今年の漢字に納得できなかったので、死に戻りして改変してみた
明日の12月12日に今年の漢字が発表される。そう思うと、夜中だというのに緊張で全く眠れなかった。俺は一人、ベッドの上で何度も寝返りを打つ。
気に入らない今年の漢字だったらどうする。一度発表されてしまえば、どれだけ文句を言っても変わる事はない。
「......」
納得のできない今年の漢字が発表されるというのはつまり、2023年の顔に泥を塗ることを意味する。2023年にどれだけ良いことがあっても、今年の漢字がダメなら全部が終わりなのだ。
もしも納得できない今年の漢字だったら、せめてテレビの前で思い切り……それこそ喉から血が出るほど文句を言ってやろうじゃないか……
それが唯一。一般市民の俺に……できる……抵抗……だ……
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「......」
どこからか聞こえる大きな音に起こされ、俺はまどろみから目覚める。
どうやら眠ってしまったらしい。俺はもやのかかった頭を必死に覚醒させながら、その音のした方を向く。そこにはつきっぱなしのテレビがあった。
『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。
テレビから、アナウンサーの声が響く。画面にはいかにも和尚様といった坊主の男の背中が写っており、大きな筆を持ち、真っ白な色紙へと向き合っていた。
どうやら寝ている間に、今年の漢字を発表する時刻になったようだ。
俺は急いで跳ね起き、ベットに腰掛け、固唾を飲んでテレビ画面を見守る。
ここに今年の漢字が書かれた瞬間、2023年の運命が決する。さあ、俺の満足のいく今年の漢字を発表してくれ。
『……』
そう願うのとほぼ同時、筆を持った男は一気に漢字を書き上げた。
『税』の一文字が書かれる。続いて中継をしていたアナウンサーの解説が入った。
『インボイス制度など税に関する議論や変更が活発に行われていたことが理由でこの漢字となりました』
「......」
俺は無言のまま深呼吸した。そして叫ぶ。
「つまんねえ!!! 平凡すぎるだろ!!!」
全く工夫のない、税が上がりましたねという事実以外を読み取れない漢字に思わず俺は叫んだ。誰でも思いつくような、微妙としか言いようのない漢字。
そんな今年の漢字にキレまくった。俺は頭がおかしいのであった。
「......」
これで間違いなく、2023年という年そのものに泥を塗られた。憂鬱としか言いようがない。俺は体の力が全て抜け落ち、勢いよくベッドに飛び乗り寝転がった。
ゴガンッ!
その瞬間、頭に信じられないほどの衝撃が走る。
「ヴッ!」
ベッドの出っ張った部分に頭をぶつけたらしい。痛みに悶えそうになる。しかし、体がなぜか動かなかった。意識が遠くなる。眠りではない。意識が消えていく感覚。頭からポタポタと大事なものが抜け落ちていくのを感じる。
「......」
そして、意識が消えた。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。
テレビから、アナウンサーの声が響く。
「はっ!!!」
テレビの音に起こされて、俺は勢いよくベッドから飛び起きた。
「......」
無意識に後頭部をさする。痛みも傷も、なにもない。
「......嫌な夢だ」
今年の漢字に関する悪夢を見るなんて、いよいよ頭がおかしい。
俺は自分自身に苦笑する。苦々しい思いを抱えたまま、俺はもうすぐ発表される今年の漢字へと意識を集中させた。
「......」
そして時刻となり、坊主の手によって今年の漢字が書かれる。
『今年の漢字は『人』です』
次にアナウンサーの解説が入れられた。
『コロナが下火となり、再び人と人とが手を取り合おうという想いからこの漢字となりました』
俺は大きく深呼吸し。そして叫ぶ。
「感情論に! 流され過ぎだろ!! もっと現実を見ろ!!!」
頭お花畑で「手を取り合いましょう」なんて言ってられる一年じゃなかったはずだが? なぜそれがわからない?
その場でジタバタと暴れ、体力を使い果たした俺はテレビのリモコンを手に取り、電源を切った。
重い足取りで安い賃貸の部屋から出る。部屋の中にいては、今年の漢字のつまらなさに殺される。僕は荒い足取りで階段を降り一階へと向かう。
ガコン!!!
体が一瞬無重力になり、そして視界がぐちゃぐちゃになる。体全体に鈍い痛みが断続して突き刺さる。階段を全て落ち切った俺は地面へと叩きつけられ、一切動かない体でうめき声を上げることしかできなかった。
そうして、意識が消えていく。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。
テレビから、アナウンサーの声が響く。俺は勢いよくベッドから起き上がった。
「......まさか」
まさか、時間が戻っているのか?
