130.出発前日(1)
とうとう明日コーバス行きの馬車が出る、長かった集落生活とはお別れだ。
前世の記憶が戻ってから2年近くも経ったけど、ここまでは順調に生きて来れたと思う。そんな私も12歳と6か月になった、体つきは少しずつ大人に近づいてきてやれることが多くなってきたようにも思える。そういえばこの世界の大人って何歳からなんだろうか?
まだ子供に見られているから大人にみられるのは当分先のことになるだろう。子供の姿って役得なこともあるけれど、不自由な部分もあるからなんとも微妙な感じだ。早く大人になりたいけど、こればかりはどうにもできない。
今、不安なのは子供の姿でコーバスの町で冒険者稼業がしっかりとできるかどうかだ。大きな町っていうからには色んな人がいて色んな冒険者もいるってこと。この町にはいないような人もいるということだ。
子供だからって絡む人がいなかったけど、コーバスでは違うかもしれない。目立たずに冒険者ができればいいんだけど、子供の姿って目立つと思うから不安でしかない。絡まれた時の会話の練習とかしておいたほうがいいんだろうか。
コーバスに行くのに楽しみな部分もある。ここにはないお店とかいっぱいありそうだから、美味しい物も沢山あるんじゃないかって思っている。お金に余裕があったら食べ歩きとかしてみたいな。
そうそう、貯金は現在400万ルタ貯まっていて、あと現金で10万ルタを持ち歩くことにした。旅の途中で何があるか分からないから、ちょっと怖いけどそれなりのお金を持ち歩くことにする。
これだけのお金があればコーバスに行ってもしばらくはお仕事しなくても大丈夫そうだ。でもいつ何時働けなくなるか分からないから、できるだけ早く働けるように頑張って行こう。でも、少しはコーバスの町を見て歩きたいな。ちょっとだけならいいよね。
そんなコーバスに行くためには馬車に乗らないといけない。馬車の旅は6日間、その間の昼食は出してくれるけど朝と夜の分がなかった。あんまり動かないから一食でも大丈夫そうだけど、小腹が空いてお腹が鳴るのは嫌だから簡単に食べられるものを買ってこようと思う。
朝の配給を食べた後、旅に必要なものの準備を始める、まずは水だ。ここでやっておきたいことがある、魔法で出した水は飲めるのか問題。両手をくっ付けてその手のひらの中に水が溜まるように魔力を放出する。
すると、手のひらの中に水溜まりができた。その水溜まりに口を寄せて水を一飲み、うん飲める。飲めるけど、なんだか美味しくない。これだったらいつもの水のほうが美味しいから、いつも通り飲み水を作っていく。
まず、いつも配給で使っている鍋を借りる。かまどに設置して中に水をいっぱいに入れると、火を起こして煮沸する。煮立った水をかき混ぜながら冷ましたら、小さな樽の中に入れた。これで旅の途中の水分補給は問題ない、あとは飲む分だけ水筒に入れておけばいい。
次に食料だ。朝と夜の食事をどうするかなんだけど、多分作っている暇はないよね。だとすると、調理もせずに食べられるものを買わないといけない。ここは無難にパンと干し肉と干し果物を買っていこうと思う。
えーっと、予備で1日分多く買うとしたら7日分だから、14回分買っておかないとね。パンはレトムさんのところで買って、他の食料は食品店に行けばいいよね。美味しいものが見つかるといいな。
◇
「毎度あり」
早めの昼食を食べてから食品店に行くと干し肉も干し果物も売っていた。それを大量買いすると少し驚かれたが、馬車の旅に必要だと答えれば納得したように笑顔になってくれる。
「馬車の旅、気をつけてね」
「はい、ありがとうございました」
買った物は専用の袋に入れてもらい、マジックバッグにしまいこんだ。良くしてくれた店主にお辞儀をして礼を言い、お店を出て行く。これで旅の準備はパンを買うだけになった。
でも、パンを買う前に行きたいところがある。私は目的の場所、冒険者ギルドへと足を進めていた。この町を出る前にお世話になった受付のお姉さんにお別れを言いたかった。迷惑じゃなかったらいいな。
