114.行商クエスト(5)
辺りを見渡すと日は沈み薄暗くなってくる。ふと、馬車のほうを見てみると昼のように明るく照らす灯りがあった。
あんな灯り初めて見た、なんだろう? 不思議に思いながら馬車に近づくと、その光は一つのランタンが灯していた。
地面に突き刺した棒の先で吊るされるランタンは火の灯りではなく、前世でよく見かけた電灯の灯りに似ている。じっと見ているとファルケさんに笑われた。
「それが珍しいかい?」
「はい。灯りって言えばろうそくとかの灯りだと思ったんですけど、これはそれとは違いますね」
「それは魔石に光の魔法を入れたランタンさ」
「魔石に光の魔法を?」
初耳だ。今まで魔石に込めるのは魔力だけだと思ったけど、魔法自体を込めることもできるんだ。
ファルケさんはランタンに近づいて中を見せてくれた。ランタンの中は中央の台に魔石がはめ込まれており、そこから光を放っている。
まだまだ知らないことがいっぱいあるんだな。以前働いたところでは魔力だけだったけど、魔法も込めていたんだろうか?
「だったらこれも知らないかな。発火コンロ」
手招きされてついていくと、地面の上に置かれたものを指差される。それは丸い形をした台で鉄でできているようだ。台の表面には四つの魔石が埋め込まれており、側面にはボタンみたいなものが一つだけついていた。
「この突起を押すと」
ファルケさんがボタンを押すと、台の表面についていた魔石が燃え始めた。前世でよく見たコンロにそっくりだ。
「突起を回すと火の勢いも調節できる。これがあれば焚火の用意をしなくても済むんだ」
「ランタンとコンロ、旅にピッタリな道具ですね」
「荷物が減るのと、時間短縮にはもってこいさ。まぁ安いものじゃないし、維持費も結構するからそこが大変かな」
そういいつつ、小さな鍋をコンロの上に置いた。その中には野菜やお肉が入ったスープが入っており、コトコトと煮立たせる。
「そうだ、これも知らないかな。旅の必需品、消臭香」
袋の中から黒い塊を出してきたけど、それがなんなのか全然分からない。
「消臭ってことは匂いを消すってことですよね」
「そう、こいつを焚くと食べ物の匂いや体臭の匂いを消すことができるんだ。匂いに釣られて魔物が現れることもあるから、こいつを焚いて僕たちの匂いを消して存在を隠すんだ」
消臭香をコンロの火に近づかせると、煙が立ち込めた。それを地面の上に置くと、煙が一本高く昇っていく。
「これで安心して寝ることができる」
「見張りとか必要ありませんか?」
「見張りはいるよ、馬さ。あいつは繊細だから、寝ている時に魔物が近づいてくると教えてくれるんだ」
へぇ、そうなんだ。教えてくれるだなんて賢い馬さんなんだな。
「どんな風に教えてくれるんですか?」
「あー……髪を食って引っ張ってくるんだ」
「え、結構強引ですね」
「まぁ、起きられないよりはいいよね」
そっか髪の毛を食べられちゃうのか……どうか魔物が現れませんように。
二人で他愛もない話をしていると、スープが煮立ってきた。ファルケさんはボタンを押して火を止めると、袋の中からお椀を取り出す。それから鍋を傾けてお椀にスープと具を注ぎ入れた。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
お椀とスプーン、それにコップを受け取る。ファルケさんは鍋の取っ手を持って、そのまま食べるらしい。水の入った脚つきの樽からコップに水を注いだ。
「このスープは買ってきたものなんですか?」
「そうなんだ。妻も体調悪くて作れなかったし、僕も商品の買い出しとかで忙しかったしね。さぁ、食べようか」
「いただきます」
わざわざ買ってきてくれたものだったんだな、ありがたい。早速スプーンでスープや具をすくって食べ始める。空腹だったからすごく美味しく感じるな。
二人で黙々と食べ進めていき、食べ終わる頃には周囲は暗闇に包まれた。ランタンの灯りだけが馬車の周りを明るく照らしてくれている。
「ごちそうさまでした。食器を洗いたいんですけど、水とかですすぎ洗いしても大丈夫ですか?」
「それなら、緑色のマジックバッグに水が入った小さな樽と洗う用の布があったから、それを使って」
「分かりました」
地面に置きっぱなしのマジックバッグに近づき、中を漁る。えーっと、あった樽。あとは布……布……これかな?
「ファルケさん、布ってこれでいいですか?」
「あー、それそれ」
「あ、ファルケさんの鍋とスプーンも一緒に洗っちゃいますね」
「助かるよ」
ファルケさんから鍋とスプーンを受け取った。馬車から少し離れたところまで移動すると、樽から水を出して食器をゆすぐ。それから布を濡らして食器を洗い始めた。最後にまた水でゆすぐと完了だ。
さて、あとは食器をどこにしまうか、だね。一度ファルケさんの所まで近づくと声をかける。
「あの食器とかも緑のマジックバッグに入れておきますか?」
「うん、そうだね。あ、この袋の中に食器を入れておいて」
それから緑のマジックバッグに物を全部入れ終えた。するとファルケさんも残った道具を緑のマジックバッグに入れて片づける。あっという間に、外にはランタンと消臭香だけとなってしまう。
「そういえば、着替えとかする?」
「明日になってからしようと思います」
「分かった。なら馬車の中でするといいよ。その時僕は外にいるからね、安心して」
「ありがとうございます」
もしかしたら魔物が現れる可能性もあるから、いつでも飛び出せるような格好でいたいしね。二人でランタンの近くで腰を下ろす。
「馬車の旅はどうだった?」
「自分で歩かないから楽かな、と思ったら違いました。揺られるのがこんなに疲れるだなんて思ってもみませんでした」
「そうだろうね。前にも言ったけど、辛かったら馬車から降りて歩いてもいいからね」
「はい、その時はそうさせてもらいますね」
全然動いていないのにお腹も減ったしね、馬車の旅は体力がいるな。そういえば、町から離れて泊まるのって初めてだよね。
つい、その不安な気持ちが零れる。
「今回初めて町から離れて泊まるのでちょっと不安ですね」
「そっか、普段は町で働いていたり、近くで魔物討伐をしていたんだよね。離れるのは怖いと思うけど、意外と呆気なかったりするよ」
「ファルケさんは初めての時はどうだったんですか?」
「僕は先のことを考えてワクワクしたね。怖いものって思っていなかったからなのか、すんなり適応できたと思うよ」
人によって離れる時に感じるものは違うんだな。私は集落のことばかり考えているから、離れた時も考えてしまって寂しくなるんだろう。
でもファルケさんは先のことを考えているから、寂しくなかったんだな。私も先のことを考えていたら、寂しくなくなるのかな。
こういうの初めてだから気持ちが定まらない。また集落に戻れる旅路なのに、離れてしまったことへの寂しさで心がいっぱいになりそうだ。
「可笑しいね、昼はあんなに活躍してくれていたからそんな気配なんて感じなかったのに」
「昼はお仕事でしたし、気持ちを切り替えてます」
「それは頼もしいな。旅はまだ続くんだ、気楽になってくれたら嬉しいよ」
そっか、もっと気楽にいたら良かったのかな。難しく考えてしまうから、色々と不安が出てきてしまったのかもしれない。ファルケさんみたいにこの旅が楽しめればいいな。
そして、誰かと一緒にいて語らう夜が初めてなのに気づいたのは、寝る直前のことだった。