エピローグ
僅かに瞼が反応した。
そこは完全に光の世界だった。その色はどこか懐かしくも感じる、昼光色?確か寮のシーリングライトがそんな色だったな。なんて事を思い出していると、目に見えてるそれが寮にあったものと同じ光である事に気付いた。
ここ どこ だ?
意識はまだぼんやりしている。
視界も靄がかかったように良く見えない。
だが、耳だけは意外にもはっきりしている。
口や鼻に無数の管が刺さっていた。
「嘘だろ?...脳波が!」
「バイタルは?」
「脈拍、血圧共に正常値に...」
慌ただしくそんな声が聞こえた。
意識はまだ混濁としている。だけどなんとなく理解した。
戻ってきたんだ、と。
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次に目が覚めた時は、もう大部屋へと移されていた。目覚めた自分に気づいた看護師が慌てて誰かを呼んでいる。
しばらくすると、白衣をきたインテリイケメンメガネがやってきた。自分の担当医だろうか?
医者は声までイケメンだった。
そして自分に色々聞いてきた。
口は動かない。だから目の瞬きで返事をした。
名前、年齢、性別、仕事先、住所など。
「意識、記憶共にしっかりしてますね、良かった」
医者は若年性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血だと言った。あの日、仕事を無断欠勤した事を不審に思った派遣会社の社員がわざわざ部屋の様子を見にきてくれたのだ。そして、仰向けに寝たまま反応が無い自分を発見し、そのまま緊急搬送されたらしい。
「久々に若者の奇跡ってやつを見たような気がしましたよ。運ばれた時は正直言ってもう手遅れだと思いました。呼吸、脈拍共に停止、脳波反応もない」
「それが後になって全てが覚醒し、そして今は快調へと向かっている、あのまま死んだとしても、おかしくなかったんです」
クールなイケメンが熱く語るぐらいだから、相当ヤバかったんだろう。別に惚れやしないが。
ただ...
ただ自分の感覚は左半分がすっぽり抜けたような感じになっていた。試しに左目でイケメンを見てみる。やっぱりだ、イケメンの姿が真っ暗になる。
「ただ、さすがに後遺症は残ると思います。今の所検査の結果、左半身麻痺であると断定しました」
なるほど、確かに左は手も足も、顔さえも動かなかった。
「でも、それも今後の貴方のリハビリ次第です」
そう言うと医者は動く右手に握手を求めてきた。
「頑張りましょう」
自分は無言でイケメンの手を握り返す。
この男が相手ならどんな女も体を許すのだろうな。なんて事を考えていた。
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それから二週間ほど経った。
奇跡の生還を果たした事で病院内ではちょっとした有名人(と言っても医療スタッフの間だけ)になっていたが、リハビリによる回復速度も目を見張るものがあったと言う。
最初に顔の麻痺が徐々に抜けていき、何とか話せるまでにはなった。それからはひたすら体を動かすトレーニングをした。右は動くのでそれ程バランスを崩す事はなかった。そして二週間、今では松葉杖片手に院内をウロウロできるまでになった。イケメンメガネが信じられない、とか言っていた。
そして、いつもの大部屋に戻る時、入り口の横に並んだ入院患者の名前の一覧表。そこには何度見ても納得いかない自分の名前が書かれている。
秋野美冬。それが自分の名前だ。
年齢は23歳、女性、派遣社員、AAAカップ、当然ながら処女である。
秋なのか冬なのかよく分からないその名前は、見事に自分という人間を表していた。
女性のパンツを見るのが三度の飯より好きな女、なんて言う激レアな性癖のおかげで周りからは随分と気味悪がられた。おっぱいだってそうだ。かと言ってガチの同性愛者でもない。本気で興奮したくても最後に行き着く場所、つまりゴールがないような気がしたからだ。それにはっきりと誰かに言った事もない。これから先も言う事は無いだろう。それに、男に興味がない事もないのだ。あのイケメンメガネにならいくらでも抱かれても良いとさえ思った。まぁこんな体じゃアレも立たんだろうが。
さらに自分はまだ生理が来てない。
医者はホルモンのバランスが、などとか言っていたが、原因は未だ分かっていない。だからあの時、パンツ汚れる理由がすぐに思い当たらなかったのである。
そう、あの時、か。
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夜の病院は悪くない。
この病院は市街地から少し離れた郊外にあるので、夜になると窓から市街地の明かりがよく見える。
それを頬杖をつきながらしばらく眺めているのが習慣になっていた。
文明の明かり、あの世界になかったものをこうして眺める事で思い出に浸り、そして色々と考える。今の現状を踏まえた上で、あの経験が何だったのかを考えるのが割と楽しかった。
あれは、全部夢だったのだろうか?
