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03

 夜がやってきました。

 冬の精たちは夜になっても眠りませんが、それでも夜は、ゆっくりと休みをとる時間でした。


 それはどうやら夏の精たちも同じだったらしく、ユキがねぐらの前で待っていると、一日の仕事を終えたナツが、遠くの森を飛んでいくのがみえました。

 ユキはちょっと安心をしてから、ナツに近づいていきました。

 夜がくるのがあんまり遅いので、もしかしたら夏には夜が来ないのかもしれない、そうして夏の精は休みなんかとらないのかもしれない、そう思っていたところだったのです。


「ナツ、お疲れさま」


 声をかけると、ナツはおどろいたようにこちらに目を向けました。

 それから、無愛想にいいました。


「何の用だ」


 さっきと同じ不機嫌そうな声に、ユキは少しむっとしました。

 けれど、今はこの、ナツしか頼れる知り合いはいないのです。


「あなたたちの、一番えらいひとって誰? わたしたちには、長老っていたんだけど」


「……俺たちにもいる。それで?」


「あなたたちの長老に会いたいの」


 ナツは、なぜ? とでも聞きたそうな顔をしました。

 ユキは笑顔を見せながら、強い口調でつづけました。


「いいから、連れていきなさいよ」


 ナツはまだ何か聞きたそうでしたが、それでもしぶしぶとうなずきました。

 いわれなくても、ナツはちょうどいま、長老のいるねぐらに帰るところでしたしから。

 

 夏の精のねぐらに向かって飛びながら、ナツはユキにいいました。


「連れていくのは構わないけど、きっと長老は忙しい。お前の相手はしてくれないだろう」


「そんなの試してみないとわからないでしょう? ……まあ、わたしたちの長老も忙しかったから、ナツのいってることはわかるんだけどさ」


「……お前って、なんなんだ?」


「わたしは冬の精。あなた、この季節……夏の精でしょ? 名前もナツだしさ」


 冬の精?

 ナツは、冬なんてことばを聞いたのはまだ三度めでした。

 もちろん、最初の二度はさっきユキがいったときにはじめて聞いたのです。


「冬っていう季節があるのか」


「さっきもいわなかったっけ。じゃ、あなた、秋は知ってる? 春は?」


「春も秋も知っている。春は夏の前。秋は夏の後」


「やっぱり。冬は秋の後、そして春の前。あなたと話してから、わたし、考えてたんだけどさ。季節って、春・夏・秋・冬って順番なのね。知らなかったわ。春と秋、つながってるとばっかり思ってた」


 ナツはちょっと考えるような様子をみせてから、ふと、気をとりなおしたようにいいました。


「長老と会って、どうするんだ?」


「んーとね、……」


 ナツはもう一言、ユキが答える前にいいました。


「そもそも、冬の精がどうして起きているんだ? 今は夏だぞ」


「えーっと……」


 その質問に答えようかどうか、ユキは迷いました。

 ねむりのくすりをちゃんと飲まなかったから?

 そんなこと、言えるわけない。

 妖精は普通、そんなことしないものなんだから。


 森を抜けたのは、ユキが答える前のことでした。

 森がとぎれて、背の低い草原に変わってしまう境目に、小さくて黄色くて丸い、人間の目には見えない家があったのです。


「ほら、あれが俺たちのねぐらだ」



   ※※※



 ちょうど、多くの夏の精たちがねぐらに戻ってきているところでした。

 大広間には、今はベッドではなくテーブルとイスが出ており、多くの妖精たちがそこに座っておしゃべりをしたり、様々な遊びをしたり、休憩をしたりしているのです。


 ざわざわとさわがしい声がする中を、ふたりは奥へ向かって歩きました。

 黄色い夏の精たちの間でユキの白い姿は目立ちましたが、せいぜい目ざとい妖精がふと目を止めるぐらいのもので、そのことを本当に気にしているものはいないようでした。

 

