理(コトワリ)
限界だ・・・。肉体が持たない。一気に吹き飛ばされた。
頭領の力の暴走は余りにも強力過ぎた。
一気に噴出したその力は速さと力だけの数の応酬
大量のエネルギーの打ち付け。
力を借りたシーにまで莫大な負担がかかってしまって
ボロボロになってしまっている。
剣は砕け散り体も元の通り別れてしまった。
今の俺では・・・。
「大丈夫かよあんちゃん達!」
「ワシらで担ぐぞ!」
・・・逃げろよ。ここに居ちゃあいかんよ。
もう駄目なんだ。俺では・・・。
「・・・く・・るな。 はや・・・く、に・・・げ」
「もう休め。お主はようやった。」
皆が止まった。 その声、その姿。
ここに居ないはずのその存在。
紫と白に染まる着物を着た鬼灯の姫、琴音の姿。
「転生はもちろん、通常の魂の流転ももう必要ない。この街が、お主たちが、そしてお前が死ぬのは見るに堪えんよ。」
それは・・・ダメだ。やるな、それだけは・・・。
「妾の魂を、この存在を今に全て懸ける。この存在、消滅しようとも構わん!」
ハッキリと俺の目には見える。
琴音の魂の輝きが。力が。
そして、それが自らの存在を燃やし
犠牲にして得ていることも。
「鬼仙術、戦鬼招来っ!」
瞬にして人の面影なくなったその娘は
鬼道を込めた拳にて頭領との打ち合いを始めた。
「ガアァアァァァァァァ」
頭領が咆哮を上げ琴音と打ち合うと
黒いオーラが噴出。噴出したオーラが人の形を取り
俺たちを襲おうとしてくる。が、横より走り来た影に薙ぎさられて消え去る。
「任せなさい。」
そこには人の形に戻りフードを被りなおしたシーがいた。
紫のオーラを噴出しながら紫色の大剣を顕現させていた。
「紫電龍。」
言葉を紡ぎ大剣を薙ぐと紫電にて象られた
龍が走り頭領のオーラを薙ぎ払う。
「あんたは休んで。」
琴音の力はすさまじかった。
拳に込められた一撃一撃がさっきの俺に
匹敵するほどの威力をもっていた。
だが、それは自身の完全な消滅と引き換えにした
今、この一時のみの儚き力・・・。
俺は・・・。
そうだ。何時もだ。
本当に必要な時に力が使えない。
また、失うんだ、大切なものを。
心が、痛い。
嫌だ。
「・・・嫌だ。」
琴音の魂が燃えるのが見える。
鬼道術で使う力を魂の根源にまで取り込み
自らをも燃やし失った肉体と極限の力を得ている。
シーも俺たちを守ろうとガタガタの自分に鞭打って
力を振るっている。
やるせなさが
悲しみが
自身への怒りが
深さを増す。
ああ、俺はこんなにも感情的になれたんだな。
自分に感情がある事をずっと忘れていた気がする。
力を手にしてから、護人としての役割を担ってから、
自身がより強大な力を手にするようになってから
薄れていった・・・人故の感情、喜怒哀楽。
自らを、意識を希薄させる己の力を封じても
すべてを取り戻す事は叶わなかった・・・。
そうだよ、俺は感情的だった。本当は感情的だった。
自身を見ないようにしていた。役割の為に気付かないようにしていただけで本当はいつも感情的だった。
だからこそ琴音の死も悲しかった、苦しかった、悔しかったんだ。
ただ、自覚しないように、我らが制約を守るため
自らを意図的に意識していなかっただけ。
湧き出す想いが、嬉しく、悲しく。
ああ、俺は、こんなにも、人だったんだ。
俺に世界の闇が集まりだす。
人が、生き物が持つ負の感情。世界のマイナスたる闇。
「っ!やめなさいっ! 今のあなたでは耐えられないっ!」
シーが叫んだが聞き入れるつもりはない。
「・・・気に入らねえ。・・・気に入らねえんだよっ。」
どうなろうとかまわない。このまま・・・。
―――諦めないで。―――
―――恐れないで。―――
―――大切なのは、想いなのよ。―――
「・・・。琴音の存在が滅ぶくらいなら、彼奴が大切にしていたこの地が滅ぶならこの身なんぞどうでもいい。滅ぶと言うなら俺の全てを掛ける!」
魂の欠損が、偽りの身体が力を支えきれずとも構わない。
右手に集まった力が刀を形取り、それを掴み掲げる。
「禁も、この身も関係無し。守れぬならば意味は無し。魂焼けども構いはせぬ。想い集うは、黒き御霊に。」
集った世界の闇が自身の外套を黒く型取り
刀は変質し再び大きな大剣へとなるが
すぐに収縮して刀の形を取る。
すると全身の黒色が反転するかの如く
白色へと一斉に変わる。
「身に戻りて宿りしは、」
全身の白へ無数の紅色の流れの紋様が現れる。
「”現世”ノ、示スハ”紅楼”、纏ラウテ。」
―――決して、わすれないで。―――
悲しみは、怒りは、優しき思いより来たり。
其れ即ち、慈しむべき人の心。
負を集めしこの現世の魔、集まるそれは優しさ故に。
反転成るは想いの故に。
「・・・手にするは、現世に微睡う幾多の想い。流れし紅は・・・誓いと、想いと・・・。」
流れるように、そして目にもとまらぬ速さで頭領に迫る。
力強く、しかし優しくなでるように頭領の纏いを斬る。
魔族も、人とは変わらない。
手にしたのならば、導かなければならない。
それは本来、個が至ってはならない領域。
至ったのならば、終わりへと。
それが、我らが理。力の護人に定められた役割の一つ。
私は頭領へ反撃を許さぬほどのスピードで急接近する。