...いや、答えは「NO」だ。
あの世界いた約一年、そのどれもを克明に覚えている。おっさん、ライカンさんの顔、心配性で色々面倒を見てくれた事。初めて見た女の遺体現場に生々しい残滓の汚れ。美味そうなカレーの臭い、カオスチックな街の匂い、あとうんこの臭い。
幼女達のパンチラ楽園、シャビーテさんのエロおっぱいにパンツ、一緒に暮らした日々、一生彼女を守ろうと思った事。矢に打たれて瀕死になった自分を見る悲しい泣き顔...。たとえその全てが嘘だと言われても、自分はけして首を縦に振る事は無いだろう。
そこまで考えてふと疑問が湧いた。
果たして、もう「自分」は死んでしまったのだろうか?
小さくかぶりを振る。
いや、きっと生きている。
何故なら、今この瞬間、自分は生きているから。
あの世界にいた「自分」が頑張ってくれたのだ。
だから、あの世界の「自分」もきっと生きているに違いない。そう思えば『罪悪感』が少し和らぐと言うものだろう。今頃はきっと喜んでいるに違いない。
その分、ここへ戻ってきた自分には絶望しかなかった。身寄りと呼べる者はいない。しがない派遣社員、ここを出ても待っているのは地獄の強制労働、苦痛の8時間にプラス残業。確認するのも怖い入院費用。最早あれだけのパンツ拝むことも一生ないだろう。働いて寝るだけの人生、なによりも....
自分を愛してくれる人達がここにはいなかった。
「ああ、死にたいなぁ」と頭で呟いて本当に死ねるのならどれほど楽だろうか。でも、それも結局はチートだ。あの世界で起こらな事がこの日本で起きるはずもない。
全部、元に戻っただけなのだ。
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病室は一カ月退院し、今、私は寮にあるパソコンの前にいる。もう後遺症の方は殆ど無くなっていた。
今の仕事は製造ライン工だ。流れてき部品にいくつかのパーツを入れ込み、電動ドライバーで固定し次へ流す。これの繰り返し。時間は恐ろしく長く感じるが、前ほど疲れないのが幸いだ。
それとあれからしばらく経って、自....私にも初潮と言うものがようやく来た。始まった理由はさっぱりだけど、何となくあの時、パンツについて色々と考えあぐねていた事が体に変化を与えていたのかもしれない。そういう訳でようやく女になろうとしているだから、いい加減「自分」は卒業し、「私」と名乗るようにした。ちょっとした前向きな変化なので自分を祝ってあげたい。あ、私だった...慣れないもんだ(笑)
そして、そういう気持ちの表れか、それともあべこべ過ぎて誰にも理解されないこんな人生に一矢報いる気になったのか、あの体験をネットで面白おかしく公開しようと考えたのだ。勿論、リアルもネットも他人が冷たい事は変わらない。だが、そんな事はどうでも良かった。あの時の記憶を克明に書き出し、ネット上に自分が書いたと言う痕跡が残せれば良いと思っただけだ。信じてくれだの、見てほしいだのと思う気持ちは無い。ちなみに大昔にネットの書き込みに「パンツが好きな女ですが、同じような趣味持ってる方いますか?(同性限定)」なんて書いたら「自分のパンツでも嗅いでオ⚪︎ってろブス」と言う辛辣な返事を頂いて思わず噴いた事もあったか...正直に言うと一回だけやった事があるが思った以上に興奮しなかった。誰の匂いかって言うのは割と大事である。
まぁそんな事はさておき、まずはタイトルを書かなきゃならんらしい。
私は特に何も考えずキーボード打った。
えーっと...
シャリーブの駐在兵だった時の話。
おわり