120.行商クエスト(11)
次の村への移動は問題なく進んだ。何か変わったことと言えばファルケさんから話しかけられることが多くなったことだ。それも全て私の背中を押すために。
ファルケさんの話は旅先での話ばかりで、遠回しに外は怖くないよと言っているようなものだった。商売の話から出会った人の面白い話、でも時には辛いこともあるんだという偽りのない話だ。
その話は私にとってとても楽しいもので、つい夢中で聞いてしまっていた。ようは、ファルケさんの術中にはまってしまったのだ。いや、別にはまって悪いことはないと思う。
色んな話を聞いていると、まるで私がそこに登場するかのような錯覚に陥ってしまう。そのお陰で楽しい話の時は楽しくなり、ちょっと辛い話にはちょっとだけ辛くなった。
私の心はファルケさん次第で良くもなり、悪くもなる。流石商人と言うべきか、会話が上手で一方的に話したりはせずに適度に話を振ってくれるから飽きることがない。
そんな楽しい旅はのんびりと続いていった。一泊野宿した次の日には次の村へと辿り着く。
「ほら、見えてきたよ」
馬車の後ろを見張っていた私にファルケさんから声がかかる。ゆっくりと立ち上がり馬車の前へと行くと、遠くに家屋が見えてきた。
「今回はどこで商売するんですか?」
「前回と同じだよ。村の真ん中に広場があるからそこを貸してもらうんだ」
「じゃあ、また太鼓を鳴らしますね」
「うん、お願いするよ」
木箱の中を漁り緑のマジックバッグから太鼓とばちを取り出す。それから馬車の後ろからゆっくりと飛び降りると、馬車の前にやってきた。
村に近づいてから太鼓を鳴らし始める。ついでに今回は声もつけてみた。
「エルクト商会の出張です。広場で出張所が開店しますので、ぜひ来て見てください」
太鼓を鳴らす音と私の声が混じり合う。それは村の中で広がっていき、ちらほらと村人たちが姿を現してきた。前よりも反応が良いのは、きっと声を出しているからだよね。
「エルクト商会の出張です。広場で出張所が開店しますので、ぜひ来て見てください」
少し進んだら台詞を言って、また少し進んだら台詞を言う。その繰り返しをしてようやく村の中心、広場までやってきた。
「じゃあ、僕は村長のところへ行ってくるよ」
「私は村の端まで行ってきますね」
「うん、お願い。声だし、良かったよ」
グッと親指を立てられた。褒められた、嬉しいな。
そのまま馬車は道を曲がっていき進んでいく。私は道を真っすぐに歩いていき、村の端を目指していった。
◇
村の端まで行き、また広場まで戻ってきた。馬車はまだ来ておらず、一人で立って待っている。ボーッとしながら待っていると、村人たちが集まり出した。
きっと出張所を楽しみにしてくれた人だろう。何か話をしたほうがいいか考えていると、突然声がかかった。
「リルちゃん、リルちゃんじゃない!?」
私の名を呼ぶ声がして驚いた。勢い良く振り向くと、そこには以前集落にいた元難民の女性が驚いた顔をして立っている。
「お久しぶりです!」
「こっちの台詞よ! どうしてここにリルちゃんがいるの?」
「冒険者になったので、商会の依頼を受けて出張所の手伝いをしています」
「あのリルちゃんが冒険者ねぇ……すごいわぁ」
近寄って話をしてみると、上から下までしっかりと見られた。
「おばさんがここにいるってことは、他のみんなもいるんですか?」
「いるわよ。みんなで一か所の村に移住して離れ離れにならずに住んでいるから、協力し合えているわ」
「そうなんですね。それだと困ったら色々と助けたり助けられたりしますものね」
複数で村への移住を決めた人たちは村で生活できているようで安心した。
改めておばさんの姿を見てみると、集落の頃と比べれば見違えていた。服は清潔でほつれなどなく、靴はボロボロではなくしっかりとした革靴で、髪の毛は綺麗に一つに纏められている。
何よりも体が細くなく、普通の太さになっているのが嬉しい。どこからどう見ても普通の村人に見えた。
「村に来てからお腹いっぱいに食べられるし、集落を出る決断をして良かったわ」
幸せそうにはにかむ姿を見てこっちも嬉しくなる。集落を出る決断ができない自分とは大違いだ、やはり一人では心細いから決断ができないんだろうか?
少しの羨ましさを噛み締めていると、馬車が動く音が聞こえてきた。
「あの馬車が商会のものなの?」
「はい、あれに乗ってここまで来ました」
「そうなの、立派になったわねぇ。こうしちゃいられないわ、他の人たちも呼んでくるわね。旦那たちが帰って来てから、広場に寄らせてもらうわ」
「待ってますね」
慌ただしくそう言ったおばさんは広場を後にした。私はすぐに到着した馬車に近寄る。
「ファルケさん、おかえりなさい」
「あぁ。今話していたのって何か質問されたの?」
「いいえ、あの人は以前難民の集落で生活していた人なんです」
「そうなんだ、だから親し気に話していたんだ」
ファルケさんは納得したように頷いた。
「じゃあ、僕は馬に水と餌をあげるから、荷物を馬車から降ろしてくれないか」
「分かりました。後で商店に行って卸してくるんですか?」
「うん、そのつもり。また始めはいるから安心してね」
「ありがとうございます」
ファルケさんから指示を受けて早速馬車に乗り込んで木箱を外に降ろしていく。全て馬車から降ろすころにはファルケさんは馬の世話をやり終えていた。
それから二人で布を広げて地面に敷き、マジックバッグから商品を取り出して並べていく。そんな作業中にも村人たちはだんだんと集まって来て、開店を心待ちにしているようだった。
「よし、終わったかな」
なんとか商品を並べ終えることができた。目の前にはずらっと並んだ商品があり、選ぶのも一苦労に見える。
「さぁさぁ、エルクト商会の出張所開店だよ! どうぞ、好きに見ていってよ!」
ファルケさんが手を叩いて客寄せの声を上げる。すると、村人が待ってましたと言わんばかりにこちらに近寄ってきた。商品の周りにはあっという間に人だかりができて、すぐに楽しそうな声が聞こえ始める。
◇
しばらくはファルケさんと一緒にお客さんの対応をした。だけど、それも一時間くらいで終わり、ファルケさんは商店に商品を卸しにこの場を去って行く。
残された私はどんどん商品を売っていく。中には値切ってくる人もいるので、その度に価格表をにらめっこしながら慎重に価格を下げていった。
商品のやり取りをするだけでも、中々に楽しくなってくる。値段のやり取りの中にちょっとした雑談を混ぜると、村人も乗ってきて話が広がっていく。
雑談は商品の話をしたり、近所の人の話だったり、身内の話だったりと尽きることが無い。村人が積極的に話すこともあれば、こちらから話題を振ると嬉しそうに話してくれたりと様々だ。
その話が盛り上がれば盛り上がるほど商品は売れていく。一つだけ買おうとした奥さんが二つ買ってくれたり、旦那さんがワンランク上の商品を買ってくれたりと良いことが続いた。
そんな楽しい時間を過ごしていると、団体が近づいてきているのが見える。それは先ほどこの場を離れていった元難民のおばさんたちだった。