相手の攻撃をかく乱するかの如く避けながら力を奪うように撫で斬っていった。
斬り裂いたら裂いただけ剣先から紅の花びらが噴き出す。
更に噴き出した花びら一枚一枚が意志を持つように舞い
頭領の力を薙ぎ切り吸っていく。
頭領から噴き出すエネルギーも、攻撃もすべていなし力を奪い取る。
他の者を寄せ付けず、私一人ですべてを受け持つ思いで剝いでいく。
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「・・・これが、彼奴なのじゃな?」
琴音の問いにシーは答える。
「アイツはいつも一人傷付いていく。今回も同じよ。身も心ももうボロボロ。それでも護人の理と自分の想いの狭間で悩み続けているの。」
シーは斬り結び続けるゼロの方を向いたまま続ける。
「我らが護人が行うべくは災厄の清め以外にはあらず、現世への干渉決して無き事。人の世は人の手により定めし物、我らが力は人の物にあらず。我らが力、異形の化生也。それが私たち護人の集いの理なのよ。」
行き過ぎた個の力は人の世を壊す。故に力だけでなく
存在そのものを隠してきたのが護人の家系だった。
彼が手にしていた綴魔もその秘匿しなければならない一つだ。
「我らの本来の身姿への戻り、交わる紅は彼に注がれし想い・・・。」
「想い、のう・・・。」
二人は共に、ただ見ているしかなかった。
彼から流れる想いが、とても強い意志が感じとれてしまったから。
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少しずつ、そして確実に頭領を覆っていたエネルギーを削っていった。
同時に少しづつ滲みだしていた。
頭領の想い。
自らの理に至った訳を。
守れなかった者を。
討つと定めた相手を。
紅が舞う毎に私に滲んでくる。
『・・・何故逃げろというのだ!?』
『お前に代わりに死ねと言えと!?』
『人族との争いの道具にした奴は好かん。だがお前を失うなどもってのほかだ!!』
『ならば・・・、ならばせめて、我らが仲間は・・・。今は無理でも、いつの日にかは・・・』
『我らを駒にした、糧として消費した奴に報いを・・・!』
「・・・。」
気付けば俺は手を止めていた。
「・・・互いに理を違えた、ただそれだけだ。私も、お前も、根本は同じだ。」
共にただ、大切な者を、者達を助けたかっただけ。
「・・・だから何だと言うのだ。俺は何も守れず、一矢報いる事すらできん。」
俺が奪われた力をある程度削いだことにより
頭領の正気も戻ったようだ。
だが同時に気付いていた、俺と頭領との力の差に。
俺が持つ本質、魂の強さに。
俺は血染め桜を身体へと収束させる。
更に現世と花びらを溶かし合わせ、白銀の大太刀へと変化させる。
「全てを懸けよ、魔族の英雄。我が理とお前の理、互いの力にて雌雄を決しようぞ。互いの我を通す、ただそれだけ。」
そう言って俺は大太刀を振り上げた。
「我らは護人、力の護人なり。我らが理によって審判を下す。」
「最後まで・・・最後まで足掻くだけよ!」
頭領は叫び、士魂喰を突きの形で繰り出してきた。
それに対し俺は・・・。
「形無し、斬!」
上段からすべての力を籠め、振り下ろす。
ただの力の応酬。白銀と紅のオーラが大太刀から吹き上がる。
互いの刃が交わる。とてつもない轟音と共に
士魂喰は力を喰らい、現世はただ力を発して叩きつける。
「・・・。」
「うおおぉぉぉぉぉ!」
頭領の身体に変化が現われる。
身は肉が暴れるかの如く膨れ上がり血を吹き出し始め
手先から少しづつ消失していく。
しかしその眼、決して覇気が衰えることは無い。
だが、流れ込む想いからは既に結末を悟っていたのがわかった。
「・・・すまない。こ・・・こま・・でだ、マキト・・・。」
遂には士魂喰にもヒビが入り、体の崩壊は一気に加速する。
「・・そ・・・うか。お前が・・・。」
・・・・。
後には何も残らない。
俺は力を抜き白い外套を消すと現世を元の状態、綴魔に戻し虚空へと返した。
攻めてきた魔族はすべて死に絶えていた。
「終わったのう・・・。」
琴音はゼロの後ろに立って言う。
「ああ・・・。」
街も西側は全壊状態、とは言え幸いにも他は無事だった。
「まあ、建屋が壊れた程度ならそのうち元に戻るじゃろな。幸いにも人は無事ぞ。」
「ああ・・・。なんとかな・・・。」
「・・・すまなかった。そしてありがとう、日ノ本の英雄よ。」
俺は声をした方をバッと振り返った。
しかし、そこにはもう、誰も居ない。
彼女が居たと言う残り香があるだけ。
「・・・さらば、・・・おさらばだ、琴音。」
嗚呼、そうだ。全てが、終わったんだ。
「・・・ウッ・・。」
俺は身体中の痛みに耐えきれず膝をつくと盛大に咳込み吐血した。
もう、持たない・・・。
「・・・帰ろう。」
「・・・ええ、お休みなさい。」
少し離れた場所に居た冒険者たちが駆け寄ってくるのを待つことなく
シーの形を借りてその場を離れた。
「さ・・・い・・ご・・・・・・に、封印を・・・・。彼女の部屋を・・・ムラサメの封で・・・・。」
「転移門がある部屋ね、わかったわ。」
「後・・・しょ・・・りを・・頼む。」