279.スタンピード(2)
目に見える地平線がうごめいて見える。それはこちらに真っすぐ向かってきて、それはだんだんと大きくなってくる。スタンピードの魔物の群れがやってきた。
「とうとう来たな、二人とも……覚悟はいいか」
「あぁ、もちろんだ。休みがなくても戦えるぞ」
「緊張しますが、やってやりましょう」
迫ってくる魔物の群れを見て、緊張が走った。とうとう始まるスタンピードとの戦い。二度目となるが、この空気には慣れない。ピリついた雰囲気の中、押し寄せる魔物の群れを見て鼓動が高まってくるようだ。
すると、ほぼ一列になって並んでいたところに、ちらほらと前に出る人が出てきた。恰好を見てみると、魔法使いたちのようだ。一部の魔法使いは呪文のようなものを唱えているみたい。
「まだ、魔物との距離があります。もう魔法を使うんですか?」
「あぁ、あれは設置型の魔法だろう。地面に術を刻んでおいて、そこを通過したら魔法が発動する仕組みだ」
「そんなものがあったのか。ハリスは物知りだな」
「色々とパーティーを組んだことがあるからな、そういう奴がいたから知っていただけだ」
魔法使いが唱え終わると、遠くの地面が光って見えた。きっとあれが術を刻んだ魔法なんだろう。そんな便利な魔法があったなんて知らなかった、知っていたら私も使っていただろう。
「魔物が見えてきたぞ。あれは、ゴブリンだな」
「まずは山の下にいた魔物からだな。数が多いから、気を付けてかからないとな」
「私は魔法で広範囲に攻撃します。近づいてきたゴブリンはお二人にお任せします」
「もちろんだ、頼んだぞ」
「出し惜しみするなよ」
周りの魔法使いが魔法を使い始めた、なら私も魔法を使う時だ。手を前に出して魔力を高めていく。まずは広範囲に効果のある魔法を発動させよう。
風をイメージする、渦を巻く竜巻だ。その竜巻は鋭利な風の刃が発生するように、強固なものにする。しっかりとイメージ出来たら、風魔法を発動させる。
「いっけぇっ!」
一気に魔力を解放した。小さな竜巻が出来て、それはどんどん大きくなり、五メートル以上もある竜巻に進化した。その竜巻は物凄い速さで魔物の群れに向かっていく。
まだ、足りない。もう一度同じように魔力を解放し風魔法を発動させた。もう一本の竜巻が出来て、それは物凄い速さで魔物の群れに向かっていく。
二本の竜巻は魔物の群れに飛び込むと、近くにいたゴブリンたちを切り刻んでいった。それでも、どんどんゴブリンたちはこちらに向かってくる。
普通なら魔法に対して恐怖を感じるはずなのだが、そんな気配はない。自分たちがやられているのに、それが見えていないように見える。もしかして、スタンピードになるとそういう恐怖とかが無くなるんだろうか?
いけない、考え事をしている時じゃない。二本の竜巻は今も健在でまだ消える気配はない。だけど、その二本の竜巻の間には隙間があり、そこからこちらにゴブリンたちが進んできている。
まだ、数が多い。手を前に構えると、魔法を発動させる。今度は氷魔法だ。宙に無数の氷の刃を生成すると、それをゴブリンに向かって放った。飛んでいった氷の刃はゴブリンたちに突き刺さり、その数を減らした。
竜巻と氷の刃で押し寄せてくるゴブリンたちの数は減っていった。他のところでも初手の魔法を存分に振るって、ゴブリンの数を減らす。まだ、敵が弱いから威力が弱くてもどうにかなる。だけど、これからどんどん敵が強くなる。時間が経つごとに辛くなるはずだ。
できることなら、疲労を少なく済ませたい。でも、出し惜しみするとゴブリンの群れは止められない。結局、最善を尽くすのが一番疲労が少なくすむだろう。
魔法でゴブリンたちを討伐していった時、いきなり飛び出してきたものがいた。
「ゴブリンライダーだ!」
ワイルドウルフに乗ったゴブリンが現れた。だけど、魔法使いたちはゴブリンの群れの対応で手一杯。だから、ここは今まで控えていた冒険者の登場だ。
