125.集落での告白
久しぶりに集落に戻って一夜を過ごした次の日。枯草の上に敷いたシーツの上で私は目を覚ました。くるまっていた寝具を掴みながら起き上がるといつも通りの掘っ立て小屋が見える。
とうとう、この家ともお別れの日がくるんだ。起きたての頭でそんなこと考えた。この枯草のベッドともお別れで、あと数日しか寝ないとなると寂しい気持ちが溢れてくる。
そして、今日難民のみんなにも伝えるつもりだ。この集落を出て行くって伝えた時、みんなはどんな反応をしてくれるのだろう。私と同じように寂しがってくれるのかな、それとも引き止めたりとかしちゃうのかな……どっちかなんていうのは分からない。
でも、もう決めたんだ。後戻りなんてしないよ。
「よし、言うぞ」
ぐっと手を握り締めて勇気を振り絞る。もう集落を出ることは怖くはないし、みんなと別れることも怖くない。ただちょっと寂しいっていうだけで、以前のような強い拒絶感はなかった。うん、やっぱり以前の私とは全然違うね。
ベッドから起き上がり、ゴザの上に移動すると、洗濯紐に吊るされた服を手にして着替えていく。今日は集落のお手伝いをする日だから、冒険者の服は着ないでおこう。着るのはシャツとズボンだけでいいね。
寝巻から外着に着替え靴を履くと準備完了だ。一応盗まれたら大変だから剣はマジックバッグに仕舞って背負って広場まで行こう。掘っ立て小屋を出て広場まで歩いていく。
歩いていくとちらほらと他の難民も広場まで移動をしているところだった。
「おはようございます」
「おはよう、リルちゃん。なんだか見るのは久しぶりだな」
「長期のクエストから帰ってきたばかりなんです」
「へー、そうなんだ。大変だったろ」
歩きながら他愛もない話をする。こうやって会話をするのもあと数日か……コーバスに行ってもこうして会話してくれる人がいるかな。どうなるかは分からないけど、自分の行動次第だよね。
会話をしながら歩いていくと広場についた。まだ配給は始まっておらず、人だかりはない。鍋に近づくと女衆が私に気づいてくれた。
「おや、リルちゃんじゃない。久しぶりだね、おはよう」
「おはようございます。クエストから帰ってきました」
「今回も長かったね、後で話を聞かせておくれよ」
「はい。配給のお手伝いしますよ」
「なら、芋のほうを配ってね」
「分かりました」
軽く会話をしてから鍋の隣に立つ。しばらく待っていると、配給のスープができあがったみたいだ。
「配給始めるよー。並んでー」
おばさんが声を上げると、周りで待っていた難民の人たちが鍋の前に列になって並び始める。私はスープをよそっている間に芋を手渡していく。
「あ、リルちゃんだ。久しぶりだね」
「はい、昨日クエストから帰って来たんです」
「へー、クエストだったんだ。ちなみにどんなことをしたんだ?」
「行商のお手伝いですよ。魔物討伐したり、村で商品を売ったりしてました」
「へー、リルちゃんってすごいなぁ。なんでもできるんだな」
並んでいる難民と話をしながらお手伝いを続けている。久しぶりに会うからなのか色んな人が話しかけてくれた。中には会話が長くなり過ぎておばさんが早く避けるようにと注意されてしまっている人もいるくらいだ。
久しぶりの温かい言葉の数々に私もつい嬉しくなって会話が多くなっていく。やっぱり、色んな人と話すのは楽しい。配給の仕事も忘れないように、会話をほどほどにしながら芋を配っていく。
「終わったね。さぁ、食べようか」
配給が終わり私は自分の芋を持ち、スープをよそってもらってみんなのところにやってきた。地面に座ると待ってましたと言わんばかりにみんながクエストの話を聞いてくる。私は配給を食べながらクエストであったことを話し始めた。
馬車での移動中のこと、村の様子のこと、商売のこと、そして元難民の人たちに出会ったこと。みんなが食いついたのはやっぱり元難民の人たちに出会ったことだ。みんな外に出て行った人の様子が気になり、色んな質問が飛び交った。
私はその質問に対して見たままを話した。身なりが良くなっていたこと、村に溶け込んでいたこと、楽しそうに買い物をしていたこと。それらを話すとみんなは羨ましそうにため息を吐いた。
「集落の外っていいわねぇ」
「そうそう、私たちも頑張らないとね」
「町に住みたいわ~」
みんなの意識が集落の外へ向いた、もしかしてここが話すチャンスなのでは? 少しだけ深呼吸をして口を開いた。
「あの、私も集落を出ようと思ってます。6日後にコーバス行きの馬車に乗って、集落を出ることに決めました」
思い切って話してみると、周りにいた人たちはポカンと呆気に取られた顔をして私を見た。始めは何も反応がなくて困った、ちゃんと伝わったよね?
「リルちゃん、この集落を出て行くの?」
「6日後に、本当?」
「はい、馬車も予約しておきました」
私の言葉の後にはシンと静まり返った。その後、なんて言っていいか分からないから黙っていると、突然声が上がった。
「リルちゃん、おめでとう!」
「おめでとう、リルちゃん!」
「とうとう出て行くのね、おめでとう!」
みんながいっせいにお祝いの言葉をかけてくれた。パチパチと拍手も送ってくれて、突然のことで驚いた。その声と拍手に周りにいた難民たちは気になったのかこっちに話しかけてきた。
「なんだなんだ?」
「どうしたんだ?」
「リルちゃんが集落を出て行くんだって! しかもコーバスっていう町に行くんだよ!」
「なに、それは本当か! やったじゃないか、リルちゃん!」
私の話が周囲にも広がり、ざわめきも広がっていく。私のまわりにだんだんと人が集まってきて、みんな声をかけてくれた。
「リルちゃんおめでとう、いつ出て行くんだ?」
「えっと、6日後です」
「結構早くに出て行くんだな。準備は万端か?」
「準備はこれからします」
「どうして違う町に行くんだ?」
「領主さまがいる町に行ってみたくて」
色んな質問が私に降り注いだ。周囲はとても盛り上がっていて、朝の配給の時間がとても賑やかな場所に変わった。私が一つ一つの質問に答えていくと、だんだんと人が離れていった。離れていっても周囲から盛り上がる声は常に上がっている。
難民のみんなにこうして祝福されて嬉しい。しんみりとしちゃうかな、と思っていたんだけどそういうことはなくて本当に良かった。集落を出ることはこういうことなんだなって実感できて本当に良かった。
思い切って行商のクエストを受けて良かった。集落の外を見たことで、外への恐怖は薄れていってしっかりと考えることができた。それに、ファルケさんと元難民に出会えたことも良かった。この出会いのお陰で私は一歩踏み出せることができたのだから。
周囲を見渡すと自分のことのように喜んでくれているみんな。集落を出るということが悲しいことじゃなくて嬉しいことなんだ、って強く実感した。集落を出ることを決めて良かった、今だったら心からそう思える。
「みなさん、本当にありがとうございます。祝ってくれて嬉しかったです」
「当り前じゃないのさ、仲間の門出は嬉しいものだからね」
「居なくなる寂しさよりも、目標に向かって出て行くことの嬉しさのほうが強いからね」
あんなに悩んでいたのが恥ずかしくなるくらいに祝われて笑顔も零れる。私、自分の目標に向けて一歩踏み出せるんだね。




