コピークローンと竜使い
冷たい星々の光が満ちる恒星間航宙を終え、巨大な構造物で組み上げられたその物体は逆噴射で速度を落とし、慣性モードに移行した。
【 起動デバイス 開始 】
航宙艦全体にプログラムが走り、冷凍睡眠状態の船員達に解凍剤が投与される。脈拍が回復し、体温に変化が起きると同時に、コールドスリープ・ケース内に満たされていた循環液が温められ次第に体温を上げていく。
「……うっ? ふぅ……着いたか、それとも隕石と衝突したか?」
【 ご冗談を。私が監視している限り、貴方達が寝ている間に衝突事故は発生しません 】
眼を覚ました船員の一人が開かれたケースから身を起こすと、脳内デバイスを経由して総括運用プログラム、通称【ローレライ】が抑揚を欠いた口調で答える。
「そうか……で、出発時と親会社は同じだろうな?」
【 当然です。私の起動中は大株主に変化は有りませんし、出発時と現在で目標惑星や事業の変更は有りません 】
彼の懸念は杞憂に終わり、それじゃ有給凍結も終わったのかとため息混じりにケースから出ると、直ぐ傍に置かれたケースから制服を手に取り、身に付け始める。
「……それじゃ、ローレライ。大株主の機嫌を損ねないようテラ・フォーミングに勤しもう」
【 了解です、司令官。全艦及び護衛船団と相互リンクを増幅させて、準作戦陣形を形成します 】
「オーケー、ローレライ。全人員が目覚めたら欠員を確認後、直ぐブリーフィングを始めるぞ」
【 了解です、司令官。欠員はゼロ、至急ブリーフィングを開始します。オペレーションルームにどうぞ】
歩きながら矢継ぎ早に言葉を交わし、司令官はそのままコールドスリープルームを出ると、停車している通路のカートに座ってブリーフィングルームへと移動する。
「……なあ、ローレライ。寝起きのコーヒーが飲みたいんだが……」
【 ブリーフィングルームにはティーサーバーが有りません。ブリーフィングが終わるまで辛抱して下さい 】
司令官はカートの上でローレライの返答を聞き、人使いが荒いと愚痴を溢した。
この時代、人類は宇宙を少しづつ開拓し、未開の惑星を生存可能な環境にテラフォーミングを繰り返しながら、次第に支配範囲を広げていった。その渦中に於いて、様々な有思考生命体と接触し、文明の混合を繰り返しながら侵略と覇権を成していく。
その過程で人類は、一つの惑星に攻略艦隊を派遣し、接触とテラフォーミングの可能性を調査する為、多数の降下ポットを地上へと送り込む。そして、その降下時の大気摩擦で発生する光輝く航跡は、地上で暮らす有文明生命体の多くに目撃され、吉凶の先触れかと心中をざわつかせたのである。
【 降下シーケンス、開始……降下ポット、及び地上派遣艦員は降下時の衝撃に備えてください 】
合成音声のアナウンスと共に、惑星開拓事業団の【セカンドアース・インダストリー】所属艦から、一基また一基と降下ポットが射出される。巨大な楔型の降下ポットは先端部を下に向け、大気を強引に切り裂きながら赤熱の光を放ち、次々と降下していく。
やがて大気圏を突破した降下ポットは、側面のエアブレーキ機構を展開して大気の抵抗で減速し、広大な海面に機体を映しながら徐々に高度を落とす。そしてもうもうと蒸気を上げながら着水すると、各々の降下ポットは洋上で連結していき、平行四辺形の巨大な浮遊構造体として機能を完了した。
「……降下ポットに脱落は無いか。それじゃ俺達も麗しの大気とご対面しよう」
地上派遣艦の指揮官、レイノルドはそう言うと自動着艦で浮遊構造体の上に降りた派遣艦から外に出て、未開の惑星に満ちる空気に触れた。
「……潮の匂いと、風の香りか。まあ、予め観測データでテラフォーミングの必要性は皆無、って知っちゃあいたが……」
