134.コーバス到着
「お客さん方、遠くにコーバスの外壁が見えてきたよ!」
御者の人が振り向いてそんな風に声をかけてくれた。馬車の吹き抜けのところから上半身を出して見てみると、遠くに大きな壁みたいなものが見える。あれがコーバス、とうとう着くんだ!
6日間の馬車の旅は大きな遅れもなく進んだ。途中で何度か魔物に襲われてしまったけど、その度に護衛の冒険者が退治してくれたから誰も怪我なんてしなかったし馬車も壊れなかった。
一番の敵と言えば馬車に乗っている時の退屈な時間だけだ。こういう時、手仕事を始めておけば良かったんじゃないかなって思った。持ってきていないなら仕方ないから、馬車の外の景色を見て時間を潰した。
でも、それだけじゃ時間は潰れない。そういう時に他の乗客から話しかけられた。他の乗客も暇だったのか会話が始まると色んな人が参加して、馬車の中が一気に賑やかになった。
その会話に自分も入ることになり、それなりに楽しい時間を過ごす。子供が一人で乗っているから質問が集中したのは大変だったけど、お陰で乗客と仲良くなれたのは良かったな。
会話の中にコーバスの町の話もあり、とても聞きごたえのある話だった。コーバスの話を聞いていると不安だった気持ちが少しずつ消えて、楽しみな気持ちが溢れてくる。いつのまにか馬車の旅で私の気持ちが少しずつ軽くなっていた。
コーバスに近づいていくと、道の幅が広くなりすれ違う人や馬車が多くなる。すれ違う人には冒険者も含まれていて、初めてみる装備ばかりでじっと見つめてしまった。
「このまま門の中に入って、店の馬車置き場に着いたら解散ですからね」
てっきり入口付近で馬車が止まって解散だと思ったら違っていた。こんなに大きな町の入口で止まったら迷惑だよね。馬車は外壁の門に向かって真っすぐ進み、馬車の列へと並んだ。
近くで見る外壁はとても高くて馬車の中からじゃ一番上が見えないくらいだ。多分ホルトの外壁よりもずっと高いと思う、流石領主さまがいる町の外壁だな。
ボーッと外壁を見ている間に馬車はゆっくりと進んでいき、門番のところで止まった。御者の人がやり取りをしてからしばらくして馬車は再び動き出す。とうとう町の中に入るんだ。
分厚い門を抜けた先には、まず背の低い建物が立ち並んでいた。奥の方を見てみるとそれよりも高い建物が立ち並んでいるようにも見える。どうやら門付近の建物は広い庭のある建物が多いらしい。
まだこの町の凄さを感じないのは外壁に近いからなんだろうか? 町の中心にいかないとこの町の事は分からなさそうだ。それでも心の中はワクワクしていて、町の様子に目が離せない。
大きな通りを進んでいき、途中で横に方向転換をしてさらに進んでいく。この辺はまだ人が少ないのかすれ違う人が少ないように思える。早く町の中心へと行ってみたいな。
そうやってしばらく馬車に揺られていると、ある建物の隣にある庭に入って行った。
「終点ですよー。降りた後は自由ですからね」
どうやらここで終わりらしい。乗客は立ち上がり一人ずつ馬車から降りて行き、私もそれに続く。トン、と地面に降りて少しだけ移動すると大きく背伸びをした。んー、馬車の旅長かったなー。
「リルちゃん、元気でな」
「あ、はい! お話してくれてありがとうございました!」
「じゃあね、リルちゃん」
「またどこかであったらよろしくね」
他の乗客が話しかけてくれた。6日間も一緒にいた仲だ。気さくに話しかけてくれて嬉しい。色んな人に話しかけられたり話しかけたりしてその場で解散となった。私も移動しよう、そう思った時だ。
「コーバスにようこそ!」
「町の案内してるよー」
「行きたい場所、見たい場所があったら連れて行くよ!」
わらわらと同じ年くらいの子供が集まってきた。その子供たちは乗客に対して話しかけているみたいだけど、何をしているんだろう。子供たちの話を聞いてみると、どうやらお金と引き換えに町の案内をしてくれるみたいだ。
「君も乗客? え、一人?」
ボーッと見ていると私の所にも男の子がやって来た。
「はい、初めてコーバスにきました」
「なら、コーバスの案内なんてどう? 行きたい場所があったら連れて行くし、見つけたいものがあったら見つけるよ! もちろん、対価としてお金は貰うけどね」
どうやらコーバスの案内をしてお金を稼いでいるらしい。なるほど、大きな町だとこういう仕事もあるんだね。いやいや、ついつい働く目線で考えちゃった、今はどうするかだよね。
一人でブラブラと歩くのも楽しそうだけど、行きたい場所に行けなかった時は大変だな。お金はあるんだし、ここは頼んでみるかな。えっとまず行きたい場所は……そうだ宿屋だ。
「しばらく泊まる宿屋の紹介とかしてますか?」
「宿屋、もちろん! コーバスには沢山宿屋があるんだけど、何か希望とかある?」
希望か、何がいいんだろう。宿屋の事なんて全然分かんないけど、そうだなー。
「ご飯を出してくれて、体を洗うところがあって、冒険者が泊まりやすくて、馴染めやすいところとか……ですかね」
「そんなことでいいのか? それならいくつか候補があるんだけど、うーん」
男の子は腕を組んで悩み始めた。しばらく待っていると、男の子は唸るのを止めて腕組を解いた。
「宿屋トルクへ案内するよ。ここなら君の要望も叶うし、あそこの人たちは優しいから子供にはピッタリだと思う。行ってダメだったら、また違うところを紹介するし」
「なら、案内をお願いします」
「案内料1000ルタになるぜ」
基準が分からないから安いのか高いのか分からないけど、食事が1回できそうな金額だ。やっぱり高いのかな? でも、この町の事は知らないし仕方ないよね。袋から銀貨を取り出して手渡すと、男の子はニカッと笑った。
「毎度あり、じゃあついて来いよ」
男の子が先に歩き出し、私がその後をついていった。
◇
男の子は町の中心に向かって歩いていくと建物が様変わりしていった。広い庭に建物があった場所から、狭い庭と建物がある場所へ、それから建物が立ち並ぶ場所へと変わっていった。
ホルトで見た街並みとは違う、ホルトよりも高くて大きな建物ばかりで思わず上を向いて歩いてしまうほどだ。こんなに建物があるんだったら人だって多い。
すれ違う人の多さや通りを歩く人の流れがホルトとはまるで違っていて驚いた。どうやらホルトは田舎の町って感じだったらしく、ここは正しく都会の町って感じで流れに飲み込まれそうだ。
大きな通りを進んでいくと、建物の大きさが様変わりした。
「ここら辺から商業区域っていう場所さ。お店なんかが沢山あるんだ」
大きな建物があれば小さな建物もある、見ていて飽きない場所だった。店構えが全然違って、オープンにして売り出している店もあれば、扉を閉めている店もある。扉を閉めているお店は何をやっているのか気になるな。
男の子は店を気にすることなく進んでいき、ある建物の前で立ち止まった。その店は三階建ての大きな建物で、宿屋の看板を出している。
「ここが宿屋トルクさ」
初めての宿屋だ、ちょっとドキドキする。