118.行商クエスト(9)
「そ、そうですよね。違うところで活動するなら、必要なことだと思います」
なんとか話を続けることができた。でも、押し黙ったのが気になったのかファルケさんは不思議そうな顔をする。
お願い、そこを突っ込まないで。
「リル君はあの町を出ないで冒険者を続けていくつもりなのかい?」
あぁ、突っ込まれてしまった。まぁ、あんなに分かりやすく動揺している姿を見たらそう思っちゃうよね。……なんて答えよう。
「えーっと、集落から出られないといいますか、出たくないといいますか」
「それだと危険を冒してまで冒険者になった意味が分からないよ。集落で暮らしていくために冒険者になったの? それだと……」
ボソリと言った言葉にファルケさんは驚く。それもそうだ、それだとずっと難民でもいいって言っているみたいなものだから不可思議だ。誰も望んで難民であり続けたいとは思わないのに。
今にも追及をされそうで、ドキドキしている。あんまり人に話すことじゃないけど、話さないとどんどん追及されそうだ。
「冒険者になったのは難民を脱却して、いずれ町に住むことを目標としていたからです。決してずっと難民でいたいとは思っていません」
「でも、集落から出たくないって言ってたけど」
「それはその……集落の人たちは優しくて、だから離れがたいって思ってしまったんです」
私は初めて自分の気持ちを外に出した。
「親に見放されても一人で頑張って生きていくんだって思っていたんです。そんな私に集落の人たちは優しくしてくれて……本当に嬉しかった。でも、それと同時にみんなと離れて集落から出る事が怖くなっちゃったんです」
結局のところ虚勢を張っただけだ、本当は心細くてどうしようもなかった。風が吹けばすぐに飛ばされそうなほどの弱い心をなんとか奮い立たせて、懸命に頑張っていただけ。
そんな私の心を支えてくれた存在が集落のみんなだ。みんなで支え合っていたからこそ、自分は頑張ることができた。本当の私は、一人の私は、こんなにも弱い存在なんだ。
だから、そんな場所から出て行くのが怖く感じた。本当に一人になった時、果たして私は今まで通りに頑張って生きていくことができるのか……とても不安に思っている。
守るべきみんなとの生活がなくなるだけで、こんなにも動揺して動けなくなっているんだ。一人になった時、何ができるんだろう。
「私一人じゃ何もできないんじゃないかって思ってしまって……実際そう思ってしまったら、本当に何もできなくなってしまって……」
それで言葉が詰まってしまった。重い沈黙が降りるが、何を喋っていいか分からない。やっぱり、こんな話をするんじゃなかった……そう後悔した時だった。
「なーんだ、君も僕と同じなんだね」
明るいファルケさんの声が聞こえてきた。恐る恐るファルケさんを見てみると、こちらを見ながら笑っている。
「僕はね元々大きな商会で働いていた従業員だったんだ。お店と家を往復するだけが僕の世界だった」
「ファルケさん?」
「そんな僕にも夢があった。自分の商会を持つことだ。でも、今の生活を離れて新しい場所に踏み出すのが怖くて、僕は従業員のままだった」
突然始まった身の上話に耳を傾けると、それは自分と似ている境遇だったことを知る。
「前にも進めず、かといって今のままでも辛い。そんな日々を過ごしていたある日ね、冒険者だった今の奥さんに出会ったんだ」
あ、話に奥さんが入って来た。
「話して意気投合した僕たちは仲良くなってね、一緒に会うようになったんだ。仲良くなると色んなことを話すようになってね、つい僕の夢の事を話しちゃったんだ」
「どうなったんですか?」
「それはね……」
夢と奥さんの話がどう繋がってくるんだろう。勿体ぶるファルケさんの言葉を待つと――
「夢があるのにあんたは黙って見ているだけで我慢できるのかい、このスットコドッコイ!」
「……」
「あ、あれ?」
……奥さんがファルケさんのために言ってくれた台詞を言われても、困ります。
何も言わずにいると目に見えてファルケさんが慌て出した。
「絶対にウケると思ったのに」
「その、ごめんなさい」
ガックリと肩を落としてファルケさんは項垂れた。いや、本当にごめんなさい。なんか、心に響かなかったです。
頬をかいて遠慮がちに笑うファルケさんは気まずそうにしながらもまだ話をしてくれる。
「まぁ、なんていうか。僕がいいたいことは、その悩みは分かるし、集落を出たくないっていう気持ちも理解できる。そんな僕がリル君に言えることは一つだ、外は思ったよりも怖いところじゃないよ」
とても優しい声でそう言われた。
「そりゃ、今いる場所が温かくて居心地がいいとは思う。だけど、その場所だけが優しいんじゃなくて、外にだってそういう場所っていうものがあるんだ」
「……そういう場所に出会えなかったらどうするんですか?」
「そんな場所に出会いたい、と思っている限りは出会えると思うよ。立ち止まっても何も得られないのは分かっているんだから、一歩でもいいから進まなきゃ」
その一歩が中々でない。もう少しの勇気があれば、何かがあれば一歩を踏み出せるんだろうか? 自分の気持ちに答えが出なくて苦しい。
「その場所から離れたら辛いこともあるし、過去の優しさに戻りたいと思うこともあるだろう。でもどんな時も状況を変えられるのはリル君しかいないんだ」
「私だけが変えられる?」
「リル君自身が今をこの先を良いものに変えていくんだ。それは絶対に他人にはできないことだし、君が慕っている集落の人たちにもできないことだ」
今の私を変えるにはやっぱり私しか変えられなくて、私の気持ち一つで立ち止まったり進んだりできる。私はこのまま立ち止まりたいのか、進みたいのか……どっちなんだろうか?
「自分の気持ちが決まらないです。分かってはいるんですが、一歩を踏み出す勇気が出なくて……こんなこと初めてだからどうしたらいいか」
「今は悩んだっていいんだと思うよ。すぐに答えが出ないほど大切なことだから、じっくり考えて自分の答えを出すのがいいだろう」
「……ちなみにファルケさんはどうしたらいいと思います?」
ちょっと意地の悪い質問だったかな。でも、ファルケさんは表情を曇らせることなく話してくれる。
「そうだな……僕なら真剣に悩んでみる。それである日、道が開けて進んでいけるんだと思うよ」
「ファルケさんは進める人なんですね」
「それはどうだろう? 僕の場合奥さんがいたから進むことができたけどね。だから僕の言葉があの時の奥さんの言葉のように、リル君の背中を押すきっかけになってくれたら嬉しいな」
背中を押してくれる言葉か、ファルケさんの言葉にそんな力があったらいいな。そしたら、私は前に進んでいけるんだろうか。
集落から出ることを選択できるようになるんだろうか。