 大広間の一番奥に、別の部屋へつながる扉がありました。

 扉を開くと、ナツやユキたち普通の妖精より一回り大きな、黄色い年老いた妖精が、椅子に座って本を読んでいました。

 その大きな妖精は部屋にふたりが入ったのも気にせず、こちらに目を向ける様子すらありませんでした。


「長老」


 ナツが声をかけると、長老はちらりと目を上げました。

 ただ、その目はナツだけを見ていました。


「なんだ、ナツか。わしは忙しい。なんでもない話なら後で聞く。重要な要件なら手短に、な」


「冬の精が、長老に会いたいと言うんですが」


「……なに、冬の精?」


 長老はそのときはじめて本からちゃんと顔をあげ、ユキのことを目におさめました。

 知らない妖精に会ったときいつもそうするように、ユキは笑顔を浮かべると手をあげていいました。


「はあい。はじめまして。わたし、ユキっていうの。冬の精なのよ」


 その言葉を聞いてナツは苦い顔をしました。

 ナツだけでなく、他の夏の妖精だって、長老に対してこんな風に、友達に声をかけるような話し方はしなかったからです。

 ユキは冬の長老にもこういう話し方をするのですが。


「冬。冬の精が、どうしてここに……」


 そう言った長老は、心底驚いたような顔をしていました。

 ユキは首をかしげながら答えました。


「どうしてって言われると説明が難しいんだけど。なんか、要するに、うまく眠るのに失敗しちゃったみたいなの。だからさ、ねむりのくすりをわけてくれると嬉しいなって思って」


 ねむりのくすりをわけてもらうために、ユキは夏の妖精のねぐらに来たのでした。

 同じ妖精なんだから、同じくすりもきっと持っているのだろう。

 そう考えていたのです。


 長老は、口をへの字に曲げながら、いいました。


「わしは夏の精の顔はみな知っている。お前さんの顔は知らないが、ねむりのくすりを知っているとなると、やはりお前さんは妖精か。……長いこと生きてきたが、他の季節の精と会うのははじめてになる」


「そうそう、わたしもはじめて。びっくりしちゃった。でさ、なんとか冬にもどりたいなって思ってるんだけど」


「そうか、冬の精。残念ながら、ダメだ。ねむりのくすりを与えることはできない」


 夏の長老はあっさりといいました。

 ユキは、すぐにはその言葉の意味が飲み込めませんでした。

 少しおくれて、ユキが聞きました。


「……どうして?」


「冬ではどうなのか知らないが、夏では、ねむりのくすりは夏の精の分を作るのが精一杯だ。少しの余分もない。お前さんに与えると、他の夏の精が眠れなくなる。それは困る」


 言いながら長老は、渋い顔をしていました。

 けれどそれは本当のことでした。

 伝えなければならないことだったのです。 


「でも、わたしも困ってるの」


「すまないが、それはお前さんの問題だ。あるいは、冬の精たちの、な。残酷なことを言うようだが、わしら夏の精には関係ない。夏の精に出来ることは、何もない」


 ユキは口を開こうとしました。

 まだ何を言いたいのか、自分でもわかりませんでしたが。

 しかし、そのときユキはこちらを見る夏の長老の目に気がつきました。

 申し訳なさそうな目でした。

 決して、意地悪をしているわけではないのです。

 その目にじっと見つめられて、ユキは言葉を飲み込みました。

 そうして、少し考えてから、ユキはいいました。


「そう。残念だけど、仕方がないみたい。夏の長老、忙しいのに、時間を使わせてごめんなさい」


「すまないな」


「いいえ」


 ユキは長老に背を向けました。

 もう長老にお願いできることはありませんでしたから。

 けれど長老の部屋から出て行きかけたとき、ユキは立ち止まり、振り返って聞きました。


「ああ、あと一つだけ。知っていれば教えて。途中で起きてしまって、他の季節にいることになった妖精たちはどうなるの?」


「わしもよくは知らん。だが考えることは出来る。わしが長老になってから、もう何度目かの夏が来た。妖精として生まれてからだと、何十度目かわからないぐらいだ。だが、他の季節の精に会ったのは今回がはじめてだ。そして他の季節にいった妖精がいるなんてことも聞いたことはない。ということは、つまり……」


「他の季節に目覚めてしまった妖精は、みんな、別の季節に長い時間はいられなかったってこと?」


「そう。そして元の季節に戻ることも出来なかった。……お前さんはこの世界から消えてしまうかもしれん」


「そう。ありがとう」 


 ユキは再び歩き出し、長老の部屋を出て行きました。

 夏の精たちの活気に満ちた大広間の中を進みました。

 ざわざわとした声の中で、自分だけに聞こえる声でつぶやきました。


「この世界から消えてしまう。わたしがどこにもいなくなってしまうってことね」

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