アルセイン子爵(17)
町に必要な仕事を考え、領民を割り振った。領民すべての希望通りとはいかなかったが、誰ひとり不満の色を浮かべる者はいなかった。
役目を受け取った瞬間、領民たちの肩の力がそっと抜け、代わりに小さな決意が宿る。胸を張る者、袖を軽くまくり上げる者、家族に頷いて見せる者。町の空気が静かに変わり始めていた。
その後は、他の町から指導者が到着する日まで、官吏たちとの細かな調整が続いた。帳簿とにらめっこしながら動線を整え、食料の配分を見直し、各班の開始時刻や必要な道具の確認が繰り返される。
領館の中では音が絶えず、机に積み上げられた書類は昼を越えるたびに新しい層を築いていった。疲労が滲む眉の奥に、それでも良い町にするために努力を怠る者はいない。
そんな慌ただしい空気の中、とうとう町に指導者たちが姿を現した。
◇
「子爵様、指導者たちが町に到着しました」
報告の声が執務室に飛び込んできた。書類の束に向かっていた手を止めて顔を上げると、官吏が頬を紅潮させ、抑えきれない喜色を浮かべていた。
「そうですか。今、その方々はどちらに?」
「町の広場に集めております。すぐに仕事を始めていただきますか?」
「その前に、まず私がご挨拶しましょう」
領地を支えるために来てくれた人々へ、最初に感謝を伝えるのは町の長の務めだ。机の上に残った仕事を一旦脇へ寄せ、私は外套を整えて執務室を出た。
官吏を伴って広場へ急ぐと、ちょうど馬車の列が並んでいた。幌を揺らす風の音に混じって、遠路を来た者たちの疲労と緊張、そしてわずかな期待が漂っている。荷台には、見慣れない工具が積まれており、ここから始まる新しい動きが静かに息づいていた。
近づくにつれて、人垣の中に目を引く横顔がいくつも見えた。そのうちの一つに見覚えがあり、私は思わず足を止めた。
懐かしい顔だ。思い出という温度が胸にふわりと灯る。
「皆さん、よく来てくださいました」
穏やかな声で呼びかけると、指導者たちが一斉にこちらへ向き直る。次の瞬間、硬さの混じっていた彼らの表情がぱっと綻んだ。
遠くからの旅の疲れが、その笑顔で一気に吹き飛んだように見えた。
「おぉ……本当にリルじゃないか」
「まあ、久しぶりね。しっかりした顔になったわ」
「前より背が伸びたんじゃないか? 立派になったな」
何人もが口々に声をかけてくる。かつてお世話になった懐かしい温度が、次々と重なって押し寄せてくる。胸の奥がじんわりと温まり、緊張で固まっていた肩の力がすっと抜けていった。
「来てくださって、本当に助かります。私たちだけでは、町の復興には到底手が届きませんでした」
深く頭を下げると、指導者の一人が豪快に笑った。
「誰もいない町を復興するなんて話を聞いた時は、無茶にもほどがあると思ったが……よくぞここまで持ち直したな。見事だ!」
「リルちゃんが一生懸命やってるって噂を聞いたらさ、もうじっとしていられなくてね。来ないわけないでしょ」
「前は俺たちの仕事を手伝ってくれたな。今度は俺たちが返す番だ。何でも言え、力になる」
彼らの言葉ひとつひとつが、胸の奥までまっすぐ届いた。遠慮のない笑顔、気取らない励まし。まるで故郷の家に帰ってきたような温かさが広場の空気に満ちていく。
かつて、私は右も左も分からない中で、彼らの背中を追いながら働いた。その縁が今、こんな形で返ってくるなんて思いもしなかった。
大変な仕事だというのに、誰一人渋ることなく快く力を貸してくれる。その事実が、胸の奥をじんわり熱くする。
「来たからには全力でやらせてもらう。絶対にこの町を蘇らせてやるからな」
「この町をまた人が住める場所にしましょう」
「何でも言ってくれ。どんなことも成し遂げてやるからな!」
頼もしい言葉を聞いて勇気をもらった。
「では、仕事を始めてもらいます。詳しい話は官吏から聞いてください。皆さん、この町をよろしくお願いします」
私がそういうと、指導者たちは力強く頷いてくれた。すると、官吏たちが動き出し、指導者たちに説明を始めた。
広場は希望という活気に満ち溢れ、誰もが同じ方向に向かって進みだした。
◇
指導者たちが次々と町に集まり始めた日を境に、停滞していた時間がゆっくりと、だが確かな速度で動き出した。
作業場には新しい声が増え、領民たちは指導者に教わりながら、慣れない手つきで工具を握ったり、素材を運んだりしている。真剣なまなざしがあちこちに並び、町全体に「学ぶ」という熱が生まれていくのが分かった。
一方で、私たちの仕事も休む暇がない。指導者から渡された必要な道具と資材のリストは、まるで巻物のように長く、読み上げるだけで息が詰まりそうになるほどだった。官吏たちと机を囲み、予算書を広げては数字を追い、頭を抱え、また見直し……それでも必要なものは揃えなければならない。
手を汚した作業着のままあちこちに飛び回る領民、汗を拭いつつ在庫を確認する倉庫番、馬車で届く荷を次々と受け取る若者たち。その活気は、忙しさというより再生の奔流だった。
やがて職場ごとに必要な物資が揃い始め、指導は一気に本格化した。
指導者たちは、時に厳しく、時に丁寧に、しかし決して手を抜かずに技を教えていく。領民たちはその一言一句を逃すまいと耳を傾け、疲れた体をおして実践した。何度も失敗しては立ち上がり、指導者に褒められれば照れながら笑う。その繰り返しが、確かな技術となって根を張っていく。
そして、町は静かに息を吹き返し始めた。
朝になれば人々の出勤する足音が聞こえ、昼には作業の音が響き渡り、夕刻になるとほどよい疲れを背負った笑顔が帰路を歩く。
生きるための仕事を手に入れた領民たちは、昨日よりも少し明るい表情で、未来を語り始めていた。
かつて無人だった町が、今は確かな生活の音で満たされている。それは、ゆっくりと再生の鼓動を刻む、小さな町の新しい物語だ。
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