116.行商クエスト(7)
「村が見えてきたよ」
馬車の後ろで魔物を警戒している時にファルケさんから声がかかった。ゆっくりと立ち上がり馬車の前に移動して、御者台の向こう側を見る。
道の左右に分かれて家屋が立ち並んでいて、久しぶりに人がいる気配を感じた。
「そうだ、ちょっと緑のマジックバッグをとってよ」
「分かりました」
木箱の中を漁り緑のマジックバッグを取り出す。それをファルケさんに手渡すと、中から小さな太鼓とばちを出した。
「馬車から降りてこの太鼓を鳴らしながら歩いて欲しい。これで商人が村に来たことを知らせているんだ」
太鼓とばちを貰うと早速馬車の後ろから外に出て、馬車の前へと移動した。しばらくは村から離れているので太鼓を鳴らさない。
だんだんと家屋に近づき、あと50mというところで太鼓を打ち鳴らす。トン、トンと音が村に広がっていく。その音を鳴らしたまま村の中へと入って行った。
始めは何も反応がなかった。それでも音を鳴らして進んでいくと、どこからか人の視線を感じ始める。気になって周りを見てみると、人がいた。
窓を開けてこちらを見る人、ドアを開けてこちらを見る人、離れたところからこちらを見る人。探してみると沢山の人が私たちを見ていて驚いた。
そのまま道を進んでいくと、大きな広場が見えてくる。
「いつもあの広場を使わせてもらっているんだ」
「広場で商売をするんですね」
「うん、そうだよ。僕は村長の家に行ってくるから、リル君はこのまま道を進んで太鼓を鳴らして僕たちが来たことを知らせて。道を進んで家屋がなくなったら、この広場まで戻って来てね」
「広場で集合ということですね、分かりました」
広場に入るとファルケさんは道をそれて違う方向へと進みだした。私は言われた通りに道を進みながら太鼓を鳴らし続ける。すると、また視線を感じ始めた。
そんな視線を受けながらずっと進んでいく。誰にも話しかけられないまま村の端まで辿り着いた。それから振り返り、広場へと戻っていく。
ここまで村の様子とか見てみたけど、思ったよりは人が少なかった。家屋は100くらいありそうだけど、それに比べて人が少ないと思う。
まだ昼を過ぎたばかりだから、畑仕事にでも行っているのかな? そうすると行商が来たって分からないかもしれない。
うーん、それとも誰かが教えてくれるのかな。村のことは良く分からないや。
そんなことを考えている間に広場まで戻ってきた。辺りを見渡すが馬車の姿はなく、戻って来ていないことが分かる。仕方がないので、広場で立ってファルケさんを待つことにした。
◇
「お待たせ、さぁお店を開こうか、馬車の中に入っている木箱を全部外に運び出して」
あれからすぐにファルケさんは戻ってきた。馬車を広場に止めると早速行動を開始する。木箱を馬車の中から全て降ろすと、ファルケさんが近づいてきた。
「まず布を敷いて、その上に商品を並べる。えーっと、これだ。端を持ってもらえるかい?」
「はい」
手渡された布を広げていくと、かなりの大きさになった。その布を端を引っ張って皺を伸ばし、地面に優しく敷く。
もう一枚手渡されて、同じように広げて、同じように隣に敷いた。かなりの面積になったけど、こんなに商品を並べるんだろうか?
