飾る花屋、様々なものが並ぶ雑貨屋、職人技が光るアクセサリー屋――どれも村ではお目にかかれない店ばかりだ。見て回るだけでも十分に楽しかった。
「アンナ、何か欲しいものはないか?」
「え? 別にいいよ。こうしてリーベルトと過ごしているだけで楽しいし」
そう返すと、リーベルトがまた目を見開いて口を噤む。
どうかしたのだろうか。
そう思っていた時に、ふと薬屋が目に入った。
「あ、リーベルト、あそこ行きたい」
店内には様々な薬が置かれている。
単純に傷を癒す薬から、魔法力を回復させるもの、麻痺を取り除くものから石化の呪いを解くものまで――あたしは夢中になって店内を見回した。
「すごいすごい、やっぱり王都には色々な薬があるんだね」
「アンナの村では珍しいのか?」
「あたしたちは魔法で治しちゃうことが多いからさ。でもいざという時にはやっぱり薬がないと」
手元にある小瓶を取ってみると、美しく加工された硝子の中で桃色の液体が揺蕩っている。
これは何の薬だろう――そう不思議に思っていると、リーベルトが背後に立った。
「その薬が欲しいのか」
「え? いや、なんか綺麗だなと思って――これ、何?」
「媚薬だ」
「……は、え?」
リーベルトの言葉の意味に気付いて、あたしは慌てて棚に小瓶を戻す。
その様子がおかしかったのか、リーベルトは口元を押さえながら肩を震わせていた。
「アンナ、買ってやろうか」
「いや、違うし! そういうんじゃないし!」
結局、最近王都で流行っているという香り袋だけ買ってもらい、あたしたちは店を出る。
最初はどうなることかと思ったリーベルトとの時間は、思った以上に楽しくてあっという間だった。
そして、そろそろ王宮に戻ろうかと思ったあたしたちの耳に、悲鳴と叫び声が届く。
「――魔物だ!!」
その言葉を聞いた瞬間、リーベルトが声の方向へと駆け出した。あたしも瞬時にリーベルトを追う――が、履き慣れない靴のせいでよろめいてしまう。
そんなあたしをちらりと見たリーベルトが「アンナは待っていろ!」と鋭く言い放った。
その間にもリーベルトの背中はどんどん小さくなっていく。あたしは靴を脱ぎ、裸足になってそのあとを追いかけた。
魔物――それは、あたしたちが今住んでいるこの世界とは別の世界から訪れるものたちの総称だ。
その形状は様々だが、共通しているのはあたしたち人間を襲うというところにある。魔物が現れたら早急に倒さなければ様々な被害が出てしまうのだ。
あたしも魔物が現れた場面には何度も遭遇してきた。大切なひとを喪って泣き叫ぶ人々の姿が目に焼き付いている――そんな悲劇をもたらさないためにも、あたしたちは日々魔法の研鑽に励んでいる。
長く続く大通りの角を曲がったあたしの視界に飛び込んできたのは――巨大な魔物の前に一人で立つリーベルトの姿だった。
見た限り、怪我人は出ていなさそうだ。退避した人々が路地裏からその様子を恐る恐る見つめている。
「リーベルト……!」
一歩踏み出そうとしたあたしの腕を誰かが掴んで引き戻した。
思わず睨み付けると、そこには神妙な顔をした男の人がいる。
「お嬢さん、危ないからここにいるんだ」
「何言ってるの、リーベルト一人じゃいくらなんでも……」
「いや、騎士団長は大丈夫――ほら」
瞬間、獣の咆哮があたしの鼓膜に突き刺さった。
振り返ると、崩れ落ちる魔物と――いつの間にか抜いた剣を天高く掲げるリーベルト。
そう、それは一瞬の出来事だった。
「騎士団長リーベルト様、万歳!」
どこからか声が湧く。我に返ったあたしは慌ててリーベルトに駆け寄った。
「リーベルト、大丈夫?」
振り向いたリーベルトの目付きは殺気に満ちていたが、あたしの姿を確認した瞬間ふっと和らぐ。
「――アンナ、待っていろと言ったのに」
その瞬間――リーベルトの背後の魔物がぴくりと動いた。
リーベルトの纏う空気が再度戦場のものへと切り替わる。
しかし、リーベルトの剣が再度振るわれることはなかった。
――ゴォっ!!
