07
ユキがすっかり夏の精の一員のように暮らしていく中、夏はどんどんと深まっていきました。
そんなある日のことでした。
森の中にもすっかり夏が行き渡り、濃い緑や虫たちの声の中を、ふたりは飛び回っていました。
ユキはすっかり夏のちからの使い方にもなれていました。
今ではときどき、ナツから離れてひとりで仕事をすることもあるぐらいでした。
「ね、ね、わたし、すっかりこの季節の精って感じじゃない? そりゃナツほどじゃないかもしれないけどさ、あともうすこし時間があれば、立派な夏の精になれるんじゃないかしら」
手から光を出しながらとびまわり、夏をどんどんと振りまきながらユキはいいました。
「そうかな。俺からみると、夏の精にはまだまだだよ。夏はこれからだしな」
ナツは軽い気持ちでそういったのですが、ユキは、いつものように大げさに反発したりはしませんでした。
飛びまわるのをやめてナツのすぐ目の前に止まり、じっとナツを見つめると、ユキは強い声でいいました。
「……ねえ、ナツ。そういう言い方ってないんじゃない? もしいま急に冬になったらさ、ナツは雪をふらせることが出来る? 出来ないでしょ。それなのに、まだまだだ、なんて。わたしなんか夏の精になれないってこと? こんなにナツを手伝ってるのに?」
「……俺は別に、そういうつもりでいったわけじゃなくて」
ナツはそう答えてから、はっと気がつきました。
このところユキが元気そうだったので、ナツはすっかり忘れていたのです。
ユキは、もしも夏の精になれなかったら、この世界から消えてしまうのです。
「じゃあどういうつもりよ。ナツはわたしのこと応援してくれてると思ってた。だから、わたしだって……」
そこで突然、ユキがふらりと力を失ったように落ちていきました。
目の前から遠ざかっていくユキを見ても、ナツはすぐには動けませんでした。
「ユキ!」
どんどん地面へと近づいていくユキに、ナツはやっとのことで追いつき、その体をうけとめました。
ユキの肩を抱きかかえながら地面へ下ろし、ナツは大きな声で呼びかけました。
「おい! どうした、大丈夫か?」
ユキは、閉じていた目をすぐにあけました。
ナツの腕のなかから体を起こすと、一度頭をふってから、弱々しく笑いました。
「ごめん。最近ちょっと疲れてるみたいでさ。……ありがと、助けてくれて」
「疲れてるって……」
いくら疲れているからって、空から落ちてしまう妖精のことなんか、ナツは聞いたこともありませんでした。
ユキはふう、と息をはきました。
「ダメだな。本当に、まだまだなのかも。やっぱり、なれないことしてるから、力が落ちてきてるのかな。……わたし、ここでちょっと休んでる。ナツ、あんたは仕事してきなよ」
ユキはいま、地面に腰を下ろしていました。
その姿をじっとながめてから、ナツはいいました。
「お前の力、いつから落ちてきてる? 疲れるようになったのって、いつからだ?」
「うん? いつからだろう。ここのところ、ずっとだけど」
「……そうか。休むなら、冬の精のねぐらの方がいいかもしれない。あそこの方が、お前の体にはいいだろう」
ナツはそういうと、ユキの体を両腕でかかえて、冬の精のねぐらに向かって飛びはじめました。
冬の精のねぐらの入り口で、ナツはユキのことをおろしました。
ユキはねぐらの扉を開きましたが、中に入る前に振り返っていいました。
「ごめんね、ナツ。……ねえ、さっきの、忘れて。わたし、気が立ってたみたい。ナツのちょっとした軽口なのにね。妙な反応しちゃってさ。わたしらしくもない……」
「うん、わかってる。しばらく、休んでいるといい」
その言葉にユキはうなずいて、扉の奥へと姿を消しました。
ユキの姿を見届けてから、ナツは冬の精のねぐらを見下ろせるところまでとび、そうして小さくつぶやきました。
「やっぱり無理なんだ。冬の精は夏の精にはなれない。……それに、夏は本当にこれからなんだ、ユキ」