アルセイン子爵(4)
私の宣言にジルゼム様もトリスタン様も目を丸くした。しばらく静寂が降りていると、突然ジルゼム様が笑った。
「これは驚いた! 大した度胸があるみたいだな」
「ジルゼム様……笑いごとじゃないですよ。いいかい、リル……領地運営はとても難しい。しかも、スタンピードで滅ぼされた町を復興させるのは、色々と面倒ごとがあるんだ」
「トリスタン、そんなことをいうな。折角やる気になっているんだ、背中を押してあげるのがいいだろう」
「復興はとても大変なことです。そんなに簡単に言わないでください」
復興の大変さを身に沁みて理解しているトリスタン様の言葉が厳しくなるのは分かる。だけど、ジルゼム様の言葉は私の背中を押してくれた。
「分かってるって、厳しい事だとな。でも、やるって言っているんだ、背を押してやりたいと思うだろう?」
「それはそうですが……。苦労することは目に見えてます」
「その苦労は分かっているだろうさ。それでもやりたいって言っているんだ」
トリスタン様の心配する気持ちは痛いほど伝わって来る。だけど、苦労と分かっていても私はやってみたい。私の手で住処を追われた人たちに居場所を作ってあげたい。
すると、トリスタン様は真剣な顔で口を開く。
「リル……土地を治める領主になるという事は大変だ。そこに住む人たちの事だけじゃなく、周りの環境も考えて動かなくてはいけない。今まで経験してこなかった経験値が必要となる。生半可な気持ちじゃ無理だ」
「生半可な気持ちじゃありません。私は真剣です」
「……そうか。リルがその気持ちなら、もう何も言わない。自分が信じた道を行きなさい」
私が領主をやる事に難色を示していたトリスタン様が許してくれた。それが何よりも嬉しい。
「リルの決心、見届けさせてもらったぞ。元はと言えば、俺がリルをあの場に連れてきたせいだ。領地復興に手を貸そう」
「ほ、本当ですか!?」
「私も力を貸す」
「トリスタン様も!?」
この二人が力になってくれるなら、とても心強い。不安だった気持ちが一気に晴れた気がした。
「今頃王宮ではリルを正式なアルセイン子爵にしようと動いているはずだ。その間にリルに領主教育を施す」
「私もそれを考えていました。今のリルには知識が圧倒的に不足しています」
「教育に相応しい資料は俺の家に山ほどある。教育係をリルに付けて、ここで教育を施す。隙間時間が出来たら直々に領主に必要な知識を教えてやろう。トリスタンも暇があれば、俺の私邸に来てリルの面倒を見てやれ」
「もちろん、そのつもりです。私が知っている知識、リルに授けましょう」
そ、そこまでしてくれるなんて……私は恵まれている。期待をされたからには、出来る限りの努力をしないと。
「お二人の期待に応えられるよう、精一杯頑張らせてください」
「うむ。期待しているぞ」
「ここが頑張りどきだ」
二人の激励を受けて、私の意思は固まった。避けられない運命だとしたら、それを受け入れて前に進むだけだ。
◇
それから私はジルゼム様の私邸で領主教育を受ける事になった。ジルゼム様が派遣してくれた教育係はとても厳しい人で、多くの知識を短期間で教えようとしてくれた。
そうじゃないと間に合わないらしく、連日遅くまで詰め込み教育が続けられた。その教育とは別にジルゼム様やトリスタン様が直々に領主に必要な事を丁寧に教えてくれる。
私は二人の期待に応えるため、勉強を頑張った。始めはよく理解出来ない部分が多かったけど、時間をかければかけるほど理解が深まっていった。理解が進むと大変だった勉強が少し楽しくなってきた。
そんな私の様子を見て教育係は手ごたえを感じ、さらに勉強を厳しくしてきた。もちろん、ジルゼム様もトリスタン様も私の気配を察し、より専門的に必要な事を教えてくれた。
そんな日々を過ごしていたある日、トリスタン様の所に王宮から使いが来る。それは私の叙爵の件だった。