「リルはそのまま奥にいるゴブリンの群れと戦え」
「私が守ってやるから、安心して向こうのゴブリンを駆逐を頼む」
「分かりました。頼みます!」
ハリスさんが弓を番え、サラさんが剣を構える。二人がいれば安心だ、私は群れで襲い掛かるゴブリンたちに氷の刃を降らせ続けた。
その隙にゴブリンライダーが襲い掛かってくる。だが、ゴブリンライダーがこちらに辿り着く前に、ハリスさんの矢が届く。同時に二本放たれた矢がワイルドウルフとゴブリンの頭を貫いた。
「オラ、どんどん行くぞ!」
ハリスさんの手は止まらない。次々と矢を番えて射っていく。真っすぐ飛んだ矢はワイルドウルフとゴブリンの頭を確実に貫いた。こちらに辿り着く前にかなりの数を減らす。だけど、それでも抜けてくるゴブリンライダーはいる。
「残りは私だ!」
襲い掛かってくるゴブリンライダーをサラさんが相手にする。飛び掛かってきたゴブリンライダーを軽く切り伏せると、地面に倒れたところで追い打ちに剣を突き刺す。
サラさんが残ったゴブリンライダーを相手にしてくれるお陰で、私は奥にいるゴブリンの群れに集中できる。竜巻がゴブリンたちを切り裂き、氷の刃がゴブリンたちを次々と突き刺す。
役割分担をしているお陰で、私たちがいる場所は順調にゴブリンを討伐することができている。このまま、何事もなくゴブリンの群れがなくなれば……そう思っていると、他のところから声が上がった。
「ゴブリンチャンピオンがいるぞ! 気をつけろ!」
視線をずらすと、ゴブリンの群れの中にひときは大きな体をしたゴブリンがいた。オークみたいに大きな体をして、手には巨大な棍棒を持っている。
「ハリスさん、ゴブリンチャンピオンってどれくらい強いんですか?」
「オークより強くオーガに比べれば弱い。それくらいだ」
「オーガより弱いか。だが、初めて戦う相手だ、油断はしないほうがいいだろうな」
「とにかく、リルはこのまま魔法でゴブリンたちの一掃を。飛び出してきたゴブリンは俺とサラで対処する」
「分かりました。お二人とも、お願いします」
二人が守ってくれるのは本当に心強い。私はゴブリンとの戦いに集中できる。すると、目の前にあった竜巻が威力を落としてなくなってしまった。
「だったら、また作ります!」
手を前に構えて、魔力を高める。頭の中でしっかりとイメージをすると、風魔法で竜巻を二本出現させた。竜巻はゴブリンの群れに向かっていき、ゴブリンたちを切り裂いていく。
その竜巻の隙間から、他のゴブリンがやってくる。そこを氷の刃で攻撃をすれば、他のゴブリンも地面に倒れてくれる。私の魔法で沢山のゴブリンが倒れ、状況はとてもいい。
他のところは魔法は放っているものの、ゴブリンの量が多くて魔法だけでは処理できないところが多い。私たちよりも多くのゴブリンが前に出てきて、近接攻撃が主流の冒険者たちが沢山戦っていた。
「きたぞ、ゴブリンチャンピオンだ!」
竜巻や氷の刃をかいくぐって、とうとう私たちの前にもゴブリンチャンピオンが現れた。
「俺が補助をする。他のゴブリンを討伐しながら、隙があればゴブリンチャンピオンに攻撃を仕掛ける」
「なら私はゴブリンチャンピオンと対峙だな、任せろ!」
サラさんが飛び出していった。すると、向こうもそれに気づいたのか駆けてきた。ゴブリンチャンピオンは力の限り、棍棒を振ってくる。その棍棒をサラさんが受け止めた。
「なるほど、これはオーガより弱いな! そんな力じゃ、私を倒せないぞ!」
棍棒を跳ね返すと、剣でゴブリンチャンピオンの足を切り裂いた。すると、耐えきれずに地面に手をつく。その隙に低くなった頭を狙ってサラさんが剣で頭をかち割った。
「よし、どんどんこい!」
ゴブリンとの戦いは順調だ。連係が上手くいって、戦線も維持できている。このまま後ろに下がることなく、戦線を維持してスタンピードと戦えれば、そう思っていた。