魔物の全身が瞬時に赤い炎に包まれる。断末魔の叫び声を上げながら、今度こそ魔物はその生命を手放した。
「リーベルト、大丈夫?」
指先から上がる小さな煙を吹き消して、もう一度問う。
すると、リーベルトは驚いたようにあたしの顔を見た。
「――今の魔法、アンナが?」
「まぁね。それにしても、リーベルトって本当に強いんだね。びっくりしちゃった」
「……あの魔法を撃ったあとで、それを言うか」
リーベルトが小さく苦笑いを浮かべる。
そして、ふとあたしの足元に視線を落とした。
「……足、怪我している」
「え? ――あぁ、歩きづらかったからね」
怪我といっても、擦り傷くらいのものだ。
それでも、リーベルトは腰から小さな回復薬を取り出し、優しく降りかけてくれた。傷と共に慣れない靴で蓄積した疲労も消えて行くようだ。
放っておけば治るのに――そう思っていると、リーベルトが「一軒、寄りたい場所がある」と言った。
案内されたその店は靴屋だった。
様々な形状の靴たちが、それぞれの輝きを放ちながら並べられている。
「どれでも好きなものを選ぶといい」
「えっ、悪いからいいよ」
「俺が君にプレゼントしたいんだ。選んでくれ」
そんなことを言われても、靴なんて丈夫で歩きやすければ良かった。うーん……と頭を悩ませていると、品の良さそうな店主のおじいさんが近付いてくる。
「お嬢さまはどんな靴がお好きですか?」
「……わかんないけど、歩きやすいやつ」
「成る程。好きな色はございますか?」
特にない。困ってちらりと顔を上げたところで、リーベルトと目が合った。
その瞬間、その瞳の色に「あ」と声を上げる。
「この――リーベルトの瞳の色は好き」
すると、リーベルトが驚いたような顔をしてから、「何を……!」と視線を逸らした。
――あれ、もしかして照れた?
あれあれ? と面白がってリーベルトの顔を覗き込もうとしていると、おじいさんが「それでは、こちらはいかがでしょう」と靴を持って戻ってくる。
差し出されたのは、丸みを帯びた上品な形の靴だった。
蒼く光る素材で丁寧に編み込まれたその靴の先端にはきらきらと輝く石が散りばめられている。なにより靴底が平坦で、とても歩きやすそうだ。
おじいさんに促されて履いてみると、肌に吸い付くように柔らかい。
立ち上がってくるりとターンしてみせると、リーベルトが頷いた。
「気に入ったか」
「うん、動きやすいし、いいかも! でもこれ、高いんじゃない?」
「それは気にしなくて良い――よく似合っている」
そう言って、リーベルトが穏やかに微笑む。
その笑顔を見て、あたしは何だか胸が締め付けられるような気分になった。
――あぁ、このひとはこんな顔で笑うんだな。
リーベルトがプレゼントしてくれた靴に履き替えて、店を出る。外はすっかり暗くなっていた。
「ありがとう、リーベルト。すごく楽しかった」
「それは良かった。魔物の討伐にまで付き合わせてしまって、悪かったな」
「うぅん――王都のすごくいい思い出になったよ」
歩きながらそう伝えると、リーベルトがちらりとこちらを見る。
「……それは良かった」
もう一度、リーベルトが言った。
楽しかった一日が終わる。
あたしたちは、それからあまり話さないまま、王宮まで歩いて帰った。
***
「――あぁ、懐かしいな」
誰に言うでもなく、あたしは口を開く。
「あの時、リーベルトに言えば良かった。『また逢おうね』って」
けたたましい咆哮が響いた先にあたしが指を向けると、轟音と共に赤黒い炎が燃え上がった。
「それか、もう一回くらい、王都に行けば良かったな」
その音をかき消すように、複数の叫び声がこだまする。
もう一度腕を上げようとしたところで――身体が動かなくなっていることに気付き、あたしは笑った。
――正確には、もう笑えなくなっていたから、心の中だけで微笑む。
全身に力が入らず、あたしは大地に膝をついた。
『――もう、逢えないかな』
言葉すら紡げないまま、あたしは目に映る光景をただ眺めている。
前方にはこちらに少しずつにじり寄る魔物の群れが在った。
その襲来は突然だった。
森の中に隠れていた魔物たちが、一斉に村に攻めてきたのだ。あたしたちは全員で応戦したが、一団を撃退してもまた次の一団がやってくる。度重なる攻撃と数に戦況はどんどん悪くなっていった。同盟先の王国に伝令を飛ばしたものの、いつ応援が来るかはわからない。
そんな状況下だったので、あたしは囮になることにした。
隠れ家でダミアンにだけその作戦を告げると、ダミアンは必死で反対してきた。族長の護衛役としてばあちゃんを守り切るべきではないのかと説得してきた。
――でも、それだとばあちゃん以外の皆を守れない。
残念ながらあたしはこの村で一番強い魔法使いだ。
皆が逃げる時間を稼げるのはあたしくらいのもんだ、そうでしょ――そう揶揄うように言ったあたしを、ダミアンが悲しみに満ちた眼差しで見つめる。
――ばか、リーダーがそんな顔しちゃだめでしょ。
そして、大切にしていたあの靴をダミアンに手渡した。
――これ、あたしの宝物。
頼むから、大切に持っておいてよ。あたし、もう一回この靴を履いて王都に行かなきゃいけないんだ。
だから――早く行って。あたしも逃げ切れそうなタイミングで、ちゃんと追いかけるからさ。
そこからの記憶は曖昧だ。
とにかく撃って、撃って、撃って、撃ちまくった。
