141.コーバスでの初仕事(1)
ガランガラン
扉の向こうから鐘の音が聞こえてきた、朝食の時間だ。鐘の前に目覚めていた私はベッドの中でゴロゴロしていたけど、その音でようやく体を起こす。早起きの習慣は簡単には治らないな。
昨日買っておいた布のマットの上に裸足で降りる。部屋は基本土足だから、裸足で居られるスペースが欲しくてマットを買っておいた、なんだか裸足でいると前世を思い出して落ち着くな。
少し体をストレッチした後、部屋の中に張っていた紐に吊るした服を手に取って着替える。その内服も新調しておこう、町に合う服装をしたほうが町に馴染みやすいと思うから。
着替えた後は靴を履き準備が完了だ。昨日買った時計を見てみると時間は7時10分だった、冒険者ギルドが開くまで2時間近くもある。早いけど部屋にいても仕方ないし、朝食を食べに行こう。
部屋を出て鍵を閉めると、階段を降りて行く。すると食堂は開けっ放しになっていて、中からスープのいい匂いが漂ってきた。匂いに釣られるように食堂に入ると、定位置のイスにおばさんが座っている。
「おはようございます」
「おはよう。あんたー、一人前だよ!」
「おー」
何も言わなくても朝食が用意される光景はまだ慣れない。少しだけ戸惑った後、昨日と同じく好きな席に座った、昨日と同じ席だ。座って待っていると、水の入ったコップが置かれる。
「これから働きに行くのかい?」
「はい、朝一番に冒険者ギルドに行くつもりです」
「他の奴らはのんびりしているのに、せっかちだねぇ」
「いつも朝早くに行動していたから、ゆっくりするのがなんだか落ち着かなくて」
昨日の夕食を宿屋で取った時、おばさんには今日働くことを伝えていた。おばさんはちょっと驚いた顔をしていたのは、きっとすぐに働き出すとは思わなかったからかもしれない。
「しっかし、あんたが町の中と外の両方の仕事を受けているとはね、見た目によらず頼もしいんだね」
「なんだか両方気になっちゃって、いつのまにか両立してました」
「町の中の仕事なんて町に住む奴らくらいしか受けないのにね、良くやるね」
おばさんはちょっとぶっきらぼうだけど、沢山お話をしてくれるから楽しい。私のことを気にかけてくれているのかな、とも思ったけどそれは自惚れた考えだろう。こうして話すだけで寂しさとかなくなるから本当に助かるな。
そうやって朝の時間をおばさんと喋っているとご飯ができた声が奥から聞こえてきた。おばさんは食堂の奥に行くと、すぐに朝食を持ってきてくれる。
「はいよ、お待ち」
今日のメニューは肉と野菜のサンドイッチ、茹で卵、スープだ。集落にいた頃とは違うメニューが嬉しくて顔がにやけてしまう。集落には集落の良さがあったけど、宿屋には宿屋の良さがあるよね。
それじゃあ、いただきます。
◇
今の時間は8時10分。朝食を食べた後、お腹が落ち着くまで部屋でボーッとしていたらこんな時間になった。冒険者ギルドが開くのは9時だけど、早めに行ってみようと思う。
マジックバッグを背負い、部屋を出てから鍵を閉めて階段を降りる。食堂の前を通ると中では大勢の人が朝食を取っているようだ。この時間帯が一番混みあうんだろうか、やっぱり自分の行動は早いらしい。
まぁ、今までの習慣が簡単には直せないから仕方ないよね。私はそのまま宿を後にして冒険者ギルドへと向かっていく。冒険者ギルドへはここから15分歩いた先にある。宿屋から遠くなくて良かったな、良い宿屋を紹介して貰ったと思う。
人通りの少ない通りを進み、大通りまで出てくると冒険者ギルドはすぐそこだ。少し歩いていくと、すぐに冒険者ギルドが見えてくる。あんなに大きいんだもん、遠くからでも分かりやすくていいね。
そのまま冒険者ギルドに近づいていき、扉の前に立った。他に人はおらず、私が一番乗りらしい。もう一度時計を見てみると時間は8時30分だ、あと30分待つことになる。
扉の前でボーッと待っていると、後ろに人の気配がした。振り向くと大人の人が一人立っていた、どうやら冒険者ギルドに用がある人みたいだ。私と同じ求職者なのかな?
