135.宿屋トルク(1)
木造の扉を開けて男の子が宿屋の中に入って行く。
「すいませーん、今日泊まるお客さん連れてきたよー」
「はーい、今行きます」
男の子が宿屋に入ってから声を上げると、小さな声が返ってきた。男の子が宿の奥へと歩いていき、その後を私が追う。中に入ると少し広めのホールがあり、正面には誰もいないカウンターがあった。
遠くからこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。音が聞こえた扉を見ると開かれて、奥からお姉さんが現れた。
「あー、案内の人ね」
「うん、この人が宿を探していたからここを紹介しにきたよ」
「ありがとう、ちょっと待っててね」
お姉さんはカウンターに寄ると、カウンター横につけられていた棚を鍵を使って開ける。その中から取り出したのは、硬貨だ。
「はい、これお礼ね」
「へへっ、毎度あり」
そうか、案内をすると案内をしたお客と案内した先からお金を取るんだ。中々にいい商売みたい、大きな町では変わった仕事があるんだな。男の子はその硬貨を受け取ると私の前に立った。
「じゃあ、俺は次の仕事に行くよ」
「あ、他にも仕事を頼みたいんですけど、いいですか?」
「本当か!? もちろんいいぞ!」
男の子は嬉しそうに答えてくれた。良かった、これでこの町で迷わなくて済むよ。
「明日、この町を案内して欲しいんです。主要な場所とか、冒険者ギルドとか教えて欲しいです」
「分かったよ。いつ案内する?」
「朝にお願いできますか?」
「了解! 朝食食べてからここにくるから、じゃあまた明日!」
それだけを伝えると男の子は慌ただしく宿屋を出て行った。きっとこの後も仕事をするんだろう、少しでも多く稼げるといいね。
「宿屋トルクへようこそ。何泊されますか?」
男の子が居なくなるとお姉さんが話しかけてきた。振り向くとカウンターに立ってニコリと微笑んでくれる。うん、感じの良さそうな人で良かった。
「とりあえず一週間お願いします」
「分かりました。見た感じ冒険者だけど、一人なの?」
「はい、ホルトの町から今日ここに到着しました」
「そうだったの、馬車の旅お疲れ様。あ、そうそう。一泊5000ルタ、一週間で35000ルタね」
宿屋に初めて泊まるからその料金が高いのか安いのか分からない。とりあえず、宿泊料を支払わないとね。袋から硬貨を取り出してお姉さんに手渡すと、金額を確認されて棚の中に収められた。
「はい、丁度お預かりしました。まず宿屋の説明をするね。朝食は料金に含まれているから、必要であれば自由に食べていってね。食堂はホールの隣、あそこの扉の先が食堂だよ」
カウンターの右にある扉の先が食堂らしい、ここで朝食を食べられるんだね。
「それで昼食はやっていなくて、夕食はやっているんだけど別料金がかかるわ。1000ルタになっていて、支払いはその都度お願いね」
良かった夕食はやっているみたい。冒険で帰ってきて外で食べられなかった時に利用させてもらおう。それに疲れてたら宿屋に直行すれば夕食にはありつけるからありがたいよね。
ということは、宿屋で使うお金は一日で最大6000ルタっていうことになるのか。難民生活だった時にはかからなかった宿泊料っていうのが多くて大変だ、これは遊んでいる暇はなさそうだ。しっかりと働いてお金を稼がないと路頭に迷ってしまう。
「トイレと体を洗うシャワー室は一階にあるから自由に使っていいよ」
この世界で初めてのシャワーだ! 馬車旅の時は体を洗ったり拭けなかったので、今すぐにでも入りたい。どんなシャワーだろう、見るのが楽しみだ。
「シャワーの使い方とか教えた方がいいかしら?」
「ぜひ、お願いします」
「じゃあ、説明が終わったら一緒に行きましょう」
異世界のシャワーだと使い方は前世とは異なるだろうから、しっかりと説明を聞かないとね。壊したりしたら大変だから、丁寧に扱おう。
「うちでは洗濯物を洗濯するお仕事も請け負ったりしているよ。部屋にあるカゴの中に入れてカウンターまで持ってきたら、洗う量によって500ルタから2000ルタくらいで引き受けてるわ」
洗濯物代行サービスもついているんだ、これは助かる。でも、ここでもお金がかかるんだね、集落を出たらなんでもお金がかかって大変だよ。
「もちろん、自分で洗うこともできるけどそういう人はあんまりいないな。洗う物が少ない人はそうしている人もいるわね。あ、洗う時は言ってね場所と桶を貸すことができるから。でも、干すところは部屋の中でお願いね」
なるほど、量が少ないとそういうこともできるんだ。洗う場所も桶も貸してくれるっていうんだから、少なかったら今まで通り自分で洗っても大丈夫そうだね。洗濯物を干す紐なら以前の馬車の旅で使っていた物があるからそれを使おう。
「それじゃついてきて、場所を案内するわ」
お姉さんがカウンターから出てくるとホールの左側に移動した。左側には階段と通路があり、お姉さんはまずは通路を進んでいく。私もその後をついていくとすぐ近くに幾つもの扉が見えた。
「ここがトイレね」
扉にはトイレのマークがついた小さな木札がぶら下がっていた、トイレは全部で3つだ。その先を進むと今度は違う扉が見えた。その扉をお姉さんが開ける。
「ここがシャワー室ね。まず扉を開けると、脱衣所があるの。ここで服を脱いだり着替えたりしてね」
扉を開けた先は木造とは違う材質に囲まれた個室があった。物を置く棚があるだけの簡単な脱衣所で、大人の人が腕を伸ばせるくらいの広さがある。
「で、肝心のシャワー室がこっちね」
とうとうシャワーだ! ドキドキしながら待っていると、木造とは違う材質の扉を開けた。開けると脱衣所と同じくらいの広さのシャワー室があり、上の方には不思議な金属でできた箱がある。その箱からホースが伸びて、見慣れたシャワーヘッドがつけられていた。
「この上にある箱がシャワー設備ね。これを持って、ここに沢山空いている穴からお湯が出てくるわ」
「お湯が出るんですか!」
「ふふ、そうなの。で、シャワーの使い方なんだけど、この箱の下に青い魔石と赤い魔石があるでしょ? 青い魔石には水魔法が込められていて、赤い魔石には熱魔法が込められているの。この二つの魔石を押すと、この箱の中でお湯が作られるわ」
半信半疑だったけどちゃんとしたお湯が出てくることを聞いて感動した。このシャワーは魔道具か何かなのか、魔石がはめ込まれているようで、そのお陰でお湯がでてくるらしい。
「お湯の出し方なんだけど、ホースのつけねにハンドルがあるのね、これを上下に動かすとお湯が出たり止まったりするのよ」
「まずは青い魔石と赤い魔石を押してお湯を作ってから、ハンドルを動かしてシャワーを出すんですね」
「その通りよ、使い方は大丈夫そうね。そうそう、石鹸を使って体を洗っても大丈夫だから、買ってみるといいわ」
大きな町だから色んな石鹸が売ってそう。髪の毛専用の石鹸とか、体の専用の石鹸とか売っていればいいな。今まで一種類の石鹸で体洗ったりしたからなぁ、今日買いに行くのは無理そうだから、明日買いに行こう。
「そうそう、体を拭く時はここのシャワー室で拭いてから脱衣所に出てね。もし脱衣所が濡れたりしたら、拭いてから出てね」
お姉さんはそう言い終わると、脱衣所を出て行った。これでシャワー室の説明が終わった、次は部屋かな。