09
たったひとりの心細さ、ナツがそばにいないこと、そして弱ってしまった体、夏の精たちの突然の言葉、色んなものが混じりあって、ユキはぼんやりとそこに立ち尽くすばかりでした。
やがて、やっとのことで夏の精たちの呼びかける声が聞こえ、そうしてユキは、自分が涙を流していることを知りました。
なぜだか無性に悲しいのです。
ただひたすらに、泣くことしか出来なかったのです。
夏の精たちは、ユキを椅子に座らせて、落ち着くのを待ちました。
顔を伏せてしまったユキの泣き声がおさまったころ、夏の精たちはゆっくりと話をはじめました。
「あれは、一昨日の夜だった。ひとりで帰ってきたナツは、誰とも話さずにまっすぐ長老の部屋へ向かったんだ」
それは夏の精たちの間では珍しいことでした。
長老に報告することなんかそうめったにありませんし、忙しい長老の邪魔をしてはいけませんし、それに長老は本ばかり読んで話相手にもなってくれないのです。
そのとき、ナツの顔はすごくまじめなものでした。
妙な雰囲気を感じとったナツの知り合いたちは、ナツが長老の部屋に入ったあと、部屋の入り口に近づき、中の会話をこっそりと聞いたのです。
「ナツは長老にこういってたんだよ。『これ以上夏を振りまくのをやめよう。今度の夏は、今のままでも十分だ。あとは何もせず秋が来るのをまって、眠りにつこう』ってな」
「そうして、長老はこういった。『夏の精が夏を振りまかなくてどうする。これは我々の仕事だ。……そうか、ナツ。お前はあの冬の精のことを気にしているんだな。ふしぎなぐらいに夏の中にいられたあの子も、もっともっと夏が深まれば、おそらくは消えてしまうのだから。そうだろう』」
「ナツはそれを認めたよ。ユキちゃん、あんたが苦しそうにしていたって、ナツはいっていた。『それは夏が深くなったせいだろう、自分はもう夏を振りまきたくない』とも」
「それに君がすごくいい子だってこともいっていた。冬の精なのに、夏を振りまくのを手伝ってくれたことも。夏の精になろうとしていたことも」
「だけど長老は、ユキちゃんのことについては何も答えなかった。ただ、こういっただけだった。『夏の精が、夏を振りまこうとしないとは、けしからん。ナツ、お前はもうあの子のそばにいてはいけない。あの子が悪いとはいわん。お前とあの子が会うことが悪いのだ』」
「『それに、つらくなるだけだ』」
「『だから、ナツ、お前をとなりのねぐらに送ろう。そこで働くといい。働かなければならん……』長老は、そういってたんだ。長老に命令されたら、ぼくたち夏の精は従わなければならない。もちろん、ナツだって。だから、そういうわけさ……」
夏の精たちの話はそこで終わりました。
そのときユキはまだ、顔を伏せていましたが、やがて顔をあげると、周りにいた夏の精たちに聞きました。
「それで?」
「だから、ナツはいま、となりのねぐらにいるよ。別の場所で仕事をしてる」
「……え、じゃあさ、ナツはそこにいるのね?」
ユキは、まだ涙で濡れていた目をきらきらさせながら、周りの夏の精たちに聞きました。
「あ、ああ」
「なんだ。それなら、わたしがナツに会いに行けばいいんじゃない。そうだ、そうしよう」
ユキは、椅子から立ちあがると、涙をぬぐい、力強くうなずきました。
「でも、となりのねぐらまで飛んで行くのは、今の君じゃ……」
「行こうと思えばいけるんでしょう? 絶対に会えないわけじゃない。ねぐらがどれだけ遠くてもさ。……わたし、みんながいなくなったっていったから、てっきり、ナツがどうにかなっちゃったのかと思った。もう二度と会えなくなったのかなって」
そういって、ユキはにっこりと笑いました。
ついさっきまで泣いていたのに。
「そのねぐらの場所、おしえて。わたし、ナツに会いにいく」
※※※
ダメだ、とは誰もいいませんでした。
戸惑いながらも、みんなはユキのことを気づかい、応援し、そうしてとなりのねぐらに向かう道を教えてくれました。
夏の精たちはユキに、今はゆっくり休んで、朝になったら出発すればいい、そういったのですが、ユキは断りました。
ユキはすぐにでも、ナツに会いにいきたかったのです。
夏の精のねぐらの前で、ユキはみんなに別れを告げました。
「じゃあ、みんな、ありがとう。わたし、絶対にナツに会ってくる。……もう、最後かもしれないしね」
ねぐらの入り口に集まっていた夏の精たちは、みんな、悲しそうな顔を浮かべました。
そして、口々に声をかけるのでした。
「さようなら、ユキちゃん」
ユキはうなずき、夏の精のねぐらを離れていったのです。