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06

 それは、ユキがナツのあとを追いかけはじめてから、何日もたったころのことでした。

 いつもと同じように、ナツがまじめに夏の精としての仕事をしていたとき、突然後ろでユキの声がしました。


「ナツ! ねえ、ナツ! 大変よ、大変。見てよ、ほら」


 その大声にナツがいそいで振り返ると、ユキは両手を背の低い木の葉っぱへ向けているところでした。

 おどろいたことに、ユキの両手からは、ナツのよりもずっと光も暖かさも少ないけれど、それでも確かに夏をふりまく光が放たれていたのです。


 その光が消えてしまったのは、ナツが目にしてからすぐのことでした。

 それでもナツは、びっくりして何もいえず、ユキの両手をじっとみつめていました。


「見た? ねえ、見た? わたし、すごくない?」


 ユキはうれしさのあまり、ナツの肩をつかんでゆらしながら、そういいました。

 ゆさぶられながら、ナツは、やっとのことで返事をしました。


「……そういうこと、ほんとうにできるんだ。冬の精なのに」


「それが、出来たんだって。やっぱりナツのいったとおり。雪を降らせる感じとすこし違う、だけど同じことなのよ。この季節のちからを振りまくってことなの。ありがとう、ナツ。あなたのおかげ」


 ユキはそういって両手でナツの両手をにぎりしめて、ぶんぶんと上下に振りました。

 それから、振り向いてまた、両手を木の葉に向けるのです。


「……あれ、今度はできない。なんでだろ」


 ナツは、そんなユキには聞こえない声で、一言つぶやきました。


「すごいよ、お前」


「あ、またできた。なんで? コツがあるのね、たぶん」



   ※※※



 しばらくは、ユキは夏のちからをそれほどうまくは使いこなせませんでした。

 光がでたり、出なかったり。

 もしも光が出ても、暖かさや光の強さが、そのときそのときでちがうのです。


 けれど、仕事をするナツのとなりで練習していくうちに、だんだんとユキも光の出し方がじょうずになっていきました。

 もちろん、ナツほどではありませんが、ナツがその日のうちにやらなければならない仕事のいくらかを手伝えるぐらいには、夏のちからを使えるようになったのです。


「上手くなったじゃないか」


 ナツがひとりでやるよりも早く、仕事が終わるようになりました。

 そこでふたりはよく、仕事の途中で話をしたり、あまった時間を冬の精のねぐらの前で過ごすようになりました。


「そうでしょ。こう見えてもわたし、ここらの冬の精の中だと、雪を生み出すのは一番うまいんだから。飲み込みがはやいのよね」


「それ、自分でいうことか?」


「でも、だいぶましになったでしょう? なんか、近ごろのわたし、いい感じじゃない?」


 ナツは少し考え込んでから、けれどいつものようにため息はつかず、ゆっくりとしずかにうなずきました。



   ※※※



 ナツが、夏の精のねぐらに帰ってくるのも前よりもずっと早くなり、時には一番乗りでねぐらに帰ってくることもありました。


「最近やけに早いじゃないか、ナツ。そんなにがんばってるのか?」


 あるとき、ナツがユキと話していると、夏の精の仲間たちが話しかけてきました。

 このところねぐらに帰ってくると、誰もいない大広間にふたりだけで座っているので、ふたりはよく目立っていたのです。

 ナツは首を横にふると、その夏の精に向かっていいました。


「そうじゃない。こいつが手伝ってくれるんだ」


 そういってユキに目を向けると、ユキはいつものように手をあげて、にっこりと微笑みました。


「はあい。はじめまして。わたし、ユキ。冬の精だけど、夏の精の見習いをやってるの」


 そこにいた夏の精たちは、みんな、妙な顔をしました。

 やがて、そのうちのひとりが口を開きました。


「えーと、たしかにあんた、見かけるようになったのは最近だけど……何だって? フユ?」


「そう、冬。そういう季節があるのよ。それでわたし、もともとは冬の精。ほら、見た目も違うじゃない」


 みんな、それまで何度もユキのことを見ていたはずなのに、改めてユキのことを上から下までながめました。

 たしかに、真っ白な服を着ていて、夏の精とは違います。


「どういうことかというと……」


 ナツがそう言いかけたとき、ユキはさっとナツの前に手を広げて、その言葉をさえぎりました。


「わたしが説明する。だって、ナツ、口下手だもの」


「そんなことない」


「そうよ。おまけに無愛想。そうじゃない?」


 ユキが夏の精たちに目くばせすると、彼らはみんなうなずきました。


「たしかにそうだ」


 そうして、ユキとみんなが一緒になって、ははは、と笑うのです。


「何だよ。どいつもこいつも」


 笑い声のなかで、ナツがユキをにらみつけたとき、ふと、さっきまで笑っていたはずのユキがまじめな顔に戻っていることに気がつきました。

 顔をしかめていて、それはどこか、つらそうな表情にも見えました。


「どうした?」


 ユキの肩をぽんとたたいてナツが聞くと、ユキは首を横にふって答えました。


「ううん、なんでもない。ナツ、やっぱりあなたから説明して。わたしいま、ちょっと疲れてるかも」


 そういうユキの顔を、夏の精のひとりがのぞきこみながらいいました。


「……その、ユキちゃん、だったな。どうかしたのか。疲れてるんだって?」


 ユキはまた、にっこりと笑ってこたえました。


「だいじょうぶ。ちょっとナツのお手伝いをしすぎたせいかも。みんな、やっぱりわたしのことについてはナツから話すわ。いつも手伝ってもらってる代わりに、今度はナツがわたしの手伝いをしたいんだってさ。ほら、ナツ」


 ユキがナツの背中をどんと手の平でたたき、みんなはまた大きな声で笑いました。


「ああ。そうだな、えーと、そうだ、はじめはだな……そうだな……あの、そもそもはだな……」


「やっぱり口下手」


 そうやってユキから茶化されながらも、ナツはこれまでのこと、ユキと出会ってからのことを夏の精たちに話しはじめました。

 笑い声や、おどろきの声や、いつの間にかまたひとりだけまじめな顔に戻っているユキの横顔を見ながら、ナツは仲間たちに話をつづけたのでした。

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