大通りを進んで冒険者ギルドへと向かった。歩き慣れた道を進むと冒険者ギルドが見えてくる。いつもと変わりなく扉を開けて中へと入ると、見慣れたホールと受付があった。
中は閑散としており、冒険者も数えるくらいしかいない。この時間なら話しても邪魔じゃないよね。私は受付を見て確認すると、お世話になった受付のお姉さんを見つけた。ちょっとだけ緊張する、一呼吸を置いてお姉さんの前に並んだ。
「こんにちは、今日はいかがしましたか?」
いつも通りにニコリと笑って対応してくれる。この笑顔には助けられたことがいっぱいあったな。登録に来た時なんか必要以上にビクビクしていたし、今思えば恥ずかしい態度だったかな。
「えっと、実は明日この町を発つことになりまして、それで最後の挨拶をしたくてきました」
「まぁ、わざわざありがとうございます。とうとう明日発たれるのですね、なんだか寂しくなっちゃいますね」
「今までありがとうございました。何も分からなかった時から優しく教えてくれて本当に助かりました」
「そう言っていただけて、仕事を褒められたようで嬉しいです。少しでも冒険者のお仕事の力添えができたのなら良かったです」
お姉さんは変わらない笑顔を向けて対応してくれる。それが本当に嬉しくて私も自然と笑顔になった。ふと、人の気配がして周りをみてみると他の職員さんもこちらを向いて笑っていた。このお姉さんだけじゃなくて他の職員さんにも助けられたことはあったなぁ。
「みなさん、本当にありがとうございました。もしかしたら、また戻ってくるかもしれませんが、行ってきます」
「リル様、いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい」
「またなー」
お辞儀をしてお別れの言葉をいうと、受付のお姉さん以外の職員さんも言葉を投げかけてくれる。顔を上げるとみんな笑顔でこちらを見ていて、胸の奥が熱くなった。名残惜しいと思うのは可笑しなことじゃないよね。
精一杯のお別れの笑顔を向けて、私は冒険者ギルドを出て行った。
◇
なんだか泣きそうになっちゃったけど、これが最後ではなくいつか再会するためのお別れだ、そう思うと気持ちが軽くなる。次はレトムさんのところへ行こう。旅で必要なパンも買わなくちゃね。
歩き慣れた道を進んでいくと、レトムさんのパン屋が見えてきた。昼を過ぎた時間だから空いているはずだ、店の前まで来て開けっ放しの扉から中を覗くとお客さんは誰一人いなかった。
「あら、リルちゃんいらっしゃい」
「お久しぶりです。パンをください」
姿を見せると受付に座っていた奥さんがすぐに気づいてくれた。腕の中であやしていた赤ちゃんを背中に回して紐で縛ると立ち上がる。
「えーっと、どれくらい欲しいのかしら?」
「木の実パン7こ、ベリーパン7こください」
「あら、沢山必要なのね」
「はい、明日この町を発つので馬車の旅に必要なパンを買いに来ました」
「そう、とうとう明日出発してしまうのね。寂しくなるわね」
さらっというと、奥さんは少しだけ顔を伏せて寂しそうに笑ってくれた。すると、奥さんは店の奥に行くと、レトムさんを連れてきてくれる。不愛想なレトムさんの表情がさらに険しくなったのを見た。
「明日、出発するのか」
「はい、お世話になりました」
「こっちこそ、働いてくれてありがとう。お陰で妻は元気でいる」
言葉の数は少ないけど、感情のこもった声で話しかけてくれる。不愛想だったけど、本当は優しくて頼もしいレトムさん。ここで働いていたことは忘れないだろう。難民の子供を半年も雇ってくれたんだもの、感謝しかない。
パンを買い、マジックバッグに入れると少しだけ会話をした。気をつけて行っておいで、と言われた時には寂しさが込み上げてきてどうしようもなかった。それでも行くと決めたから、私は二人に別れを告げた。
「ありがとうございました」
お店の出入口で深々とお辞儀をして私は店を離れた。またここに来ることを夢見て、私は町を出て行くんだ。