「リル君はこのマジックバッグの中身を並べて欲しい」
手渡されたずっしりと重いマジッグバッグ。それを地面に置くと、中に手を入れて商品を取り出していく。端から順番に綺麗に並べるが色んな大きさの商品があって、配置とか考えるのが大変だ。
頭を悩ませながら配置を考えて、商品を見栄えよく置いていく。
「お、いい感じだね。その調子で頼むよ」
「ありがとうございます」
良かった褒められた。この調子でどんどん商品を並べていく。ちょっと楽しくなってきた。
「よし、終わりました」
時間はかかったが並べ終えることができた。ファルケさんは私が配置した商品を見て、強く頷く。
「うん、いいね。あと、これが価格表ね。これを見ながら会計をしてもらってもいいかな」
手渡された紙の束を見てみると、商品名の隣に価格が書かれてあった。だけど可笑しい、価格が二つ書かれていてどちらが正しいのか分からない。
「あの、二つの価格が書いてあるのですが」
「左に書いてあるほうが定価で、右に書いてある方が値切りの限界価格っていうところかな。値切ってくる人もいるから、その価格を基準にして対応して欲しい」
確かに、値切ってくる人も出てくるよね。この価格が限界価格っていうんだから、これ以上値切られないように話をつけないといけないんだね。うぅ、難しそうだ。
イメージトレーニングをしないとね。えーっと、値切って欲しい価格を聞いてそれから価格を伝える。でも、すぐに限界価格を伝えるんじゃなくて、始めは少し高めに提示してそれから価格を徐々に下げていくって感じかな。
「難しそうですね」
「始めはそうかもしれないけど、慣れてくるとそのやり取りも楽しくなるよ」
そういうものなんだろうか。とにかく、失敗だけはしないように気を付けないとね。
ふと顔を上げてみると、私たちの前には数人の村人がやって来ていた。少し離れたところからこちらを見ていて、開店するのを待っているようにも見える。
「さぁて、お客さんも来たところだし開店しよう。お待たせしました、エルクト商会出張所開店です!」
ファルケさんが声を上げると、待ってましたと言わんばかりに村人たちが近づいてきた。村人たちは商品を見ながら楽しそうに話をしている。
「えーっと……あった」
「これなんてどうかしら?」
「あー、あれ欲しいな」
「お菓子だ、お菓子があるよ! ねぇ、買って!」
商品を手に取ったり、眺めたりしていて村人の反応は上々だ。
「そうだ、リル君。少し時間が経ったら僕はこの村唯一の商店に商品を卸しに行ってくるよ」
「そうなんですね。心細いですが、頑張ります!」
「始めは一緒にやってやり方を覚えていってね」
そっか、ファルケさんには違う仕事もあるんだな。一人になっても不安がないように、一緒にいる時間で経験を積んでおこう。
隣を見てみると、ファルケさんはお客さんに商品を勧めたりしていた。ふむふむ、なるほど。私も勇気を出して真似をしてみよう。
「お客様、気になる商品はありましたか?」
話しかけたのは40代くらいの男性だ。
「酒が欲しいんだが、沢山あって決まらなくてな」
お酒か、商品を手に取ってラベルを確認してみる。ラベルには酒の名前と味やアルコールの強さが書かれてあった。
「どんなお酒が好きですか?」
「そうだな……酒は好きなんだが、そんなに強くない酒がいいんだ。あとスッキリとした味が好みだな」
「私も一緒に探しますね」
アルコールが弱くてスッキリとした味のお酒だね。並べた酒のラベルを一本ずつ確認していく。強い、普通、強い、強い……弱い、これはまったりとした味わいか。
えーっと、これでもないし、こっちは違う。あった、アルコールが弱くてスッキリとした味だ。
「お客様、こちらなんていうのはどうでしょう?」
「どれどれ……おー、これだ! これを一本くれ」
「毎度ありがとうございます」
酒の名前を確認すると、価格表を見る。
「5800ルタになります」
「なら、これで」
「はい、6000ルタお預かりしますね」
お金を受け取ったが、おつりはどこから出せばいいんだろう?
「はい、リル君」
ファルケさんが箱を差し出して、地面に置いた。その中には様々な硬貨が入っていた、どうやらここにお金を入れておつりを出すらしい。そこにお金を入れて、おつりを取る。
「では200ルタのお返しです」
「ん、どうも」
「ありがとうございました!」
ちゃんと接客できた。そのお客さんは満足そうな顔をしてその場を離れていった。
「リル君」
「はい」
呼ばれて振り向くと、ファルケさんが親指を立てていた。どうやらいい接客ができたらしい、嬉しくなって頬が緩んでいく。この調子でどんどん接客していこう!