そのまま時間が過ぎるまで待っていると、後ろにいる人の気配が増えていくのが分かった。もう一度チラ見してみると、後ろにいる人は5人になる。時間を見ると8時50分だった。
なるほど、この時間から人が集まり出すんだな。そんなことを考えている間にも人はどんどん集まっていき、冒険者ギルドの扉の前には人だかりができてしまう。後ろからの圧がすごいことになっている。
もう一度チラッと見ると、集まってきた人たちの格好は町民がほとんどのように見受けられた。外の冒険者は数人ってところだから、冒険者ギルドの朝の時間に混みあうのは求職者のほうかな。
待っているとどんどん人が集まってくる。この扉が開けられた時に後ろからなだれ込んでくるのが怖い。開けられたらどうすればいいんだろう、急いで行かないと押しあいになりそうな雰囲気だ。
扉が開くまでドキドキしながら待っていると、扉の向こう側から物音が聞こえてきた。とうとう扉が開く、ぐっと体に力を入れてすぐに動けるようにする。
そして、扉が開かれた。開かれた先には誰もいなくて、ギルド員が両扉を支えている状態だった。
「冒険者ギルド始まります」
その声がした時、後ろが動き出す気配がした。これってもう入ってもいいっていうことだよね。私が前に進み出すと、後ろの人も動き出す。それどころか後ろの人が横から前へと進み出してきた。
早く動かないといい仕事が取られちゃう。私も負けじと冒険者ギルドの中に入り、クエストボードに向かって歩いていく。でも、他の人のほうが早くてすぐに追い抜かれてしまっていた。
一番に並んだのに、他の人の動きが早くて追い抜かれてしまった。なるほど、朝は本当に競争なんだね、ホルトとは大違いだ。私も急いでクエストボードに近寄ると一番ではないが見えやすい位置を確保できた。
今度は仕事選びだ。クエストボードには沢山のクエスト用紙が張られていて目移りしてしまう。とりあえず、端からじっくりと見ていこう。大きな町だからか、色んな仕事があるんだな。
一つ一つ吟味している時、見ていたクエスト用紙を誰かが取っていった。いや、その人を皮切りに次々と張られていたクエスト用紙が剥ぎ取られていく。は、早い! 私が見ている間にもう他の人は見終わったっていうの?
懸命にクエスト用紙の内容を確認するが、その間にも次々とクエスト用紙がなくなってしまう。クエストボードに張られているクエスト用紙は数分で3分の1を剥ぎ取られた状態になってしまった。
まだ冒険者ギルドに慣れてないとはいえ、これほどに早い展開だなんて思いもしなかった。これが大きな町の冒険者ギルド、様子が全然違うから展開についていけない。今、都会に揉まれているのかな。
だけど、ここで引き下がったら仕事にありつけない! 改めてクエストボードに残ったクエスト用紙を眺めていく。他のクエストボードを見るっていう手もあるんだけど、時間をロスしちゃうからここにあるクエストを吟味しよう。
見ている間でもどんどんクエスト用紙が剥がされていって、気持ちだけが焦ってしまう。また読んでいたクエスト用紙が剥がされていくと、がっかりとした気持ちになってしまった。うぅ、負けないんだから。
残ったクエスト用紙を眺めていくと、自分にもできそうなクエストを見つけた。急いでそれを剥がすと、混雑していたクエストボード前から移動する。取ったクエストは臨時のお店の売り子だ。
確かこのクエスト用紙をカウンターに持っていけばいいんだよね。顔を上げてカウンターを見ると、すでに大勢の人たちがカウンターに並んでいた。初動が遅れるとこうなってしまうのね、次は遅れないように頑張らないと。
できるだけ列が少ないところへと並び自分の順番を待つ。