「おいおい、マジかよ」
『死に戻りの力』だ。間違いない。漫画とかで見たやつだ。思わず身体中が震える。すごい力を手に入れた。最強の力を手に入れた。
つまり、これで納得のいく今年の漢字を、ずっとリセマラ出来る訳だ。すごい。死者を蘇らせるとか、時を止めるとか、そんな力よりもよっぽどすごい。
「……よし、来いよ」
テレビに向かってつぶやく。
「さあ来い、納得のいく今年の漢字よ、来いや!」
テレビに向かって叫ぶ。そして14:00になると同時、漢字が勢いよく書かれた。
『今年の漢字は、辱です』
『辱!!!??? 辱???!!!」
2023年が『辱』なことある?
思わず叫んだ。
アナウンサーが理由を読み上げる。
『理由は、今年は色々恥ずかしかったね、とのことです』
「理由ふわふわ〜〜!!!!!!」
俺は驚きのあまりズッコケ勢いよくベッドへと頭をぶつけた。意識が消えた。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。
テレビから、アナウンサーの声が響く。今年の漢字は、まだまっさらだ。
「……ちゃんとしたの頼むぞ」
段々死に戻りに慣れてきた。もはや雑念はない。良い今年の漢字に来てほしいという気持ちしかない。
そうして、今年の漢字が勢いよく書かれる。
『今年の漢字は爨です』
『なんだその漢字!!! 飯盒炊爨でしか見ないだろ!』
これ単体にどんな意味がこもっているのか誰も知らないだろ。すぐにアナウンサーが理由を説明する。
『えー、この漢字には『米を炊く』という意味があります。日本人が最も行った行為なので、この漢字となりました』
「......」
俺は勢いよく空気を吐き、そのまま息を止めた。
だんだんと意識がなくなる。空気吸いたい! でも、我慢だ! うっ! 我慢! 我慢! 我慢〜〜!!!
俺は意識を失った。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。テレビから、アナウンサーの声が響く。
『今度はちゃんと、普通に読める漢字にしろよ……』
そうやって固唾を飲んで見守る中、漢字が勢いよく書かれた。
『一です』
「シンプルだなおい」
久しぶりに叫ぶことなく、その漢字になった理由を待つ。理由によっては、認めてやらんこともない。
すぐにアナウンサーが口を開いた。
『えー、理由は『字を書くのがもう、面倒なんすよ』とのことです』
「馬鹿たれ!!! じゃあやめろよ!!!」
筆折れ! 俺は茹でた餅を手に取り、それを一切噛まずに飲み込んだ。喉に詰まり、すぐに息が止まる。お年寄りは気をつけよう!
俺は意識を失った。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。テレビから、アナウンサーの声が響く。
「次はちゃんと仕事しろよ!」
さあ、来い。そして勢いよく漢字が書かれる。
「配慮の慮か......」
これまた面白くない漢字に、体から力が抜ける。まったく、日本人らしい。
『今年の漢字は、慮です』
「おもんぱか! 単体で訓読みすることないだろ!」
気持ち悪すぎる。リセット! 俺は片栗粉と水をよくかき混ぜた。出来上がった液体はダイラタンシーと呼ばれており、優しく触ると液体だが、強い衝撃を与えれば与えるほど固体のように硬くなる性質を持つ。
「せやっ!!!!」
俺はその液体に勢いよく頭をぶつけた。
「ウッ!」
鉄のように固くなった片栗粉によって俺は意識を失った。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。テレビから、アナウンサーの声が響く。
「普通の読み方で頼むぞ……」
「また人??? 一回見たぞ!! 死に戻り失敗か?」
『今年の漢字は、人です』
「んちゅ! 海人以外で人を「んちゅ」と読むことないだろ!!!」
死に戻りだ! 俺はネットで『ウォーリーを探さないで』と検索し、それを視聴した。心臓が止まり、意識を失った。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。
テレビから、アナウンサーの声が響く。
「頼む! まともな漢字来てくれ!」
『今年の漢字は、便です』
「おい!!! うんこじゃねーか!!!」
『理由ですが、今年はAIなど便利な発明がたくさんなされてきたため便利の『便』となりました』
「関係ないわ!!! うんこを連想させるだろ!!!」
俺は小林製薬が発売した『スグシーヌD錠』を飲んだ。途端に心臓が止まる。
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『まもなく今年の漢字が発表されます』
時刻は13:59。テレビから、アナウンサーの声が響く。
「もういい加減にしてくれよ、無能坊主が......」
つぶやき、テレビに意識を集中させる。
「うわ!? こっち見るなよ!!!」
思わず叫ぶ。いや、というか。
「......えっ、なんで、こっち見てんの?」
「えっ? えっ?」
俺は意識を。
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「うわああああああああああ!!!!」
眠りから覚めた俺は、勢いよく起き上がった。テレビを見ると、今回はすでに今年の漢字が発表されていた
「なんだそのメルヘンな漢字は! 死に戻......いや......」
両手で自分の首を絞めようとした俺は、ふと背中に悪寒を感じた。
なんとなく、本当になんとなくだが、もう『死に戻りができなくなった』のだという予感があったのだ。
「......」
俺は慎重な足取りでアパートから出て行き、優しく階段を下る。そうして寝ぼけ眼で深呼吸した。