魔物たちは良い油ででもできているのか、あたしの炎で激しくよく燃える。
あまりの勢いに、怯む様子の魔物さえ出てきた。
――それでも、多勢に無勢とはよく言ったものだ。
底なしだと思っていた魔力も、いつかは尽きる。
その上、背後から近付いてきた魔物に毒針を喰らい、燃えカスを量産してきたあたしの目にも死の存在が色濃く見えてきた。
全身が痺れてきて、両膝を付いたまま立ち上がれなくなったあたしは、静かに最期の時を待つ。
魔物たちが厭らしい笑みを浮かべながら、あたしを屠ろうと近付いてきていた。
一陣の風が吹いて、ふわりと優しい香りがする。そういえば、あの時リーベルトに買ってもらった香り袋を胸元に忍ばせたままだった。
そうだ――この香りに包まれて逝けるなら、それも悪くない。
最後に見たリーベルトの穏やかな蒼色の瞳を思い出しながら、あたしは静かに目を閉じた。
――遠くから、馬の駆ける音が聴こえてくる。
覚悟していた痛みが訪れず、あたしは戸惑いながら目を開けた。
すると、目の前の魔物たちの群れに――立ちはだかる男が一人。
風が吹いた。穏やかな香りと共に、蒼いマントが翻る。
『――あぁ、来たな』
心の中で、そう呟いた。
「――アンナ、よく頑張ったな。あとは俺に任せろ」
目の前の背中から、強烈な殺意が迸る。
あたしは安心して全身の力を手放した。
***
「本当にアンナが生きてて良かった……!」
王宮の一室で、ダミアンが目を潤ませて言う。
あいかわらず泣き虫なリーダーだ。だからこそ、信用できるというのもあるけれど。
ダミアンから聞いた話によると、どうやら森の奥地に魔物の巣が発生してしまっていたらしい。
最終的にはリーベルトとそのあとに駆け付けた王国騎士団の働きにより、巣は壊滅したそうだ。ただあそこで早期に食い止めていなければ王都や他の街にも被害が波及していた可能性があったらしく、ばあちゃんからもお手柄だったと褒められた。
「――あ、そういえば預かってたこれ、返すよ。宝物なんだろ?」
そう言ってダミアンが蒼い靴を差し出す。
あたしはベッドの中で座ったまま「ありがとう」と受取り、念入りに靴の状態を確認した。良かった、傷ひとつない。これなら王都滞在中に履くことができそうだ。
「ちなみにアンナ、具合はどうだい? 毒を喰らったと聞いたが」
「あぁ、ばあちゃん、別に何ともないよ」
「ふむ……それならいいが」
すると、室内にノックの音が響いた。
ドアを開けたダミアンが「あ、この度はどうも!」と応対しているのを見て、あたしは来訪者の正体に気付く。
「身体の調子はどうだ」
「お蔭さまでだいぶ良くなってきたよ。助けてくれてありがとう、リーベルト」
そう――ベッドの傍らにはリーベルトが座っていた。
ダミアンとばあちゃんはリーベルトが見舞いで持ってきた花束と共に、メイドさんたちとどこかに行ってしまった。
リーベルトが静かな眼差しであたしを見る。
ふと、手が伸びてあたしの頭に優しく触れた。
ぽんぽんと撫でるようなその手付きに、あたしはなんだか恥ずかしくなって「何?」と笑う。
「いや――アンナが無事で本当に良かった」
蒼い瞳が穏やかに細められた。その笑顔を見ながら、ふと思い出す。
そうだ――このひとはこんな顔で笑うんだった。
そして、あたしはずっと気になっていたことを口にする。
「ねぇ、リーベルト」
「何だ」
「あのさ――気絶していたあたしに解毒薬飲ませてくれたの、リーベルトだよね?」
「……ん……?」
リーベルトの顔が見る見る内に赤く染まった。
「――アンナ」
「うん?」
「いや……君はあの時、意識があったのか?」
――やっぱり。
リーベルトの反応を見て、あたしは確信する。
おかしいと思ったのだ。確かにあたしはあの時魔物に毒針を喰らっていた。
最後の方は指さえ持ち上げることができない状態だったにも関わらず、今はぴんぴんしている。
そして――意識が朦朧とする中、あの蒼い瞳が自分を捉えていたことを思い出したのだ。
あの状況で自分の力で解毒薬を飲むのは難しい。
だから、リーベルトがあたしに飲ませてくれたのだろう――恐らく口移しで。
「うん、あれあたしのファーストキスだから、責任取ってね」
「!!」
リーベルトが戸惑う様子が面白くて、あたしはつい笑ってしまった。
内心、リーベルトじゃなかったらどうしようかと不安だったことは教えてあげない。
「ねぇ、今度はエスコートじゃなくて、デートしようよ。リーベルトが買ってくれたこの靴、履いていくからさ」
あたしの腕の中の蒼い靴が光を反射してきらきらと輝いた。
(了)
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
普段は純文学系の作品を書いているのですが、実は私騎士が大好きなんです……!
そんなわけで、書き慣れないながらもチャレンジだ! と構想を練ってはみたものの、なかなかまとまらず……(´・ω・`)
最終的にこのふたりの物語に落ち着くまで、様々な回り道をしてしまいました。
今はただ、何とか書き上げることができてほっとしております(´ω`*)
騎士好きなみなさまのハートにすこしでも刺さる作品になっておりますように!
お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。