110.行商クエスト(1)
冒険者ギルドのホールに冒険者が沢山入ってきた、久しぶりに朝のピークを見た気がする。冒険者でごった返したホールは賑やかで、色んな声が聞こえてきた。
そろそろ代表者のファルケさんが来そうだけど、まだかな。冒険者を見ながら時間を潰していると、こちらに近づいてくる男の人が見えた。
髪を一つに束ねた青髪をした長身の人だ。慌てた様子で真っすぐやってきた。
「あの、君がリル君かな?」
「はい、冒険者のリルです」
「そうか、良かった! 僕はファルケ、エルクト商会の代表者だ」
どうやらこの人がファルケさんらしい。にっこりと笑う姿は愛想が良くて、警戒する心を解してくれる。そのままニコニコしながら席についた。
「いやー、手伝ってくれる冒険者が見つかって本当に良かったよ。ギルド職員からは難しいとは言われてたからね、今回の行商は諦めようと思っていたところだったんだ」
「あの、私でいいんですか?」
なんだか私で採用みたいな流れになっていて驚いた。なんだか話が早すぎてついていけない。
ファルケさんは強く頷いて話してくれる。
「あぁ、そのこと? ギルド職員から君のことをさっき聞いてね。魔物の討伐数、町中でのクエストの経歴を見させてもらったよ。どれも問題ない」
どうやら私の情報を聞いた後みたいだ。魔物討伐は森のほうが多くなったけど、草原も時々挟んで討伐をしていた。町中のクエストも討伐の合間に色々と受けてみたりしていたけど、その経験で十分だったらしい。
「僕の行商にピッタリな人材がいて驚いたくらいだ。普段は僕と妻、二人で協力し合って行商をしていたから、それを補える人が欲しかったんだ」
「今回は奥さん、行商には行かないんですか?」
「そうなんだ、体調を崩してしまってねしばらく安静が必要なんだ。定期行商の時期だったから止めるわけにはいかないから、代わりになる人を探していた」
なるほど、私は奥さんの代わりに行商の手伝いをすることになるんだ。定期的に村へ行商に行っているなら、止めるわけにはいかないよね。
「あ、このクエスト受けて貰えるかい? 僕としては是非君に受けてもらいたいと思っているんだ」
「はい、私で大丈夫ですか?」
「大丈夫! なら、よろしく頼むよ」
ファルケさんはそう言って手を差し出した、握手だ。私も手を差し出して、手を握る。すると、ファルケさんは元気よく手を上下に振った。喜びが溢れてしまったみたいだ。
手を解くと、早速ファルケさんが行商について話し始めた。
「今回の行商では二つの村を経由していく。三日間かけて一つの町に行き一日泊まる、今度は二日間かけて次の村に行き一日泊まる、最後は三日間かけてこの町に戻ってくる。あ、三日間と言っても実質二日間とちょっとぐらいかな」
村って結構離れているんだね。町から離れたことがないからその辺りは良くわからないな。
「道中、どうしても魔物と遭遇してしまうんだ。遭遇してしまった時は討伐をお願いするよ。一応僕も武器は持っていくけど、冒険者より強くないから当てにしない方がいい」
持っていく武器は護身用ってことかな。主に私が魔物を討伐していくことになりそうだ。気を引き締めていかないとね。
「村についたら僕は商店に商品を卸しに行ったり、買い付けに行ったりする。リル君は商品を並べて、村人が買いに来るからその対応をしてもらうね」
ファルケさんは他にやることがあるから、村人への販売は私が一人でやるんだな。確かにこれは二人いないとできないことだ。
「行商中、幌馬車の中で寝泊まりすることになるよ。寝具はこっちで用意するから、何も必要ないからね」
それはありがたいな。町から離れて泊まるのは初めてだから、必要なものを買いそろえないといけないのかなって思ったけど杞憂だったみたい。
「食事はこちらで用意する。時間軽減の高いマジックバッグに十日間の食事を入れて持っていくんだ。万が一のために二日分余分に持っていくよ。これだと道中で自炊しなくてもいいし、調理道具とか持たなくても平気だからね」
そっか、食事の問題もあったんだ。用意してもらうのは本当に助かるし、マジックバッグに入れて持っていけば作らなくて済むしいいね。
何度も行商に行っているから必要なことが分かっている。だから事前に必要な分だけを用意できるんだろうな。私も万が一のために、多少の食料と寝る時の簡単な寝具を用意しておこう。
あと必要な物って言ったら、着替えの服くらいかな。
「着替えを洗うことはできますか?」
「道中の近くに水場はないから、村に入ってからまとめて洗うことはできるよ」
ということは、道中はある分で着替えをして乗り切る感じかな。村に着いたらまとめて洗って、干す場所はどうしよう。
「着替えを干す場所とかありますか?」
「幌馬車の中で干せる場所を確保しているから、そこに干して貰えればいいよ」
うん、着替えは大丈夫そうだ。多く見積もって5着持っていけばいいかな。今ある服だけだと足りないから買ってこないとね。
後は必要なものはあるかな。うーん、考えても思い浮かばないや。
「あの、私が持ってくるもので必要なものって何かありますか?」
「そうだな……魔物討伐に必要な道具、着替えとかあればいいと思うよ。あ、それと馬車は揺れるから座っているとお尻が痛くなっちゃうんだよね。クッションとかあったほうがいいかも」
「クッション、分かりました」
馬車に乗って移動するから、お尻が痛くなっちゃうよね。お尻を守るためにクッションを買ってこよう。
「出発は明後日だ、行けそうかい?」
「はい、大丈夫です」
「なら、今日僕がここに来た時間までに南門で待っていて欲しい」
「分かりました」
出発は明後日、南門の集合だね。時間も配給を食べてからでも大丈夫そうだ、今のところは問題はなさそう。
「そうそう、報酬は最終日にまとめて渡すことになるけどいいかい?」
「はい、それで大丈夫です」
「なら、そうさせてもらうよ」
そう言ったファルケさんは嬉しそうにニコニコと笑っていた。まだ何か言いたそうにしているけど、聞いた方がいいのかな?
「いやー、本当に助かるよ。一時はどうなるかと思ったけど、これで安心して行商に行ける。この出会いに感謝だ」
なんだかすごく感謝されていてくすぐったい。私は普通にクエストを受けただけだと思っていたんだけど、ファルケさんは違うみたいだ。
少しでも力になれたなら、嬉しいな。うん、喜ばれたり望まれたりして仕事をするって気持ちのいいことなんだ。
「じゃ、僕は行くね。行商ができるようになったから、急いで商品の買い付けをしないといけないから」
「私も必要なものを買い出しに行きます」
「じゃあ、明後日からよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
席を立ったファルケさんは手を伸ばしてきた。その手に自分の手を重ねて握手をすると、ファルケさんは足早に冒険者ギルドを去って行く。
クエストの依頼者がいい人で良かった。安心すると肩に入っていた力が抜ける。
さてと、私も買い出しにいかないと。着替え、少量の食料、寝る時に被る布、クッション……あとは無いかな。まずは受付でお金を下ろさなくちゃ。
私は待合席を立ち、カウンターに並んでいる列に再び並んだ。