こちらの意見などまるで聞かず、叙爵の日時を勝手に告げて帰っていったらしい。しかも、その叙爵がひと月後という、異例の早さで行われることとなった。
王宮としてはスタンピードで滅んだ筈の貴族の血筋が見つかったのだから、早い所復興に手をかけて欲しいという考えらしい。そして、復興した後の税収にも期待しているようだ。
私は領主教育の合間、最低限の礼儀作法に加え、衣装を見繕ったりして慌ただしい日々を過ごしていた。そんな日々もあっという間に過ぎ去り、とうとう叙爵式の日がやってきた。
私は、王城の控えの間で最後の支度を整えていた。
身に纏うのは、青銀のドレス。トリスタン様が手配してくれた仕立ての良いもので、体にぴったりと合いながらも動きやすく、気品を感じさせる一着だった。
髪も丁寧に結い上げられ、煌びやかな宝飾が飾られている。
「緊張してるか?」
控えの間の扉を開けて現れたのは、ジルゼム様だった。
「少しだけ……でも、頑張ります」
私の返事に、ジルゼム様は頷いて微笑んだ。
「なら大丈夫だ。お前は立派にやり遂げる。自信を持て」
トリスタン様も後に続き、私の前に膝をついて言葉をかけてくれる。
「リルはこの短期間、よく学び、よく耐えた。その努力は決して無駄にならない。堂々と胸を張って、王の前に立ちなさい」
うん、大丈夫。
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。胸の奥にあった不安が、少しだけ和らいだ。すると、扉をノックする音が聞こえる。
「時間になりましたので、こちらへ」
「はい」
「先に行って待っているぞ」
「リルならやり遂げられる」
ジルゼム様とトリスタン様が先に部屋から出ると、私も部屋を出て行った。
長い廊下を進み、大きな扉の前で待たされる。やっぱり、緊張しているのか……心臓がうるさくて少しだけ手が震える。
弱気になっちゃダメ。ここに立ったんだから、気を強く持って行かなくちゃ。自分を叱咤すると、不思議と心が落ち着いてくる。
そして扉が開かれ、楽の音が高らかに響く。
「アルセイン家の正統なる後継者、リル・アルセイン。入場!」
呼び出しの声に応じ、私はゆっくりと歩を進める。
重厚な扉の向こう、王の前へと続く長い絨毯の上を、私は一歩一歩、踏みしめるように歩いた。
大広間の両脇には数名の貴族たちが並び、私の姿を見つめている。彼らの視線が突き刺さるようだったけど、怯まなかった。私は、ここに立つ覚悟を決めたのだから。
玉座の前に膝をつき、静かに頭を下げる。
「リル・アルセイン。スタンピードによって滅びたアルセイン家の正統なる血筋であること、我らが確認した。そなたは、かつてのアルセイン子爵の領地を受け継ぐ者として、ふさわしい」
玉座に座するのは、王国の主――国王陛下。煌びやかな銀髪をたたえた堂々たる姿からは、揺るぎない威厳がにじんでいた。
「はい。私は、アルセイン家の名に恥じぬよう努め、領民のために尽くす覚悟です」
澄んだ声が大広間に響いた。その瞬間、ざわついていた空気が静まり返る。
王はゆっくりと頷き、側近から授爵の剣を受け取る。
「リル・アルセインよ。我が王命により、そなたをアルセイン子爵に叙す。忠誠と責任を胸に刻み、王国と領地を導くのだ」
そう告げると、王は私の両肩に授爵の剣を当てた。
右肩、左肩、そして額の前。
「……これより、そなたはアルセイン子爵となる」
「はっ、謹んでお受けいたします」
大広間には大きな拍手が巻き起こり、それに紛れてトリスタン様とジルゼム様が小さく頷いてくれる。
リル・アルセイン。スタンピードで滅びた家を継ぐ新たな子爵。
領主としての私の物語が、ここから始まる。
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