明るい口調で彼はそう言うと、艦内から構造体に移送される搭載ドローンと有人作戦機を眺めながら、
「……出来れば、文明の存在しない惑星だと良いがな……」
そう寂しげに呟き、万が一想定される土着生命体との衝突が無い事を祈った。だが、そんな祈りは何者にも届かなかった。
「……レマリア、観測された流れ星の数は?」
ガチャガチャと身につけた鎧を鳴らしながら、端正な顔立ちの青年が連れの騎士に問い掛ける。
「はっ、その数……百二十……余り。そして、洋上に落下して水蒸気が上がり、やがてそこに見慣れぬ城郭が現れたと、報告が来ています」
「……遠視の術士を海岸線に配置しておいたのは、杞憂ではなかったか……」
星見の魔導師が先週の定例議会の壇上で、類を見ない悪星が天空を横切り、大陸を席巻した前大戦を遥かに上回る凶事が起きると大騒ぎを起こしたが、議会に出席した者の大半は真面目に受け取らなかった。しかし、一部の議会員は有事に備えて沿岸監視の任を、遠視術士に託していた。
「……俺はもう一度議会を召集する、お前は国内外に散らばっている連邦の兵士を、可能な限り呼び戻しておけ」
「……ユリウス様、また大きな戦さが起きるのでしょうか?」
「まだ、判らん……だが、何か嫌な予感がする。まあ、俺の勘が当たらない方が良いんだがな」
先の大戦を経て、多くの国々と連邦国家を樹立させたユリウス王は側近のレマリアにそう言うと、謁見室の扉の前に立った。
「……では、後程……」
「うむ、頼んだぞ……」
レマリアが扉を開けて王を促すと、彼は手短に答えながら謁見室へと踏み込んだ。それが全ての始まりになるとは、その時の誰もが思い描けなかった。
「なぁ、俺の再生回数って何回だい?」
【 登録ユーザーの再生数は、十三回です 】
浮遊構造体の射出カタパルト上で待機する最中、作戦機の保護カプセル内で代理執行者の培養脳核が呟く。彼等は自らのクローンに補助電子脳を装着し、不用な四肢と臓器の大半を切除して任務に臨む。無論、クローンの死は職務上良く有る事で、オリジナルの代理執行者はクローンを失っても評価点が下がるだけである。
「……少し多いな。相方はまだ七回だったろ」
【 協力ユーザーの再生数は、六回です 】
「あー、そうかい。まあ、死ななきゃどっちでもいいさ」
補助電子脳と手短に話しつつ、彼はやがて訪れる射出時の衝撃に備えてカプセル内の緩衝ゲルの比率を変え、推進バーニアを上下左右に動かして微調整しながら、その瞬間を待つ。
……キュンッ、と作戦機の関節が僅かに鳴り、身を屈めたまま脚部をカタパルトクローに固定されながら射出が始まる。強烈な加速Gで保護カプセルがぎりっと軋み、痛覚の無い脳核に捉えようの無い不安と予感が色彩を帯びながら流れ過ぎる。だが、カタパルトクローの拘束が唐突に外れ、作戦機は洋上を放たれた弾丸のように飛翔していく。無論、空力学的な翼を持たない作戦機は、背部バーニアと各所の補助バーニアで加速と姿勢制御を行いながらである。
【 監視対象地域到達まで、後二十秒 】
「ああ、了解した。ドローン共が到着するのは?」
【 到着後、三百秒後です 】
「けっ、奴等も俺と同じようにぶっ飛ばされて来りゃいいのさ」
【 ドローンは、カタパルトの射出加速に耐えられません 】
「使えんポンコツ共だな、ホントに」
補助電子脳と話しながら、クローンは真っ青な海と青空の境界を切り裂いて飛ぶ。凍結保存されて航宙艦に積まれ、作戦機に乗って死ぬまで働く。そして補助電子脳はデータリンクで情報を送信し、甦った際のバックアップを行う。オリジナルの代理執行者は報酬を得て、死んだクローンを再生産するだけだ。無論、クローンに死の概念は存在しない。死と言う名のスイッチが作動するまで働き、新たなクローンとして生まれ変わるまで何も感じない。バックアップデータに不要な死に際の記憶は残されず、有っても僅かなノイズとして再生時に記憶が若干歪むだけだ。
【 監視対象地域に到達、飛翔モードから臨戦モードに移行します 】
「はいはい、お仕事だろ判りましたって」
作戦機がバーニアを噴射して急停止、たったそれだけの動作で真下の海面が激しく沸騰し、洋上に爆風と化した水蒸気がもうもうと立ち上がる。
「臨戦態勢維持、ドローン共が来たらデータリンク開始……ついでに玉砕覚悟で有給申請するか」
【 登録語彙以外のコミュニケーションは、受け付けません 】
「ジョークを理解しろ、ポンコツめ」
悪態をつきながらクローンは会話を止め、作戦機の各部リンク状態を確認しながら神経伝達物質加速剤を注入し、脳の反射速度を規定値ぎりぎりまで上げる。たったそれだけで作戦機は通常の有人機を遥かに凌駕する反射速度を得て、航宙艦と同じ外殻で構成された表面装甲を赤熱させながら、瞬時に音速を突破した。
閣僚達と謁見室で会議を始めたユリウス王は、雷に似た轟音と共に何かが、王宮の上空を通過した衝撃で激しく身体を揺さぶられた。そんな速度で空を飛ぶ物は極めて限られていたが、匹敵する速さを誇る青竜と竜使いが脳裡に浮かんで消える。あのコンビはまだ、召集に応じていないのだ。
「ユリアス様っ!! お身体はご無事ですか!?」
「……大した事は無い。こんなもの、あの馬鹿と一頭に比べれば微風と同じだ」
駆け寄るレマリアに掌を向けながら、ユリアス王は動じぬ姿勢で応じる。だが、その胸中はけして楽観していなかった。彼の知覚外から一瞬で飛び去ったそれに、人の気配は僅かながら感じられた。だが、戴冠後も肌見放さず提げている愛剣【グラビティ】は、その時彼に危険を報せなかった。それが違和感として彼の中でふつふつと燻っていた。だが、そんな状況を一変させるだけの変化が向こうからやって来た。
「お困りかい、ユリアス坊っちゃん?」
「威力偵察終了……何だか砂糖細工の城みたいのが見えたな」
【 探査状況から推察、この地域は多数の文明中枢都市と衛星都市が存在しています 】
「じゃあ、戦術核使用はダメだな。虫か無脊椎生物なら一掃出来たのに」
流星のように大気との摩擦熱で外殻を赤く光らせながら、クローンの操る作戦機は大陸上を飛翔し、未開拓惑星の文明状況を把握する。その結果、テラフォーミングを妨害する原生生物との接触は無かったが、数段厄介な問題が新たに浮上する。
「一端戻って武装を組み直そうか……いや、こりゃヤバいな」
おどけた口調で作戦機を急停止させたクローンは、その場から垂直上昇を開始する。だが、その動きに合わせるかのように何かが追従して来たのだ。
「……推進剤、残り半分……くそっ、ちと使い過ぎたか」
クローンの呟きに補助電子脳は反応しなかったが、それは機能不全等ではなかった。
【 当機に飛翔体の急速接近を確認、回避行動推奨します 】
「……判ってるよ、んな事は……」
クローンの返答と同時に直下から急加速で近付く何かは、有ろう事か作戦機を追い越して上空で旋回し進路を塞ぐ。無論、作戦機も全バーニアを稼働させて急停止したが、その相手を目の当たりにしたクローンは、予想通りの展開に言葉を漏らした。
「……あー、そうかい……やる気じゃん?」
口の端から焔を燻らせ、作戦機より更に巨大な翼で羽ばたきながら、青い鱗に全身が覆われた竜が滞空している。そして、その長い首の根元に据えられた鞍の上で、一人の竜使いが作戦機を睨み付けていた。